113突撃!降矢君家!




















まだまだ、夜は蒸し暑い、この街とて例外ではない。

あたりはすでに真っ暗、その中を制服の小柄な少年三人と少女一人が歩いていく。

何を話しているのでしょう、なんだか楽しそうですね。


冬馬「えーと、こっちだったかな」

県「いやー、でも冬馬君が降矢さん家を知ってるとは意外でした」

六条「うんうん」

野多摩「…何があったのかな〜」

冬馬「え、あ、いや、その。お、緒方先生にね、朝降矢がいつも寝坊するから起こしてきてくれない、って頼まれて…」


しどろもどろになりながらも、大きな胸が揺れるジェスチャーを加えながら冬馬は説明した。

…緒方先生に対するイメージはそれしかないのか。


六条「わ、私も朝起こしたいです!!」

冬馬「ええっ!?」

野多摩「なんで、驚くのかな、冬馬ちゃんは〜?」


一人真実を知っている野多摩がにやにやと可愛らしい笑顔を浮かべて冬馬のわき腹を人差し指でつつく。

決してイヤミではないが、形容するなら小悪魔と言ったところだろうか。


冬馬(野多摩ちゃん!)

野多摩(あはは、ごめんごめん)

県「?」


一人会話についていけない県は、ハテナマークを浮かべながらもにこにこと笑ってたとさ。






















冬馬「えーと、ここだよ」

野多摩「あ、アパートなんだ」

県「結構古いですねぇ」


何だか昔の漫画家とかが使ってそうな、古臭いイメージで正しい。


六条「ここが降矢さんと私の愛の巣に…」

冬馬「むむ…」

野多摩「まーまー、二人とも、早速降矢君の宿題を手伝ってあげようよ〜」

二人「…そういえば、そうだったね」

県「忘れてたんですかっ」

野多摩「僕はたまたま、数学がかばんの中に入ったままだった〜」

県「僕は結構あるなぁ、昼休みとかもやってたし…ほとんど終わってるけど」

六条「私は世界史のプリントが少々…緒方先生に質問してました」

冬馬「あ!…俺、何もないや…」

県「へ?」

野多摩「冬馬ちゃ〜ん」

冬馬「あ、あはは。でも俺家近いからすぐ取ってくるよ〜」


冬馬はごめん、と一度手を合わせた後、駆け足に走っていった。


六条「むぅ…」

野多摩「どーしたの、六条さん」

六条「私的には、どうも冬馬君が怪しいと思うのです」

県「怪しい?」

六条「…なんだか…いや、なんでもないですけど」


野多摩は内心ビクビクしていた、なかなか鋭いぞ六条さん。

…とは言っても、普段の降矢に対する冬馬の態度を見てればわかりそうな気はするが。


六条「とりあえず、降矢さんの部屋に行きましょう…なんだかドキドキ、ぽっ」

県「んー、降矢さんは二階って言ってましたよね確か」


県は俊足を生かして、手前側から順に表札を確認していく。

一つ、二つ、三つ…四つ目で県の足が止まった。


県「あ、ここですね。降矢毅って書いてます」

野多摩「フルネーム?…家族の人とかどうしたんだろ」

県「大分前、降矢さんは一人暮らし、っていうのを聞きましたけど」

六条「ひ、一人暮らしっ!」

野多摩「どーしたの?六条さん?」

六条「あ、いえ、なんでも…こほん」

県「でも何だか緊張してきた、どうしてだろう」

野多摩「…僕も、なんだかヤクザの人の家に行くみたい」


あながち間違ってはいない。

三人は壁につけられたそのスイッチを見ながら硬直していた。


県「…鳴らした瞬間に…『ああ!?誰だテメーは、勧誘ならいらん!死ね!』とか言われそうです」

野多摩「有無を言わさず帰らされそう〜」

六条「そのまま中に引きずり込まれちゃったり…きゃっ♪」


三者三様の硬直だった。

普段の彼の印象なんてそんなもんだ、六条は若干ベクトルが違うが。


