101二回戦、桐生院VS横濱
話は無事沖縄での合宿を終えた将星ナインから離れて、舞台は関西に移る。
未だ続く、全国の球児達の夏が追っていこう。
兵庫県、西宮市にある、大きな大きな球場。
その名前の由来は、この年は昔の人が使った年号を表す十干、十二支のそれぞれ最初の「甲(きのえ)」と「子(ね)」が60年ぶりに出合う年だった。
六十年に一度しか無い年にできたことで、縁起がいいということで、名づけられたという「甲子園球場」。
無数のツタが茂る壁の上には大きな看板がその名前を知らせている、炎天下の元各テレビ局のアナウンサーやカメラマン、それに観客も多くその周りを歩いている。
そしてその中に混じる、髪の毛をアンバランスに立ち上げた青年。
???「うおーっ!すげぇ!ここが甲子園かっ!」
周防「浅田ー恥ずかしいから静かにしてくれよ」
浅田「んなこと言ったってここは聖地ッスよ!聖地、うおーっ!」
周防「ふぅ…」
何故か、東創家商業の二人が甲子園球場前の駅から球場に向かって足を進めていた。
東創家商業は降矢たち将星高校と同じ県に属する高校、夏の甲子園をかけた予選では決勝で強豪桐生院を苦しめるも惜しくも敗退している。
すでに部は新チームとして秋に向けて猛練習に入っているというのに、三年で引退した周防はともかく浅田が何故ここにいるのか。
周防「にしても、皆練習してんのに、お前一人俺の実家が兵庫だからついでに甲子園を見てきます、とか言って来ていいのか?」
浅田「はい、新キャプテンの金堂先輩にも、前田監督にも了承をもらいました!いい勉強になるから見て来いって」
周防「いいのかね、そんな扱いして」
浅田「周防さんこそいいんスか?受験勉強とかあるんじゃ…」
周防「ふふん、実は俺は白樺大学に推薦入学がほぼ内定してるんだよ」
浅田「マジッスか!?」
周防「そうでもなけりゃ、この時期に甲子園なんか来てないよ」
二人はバック側ネット席入場ゲートに向かう、なんでもたまたま周防の家族が知人からチケットを譲り受けたらしい。
浅田「わぁ…」
わくわくしながらゲートをくぐると、そこには太陽が降り注ぐ甲子園球場の黒い土が視界いっぱいに広がる、目を細めると向こうにある青々と茂る自然芝。
辺りを見回すと、まだ一試合目も始まっていない早朝だというのにすでに観客が六割近く入り始めている、なんといっても今日の対戦表は…。
周防「やっぱ、結構人来てるなー」
浅田「今日は注目の日らしいじゃないッスか」
周防「なんてったって、大東寺(だいとうじ)に白老北陵(しらおいほくりょう)、東北流星(とうほくりゅうせい)、桐生院に横濱(よこはま)と人気校目白押しだからな…そりゃ人も集まるか」
浅田「き、桐生院っ!?」
浅田はその名前に素早く反応すると、周防の方を振り返った。
周防「うお、つばがかかったじゃないかっ!…知らないのか?今日の一試合目は桐生院と横濱の注目カードじゃないか」
浅田「…」
浅田の表情が変わった。
『きゃああーーーー!!!』
浅田「…と」
その時前の方、ネット際に陣取っている女性客から大きな声が上がる。
どうやら一試合目の選手…桐生院と横濱の両校の選手がベンチ入りしたらしい。
『大和くーーん!!大和君こっち向いてーー!!』
『きゃあーーっ!和久井君ーっ!頑張ってーーっ!!』
大和は桐生院のエース、和久井は横濱のエースだ。
両方とも、女性陣にかなり人気がある、それも今年の高校野球人気の一つかもしれない。
浅田「けっ、なーにが大和だ」
周防「ま、そういうな浅田、とりあえず席へ座ろうぜ」
唸る浅田を周防は無理矢理引きずって、若干横濱の一塁側よりのバックネットの一角に陣取った。
波野「相変わらず、キャプテンは人気がありますね」
「だよなー、俺らも和久井にあやかりてーってんだよ」
「つーかよ、波野も結構人気あるんだぜ」
波野「え?俺ですか」
「そーだよ、お前結構顔いいじゃん?」
こちらは横濱高校ベンチ、選手達がグラウンド整備の間談笑を交わす。
と、後ろから『波野きゅ〜ん』と声がかかる。
「…な?」
波野「あ、あははど、どもー」
「でもよ、波野もすげーよな、一年の癖に」
「こいつパワー以外は超高校生級だかんな」
「たまに暴走するけどな」
波野「…ど、ども」
暴走、か。
今、アイツは何をしてるのだろう。
かつて、同じく野球で夢を見て、別れていった少女。
冬馬優。
波野(もしかして、どこかで俺のことを見ているだろうか)
結局、言い訳も謝る事も出来はしなかった。
波野が冬馬にしたのは、無情な現実を与えただけ。
今思い返せば何かできたかもしれない、アイツの為に俺は何をしてやった。
振り返っても後悔ですらない、アイツの分まで野球を頑張るんだ。
闇雲にがむしゃらに練習して波野は名門横濱高校へ入学、おまけに甲子園出場を一年生レギュラーで果たした。
ただ、それはもしかしたら冬馬の事を考えないために必死で練習していたに過ぎないのかもしれなかった。
今もあの冬馬の悲しそうな顔を思い出すと胸の奥底にある何かがズキリと痛む。
…だが今は、経過よりも現実を優先しなければならない。
相手は春の優勝校桐生院、間違いなく今回の甲子園でもトップクラスの実力を擁しているはずだ。
生半可な気持ちで戦えば勝てるはずなども無い、波野は思いを振り払って目の前の敵を見た。
「また、和久井への黄色い声だぜ」
「ちょっとは手でも振ればどうですか、キャプテン」
和久井「興味ないな、そんなくだらないことを考える暇があれば気合を入れなおせ」
『横濱高校の選手はグラウンド内で練習を開始してください』
和久井「行くぞ」
全員『おうっ!!』
波野(…冬馬、お前の分まで、俺はやる!)
