105『白翼』VS『選球眼』2
『打て打て波野!打て打て波野っ!!』
『やーまーとーっ!やーまーとーっ!』
アルプスタンドから、両陣営が喉がかれるほど大声を出す。
すでに気温は35度を越し、スイングした波野の頬からも汗が飛び散る。
ガキシィッ!!
『ワァァァーーーッ!』
ガッ!!
またも波野を白翼をなんとかバットに当てる。
打球は一度地面に当たり、大きく跳ねてサード側に流れていく。
『ファールボール!!』
波野「はぁっ!はぁっ!!」
大和「ふぅ、ふぅ…」
『ま、またファールです、これで波野、五回連続ファール!!』
大和は『白翼』を連発するも、中々波野も引き下がらない。
必死にボールに喰らいつき、カットしてくる。
波野(くそっ!何かないのか、ヒントは!!)
だが、未だ波野にはまったく白翼の攻略法が浮かんでこない。
今はこうして粘り続けているが、集中力にも限界がある…粘れるのは後二三球が関の山だ。
だが対する大和も、今まで見せたことのなかった疲労の色を確実に見せている。
慎重にロージンバッグを手につけ…。
波野(くそ…!さっきから目が痛い…!)
『大和、第八球目!!』
波野(!?…しまっ)
―――ギュバァンッ!!
…一瞬、波野が目の痛さに気を緩ませた。
ズバァッ!!
ボールは内角低めに決まる、波野は手が出ない!
和久井「…!」
宗(よし!決まった!!)
『―――ボール!』
横濱サイドから、安堵の息が漏れる。
波野も気が抜けたように肩を下ろした。
波野(た…助かった、ボール一個分外れてたんだ…)
それでも、相変わらず追い詰められている状況は変わらない。
それにさっきから全神経を目に集中させていたため、瞬きをしていなかった。
そのため、どうも目が乾いてきたらしい、それが波野の目の痛みだった。
必死に目をこするが、相変わらず視界は段々鈍くなってくる。
波野(駄目だ…あのストレートが見えるのはもって後、『二球』…)
それまでに、打たねばならない。
そして、和久井は別のことに気がついていた。
和久井(あの大和がコントロールミス…か)
確かに大和とて人間だ、四球を出したりする時もあるが、それは大抵ボール球を投げてそれをバッターが振らなかったときだ。
それ以外はほぼ確実にストライクゾーンに入れていける、正確無比なコントロールを持っているはずだ。
今までは、そうだった。
だが、白翼を投げ始めてからそのコントロールに微妙なズレが生じてきている。
気になるのはもう一つ。
和久井(奴があのストレートを投げる時は、確実にロージンバッグを触っている…)
本来ロージンバッグは、手などに汗をかき、球がその汗などで滑るのを抑えるためのものだ、ここ一番で失投が許されない時、変化球を投げる時などはよく使われるが…。
和久井(あれだけ連続して使うということは…あのストレートは『コントロールミスしやすい』ということか?それとも…)
大和(…くっ、流石に厳しくなってきたね)
それでも大和は指に再びロージンバッグをつける、白翼を投げる気だ。
以前ランナーを三塁に背負い、セットポジションから…投げる!
―――ギュァッ!
大和「…しまっ!?」
放たれたボールは白翼だがボールは先ほどよりもわずかにノビが少なく、コースも…!
和久井「ど真ん中だ!!振りぬけ波野っ!!!」
波野「うあああああああーーーっ!!」
カキィーーーーンッ!!!
瞬間、甲子園が沸いた!
『ッワアアアアアアアア!!!!』
『う、打ったーーーーーーーー!!!波野、ストレートを捉えた!!ボールは右中間を破るーーーーっ!!!三塁ランナーはすでにホームイン!!横濱一点先制だーーーっ!!』
『ワァァァアアアア!!!』
横濱サイドのボルテージは一気にMAXまで上がる!
選手達もすでに身を乗り出して腕をぐるぐると回していた!
「ぃよっしゃーーーーー!!!」
「ついに…ついに先制だ!!!」
和久井(よし、よくやった波野!)
打球はライトとセンターのちょうど真ん中後方で大きくはねた後、フェンスめがけて
飛んでいく。
ガツンッ…ポトォッ!!
『ボールはフェンスに当たって…そのまま跳ね返らずにすぐ真下に落ちました!!