県「で、でも押さなくちゃ」

野多摩「そ〜だよ、来た意味がないよ〜」

六条「じゃ、じゃあ、三人一緒に押しましょう」

県「は、はい」

野多摩「う、うん」


何故、同じ部の部員の家のチャイムを押すのにこんなに戸惑うのか。


三人「せーの」


ぴーんぽーん。


降矢の家にチャイムにしては間抜けな音が小さく聞こえた。


六条「…」

県「…」

野多摩「…」


しかし、しばし待てども降矢は出てこない。

三人はもう一度声をそろえて、チャイムを押した。


ぽーんぴーん。


六条「…」

県「…」

野多摩「…出ないね」


顔を見合わせて、頷いた。

ドアは以前堅く閉ざされている、まるで降矢のように帰れ!といわんばかりである。

流石降矢の家のドア…あまり関係ないか。


県「本当にいないみたいですね」

野多摩「中で寝てたりして〜」

六条「ありえますね」


三人はそのままチャイムを連発する。


ピーンポピーンポ……ーピーンポーピーンポーーーーーン。


六条「…」

野多摩「…」

県「…出ないですね」


回数にして二十回近く鳴らしたのだが、全く反応はない。


野多摩「どこかへ出かけてるのかな〜」

県「でも、降矢さんは一度本気になるとやる人ですから、家でしっかり宿題してると思うんですけど…」





ファーーン、ピーポーピーポー。



その時、アパートの裏の方で明らかにパトカーのサイレンの音が聞こえた。

三人は再び顔を見合わせた。

…ま、まさか。


県「歩いていて、むかつく人がいたから、暴行。そのムカつく人が…警察官だった」

野多摩「そして、そのまま現行犯逮捕…」

六条「ま、まさか〜」

県「それはないかもしれませんが、降矢さんが暴力事件を起こすことは、すごいありそうすぎて怖いです!」

野多摩「降矢君、容赦ない人に対しては容赦ないもん…」


三人は降矢の大場に対する暴力を思い出す。

大場だからこそけろっとしているが、普通の人なら大怪我をおわんばかりの容赦の無さである。


六条「そ…んな…」

県「…降矢さーん!」

野多摩「次に会うのは刑務所だ何て…悲しすぎるよ〜」













バンバン、バコーンッ。


県「ふぎっ」

野多摩「うにょっ」

六条「ふみゃっ」




降矢「お前ら俺をどうしたいんだ」

冬馬「た、ただいま〜」


振り返るとそこには、ペットボトルとルーズリーフをかかえた降矢がいた。

相変わらずガラの悪い男だ、私服も合わせればただのチンピラである。

そして側には冬馬も。


冬馬「そこで降矢に会ったんだ、コンビニに行ってたんだって」

降矢「何しに来たんだテメーら。人の家の前で訳のわからんことを叫びやがって。正直どうやって近づけばいいか迷っただろーが」

六条「いたた…わ、私達降矢さんの宿題を手伝ってあげようと思ったんです!」

降矢「はぁ?」

県「はい、僕も」

野多摩「僕もだよ〜」

降矢「…」


降矢は口をへの字に曲げた。


降矢「いらん、帰れ」

県「うわあっ」

野多摩「予想通り〜」

六条「どーしてですかぁ?」


降矢は頭をガリガリとかいた。


降矢「どー考えてもお前ら邪魔しに来ただろ!ちんちくりん!テメーもだ!」

冬馬「へ、俺?」

降矢「あれだけけしかけやがって…それでのこのこ俺の前に現れるとは…なめてんのかテメー」

冬馬「あ…その、あ、あれは言い方悪かったよ、ごめん」

降矢「うぜーな、もういいからお前ら帰れ」


降矢は言い捨てると、自宅の鍵を開けた。


ガチャリ。


降矢「やれやれ…」

六条「お邪魔しまーす」

県「お邪魔します」

野多摩「お邪魔しま〜す」

冬馬「お、お邪魔します」



バコバコバコ、バコーン。


六条「うにっ」

県「ぶみっ」

