104『白翼』VS『選球眼』






















六回裏、横濱は和久井がヒットで出塁したものの、その後は大和に抑えられランナー残塁。

しかし和久井の奮闘で士気が上がった横濱はその後、七回表も和久井が意地で桐生院打線を抑え、桐生院の得点版に7個目の『0』が追加された。

勢いづく横濱ベンチでは七回裏の攻撃に備え、円陣が組まれる。


和久井「この回は誰からだ」

「四番の結城からです!」

和久井「…よし、何とかして、大和から二安打を放っている波野へ回せ」

波野「…!」

和久井「一年に試合の命運を任すのは気に食わないが…今更言う事じゃない。いいか、この試合は……何としても勝つ!」

『オオオーーッ!!』

和久井「いいか…優勝旗を握るのは奴らじゃあない、俺達が神奈川に持ち帰るぞ!!」

『シャーーーッ!ファイトーーー!!』


横濱のナイン一同が、相手サイドに聞こえるほど大きな声を出す。

皆、いい目をしている、一番気合がのってきている、そう和久井は感じた。

















…バシィッ!!!


カウントツースリーからに四番結城への、大和の六球目!

「…ボール、フォアボール!!」


審判は逡巡間を置いたが、首を横に振り四球を通告した。


結城「よし!!」

結城はバットを投げ捨て、一塁へ歩みを進める。


「よっしゃーーー!!ランナーが出た出た!」

「これで波野まで回るぞ!」

波野「…」


続く五番はサードへの進塁打、そして六番は走者を三塁に進めるバント。

一年生である自分のために先輩がアウトになってまでランナーを進めた。

その事実が波野の緊張を高めていく、気づけば知らないうちに手が震えていた。





『横濱高校!大和に当たっている波野に対し二死ながらも走者を三塁へ進めました!』

『波野君は大和君に対し二安打ですからねぇ、この打席は面白いと思いますよ』



周防「クリーンナップよりも、あの波野に期待した、か。…確かに二安打はしてるものの、そこまでする価値がある打者か?」

浅田「一発にかけた方がいいってことですか?」

周防「ああ、腐っても名門のレギュラーだ、金属バットの真芯に当てればスタンドまで運ぶパワーはあるだろう」

浅田「…それに、大和はおそらく、あの『消えるストレート』を使ってくるでしょう」

周防「間違いないな、ここまで打たれてる波野が打者だ。使わない方がおかしい」







波野「…う」

和久井「おい波野、震えてるのか」

波野「…は、はい。ガチガチ、です」


バッターボックスへ向かおうとしている波野を和久井が呼び止める。

波野は和久井の失笑を買うほど緊張していた。

それはそうだ、この大舞台、もしここで打点を上げればその一点が決勝点となりかねない。

しかし、もし打てなければ自らアウトになってまでランナーを進めた先輩達を裏切ってしまう事になる、波野は追い詰められていた。

だが、和久井は逃げを許すような事は言わない、それが名門の厳しさだ。


和久井「何が何でも一点を返すんだ、いいな」

波野「…」


一層、波野の血の気が引く、どうにも血が逆流しそうだ。


和久井「ここでもし入れば、後は俺が抑える」

波野「で、でも…」

和久井「言い訳はするな。結果が全てだ」


和久井は波野に開き直る事を求めていた、緊張して緊張して、その先に、越えた先にある境地、プレッシャーをはねとばす精神力。


和久井(いずれはお前もこの横濱の看板を背負う男になるだろう。そのセンスが高い事は誰もが認めている。しかし、その自分を更に越えろ)


だが和久井とて、点が入ろうが入りまいが、波野のバッティング次第では叱咤する事は考えてはいなかった。

それよりもその態度だ、こんな所でびびって打ち上げるほどの精神力なら…一年生でも容赦なく切り捨てる。

だが、それは波野に対する期待の裏返しでもある。


和久井(お前なら越えられるはずだ、この大舞台で、見つけろ)








マウンド上では、大和と宗の桐生院バッテリーがサインの交換を行う。

ミットで口元を隠しながら、宗は大和に放しかけた。


宗「やはり、使っていくか、『白翼(はくよく)』を」

大和「そうだね、特にあの波野君のバッティングセンスは…末恐ろしい一年生だね。完全に僕の球に対してタイミングを合わせてきてる。あの柔らかいバッティングは天性のものだ」

宗「しかし、まさかこんな所で『白翼』を使うことになるとはな、一回に見せただけで十分だと思ったが…」


そう、白翼とは、今まで大和が投じてきた『消えるストレート』である。


宗「こんなに早く見せて、研究されなければいいんだが…」

大和「宗君。確かにその心配はあるけど…」


大和はバッターボックスに向かう波野をにらみつけた。




大和「まずは、目先の勝利を手にすることだ」




両者が、対峙する。



軽く、ロージンバッグに手をつけた後、セットポジションから宗のサインに首を縦に振る。

…いや、サインなど、最初からなかった。


『さぁ大和!波野に対し第一球!』


大和(三球連続…白翼だっ!!!)























――――――ギュバァッ。




















すさまじいスピードでボールが迫る!!


波野「!!!」

住井「来たっ!!」

和久井「消えるストレートかっ!!!」



ボールは空気を切り裂きながら疾走し、ミットに突き刺さる。


ズバァンッッ!!!


『ストライクワンッ!!!』

『まずは低めのストレート!!…だが149km/h!一回に出して以来、今日最速だーーーっ!!!』



波野(あ、あれだ…一回に住井さんに見せたストレート!)







