117桐生院、内部事情






















その頃、本県トップの桐生院では恐ろしいことになっていた。

大和ら三年生が引退後、キャプテンは今まで三年生に良く尽くした、と言う多くの三年生の票を集めで捕手堂島。

副キャプテンには同じく堂島の配下である二年生投手である藤堂が勤めることになった。

元々南雲や真田は実力が『ありすぎて』上からは嫌われていた、いわゆる妬みだ。

そして、二年生は南雲や真田の実力でレギュラーを勝ち取る組、と堂島と藤堂の伝統を重んじ、上のものが絶対的な権力を持つ組とに真っ二つに別れる。

その煽りを受けて一年生も別れていた、そう、実力が望月や布袋達に劣るものは、先輩に尽くしていれば後で必ず試合に出れる『堂島組』についたのである。


練習もバラバラとなり、二つのグループで行うようになってしまった。

その様子を笠原は冷ややかな目で見つめていた。




大和「こんにちは監督」

笠原「…なんだ、大和。また来たのか、お前なら寝ててもドラフトにはかかるだろうに」

大和「あはは、体を動かさないと落ち着いてられないもので」

笠原「ふふ、お前は相変わらずだな」


大和は引退後もこうしてちょくちょく練習には顔を出していた。

すでに複数球団からオファーがあったが、人のいい大和は当たった所ならどこでも喜んで入団します、と解答したので、大学に入る予定は無かった。


大和「…で、どうですか?新桐生院野球部は」

笠原「どうもこうもないさ、見ろ」


部員数が多いのが災いしたのか、片方は二年生がバッティング練習、それを一年生がサポートしている。

もう一つの組はひたすらストイックにノックを続けている、ただこちらは一年、二年入り乱れている。


大和「ふぅ、完全に別れちゃってますね」

笠原「あー、指示を出そうにも、馬鹿らしくて出す気にもなれん。まずそれ以前の問題だ…まぁ、おかしいとは言わないが何故、堂島を主将に指名した?大和」

大和「…他の三年生達はほとんどが堂島を押してました」

笠原「だろうな、堂島は上には好かれていたからな。…じゃなくて、お前は誰を指名したかったんだ」

大和「僕ですか?」

笠原「そうだ」

大和「僕は…」

笠原「…難しい所だろうな。チームとしての統一を図るところなら俺も悩む所だ。今の二年生は一人一人の個性が強すぎる」

大和「はい」

笠原「ただ、一人一人の実力は高いのは俺も認めている。…が、まとめ役がいないのが現状だ」

大和「…上を見すぎてるからじゃないですか」

笠原「ん?」

大和「実質、僕は立場上レギュラーや実力の高い二年生達と共にする時間の方が長く、正直下は見ていませんでした。…しかし、もしかしたらまだ知らない二年生に『皆をまとめる能力の高い』部員がいるかもしれません」

