118狙われた真田
冬馬「なに、ブツブツ言ってるの降矢?」
降矢「ああ?…結局、コロ助もブタゴリラとり逃しやがってさ…」
路上の空き缶を思い切り蹴飛ばす。
結局、あの後、抽選会から帰ってきた吉田キャプテンにコロ助…いや、九流々健二との事を説明したが。
吉田「はっはっは!ほっとけほっとけ!大丈夫大丈夫!!」
と、笑い飛ばされてしまった、本当にあの人は楽天家だ。
そのまま練習を終え帰り道についていた二人。
前も説明したと思うが、降矢と冬馬の家は近いらしい、最も降矢は冬馬の家を知らないので本当がどうかは解らないが。
まぁ、降矢に冬馬がついてくるという形で、毎日一緒に帰路についてくるのだが。
冬馬「それにしても、偵察は偵察でも、一体何を見に来たんだろう…」
降矢「さぁな、大方ベスト8に入ったチーム、として見に来たんじゃねーの」
冬馬「うーん…そうなのかな」
降矢「んなことは俺にとってはどうでもいいんだけどな」
冬馬「ええっ!?」
降矢「とりあえず、あのコロ助め…逃亡とはなめやがって、次会ったらただじゃおかねー」
…降矢だって、桐生院との練習試合で一回勝負から逃げたくせに…。
心の中で悪態をつく、実際に口を出すと何をされるかわかったもんじゃない。
冬馬(あの可愛い野多摩君に本気で膝蹴りだもん…悪魔だコイツ)
降矢「何か言ったか」
冬馬「別に…」
「誰かいやがるのか!」
降矢「!?」
冬馬「にゃっ!?な、何!?」
降矢「俺じゃねー…向こうの裏道の方から聞こえたぞ」
降矢たちが歩いている民家沿いの道、そこから少しはずれ商業地区に向かう細い道がある、そこは普段人があまり通らない裏道なのだが。
冬馬「ど、どうしよう!か、カツアゲとかかな」
降矢「アホか、俺なら相手に大声を出させないようにやるね。多人数で追い詰めて、口を塞いで、みぞおち。その後に『お金出してくんねーかな』」
冬馬「そんなこと言ってる場合じゃないだろっ!見に行かなくちゃ!」
降矢「何で俺が」
冬馬「最近物騒だもん!殺人事件とかだったらどうするんだよ、ほらほら!」
降矢「じゃ一人で行けよ、なんで俺の手を引っ張ってんだ」
冬馬「そ、それは…一人だと怖いじゃない、ね?」
降矢「…あのな」
冬馬「…あれ?あ、ああ!あれ相川先輩じゃない!?」
降矢「なんだと!?」
冬馬「ほら、降矢!速く速く!」
降矢「…クソ、しゃーねーな!」
思い切り地を蹴って走る、裏道に入る。
暗くてよく見えないが、男が四人くらいか、手に何か持っている。
そして、真ん中に高校生らしき男、それをめがけて手前の男が思い切り振りかぶった。
降矢(危ねーっ!!)
バキィンッ!!
咄嗟に腕を出して防ぐ、何とか相川先輩に当たらなかったようだ。
鍛えていたおかげで、痛みも筋肉が和らげたようだ、衝撃もすぐに去った。
…しかし。
降矢「あん…?相川先輩じゃねーじゃねーか、ちんちくりん」
冬馬「え?…で、でも危ないよその人!」
降矢「じゃあ、ぶっ殺していいか?」
冬馬「わ、わあっ!手は出しちゃ駄目っ!」
ようやく、目が慣れてきた。
どうやら辺りにいるのは、サラリーマン風の男が四人、しかしいずれも手には角材を持っている。
???「…て、テメーは!?」
降矢「しらねーよ、そんなの。それよか、逃げるぞ、暴行事件は出場停止を食らうらしいからな、後で人に恨まれるのはまっぴらだ」
降矢は男の手を引いて走り出した。
ようやく表の明るい場所に辿り着く、民家も辺りにも多く、ここまで来れば大丈夫だろう、降矢は男の手を離した。
降矢「…で、違うじゃねーか、ちんちくりんがよ」
相川先輩だと思って助けたものの、別人である。
…しかし、今冷静に考えると、こんな所に相川先輩がいるわけが無い。
降矢「はめやがったな」
冬馬「…そうでもしないと、助けにいかないでしょー」
降矢「当然だろうが、俺はお前と違ってお人好しじゃないんだ」
???「…お、お前らは?」
