103和久井のプライド























突き抜ける晴天の下、熱い火花を散らす両エース。




試合は大方の予想通り、投手戦となる。

大和は五回までに6奪三振被安打2、対する和久井は7奪三振被安打3。

ほぼ互角の力を見せながら、試合は後半戦へ突入していく。


六回表、桐生院0-0横濱。


『いやー、ここまでは何とも手に汗握る白熱の投手戦ですね』

『はい、やはりこの2チームが今大会注目されているのは、打撃というよりもむしろこの他を寄せ付けない不動のエースがいるからでしょうね』

『ここまでは大和、和久井両投手とも譲りませんが、これから試合はどうなっていくと思いますか?』

『ずっと言い続けてますが、やはり投手攻略が鍵となるでしょうね』

『と、言いますと?』

『桐生院高校は四番の神野君、横濱高校は三番の住井君、それぞれの中心打者がどう打ち崩していくか、でしょう』


解説者が試合展開を予想しているラジオ放送に、グラウンド整備の間、多くの人が耳を傾けている。

そして、スタンドの二人も試合展開を読んでいた。


浅井「やっぱ、投手戦になったッスね」

周防「ああ、まぁ、大方そうなるだろうとは思っていたけどな」

浅井「ポイントはどこだと思います、か」

周防「んー、ラジオの通りどう打ち崩すかだろうが…」






浅井「…波野ッスか」


周防「ああ、一打席目、二打席目、と唯一大和がヒットを許しているからな」


そう、大和の被安打は全て波野に打たれたものだった。


周防「タイミングを捉えるのが上手いとか、そういうのじゃなくて、単にタイミングがあいやすいと思うんだ。技術で打てる投手なら、もうとっくにあの住井とか言う奴が打ってるだろ」

浅井「なるほど…横濱は波野から何とか崩していく、って訳ですね」

周防「ああ…ただ、こう言っちゃなんだが、見てる限り―――明らかに地力は大和のほうが上だ」



浅井「…!」

周防「和久井はここまで本気のピッチングだろう、判明している変化球も全て総動員して桐生院打線を抑えている…が」

浅井「…あの、『消えるストレート』ですね」


そう、まるで消えたように錯覚する謎のストレートだ。

かつて将星が、そしてこの試合でも『一回裏』で大和が見せた、あれだ。


周防「大和はあのストレートを一回裏でしか見せていない、つまりまだ実力を隠しているって訳だ。しかも、そのストレートを投げてこないから逆に横濱打線はあのキレのいいスライダーを捉える事ができない。…それもきっと計算づくだろう、あの大和のことだからな」

浅井「…大和辰巳、何て奴だ…」





グラウンドの方では、すでに水をまき終わり整備が終了していた。

桐生院の攻撃から、再び試合が再開される。


『一番、ショート灰谷君』


打順は切りよく一番に帰って灰谷から、これで三順目だ。

マウンド上、相変わらず和久井が地に足をつけ、立っているが、その顔からはすでに不敵な笑みは消えていた。


和久井(…大和め、力を温存した状態で、この俺の本気と同じだと…)


ズバァッ!!

「ストライクワンッ!!」


まずはストレートが外角高めにビシッと決まる。


和久井(ふざけるなっ!!)



バシィッ!!

「ストライクツーッ!!」


灰谷「ぐ…」


立て続けに同じコースへストレート、コントロールの良さに思わず灰谷の口から声がもれた。

この和久井、コントロールでは大和以上の力を持っているかもしれないというほど、安定した制球力を持っている。



和久井「俺は…神奈川のエースだぞっ!!!」





ズバシィッ!!


三球連続同じ箇所に投げられたストレートだったが、灰谷のバットはボールの下を通過した、三球三振!


「ストライクバッターアウトッ!!」


『灰谷、三球三振ーーっ!!和久井、全て外角高目の直球で先頭打者をしとめました!!』

『ワアアアアアーーッ!!』


本日四個目の奪三振に、実況も観客も声を荒げる。






灰谷「くそっ!…三球連続同じコースだと!なめやがって!」

神野「しかし…あの和久井、一回戦よりも力を出してきているな」

宗「ああ、明らかにピッチングスタイルが違う。元々、あんなに闘志を前面に押し出して投げる投手じゃなかったと思うんだが…」

神野「やはり、ここでうちに勝って勢いをつけるということか」

宗「だろうな、向こうは俺達が最大の壁と考えてるはずだ」





笠原(確かに優勝候補のうちに力を温存して勝てるはずがない。…それもあるだろうが…)