和久井(七回で149km/hをだすだと…俺でさえ流石にバテて来てるっていうのに)

ベンチで見守る和久井は寒気を覚えた。

和久井(まだ…力を隠していたわけか、大和!!)








波野「…」


しかし、このストレートが皮肉も波野の緊張を消した。

驚きが緊張を超えたのだ…そして、徐々に増えていくこの球への対策法。

一流打者の宿命、好投手を見ると心が高揚する。


波野(やっぱりすごいぞ、この大和選手は。…だけど、俺もこんな所で大人しく三振してられない)


何より、もし冬馬が見ていたとしたら。

三球三振なんて、そんな失態は見せられない。

自分が精一杯野球を頑張る事が、せめての報いだ。









浅田「…来ましたね、『消えるストレート』」

周防「ああ、やはり出してきたか……」

浅田「はい、今日最速の149km/hですからね…恐ろしい球ッスね」

周防「確かに、あの球の威力はすごい。しかし…本当に恐ろしいのは、強豪横濱に対してそこまで威力のある球ををギリギリまで見せなかった大和の冷静さだ」








大和は、もう一度ロージンバッグを手につけ、慎重に投球体勢に入る。

波野は必死に脳細胞をフル回転し、何とか活路を見出す。

…だが、見えない球を打つだなんて、どうすればいいんだ!?


『大和、第二球!!』


その右腕が、勢いよく投げ下ろされる!



――――――ギュバァッ。



波野(また来たっ!!)


投げ出した瞬間こそ存在を確認できるものの、それが近づくにつれその白い光は視界から消えうせる!


波野(くそっ!見てたって始まるもんか!振らなきゃ!!)


波野は意を決してスイングに行く!!











――――――ドォンッ!!!

『ストライクツー!!』


『決まった!またもや威力のあるストレートだ!波野空振りーーー!!』



波野「ぐ…!」


ボールはインハイに決まる、これだけの直球をこのコースにコントロールできる大和の制球力、見れば見るほど隙のない投手だ。
























周防「―――しかし、じゃあ何故一回から使わなかったんだ?」


観客席では周防が浅田に問いかける。


浅田「へ?…何故って…」

周防「おかしいとは思わないか、それだけ威力のある球なら何故一回から出さなかったんだ」

浅田「そ、そりゃあ…他のチームに研究されるからですか?」

周防「それもあるな…だが、研究される事を嫌がるという事は、『完璧な球じゃない』ということだ」

浅田「…え!?」

周防「そうだろう、誰がどう見たって打てない球なら何の躊躇もなしに使うだろ?…かと言って、大和が考えなしに連発するほど馬鹿な男ではないことも確かだ」

浅田「だとすると…!!」

周防「完璧になんて、絶対にない。正体はわからないが、あの球には絶対何かデメリットが存在するはずだ」





















波野(考えろ、波野渚。考えろ波野渚!)


そう、世の中に完璧なんてない。

あの時冬馬に示せなかったことを、今示さなければならない。

今は完璧に対応できる強さを見につけたい!

そして、横濱ナインの期待を裏切るわけにはいかない!



しかし悩んでいる間に大和はすでに投球体勢に入る。


波野(くそっ!…とにかくミートに徹して当てていかないと!)



『大和、これで決めるか!第三球!!』





――――――ギュバァッ。







波野(見ろ!見るんだ渚!見えない球なんてない!ボールをもっとよく見ろ!!)



























―――ガキィッ!!


『ファ、ファールボール!!』


浅田「なっ!!」

周防「!!」

和久井「っ!」

『あ、当てた!!

宗(こ、コイツ『白翼』を当てやがった!!?)




驚く周囲をよそに、大和は冷静に分析していた。


大和(やはりな…さっきの二球目、インハイの空振りの時、わずかだがスイングがその球に寄っていた…つまり、この波野君は『白翼』が見えている!)



そう、白翼は何もマジックのように消えているわけではない。

ボールに強烈なバックスピンを与える事により、球質がジャイロボールという通常よりもボールが速く見える性質になる、『白翼』はそれのさらにボールに回転を与えたバージョンだ。

だから、『消える』というのは語弊がある。

打者がボールのノビに対し、見失っているだけなのだ。





大和(だから、この波野君は『選球眼』が恐ろしくいいことになる)


選球眼、ボールを見分けるための目の良さである。

波野はその視力が尋常でなく高い、だから大和の球といえどもこれまで捉えられる事が出来たのである。

しかも、今は『白翼』という高い壁を見ることによって、集中力は高まり、さらに選球眼は鋭くなる。

だからこそ、『白翼』をかろうじてだが当てることが出来たのだ!






波野(よ、よし!何とか見えるぞ…このまま粘って、活路を見出す!)

大和(…だが、ここで下手に逃げた所で今の波野君の集中力では打たれるだろう。…白翼で押し切るしかない!)





『大和、波野に対し第五球!!』




ガキィンッ!!!


『ファールボール!!』


和久井「!!」

浅田「ま、また当てやがったぞ!!」

周防「偶然じゃないって事だ」


宗(初対戦で白翼を当てやがるとは…なんて一年生だ!!コイツ!!)




波野「はぁ、はぁ、はぁ…!!」

大和「…………!」





さらに甲子園の歓声はヒートアップしていた。

夏の太陽が、二人をジリジリと照らす。






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