センターが慌ててボールを捕球しに行きます!!』
その間に波野は俊足を飛ばして二塁を蹴る!!
大和(…まずいっ!)
甲子園は広い、外野手からホームまでの距離は長い。
このタイミングだと…!!
大和「センター急げっ!!ランナーは三塁だっ!!」
波野「うわあああああっ!!!」
『あ、ああっと!波野三塁も蹴ったーーーーっ!!これは暴走だっ!!』
三塁ランナーコーチはストップの指示を出していたが、波野はそれを振り切ってサードキャンパスを力強く蹴ってホームへと向かう!
『し、しかし!速いぞ!速いぞ波野!!快速新幹線だ!!』
地を蹴り、グラウンドの土が勢いよくスパイクにけり出されて宙を舞う、地面をえぐる強い脚力が、波野の体をどんどんと加速させていく。
大和「神野君!ホームだ!!」
神野「させるかーーーっ!!!」
『しかしすでに外野から中継が回ってきている!流石桐生院、カバープレイも速い!!セカンドの神野君、素早くバックホームっ!!』
波野「どぉぉけえええええええ!!!!」
波野はまるで人を掻き分けるように手を振り、恐ろしいスピードで向かってくる!
―――バシィッ!!
波野「!!」
宗「一年坊主がっ!!」
すでにボールはキャッチャーミットにおさまっている!
だが以前波野はそのスピードを緩めようとはしない!
「な、波野の奴!突っ込む気だ!!」
和久井「馬鹿な…ガタイが違いすぎる!吹っ飛ばされるのがオチだ!」
波野「うぉぉおおおお!!」
宗「があああああああ!!!」
グシャアアアアアッ!!
ヘルメットを投げ捨て体ごとつっこむ波野だったが、まるでショルダータックルをぶちかまされたかのようにキャッチャーの肩でブロックされてしまう。
そのままライン沿いに吹き飛ばされて、倒れる。
波野が地面で動きを止めると同時に、審判が手を上げた。
ドシャァッ。
『スリーアウトーーーッ!!!』
宗「はぁ、はぁ…てこずらせやがって…」
『キャッチャー宗、本塁死守ーーーっ!!桐生院、何とかこの回の失点を最小限に食い止めました!!』
「かーーーおっしいっ!!」
「しかし、波野、よくやったぞーー!!」
住井「…あれ?波野君、起き上がらないよ」
和久井「…っ!波野!どうした波野っ!!!」
横濱ナインがファールラインの上でぴくりともしない波野に近寄る。
念のため、横濱の監督は救護員を呼ぶ、すぐに担架が運ばれて来る。
和久井「おい、波野、聞こえるか波野!」
しかし、波野は目こそ開いているものの、全く微動だにしない。
救護員「完全に失神してますね…」
「失神!?」
和久井(あの勢いでぶち当たれば、当然か…)
「おい!しっかりしろ波野!波野!!」
ぴくり、と波野の手が動いた。
波野「…うぁ…?」
和久井「目が覚めたか」
波野「お、俺…どうなりました?!」
和久井「残念ながら、アウトだったよ」
波野「そうですか……うっ?」
波野は立ち上がろうとするものの、完全にふらついてまた倒れてしまった。
波野「あ、あれ?た、立てない…」
救護員「動かないでください、脳震盪を起こしてる可能性があります」
あれだけの勢いで横幅が倍ほどあるキャッチャーにぶつかって、吹っ飛ばされたのだ、それほどの衝撃があってもおかしくない。
波野「の、脳震盪?!」
救護員「プレイ続行は無理ですね…直ちに救護室に運びますよ」
監督「はい、頼みます」
波野「そ、そんな!俺まだやります!やれます!」
ポン。
その時、ふと落としたヘルメットが波野の頭に置かれた。
波野「…?」
和久井「…よくやった波野。後は任せろ」
和久井が、太陽を真上に背負って波野の前に立っていた。
波野「キャプテン…」
和久井「この一点は死んでも守りきる。…だから、見ていろ、波野」
波野の目にはこのとき和久井がとんでもなく、格好良く見えた。
波野「……………はい」
救護員「よし、連れて行くぞ」
波野は白い担架に運ばれて、静かに甲子園球場のグラウンドを後にした。
和久井「………」
住井「和久井主将」
和久井「…俺は投げるだけだ」
和久井「――――――投げて……勝つだけだ!!!」
八回表、桐生院0-1横濱。