ベンチの端に腰を下ろした桐生院の名匠笠原監督は、選手達と違う見解を持っていた。


笠原(おそらく、あのピッチングスタイルの変化はプライドだろう。今年は暁大付属の一ノ瀬、横濱の和久井、帝王の山口、大東寺の桐原、白老の薬師寺、そしてうちの大和、と稀に見る好投手が勢ぞろいしている)


確かに、今大会は注目投手が多く存在している。


笠原(もし、この投手がいなければ和久井はただ一人注目されていただろう。だが、メディアも他チームも明らかに大和の方が実力は上だと思っている。…現に、大会組み合わせが決定し、二回戦でうちと横濱が当たると思われてからは、明らかに和久井よりも大和のチェックが厳しくなった)


おそらくそこに和久井の投手としてのプライドが傷つけられたのだろう、エースとして他投手よりも実力を下に見られることは屈辱に違いない。

だからこそ、和久井はこの大和に対して意地になって投げ勝とうとしているのではないだろうか、もう何十年も高校球児を見てきた笠原監督はそう考えていた。







ドバァッ!!!


「ストライクバッターアウト!スリーアウト、チェンジ!!」


和久井「どうだ大和!!」


和久井は三番の大和をも三振にきってとる、声を上げて気合を示した。


大和「流石神奈川のエースだね、御見それするよ」

和久井「ぐ…!」


しかし、大和は悔しがる事もなく、奮起することなく、いかにも冷静に対応した。

そして、大和の言葉に偽りはない、皮肉ではなかった。

それがまた和久井の心情を逆なでする。


和久井(なめやがって…)


確かに皮肉で言われてるのではないとしても、その方が和久井に対して屈辱だった。

大和は、自分の実力をわかっているのかいないのか、和久井を見下げているのか、いないのか、どちらにしても和久井の右手にはますます力が入る。






『六回裏、横濱高校の攻撃は、九番の和久井君』


そして、ちょうどマウンドとバッターボックスが入れ替わった状態で両エースが再び対峙する。



和久井(…俺は神奈川のエース、負けるはずがない。絶対に打ってみせる)

大和(力が入っているな…初球はサークルチェンジで打ち気を損なわせるか…)


大和は自分で捕手にサインを送り、あたかもサインが送られたかのように頷いてみせる。


『さぁ、大和、和久井に対して振りかぶって第一球!!…サークルチェンジだ!!ああっと和久井待ちきれ…』


大和「なに!」


和久井はサークルチェンジで完全にタイミングを崩され、不恰好になりながらも無理矢理ボールをたたきつけた!


ガキィッ!!



『打った!打ちました和久井初球攻撃!しかも面白い所に飛んでいるぞ!!』

和久井「どうだっ!!」


打球は地面に思い切りバウンドした後、サードの頭上を越す!


『抜けた!抜けました!ヒットだ、和久井、本日初安打ーーー!!』

『ワァァーーッ!!』


一気に横濱側が活気づく、波野以外でのヒットは初めてだ!!








波野「よーっし!キャプテン!ナイスバッティング!!」


横濱ベンチでも波野が声を口に当てて応援するが…他の選手が何故か口を半開きにして呆然としていた。


波野「ど、どうしたんですか?」

住井「…波野、君は一年だから知らないかもしれないけど…少なくとも僕はこんな主将を始めて見た…!」

波野「…え?」

住井「和久井主将はあんなに闘志を前面に押し出すピッチングも、あんな不恰好なバッティングなんか死んでもしない人だと思ってたよ。それくらいクールだったんだ。…今までは」






ロージンバッグを拾うマウンド上の大和も同じ事を考えていた。


大和(…プライドと意地が、性格を…そして実力を上まったかな。…明らかに今までとは雰囲気が違う)












「…あのクールな和久井があそこまでするなんてな…」

「俺達も、じっとして見てるだけなんて、ないんじゃないか」

「意地でも…勝ちに行こうぜ!!」

『オオオオオオッ!!』


波野(…やっぱり和久井キャプテンはすごいっ。ピッチングだけじゃなくて、自らのバッティングでチームの士気まで高めてしまうだなんて)








大和(…どうやら、今までよりは手強くなりそうだ)


投げ捨てたロージンバッグが、白い煙をあげた。



六回裏、桐生院0-0横濱。









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