野多摩「みうっ」

冬馬「きゃうっ」


持ってたペットボトルで力強く叩かれた。


降矢「テメーら…俺の言うこと聞いてたのか」



四人は固まった。

これは高校生の目じゃない、殺し屋の目だ。


降矢「わかったら帰れ」

六条「で、でも…終わるんですか?」

降矢「俺を誰だと思ってるんだ」

野多摩「降矢君〜」

降矢「殺すぞテメー」

県「でも降矢さん、皆でやった方が早く終わりますよ」

冬馬「そうそう、仲間じゃん、俺達」


何故か、叩いたはずの四人はにこにこと笑っていた。

…正気かこいつら、それともあれか、いじめられて喜ぶ奴か、これは。


降矢「…………………好きにしろ」


これ以上言っても無駄だと判断した降矢は、観念したのかそれきり部屋に戻っていた。


六条「あ、わーい!えへへ」

県「よかったですねぇ」

野多摩「早速潜入〜」

降矢「静かにしろっつってんだろ!!」


随分狭い玄関は四人分の靴でもういっぱいだ。

横の下駄箱らしきものには、スニーカーやバスケシューズなどわりとかっこいいものが揃っている。

そのまま一列に並んで歩いていくと、一直線に台所、そしてベッドが置いてある部屋がつながっている。


野多摩「へ〜、思ったより綺麗だな〜」

県「本当ですね…もっと」

六条「どがーんってなってると思いました。だって男の子の一人暮らしだもの」

降矢「ほっとけ」

冬馬「感心感心」


降矢はわざとらしくため息をついて再び地面においてあった丸机に腰を下ろした。

開いてあるのは数学、その横に四冊ぐらい冊子が置いてある。


県「…う、うわ!すごい!もう四冊分終わってる!」

野多摩「化学と物理と世界史と古典…」

降矢「だから静かにしろってんだろ」


やはりこの男はやるときはやる男だ。

降矢が帰ってから七時間くらいか、その間にこれだけの問題を解いている。


六条「今は数学ですか?わかりますか?」

降矢「あー?」

冬馬「あ、これ違うよ、ここのエックス二乗の式が間違ってる」


速くも六条と冬馬は降矢の隣を陣取っていた。


降矢「暑苦しいから離れろ」

六条「いいですか降矢さんは、ここはですね」

冬馬「ちょっと六条さん近づきすぎじゃない?」

六条「そんなことありませんよ、おほほ。そっちこそ近づきすぎじゃありませんか?」

冬馬「そんなことないよねー降矢」

降矢「いいから、暑苦しいから二人とも離れろ」


降矢は軽く二人のやり取りを無視して問題を解いていく。

しかしまぁ、さっきから女の子特有のいい匂いがしたりしなかったりで困らないことも無い。


六条「降矢さぁん、ここはこうですってばぁ」


ぷにょん。

六条の緒方先生と比べたら貧弱な胸が降矢の右腕に当たる。


降矢「おい、マネージャー、書きにくいから放せ」


降矢は一瞬、眉を吊り上げるも冷静につっこんだ。


六条「…は、はい、ごめんなさい…ふふふ」

冬馬「むむむ…」




県「気のせいか火花が散ってる気がします」

野多摩「あはは、面白くなってきたね〜」

県「でも、僕達はやることがありませんね」

野多摩「んー、じゃあ降矢君の部屋を物色しよう」

県「だ、駄目ですよ!そんなことしたら!」

野多摩「むむ!ベッドの下に何か雑誌を発見!!」

六条「なっ!」

冬馬「なんですとー!」

降矢「あ、テメェら!!!」






















野多摩「…週刊パワベース。プロ選手のスイングの謎を追う」

県「…」

降矢「…」


この男はこの男なりに、なんだかんだ言って頑張ってるらしい。

いつもあれだけやる気のない練習をしておきながら、このパワベースは特集の部分の写真が指紋の垢でいっぱいになっていた。


県「降矢さん…真面目なんですね」