そして、対する桐生院。
レギュラーではないが、ただ一人望月が一年生としてベンチ入りしていた。
ちなみに桐生院はレギュラー全てが三年であるが、ベンチには南雲、堂島を含め二年生がちらほら入っている。
南雲「望月、見るぜよ。向こうのセカンドも一年ぜよ」
妻夫木「ただ、向こうはレギュラーだがな」
望月「イヤミッスかそれ」
堂島「ふん、大和主将がいる限りそれは無理だがな」
望月「…」
思い切り嫌味に言われてしまった、どうも堂島は望月を嫌っているらしい。
堂島はわざわざ望月に聞こえる声でぼやき始めた。
堂島「大体何故他の二年をさしおいて一年如きがベンチに入っておるのだ…」
???「そこまでにしろよ、堂島」
堂島「…真田、また俺に反論か」
真田と呼ばれた男が堂島に対してつっかかっていく。
もみあげが妙に長いのが特徴的な青年だ。
真田「お前は頭が固すぎるんだよ、大和先輩にも言われてただろうが」
堂島「ぐ、私は年功序列というものを重んじてだな」
真田「だとしたらお前も二年生だから三年生に譲る為にアルプス席へ行ったらどうだ」
堂島「なんだと…!」
神野「やめろお前ら!試合前だろうが!」
大和「そうそう、ケンカはやめなよ、仲良く仲良く」
堂島「ふん!この場は神野先輩と大和先輩を立てて黙っておいてやる」
真田「はん、先に言い出したのはお前だろうが」
ふぃー、っとため息をつく。
目までかかった髪の毛をはらおうともせず、ベンチにもたれかかった男が口を開いた。
南雲「おうおう、うちの二年は中が悪いぜよ、来年が心配ぜよ」
望月「す、すいません神野先輩、大和キャプテン、俺のせいでなんか…」
神野「気にするな望月、お前は実力でベンチに入ったんだからな」
大和「そうそう、堂々としてればいいんだよ」
中々頼もしい先輩達だ。
望月はそう感じた、確かに大和キャプテンを始め、捕手の宗先輩、四番を打つこの神野先輩達三年生は、実力も含め結束力も半端じゃない。
『…桐生院高校の選手は守備練習を始めてください』
大和「よし、みんな行こう!」
全員『おうっ!!』
そして、両軍の選手が甲子園のグラウンドに整列する。
流石に両軍とも実力は高い、独特のオーラが身を纏っている。
すでに観客席は九割が埋まっていて、アルプス席だけじゃなく、外野席からも声援と歓声が飛び交う。
礼を終え、両校の選手がベンチに戻った。
『一番、ショート、灰谷君』
先攻は桐生院、一回戦でも四打数の三安打とかっとばしている一番の灰谷が打席に入る。
『プレイボール!!』
審判の声と同時に、試合開始の合図を告げる大きな大きなサイレンが選手の鼓膜を麻痺させる。
マウンド上は大会屈指の好投手、横濱の和久井。
『さぁー、二回戦で早くも注目の二校があたります。桐生院高校と横濱高校』
『両校とも圧倒的なエースを中心に実力はありますからね、展開は読めませんね』
『和久井、振りかぶって第一球!』
振りかぶって、第一球を投げる!
和久井「…ふんっ!!」
オーバースローからはなたれたストレートが灰谷のバットをすり抜けてミットにおさまった。
ドバァッ!!
『ストライーーック、ワンッ!!』
判定の合図に一塁の横濱側スタンドが大いに盛り上がる。
負けずに、桐生院側のアルプスに座る大勢の野球部員が全開で手のメガホンを叩く。
灰谷(データより速いな…!この二回戦に照準をあわせていたってことか)
『おーーっと!!和久井、一球目がいきなり144kmをマーク!!』
『やはり、威力あるストレートですね』
太陽が甲子園球場の上で笑う。
果たして、どちらが勝利を掴むのか…!!!
一回表、桐生院0-0横濱