106桐生院の逆襲



















浅田はいまだ歓声の鳴り止まぬバックネット裏観客席で首を捻った。



浅田「それでも…なんで波野は大和を打てたんですか?」

周防「さぁな、単なるコントロールミスだろうよ」

浅田「コントロールミス?」


周防から帰ってきたのは単純な答え。


周防「そう、つまり…それがあのストレートの弱点なんじゃないか?絶対的な制球力を持つ大和を持ってしてもコントロールに難がある球」

浅田「…!だからあのロージンバッグか!」

周防「おそらくはな…そうでもしなければ失投を免れない球だという事だ」



周防の予想はズバリ的中していた。

確かに大和の『白翼』はジャイロボールのパワーアップのようなものであるが、その実態は指に恐ろしく負担をかけるというリスクを伴う。

…以前霧島とやった時、御神楽がノビのあるストレートを投げていたのを覚えているだろうか?

あの時、御神楽はそのストレートの投げ方ゆえ、指の指紋が消えかかるほどに指に負担をかけた。

今回の白翼はそれのさらに上をいく。

だからこそ桐生院バッテリーは連投を避けたのだ。

しかし、もしあそこで波野に対し変にチェンジアップでもはさんでようならば、確実に波野の選球眼で見破られ、下手するとスタンドインで二点を許していたかもしれない。


しかし、波野がタイムリーで一点をもぎとった現実は変わるわけではない。

横濱は担架で運ばれた波野に変わり、代わりの選手が二塁手についた。

試合はついに終盤八回、桐生院の攻撃を迎える。








八回表、桐生院0-1横濱。







バシィッ!!!


球種はカーブ、緩い球がボールゾーンからストライクゾーンに曲がり落ちる。


『ストライクバッターアウッ!!』

『あーっと!この回の先頭打者、八番のキャッチャー宗、見逃し三振ーーっ!!和久井の大きく曲がり落ちるカーブに手が出ない!!速くも横濱ワンアウトを奪いましたーー!!』


宗「くそぉっ!!」


見送り三振してしまった宗は金属バットを握り締めた。

マウンド上の和久井は荒い息の中で、確かに口の端をつり上げた。





宗「決して打てないほどの球じゃないのに、何故打てないんだっ!!」


確かに、そうだった。

コントロールはいいものの、決して和久井の球は打てない球じゃない。

キレのいいスライダーも、和久井の一回からの全力投球のせいですでに球威は落ちてきている…が。


神野「確かにそうだ、もうバテバテのはずだ」

宗「くそ…なぜ打てないんだっ!!」




大和「気持ち、だろうね」



灰谷「気持ち…?」

大和「そう、和久井君のプライドだよ。一年生が打った一点をむざむざ打たれて失っては、キャプテンの、エースのプライドが許さないだろ」

宗「馬鹿な、そんな話が」

大和「”気持ち”をなめちゃいけない。時にそれは恐ろしくなる。…僕にはその気持ちがないから…和久井君はある意味うらやましい」


この土壇場に来ても相変わらず大和は感情の変化を見せない、それが大和の強さであるが、弱さでもある。

…限界を超えることができないのだ。


神野「そんな事を言っている場合か!このままじゃ…負けるぞ!」







笠原「静まれ!!!」




『…」


今まで決して腰を動かさなかった桐生院の名匠笠原監督の大声で桐生院は静寂に包まれた。


笠原「お前たちは、王者になれる力はある。だが、そう焦っていては足元をすくわれるぞ」

宗「ぁ…」

神野「ぅ…」


ぐるりとベンチを見渡した後、ついにその重い腰を上げた。


笠原「大和、お前ならどうする」

大和「…ここまでの打席からして、次は明らかに威力が衰えているストレートを狙います」

笠原「まぁ、正解だ。おい、誰かストレートを狙うように九番に伝えて来い!」


すぐに伝令がバッターボックスに向おうとする九番バッターに向かった。

笠原監督は厳しい表情を変えないまま、遠い目でグラウンドを見つめる。


笠原「いいか、お前らは決して弱くはない。それは見てきた俺が一番知ってる。…後、お前たちに足りないのは、大和の言うとおり”気持ち”だ」

『!!』

笠原「勝負は実力もあるが、気持ちが強い方が勝つのは当然だ。ただ、今のお前たちにはどこか『勝って当然』という気持ちがある。…それは勝ちたい想いとは別物だ」

宗「…」

神野「…」

笠原「確かに常勝の誇りを忘れてはならない。…ただ、それ以上に一勝一勝を大事にする『勝利への餓え』を忘れるな!!」

『…!』


ベンチの皆が押し黙った。






ガキィッ!!

『カウント、1-3からバッター打ちましたーっ!しかし、打球はサード正面!サード、ボールを上手く捕球して一塁へ…アウト!!桐生院、この回も和久井に対し、速くも二死をとられました!!』




笠原「…ちょうど、次から四順目だ。灰谷!!」

灰谷「はいっ!!!」

笠原「スライダーには手を出すな、ただストレートが来れば死んでも前に打ち返せ、いいな!!」

灰谷「…はいっ!!」


灰谷の目に光が宿る。

指揮官の、絶対的に信頼をおける一言が選手達に冷静を呼び戻し、さらにそれはこの人についていけば負けるはずのない、という希望に変わる。

この独特の説得力が名匠と呼ばれる所以である。









『一番、ショート、灰谷君!』


甲子園のアナウンスがこの名前を呼ぶのは四回目だ。

灰谷の後ろからは、相変わらず大きな声援が背中を押す。


そうだ、俺達は常勝桐生院である、常勝とは常に勝つ…常に勝利を目指す!


『和久井、ふりかぶって第一球!!』


和久井が投じたボールは…高目ストレート!!…だがボールだ!!


灰谷(うおおっ!!)


しかしそれでも灰谷はスイングに行く!!大根切りだ!!

なりふり構わず、塁に出ようとする信念!!!


ガキィッ!!!!



『灰谷、叩きつけたーーー!!!ボールはピッチャーの頭上!!』


灰谷「抜けろ!!」

和久井「…抜かせんっ!!!」


和久井は思い切りマウンドを蹴ってジャンプする!!…が、届かない!!


灰谷「抜けた!!」

宗「よし!!ヒットだっ!!」









和久井「うおあああああああ!!!」


パシィッ!!!


灰谷「な!!」

宗「!!」

神野「なんだとっ!!」


和久井は体をそらしながら、落ちてくるボールを背をそらした状態でキャッチ!


『ぐぇぇぇ!!わ、和久井、捕ったーーー!!ファインプレーだぁあああ!!』


和久井「んがああっ!!!」


そのまま歯を食いしばって宙に浮いたままの上体でファーストへ送球!!


バシィッ!!!

『……』

『あ、アウトーー!!スリーアウト!チェンジッ!!』




『…ワァアアアアアアアアアアアアア!!!!』

『あ、アウトだ!アウトだーー!!!和久井!センター前に抜けようかと言う当たりをミラクルキャッチ&スロー!!…ウルトラファインプレーだ!!』



灰谷「ば、馬鹿な…」

灰谷はファーストキャンバス上で立ち尽くした。


笠原「…あれが、勝利への飢えだ」

宗「…」

神野「和久井、一人…!


笠原「だが、イニングは、後一つ残っている!!最後まで諦めるな!!」


ムードが暗くなりかけた桐生院ベンチだったが、笠原監督の一言で再び活気を取り戻す。


全員「おおおおっ!!」

笠原「よし!!守って来い!!一点も取らせるなっ!!!」

全員『おおおおおおおおおおおおおお!!!!』








八回裏、桐生院0-1横濱。











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