116インプットするコロ助(後編)
マウンド上にはコロ助、相変わらずちょんまげが目に付く。
受けるのは側にいた大柄で無口な男、相変わらず何も言葉を発そうとはしない。
降矢は腕を組んで勝負を見ていた。
冬馬「降矢、どうなると思う?」
降矢「さぁな。まだ、相手の実力はわからんし、明らかにナルシストが不利な事には変わりはないが…」
六条「ないが?」
降矢「並の投手なら、ナルシストは打つだろうよ」
一応、内野陣は守備につく、もちろん、サードとショートがいないので、大場が二塁、原田がショートにつき、幅広く守る。
当然、内野を越した時点で御神楽の勝ちと言うハンデがついている。
九流々「…勝負の前に」
御神楽「む?」
九流々「一度スイングを見せて欲しいナリよ〜」
御神楽「…」
何か企んでいるのか、と御神楽は疑問に思ったものの、スイングを見て何が出来る、とバットを振った。
ブンッ!
風を切る音が聞こえた、降矢や吉田には敵わないものの中々鋭いバッティングだ、センスはある。
九流々「―――インプット、したナリ」
降矢「…?」
それは聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声だったが、降矢は聞き逃さなかった。
御神楽「何か言ったか?」
九流々「なんでもないナリ〜!それじゃ、いくナリよ」
右手にグローブ、左利きだ。
掛け声を合図として、九流々は足を大きく上げて、左足を振り下ろす。
御神楽もグリップを強く握った。
九流々「ナリっ!!」
相変わらず妙な語尾を叫びながら、球を投げてくる!
向かってくるボールは、スライダー!斜め下にスライドしながら曲がり落ちる!
御神楽(ふん、左投手のスライダーはうちの冬馬で慣れさせてもらっている。それに比べれば、こんな球なぞ、恐るるに足りぬわ!)
左足を上げ、スイングにいく!
…が、ボールはそこで通常のスライダーよりも下に変化する!
御神楽「ぬっ!?」
バシィッ!!
県「ストライクです!」
審判は外野の県がつとめていた、見事な空振りに迷うことなく手を上げる。
御神楽(…なんだ、今のは!?確かにスピードはスライダーだったはずだぞ)
降矢「そこから、カーブ変化した、か」
六条「スピードがスライダーで、変化がカーブ…?そんなの聞いたことないですよ!」
冬馬「あるにはあるよ梨沙ちゃん。『スラーブ』って言うんだ」
六条「スラーブ?」
野多摩「なになにそれ〜」
冬馬「うん。まぁ、カーブの握りでスライダーの振りなんだけど…」
その場で、腕を振ってみせる冬馬。
冬馬「 うーん、変化としては斜めのSスライダーとかに近いけど…それより少し縦変化が大きいかな。高速カーブって言った方がわかりやすいかも」
野多摩「高速カーブ…」
降矢「ふん、世の中広ぇーな」
六条「そんな球があったんだ…」
冬馬「俺も始めて見たよ」
降矢「さて、ナルシストはどうするかな」
バッターボックスの御神楽は、コツン、とバットで頭を叩いた。
御神楽(見たことのない球筋であったな…軌道はカーブ、球速はスライダーと言う所か…だが)
再び、バットを立てて構える。
御神楽(内野を越せば僕の勝ちだ、内野を越す、当てるだけのスイングならば、打てないほどの変化ではない)
そう、軌道こそ見たことはないものの、変化自体は大和のスライダーや日田のシーサーに比べればたいしたことは無い。
打てない球じゃあ、ない。
九流々「次、行くナリよ」
???「…」
またも、振りかぶってからの投球!
ボールはまたさっきと同じスピードで向かってくる!
御神楽(同じコース…?ふざけないでもらおう!)
腰を回転させ、スイングに行く。
グンッ!!
御神楽「!!」
しかし、今度は同じ球速で反対に曲げてきた!
軌道で言うと…シンカー。
バシィッ!!
