外は騒がしいのに、中はひどく静かだった。



備え付けのテレビも怖いから消してくれ、と頼んだ。


『ワァァァーーーーーーーッ!!!』


急に外が騒がしくなった、試合が終わったのだろうか。

波野は耳を塞いだ、結果を聞くのが何故か怖かった。

甲子園の救護室で、一人試合から外れ、寝ているのがひどく申し訳なく、情けなかった。

ひどく喉が渇いていたのに、潤そうともしなかった。

とにかく、結果が気になって、そして怖くて仕方なかった。


波野「…」


しばらくすると人々の話し声と足音、どうやら試合は終わったらしかった。

アルプスが入れ替えなのか、ザワザワと大勢の人が入れ替わっているようだったが、話している内容は聞き取れなかった。


ガチャリ。


救護室のドアが開いた。



波野「…キャ、キャプテン…」



そこには帽子を深くかぶった和久井がいた。

静かに波野に近寄り、ベッドの側でしゃがみこんだ。



























和久井「―――すまない、波野」















































110そして夏が終わる。
























和久井「…これが、ラストボールだっ!!!」

『和久井、セットから、最後の一球となるかっ!!投げたぁーーーーーーーーーーーーっ!!!』



南雲は、賭けていた。

この圧倒的にストレートを打つのが不利な構えで、和久井がストレートを投げてくるかどうか、賭けだ。

勝負は時の運、南雲はそう言った。

そして和久井が放ったボールは。



南雲「ストレートぜよぉぉぉぉっ!!」

和久井(狙いは…―――ストレートかっ!)


















―――ビヒュン!!












一閃。



バットが一瞬、線を描いた。

目の前のボールを切り裂く。



カキィィィィィィィインッ!!!!!!












打球は、高々と舞い上がった。

そして、吸い込まれるようにスタンドに入っていった。

一瞬の静寂の後、甲子園が揺れた。



『う…う、う、打ったぁーーーーーーーっ!!南雲!土壇場で、九回二死から、まさかの、まさかの!勝ち越しツーランだぁーーーーっ!!』



悲鳴と歓声の地鳴りの中、和久井は大きな息を一つ、ついた。


和久井(…やられた、な)




片手一本で、和久井のストレートを運ぶ自信があったから、あえてあの構えをとったのだ、あの居合い抜きの構えを。

思い出して欲しい、かつて南雲は降矢のあの普通より二倍重いバットをはじめて持ったのにもかかわらず軽く振り回していた。

…そして、その正体は腕力の強さもあるが、南雲の手首の強さだった。



南雲「賭け、だったぜよ」

和久井「…?」


南雲はベースを回りながら、誰とも無く一人呟いた。


南雲「あっこでストレートを投げてくるかどうかは賭けだったぜよ。変化球じゃ完全にタイミング外れて、わしはアウトだったぜよ」


確かに南雲は完全にストレートのタイミングで打っていた。

まるで、ストレートが来るのがわかっていたかのように。

…いや、わかってはいなかった、南雲はストレートが来ると『賭けた』のだ。




和久井「…賭け、だと」



南雲「ただ賭けに勝つ自身はあったぜよ。あの”サムライ”の構えを取ったとき、おまんはストレートで打ち取れると思ったはずぜよ。…ただ、そこからは本当に運だったぜよ。わしはまっこと運が良かったぜよ」


運、だったというのか、あそこで和久井がストレートを投げたのが。

南雲の爪楊枝が少しづつ下がっていき、和久井は膝をついた。


和久井(…運、か。…流石に神様は俺に味方しなかった。…当たり前だよな)






ベンチに帰ると桐生院の面々が待ち受けていた。

そのまま、手荒い歓迎を受ける。


「南雲ーー!!」

「俺はお前はいつかやる男だと思ってたぜ!!」


望月「南雲さん…」

大和「南雲君、ナイスバッティング」

神野「よくやったぞ!」


しかし、監督は相変わらず腕を組んだまま静止していた。


笠原監督「…」

南雲「…監督」




笠原「時の運、か…。見事だぞ、南雲」




そう言って、笠原監督は右手を南雲に差し出した。


南雲「…はい、ありがとうございます」


笠原の言葉に対し、南雲はニヤリと笑い、手を握り返した。

そんな中、堂島だけは恐ろしい形相で南雲を睨んでいた。


堂島(おのれ…このままですむと思うなよ)










…そして。


バシィッ!!

『スリーアウト!!!ゲーームセット!!』

『ゲームセットォォ!!最後は桐生院のリリーフ投手、遠山が抑えて、桐生院九回二死からの奇跡の逆転勝利〜〜〜!!!』



最終バッターが内野ゴロに打ち取られ、審判のコールが上がった。

試合終了のサイレンが甲子園に響く、和久井にとってその音は終戦を告げられたかのように虚しく聞こえた。

両者が甲子園を挟んで整列する、横濱の選手は一塁ファールライン沿いに並ぶ。

そして、うだるような暑さの中…横濱の、夏が終わった。


『ウウウウウゥゥゥ〜〜〜〜!』




















……。


和久井「―――すまない、波野」

波野「…負けた…んですか」


和久井は力なく頷いた。


波野「そう、ですか…」

和久井「…すまん!…俺は、俺は…お前の一点を、守ることが出来なかった!」


言葉の一つ一つをかみしめるように、出していく。

深く被った帽子から、一粒、水滴が落ちた。


波野「和久井キャプテン」

和久井「……やはり、俺に天の女神は微笑まなかった。当然だろうな…お天道様は全部お見通しって訳だ」

波野「…キャプテン?」


和久井は独り言のように呟いた後、波野のほうを真剣な顔で見た。


和久井「…波野。俺が果たせなかった夢…お前が”正々堂々”果たしてくれ。…お前は俺と違って才能があるからな…」

波野「そんなこと…」


和久井は波野が言い終わる前に急に立ち上がった。


和久井「…じゃあな、波野。頑張れよ」

波野「…え?」



バタン。

扉が閉まったが、波野は動けなかった。

何故か…もう二度と和久井には会えない気が――した。





















そして、扉の外には。



???「最後の別れの挨拶は済んだ?」

和久井「…はい、終わりました四路様」

四路「そう…約束通り、全国優勝は出来なかったから、規約は守ってもらうわよ」

和久井「…はい」

四路「”力”を手に入れる為に組織に入った…っていうのに、所詮この程度なのね。失望したわ」

和久井「スミマセン」


和久井は思った。

実力では負けていなかった、最後は”運”だったのだ。

あそこでストレートを投げたのは…運だった、そして組織の力を借りたおかげで甲子園に来れた和久井に、女神が微笑むはずがなかった。



四路「鋼、連れて行って頂戴」

鋼「…は」



そして、和久井は闇へと消えていった。

そしてまるで表舞台から消え去るように、和久井の行方はこつぜんと、なくなってしまった。












二回戦、桐生院2-1横濱。

桐生院高校の、勝利…。


















back top next


inserted by FC2 system