冬馬「あ、俺は将星高校の冬馬、でこっちが…」
バチィンッ。
そこまで言った所で、いつものように思い切りでこぴんを喰らった。
冬馬「うにゃあっ!?」
降矢「何名乗ってんだテメーは…ん?…その制服、テメー桐生院か」
???「…あ、ああ。俺は桐生院の真田だ」
冬馬「ありゃー、偶然だね」
降矢「偶然だね、じゃねーよ。なんで桐生院の奴を助けなきゃならねーんだ」
???「そうね、でしゃばらないで欲しいわ」
気配も無く、そいつは急に後ろにいた。
女子制服に、赤い髪、そしてトランシーバー。
冬馬「!?」
降矢「…誰だテメーは」
???「…あなた真田君?………やはり」
そいつは少し真田という桐生院の男を見て、思案した後、言った。
???「やはり、あなたは削除するには惜しい存在。…8号の言うことを疑って正解だったわね」
降矢「おいコラ、テメー、無視か…っ?」
いきなり、肩をつかまれる。
???「下がれ」
降矢「う、うああっ!」
とんでもなく強い力でそのまま力づくに倒された。
見上げると、黒いコートの男が降矢を見下ろしていた。
身長は降矢より少々低いぐらいだが、いとも簡単に降矢を吹っ飛ばした。
冬馬「わ、わあっ!降矢!大丈夫!?」
降矢(お、俺を投げ捨てるだと…コイツ、なんて力だ!)
???「どうするんですか、四路様」
四路「…このまま、桐生院に帰っても、同じ事になるわよ鋼」
鋼「それでは」
四路「とりあえずは、桐生院には帰せないわ」
真田「…あ、あんた達、何を言ってる…」
四路は真田の口を人差し指で抑えた。
四路「大丈夫よ、『とりあえず』は、あなたの味方よ」
真田「…?」
四路「それにしても…こんな所で……えっと、今は降矢君と呼んだ方がいいかしらね。貴方に出会えるなんて、運が良かったわ」
降矢「俺…?」
四路「もう、どう話しかけたらいいものかずっと悩んでたんだから」
クスリ、と笑う。
ただ、まったく可愛らしいとは思えなかった、それよりも、不気味だ。
四路「とりあえず、ついてきてもらうわ。鋼」
鋼「はい」
鋼と呼ばれた黒いコートを来た大柄な男がずかずかと降矢に近づく。
そして、そのままみぞおちに蹴りを入れる。
ドゴォッ!!
降矢「ガハァッ!?」
冬馬「ふ、降矢っ!?あ、あなたなんてことするのっ!?」
鋼「なんてこと…?『定期健診』だからな、と言っても二回目だが」
冬馬「…な、なに言ってるか全然わからないよ!」
四路「ごめんね、君。ちょっと降矢君借りていくわよ」
そう言うと鋼が気を失った降矢を肩に担ぐ。
この身長で降矢を軽々と持ち上げるなんて…この男、普通の力じゃない。
冬馬「だ、駄目!お、俺達大会があるんだっ!」
四路「んー、大丈夫よ?一週間ぐらいで帰してあげるからね」
冬馬「そ、それでも駄目っ!!」
四路「もー、聞き分けの無い子ね。鋼」
鋼「…気が引けるが、仕方ない」
冬馬「な、なに…」
ドゴォッ!!
鋼は冬馬のみぞおちにも一撃を入れた。
冬馬「か、は…」
四路「うるさいから、ついでに連れて行くわよ」
鋼「二人分ですか、人使いが荒いな」
四路「うふふ、報酬は払うわよ」
鋼「心得た」
真田「あ、あんたら一体…」
四路「そうそう、真田君。もう桐生院には行かないで頂戴。明日の午前十時にここに来てね」
真田「ま、待て!どうして俺はもう桐生院に行っちゃ駄目なんだ!」
四路「…多くは言えないけど、次はあなた消されるわよ」
真田「…?」
四路「桐生院にいたら、ね。とりあえず他にいれば大丈夫よ、8号の権限は桐生院野球部だけだからね」
真田「い、一体なにを言ってるかわからない」
鋼「わからなくていい、あまり深入りするな。死にたくなければな」
真田はその一言で黙りきってしまった。
いや、鋼の迫力に負けて何も言い返せなかった。
四路「それじゃ、また明日ね、真田君」
残された真田は動くことが出来なかった。
何故か、四路の最後の笑みが、ひどく心に残ってしまっていた。