102和久井、大和熱投





















ズバァッ!!

甲子園の声援にかき消されはしたが、ミットが大きな音を立てた。


『ストライッ!バッターアウトォッ!!スリーアウト、チェンジッ!!』

『ワァァァァッ!!』

横濱側から大きな大きな拍手と歓声が沸く。

まずは一回、マウンド上、横濱の背番号1エース和久井が三番大和を三振にきってとり、桐生院打線をゼロに抑えた。

三者連続三振は宣戦布告の合図だ、和久井は鼻で笑う。


和久井「ふん」

大和「流石だね、神奈川を制すものは全国を制す…伊達に甲子園まで勝ち上がって来た訳じゃないと言う事か」





『おおっと!三番エースでありながら好打者でもある大和君から三振を奪いました和久井君!これで一回の表は和久井君は三者連続三振を奪ったわけですね〜。解説の松本さん、これからの展開、どう予想されますか?』

『やはり当初の予定通り、両エースの投げあいになるでしょうね。和久井君も大和君も並の高校生には無い実力があります』

『すると投手戦になる、ということですね』

『はい、ポイントはやはり投手を攻略する事でしょう』




周防は耳からイヤホンを外した、ラジオ放送の音を聞こうとして音量をいくらあげても周りがうるさくて聞こえやしない。

すでにバックネット側も老人や客で満席だ、だが、それ以上に一塁側の女性ファンが和久井がストライクを投げるたびに黄色い歓声を上げるからたまったもんじゃない。


浅田「ラジオではなんて言ってます?」

『キャアアアーーー!!和久井君!こっち向いてー!』

周防「あー!?なんて?」

浅田「ラジオではなんて言ってますかーーっ!!」

周防「やっぱ投手戦になりそうだとよーっ!!」

浅田「くそ…耳が潰れそうだぜ」


そんな愚痴も言いながらも、和久井が投げてる間は浅田もそのピッチングに魅了されていた。

隙の無いフォームから繰り出される鋭いスライダー、低目をつくストレート。

正に、大和に勝るとも劣らない。




『一回裏、横濱高校の攻撃は、一番、サード古泉君』




浅田「全国は広い…」

周防「あー!?なんか言ったかーっ!?」

浅田「だからー!全国は広いって言ったんですよーっ!」

周防「…そうだな」


浅田はやはり甲子園を見に来て正解だと感じた。

独特の雰囲気、プレッシャー、自分がもしあのマウンドに立っていたとしたら緊張にぶっ潰されていただろう。

それでもそのマウンドで火花散る緊張感を楽しむように投げる、和久井は見ていて震えるものがある。

それは、大和にも言える。








ググンッ…バシィッ!!!

『ストライクバッターアウトッ!!』


『キャアアアーーーッ!大和くぅ〜んっ!!』

『大和君も負けていません!追い込んでからの外角に鋭いスライダーで同じく横濱の一番古泉を三振にとりましたーーっ!!』




波野「すごい…!」

住井「噂に違わぬ実力だね。桐生院の大和」


横濱ベンチでは波野が大和のスライダーに驚いていた、その波野に話しかけるのは注目もされているレフト、二年の住井。


波野「あのスライダー、和久井キャプテンよりも曲がってるんじゃないですか?」

住井「かもね。でも…だからって黙って見てられないだろ」


すくっと颯爽とベンチから立ち上がる住井、自前のバットを担ぎネクストバッターズサークルまで歩いていく。


住井「見てなよ波野、うちだって強豪だ。桐生院だからと言って一歩も引けない」







『ああーっと!横濱二番、西山君シンカーを打ち上げてしまいました!…平凡なファーストフライです。大和君も中々調子がいいようですね、一回戦でノーヒットノーランをやった勢いそのままというところでしょうか』

『そうですね、特に大和君はストレートだけでなくキレの良い変化球も多く持ち合わせていますからねぇ』

『特に、大和君のシンカーは普通のシンカーより若干球速が速い、H(ハイ)シンカーという特殊なシンカーという事なんですが…』

『はい、そうですね。今の西山君も振り遅れてますからね。それにしても大した投手が出てきたものです』


『三番、センター、住井君』




『さぁ、ここで早くも対決ですね。注目選手でもある横濱の三番住井君、二年生ながらも県大会予選ではホームランを八本、打率はなんと.764です』

『特に強靭な肉体を持ち合わせてる訳でもない住井君なんですが…やはりボールを捉えるタイミングをあわせる技術がずば抜けているんですね。つまり、”最も筋力を使わずに打球を飛ばせる技術を”持ち合わせている、ということですね』





流石に、桐生院バッテリーも住井のことは事前に詳しく調べている。

当然、注意してかかるバッターだということもわかっていた。

桐生院高校、キャッチャーの宗はまず外角ストライクコースへストレートを要求。


宗(今日の大和のストレートは最高だ、外角の厳しい所へ投げてりゃまず、手は出してこないはずだ!)