笠原「…もしそうだとしても、すでにキャプテンは堂島と決まったんだ。今更覆すことは出来ないさ」

大和「…このままだと、どうなりますか」

笠原「さぁな、上手くいってもまずまとまらないだろう。…下手すると、完全分裂だな、試合どころじゃない。片方づつが潰しあう事態だ」

大和「…」

笠原「…」


二人は黙って練習を見つめるしかなかった。





練習後、ミーティング。

大きく、広い部室の中で四角く並べた移動机を挟んで、堂島と真田がにらみ合う。

もちろん、その後ろには二分された部員が並んでいる。


真田「…」

堂島「真田、大人しく問題を起こすのは止めないか。これ以上やっても時間の無駄だ、監督もそう思ってらっしゃるはずだ」

真田「さぁ、そっちこそ止めたらどうなんだ」


見かねた笠原はついにミーティングを開かせた、笠原自身は奥の椅子に座っている。

だが、ミーティングを開いてもさっきからこの通り両者とも譲ろうとはしない。


堂島「ぐぬぬ…私は主将だぞ真田、逆らうつもりか。お前も『城戸』のようになりたいのか!」

真田「そうやって偉そうにするところが俺は気に食わないんだ」

堂島「おのれ…下手に出ていれば調子に乗りおって!何故私に逆らうのだ!」

真田「俺は名門桐生院をよ、そうやって、上に媚びへつらってさえいれば、レギュラーになれる腐ったチームにしたくないんだ」

堂島「馬鹿が!齢を重ねたものに幼きものがついていくのは、大昔から理ではないかっ!」

真田「それがいけないんだ!今は今!頭が古いんだお前は!」

堂島「…ぬぅ、実力さえあれば上に頭を下げなくてもいい、と言いたいのか!」

真田「そんなことは言ってないだろうが!」


二人の怒声はやみそうにない、相変わらず部室内にはギラギラした空気が広がっている、一触即発だ。


望月「…あの、南雲先輩」

南雲「ん、なんぜよ?」

布袋「さっきの城戸、とは」

弓生「誰だ、と思ったほうがいい」


望月、布袋、弓生はもちろん真田組だ、上に媚びるのが嫌とかいう理由ではなく、純粋に部員同士が実力を高めあい切磋琢磨する方がいい、と思ったからだ。


南雲「城戸、か。…わしらと同じ学年で、昔、桐生院におった奴ぜよ」

弓生「…昔?」

南雲「堂島と同じ捕手での、堂島との意見違いの為に辞めて転校したんじゃ。だけど、裏では堂島が汚い手を使って辞めさせたっちゅう噂が飛びかっとる」

布袋「…堂島先輩は、一体何者なんですか?」

南雲「普通の奴ぜよ、ただ何故か桐生院を伝統に重んじるチームに変えたがっとる」

望月「何故でしょう…」

南雲「んー、まぁ他の奴はどう思っとるか知らんけども…わしには、トップを取ろうとしているようにしか見えんがのぅ」

望月「トップ?」

南雲「ほうじゃ、このまま堂島の理想のチームになれば、主将である堂島が一番偉いことになるじゃろう」

布袋「…なんかそう聞くと、納得できない話ッスね」

南雲「ちゃ、ちゃ、今のはわしの考えぜよ。気にしない方がいいぜよ」

望月「南雲先輩はどう思ってるんですか」

南雲「わしか…わしは別にどっちでもいいと思っとるんじゃ」

弓生「どっちでも?と思ったほうがいいんですか?」

南雲「うむ、そんな小さい事で悩んどる場合じゃないと思うがのぅ、皆が思うように野球をやればいいんじゃ。…堂島はどうもそうは思ってないみたいだが。それに真田が反抗しとるっちゅうのが今の図ぜよ。わしは速いこと収まって欲しいんじゃが、どうも堂島の言いなりになったら、それも良くない気がするぜよ」

弓生「…」

望月「でも、このままじゃ練習もろくにできねーじゃないか」

布袋「効率二分の一ってことだな」

南雲「ほじゃき、このまま争っててもどうにもならんのじゃが、堂島は元より、真田も意地になってきておる。…もしかしたら、真田も城戸のようになるかもしれんの」

望月「…!」







真田「お前の言うとおりになったら、どうもお前が頂上に居座る気がしてな」

堂島「何が悪い、私は先輩達の支持を集めたのだぞ!」

真田「…ぐ」


それは事実だった、しかしそれも何か野望があってのようにしか聞こえない。


堂島「これ以上私に逆らうようなら、それ相応の処置をとらせてもらう」

真田「なんだと?」

堂島「これ以上話しても無駄だ、監督、私は失礼させていただく」

真田「あ!おいコラ!待て!!」

堂島「…危険分子は早めに刈らせてもらう」

南雲「…!」


堂島はそう言うと部室を出て行った、それに続いて堂島組も部屋を後にする。

残されたのは、真田派の面々。


真田「あの野郎…!!」

笠原「真田!」

真田「は、はい!」

笠原「…このままでいいのか」

真田「…俺じゃなく、堂島に言ってください!」




真田もそうはき捨てると部室を出て行った。




望月「監督…」

笠原「お前らに一つだけ言っておく、俺も慈善事業でやってるんじゃないんだ。これ以上お前らがまとまらないなら、俺も辞めるぞ」

『――!』

笠原「…このままじゃ、桐生院は崩壊する、間違いなくな」

布袋「南雲先輩…!」

南雲「こりゃあ、まっこと困ったことになったもんぜよ…」










外はすでに暗闇が支配していた。

その暗闇の中に、浮かび上がる影、堂島が校門にもたれかかっていた。

手にはトランシーバーのようなものを持っている。


堂島「…こちら8号。応答願います」

???『ザザッ、こちら、四路、どうぞ、ザッ』

堂島「プロジェクトKについてなんですが、危険分子の存在が判明しました。削除願います、どうぞ」

???『ザザーッ………本当に、削除していい人物なのザッ』

堂島「はい」

???『…ザッ…ザザー、わかったわ。…至急ハンターを向かわせる』

堂島「ありがとうございます、目標は真田、現在帰宅中です」

???『…前の城戸君の時も私は、あなたの判断が正解だったとは思わないわ。…彼は優秀な才能を持っていたじゃない。…その真田君も』


ブツンッ。

堂島はすでに、トランシーバーを耳から放していた。


堂島「余計なお世話だ……私を邪魔するものは全員片付ける」













そして…真田!


真田「ちっ…堂島の野郎め…どうも俺はアイツが信用できないぜ」


…と、一瞬気配を感じた。

ここいら辺りは人気の無い裏道だ、だが家に帰るにはこちらの方が近い。

…しかし、危険性は高い。


真田「誰かいやがるのか!」

『…』


何かが、誰かが確かにいる。

それは足音だけだったが、静かに近づいてくる。

確実に。


真田(な、なんだ!?)


そして、一瞬、黒い影が大きくなった。


真田「…っ!」




バキィンッ!!




…しかし、いつまでたっても、真田に何も起こらない。

ゆっくりと、目を開けると、長身金髪の男が立ちふさがっていた。



???「あん…?相川先輩じゃねーじゃねーか、ちんちくりん」

???「え?…で、でも危ないよその人!」

???「じゃあ、ぶっ殺していいか?」

???「わ、わあっ!手は出しちゃ駄目っ!」


ようやく、目が慣れてきた。

どうやら辺りにいるのは、サラリーマン風の男が四人、しかしいずれも手には角材を持っている。


真田「…お、お前は!?」

???「しらねーよ、そんなの。それよか、逃げるぞ、暴行事件は出場停止を食らうらしいからな、後で人に恨まれるのはまっぴらだ」

???「降矢!こっちこっち!」



金髪の男は真田の手を引いて走り出した。











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