またもボールは、ミットに収まった。
県「す、ストライクツー!」
御神楽「反対に曲げる…シンカーか」
六条「ああっ!御神楽先輩追い込まれちゃいましたよ降矢さん!」
降矢「俺にふるな。おい、ちんちくりん、あれはシンカーって奴か」
冬馬「うーん…それよりも早いし、高速シンカーじゃない」
野多摩「何だか珍しい球をたくさん投げる人だね〜」
冬馬「不気味なのは…二つとも、まったく同じコース、同じ球速で来たって事だよ…」
そう、今までのスラーブとHシンカーは二つとも内角高目。
しかも、それは…。
御神楽(僕の苦手するコース、だ)
ローボールヒッターである御神楽にとっては窮屈な所…しかし、不思議なのはそのコースに二回連続で来た、ということだ。
偶然か?…いや、それにしては同じコースから逆に曲げてくるなど、おかしい。
以前のデータで知っていた?…いや、それならば何故偵察に来たのだ。
御神楽(考えられるのは、あれしかない)
…そう、先ほどの九流々のセリフだ。
何故、対戦前にスイングを見たのか、もしかしてあれで御神楽の弱点を見切ったのかもしれない。
…しかし、極端なオープンやクラウチングと違って、御神楽は普通の打ち方、スイングも普通だ、それなのに、何故わかったのだ。
考えてる時間は無かった。
すでにマウンド上の九流々がモーションに入っていたからだ。
御神楽(曲げてくるか、真っ直ぐか。もう一つ変化球を持っているのか)
思考が交錯する、九流々が投げてくるのは…!!
ひょいっ。
御神楽「?!」
県「ええっ!」
なんと、九流々はボールは上に放ったのだ。
降矢「な、何を考えてやがる」
皆の視線がボールに集中したその時。
九流々「吉本!逃げるナリよ!」
吉本「…こくり!」
いきなり、吉本と呼ばれた大柄な方の男が、そばに置いてあったバッグを担ぎ、ピッチャーマウンドに向かって走り出した。
そして、そのまま九流々を肩に担ぐ、なんて力だ。
降矢「ぬあっ!テメー!!」
九流々「この勝負はお預けナリよー将星高校!」
吉本「…」
九流々「さらばナリー!!」
ボールが落ちる頃には、すでに脱兎の如く校門に向かって駆け出していた。
降矢「ふざけやがって!パシリ!追いかけろ!!」
県「えっ!?ど、どうしてですか!?」
降矢「うちを偵察に来るなんていい度胸じゃねーか、このまま黙って逃してみろ、なめられっぱなしだぞ!二度と来ない気にさせねーとな!」
県「え、で、でも」
降矢「ぐだぐだ抜かすな!俺に殺されてーのか!!」
県「は、はいーーーっ!!」
県は日々パシリで鍛えられた俊足で大柄の男を追いかける!
…だが、県が差を詰めるものの、なかなか追いつかない。
あの大柄な男、体格の割には随分と速い、それにコロ助をのせているのだ、だとすると県と同じくらい速いということになる。
降矢「あのブタゴリラ…速いぞっ」
冬馬「ぶ、ブタゴリラって…ぷふー」
六条「あはは!ひどいですよ降矢さん、ブタゴリラだなんて」
降矢「キテレツにはつき物だろうが。…あ」
そうこうしている内に、ブタゴリラとコロ助は校門の外へ出てしまった。
県は見失ったらしく辺りを見回しているようだ。
降矢「…ちっ、逃がしたか」
冬馬「だからって、県君にひどいことしちゃ駄目だよ」
降矢「…さぁな」
大場「なんだか、あっけにとられたとです」
原田「結局なんだったんスかねぇ?」
大場と原田は呆れたような顔で御神楽に近寄る。
しかし、御神楽の顔は真剣なまま固まっていた。
御神楽「…君達は、気づいていないのか」
大場「ん?」
原田「何がッス……」
大場と原田は、動きを止めた。
さっき、九流々が投げ上げたボールは、なんとホームベースの真ん中で静止していたのだ。
原田「…」
大場「…」
御神楽「適当に放り投げたようにしか見えなかったが。…これを、偶然ととるか、それとも…」
三人はその場をそのまま動くことが出来なかった。
陸王学園、九流々健二。
また、新たな敵が一人立ちふさがった。