『大和、ゆっくりとサインにたいし頷きました。…振りかぶったワインドアップから、第一球!』


ビシィッ!


ボールは投げ出された瞬間から、素晴らしい勢いでミットへと向かう!

宗(よし!外角ギリギリ一杯!まず手は出してこない…!)






















―――キィンッ!!


大和「っ!」

宗「何っ!!」


思わずバッテリーから声がもれる。

打球はぐんぐんと伸びていくが、レフト方向へ切れていく。


『大きいっ!入るか!入るかーっ!…いや切れました、ファールです!ファール!』


住井「若干振り遅れた、流石のスピードだね」

宗(野郎…振り遅れたとは言えど、真芯に当ててきやがった。あのコースをだ!…なんて選球眼だ)




浅田「すげーぜあの三番、大和の球をファールだけどスタンドまで運びやがった」

周防「狙ったようにバットが出たな、投げた瞬間にコースがわかってた、って感じだ」

浅田「な、なんつー動体視力…!」



マウンド上の大和は、一つロージンを拾った。


大和(ふぅ、甲子園もただではいかないということか…)



『大きな当たりを打たれた大和、さぁ次は何で攻める!』

『流石にもう迂闊にストライクゾーンに投げれはしないでしょう』

『さぁ、大和第二球、何を投げる!?…投げました!』



ボールは、気を抜けたような球速で少し回転しながら、落ちる!

内角へのサークルチェンジだ!



住井(…しっ!)

宗「!」


しかし!住井はまるでスプレーのように内角外角自由自在にバットを軽く合わせてくる!


カキィンッ!!

ガッ!!!


ボールは、ファーストのすぐ横を疾風のように抜けていく!!

ファーストはダイビングキャッチに行く!…しかし!届かないっ!



浅田「抜けたっ!?」

周防「!」


波野「抜けろぉっ!」

「初ヒットだ!!」


和久井「…いや、切れる。ファールだ」



和久井はタオルを首にかけ腕を組んだ状態で、冷静に状況を判断し言い放った。



『ファール!!』


あああ、と横濱側からため息が漏れる、同時に桐生院側から安堵の息。

ボールはファーストベースのわずか横をかすめていった。



宗(あ、危ねぇ…)

住井「次は、サークルチェンジ…ちょっと速かったな」

宗(何が速かっただ、余裕こきやがって…!)

大和(…この住井という選手、かなりの動体視力とバットコントロールの上手さを持っている、それが予選高打率の正体か)







和久井「うちの住井をなめてもらっちゃ困るぞ、大和。自由自在にバットが出ることからついたあだ名”神奈川のスプレーヒッター”は飾りじゃあない」

波野「打てる…!打てるッスよ!住井先輩!!」






















浅田「いーや、打てないね」


浅田はバックネットからマウンドの大和を睨みながら言った。

『大和、第三球!!』







――――――ギュバァッ。

――――――ドォンッ!!!











『ス…ストライク!バッターアウトォーッ!!』



住井「―――!?」

和久井「なっ」

波野「は、速いっ!」

住井(な、なんだ今のは!?ストレートか?…目で捉える事ができなかった…!)



『な、なんと!?球速表示は149kmだ!!住井三球三振ーーっ!!!』



周防「ひゃ、149だと!?…ば、化け物か」

浅田「やっぱな、あのストレートが大和の本気だ」




和久井は右拳を握り締めた。


和久井(…本気じゃなかった、だと。…ふん、なめられたもんだ…!)



一回、両エース共に打者を三人でしとめる、予想通りの試合展開。

熱い甲子園で、投げ合う両者の火花が飛ぶ。






















和久井「神奈川のエース、和久井一人をなめるなよ…桐生院っ…!!」






二回表、横0-0桐。











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