六条「ステキ…」

冬馬「ちょっと見直したよ降矢」


しかし、降矢の目は本気だった。


降矢「ガァキ〜がぁぁぁ」

野多摩「わ、わあああああああ!!!」


ドボォッ。

まともに膝蹴りが入った。


野多摩「…あ、あぐぅ」

県「うわああ!!真面目に入りましたよ!」

野多摩「…ひ、ひど…げほっげほっ」

六条「の、野多摩君大丈夫!?」

冬馬「降矢!大場君じゃないんだから!野多摩君死んじゃうだろっ!」

降矢「知るか、勝手に人の部屋を探りやがって…しつけだ、しつけ」

県「わあ!!気を失いましたよっ」

六条「にゃああ〜〜!!」

降矢「お前らもう帰れ…」





















その後も膝蹴りした野多摩が何故か逆になついたり、六条がこけた振りして体に乗っかってきたり、何故か冬馬がそれに逆上してキレて、県が苦笑して…、と色々あって結局四人が帰ったのは十時過ぎくらいになってしまった。


降矢「結局なんにも手伝ってねーじゃねぇかあいつら…」


なんだかどっと疲れた、それにしても騒がしい連中だ。

そして、ちょっと六条のことを思い出していた。


降矢「女、か…まぁ、興味が無い訳じゃないんだが」

降矢は枕の下から一冊の本を取り出した。

降矢「やっぱ人妻だろ」


『人妻エロトピア』…灯台、元暗しか。

















県「それじゃ、僕はこっちですから」

野多摩「けほけほ…六条さん、冬馬ちゃん、ばいばーい」

冬馬「あ、うん」

六条「ばいばーい」


県と野多摩は電車に乗って帰ったのだが、六条は歩いて帰れる距離らしい。

そう考えると意外と家が近いのかもしれない。

しばらくは満月に照らされて、二人で言葉も無く歩いていた。


六条「冬馬君…ううん、冬馬さん」

冬馬「ん?」







六条「女の子、でしょ」






冬馬「…な、何を言ってるのかな〜?」

六条「嘘つかなくてもいいですよ、わかります。同じ女の子ですし」


そんなもんなのだろうか、いやというかあの言動でわからないほうがおかしいというか、正直野多摩に正体がばれてから男らしさに気を使っていなかった自分もいるわけだが。


冬馬「…」

六条「どうして黙ってるんですか?秘密を隠すのはいけないと思いますよ」

冬馬「皆に、変に気を使わせたくないんだ」


冬馬は完全にばれていると観念したのか、波野のことも野多摩に話したことも、女とばれると試合に出場できないことも全部話した。


六条「う…」

冬馬「…?」

六条「いい話でずねぇーーー、びぇぇん」


六条はいきなり滝のように涙を流し出した。

どうやら冬馬の話に感動したらしい。


六条「…ひっく、ひっく…そうですか、すみませんでした…変なこと言って」

冬馬「う、ううん。いいよ、それでも皆には黙っててね」

六条「はい!不肖この六条!絶対に誰にも言いません…優ちゃん」

冬馬「へ?優ちゃん?」

六条「同じ女の子だから、遠慮は無しでいきませんか?私も梨沙でいいですから」

冬馬「…うん、ありがとう梨沙ちゃん」

六条「はい!なんでも助けになることがあれば言ってくださいね」

冬馬「うん!」


何だか、ばれた瞬間は焦ったけど、理解してくれると心強い味方が出来た気がした。

…それでも、いつまで隠し通せるだろうか。

確かに、波野のことも野球の事もあるが…。


冬馬(男だったら…意識せずにもうちょっとだけ降矢の側にいれるから…)


満月の下で、二人の『少女』の笑い声が響いた。


六条「…あっ!明日降矢さんが練習に来るかどうか聞くの忘れました!」

冬馬「ああっ!!」









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