099さらば沖縄!また会う日まで!






















長い長い合宿も、今日で最後を迎えようとしていた。

あの後も練習試合を行い日田と対戦した、成績は二勝二敗、実力は五分だっ

た。

結局シーサーとサイクロン+も決着はまたの機会に持ち越された。


御神楽「今日で合宿も終わりだな」

吉田「住み慣れたこの部屋も今日でお別れかー!」

原田「何だか、ちょっと寂しいッス…」

県「完全に住み慣れちゃいましたよね」

大場「長く苦しい日々でしたとです…」


あれから二週間の間、一日中野球漬けだった。

その間大場が風呂で野多摩と同席になり暴走したり、県の要領の良さが発揮

されたり、原田と六条が旅館の各所でマイク片手に喋っていたり、といろい

ろなイベントがあったが、くだらないので省略させてもらう。

窓の外をどこか寂しそうに見ている相川も、この場にいる誰もが肌を黒くし

て練習をし続けた。


西条「キャプテン、今日も練習するんでっか?」

吉田「んー、せっかく沖縄に来たから一日ぐらい遊びに行こうぜ!なぁ相川



相川「…そうだな、一日くらいいいかもな」

西条「ほんまですか!?いよっしゃ!海で泳いでくるでー!」

吉田「お!いいね西条!俺も行くぞっ!相川、柚子誘って海に行こうぜ!」

相川「お、おいっ!…人がせっかく感傷に浸っているというのに」

御神楽「み、三澤さんの水着姿…吉田!僕も行くぞ!」

吉田「おう!みんな来い!今日は遊んで遊び倒すぞー!」

全員『おーーっ!!』


そんな中、降矢だけはあまりいい顔をせずに、部屋を出て行った。


吉田「お?降矢、どこ行くんだ?」

降矢「俺はパスだ、遊んでまで疲れるつもりはねー」


相変わらずの連帯感の無さで一人で部屋を出て行った。


吉田「んー、まぁしょーがねぇなぁ」

西条「先生とか冬馬、六条も誘っていこうや!」

大場「の、野多摩君も…」

相川「よりどりみどりだな…まったく」


一同は、住み慣れた部屋を後にした。

最後に相川が風になびくカーテンを閉めた、ちょっとだけ寂しかった。






















吉田「す、すげーーっ!!貸切じゃねーか!」

日田「当たり前さ、わーの地元さ!」


日田につれてきてやってきたビーチはこの旅行シーズンだというのに、人が

誰もいない。

地元の穴場だという。

確かに、ここに来るまでは山あり谷あり…。


六条「ふぇ…みなさんどこですかぁ〜!」

三澤「梨沙ちゃん、こっちこっち!」


迷っているものも、いる。


日田「後で多分わーの野球部の奴も来ると思うけど、いいさ?」

吉田「まったく、かまわねー!…いよぉっしゃ!御神楽!あの向こうに見え

る島まで泳いでいくぞ!勝負だっ」

御神楽「なぜ、僕がわざわざ君と勝負しなければならないのだ」

吉田「勝った方には柚子のキスだ!」

三澤「ええっ!?」

御神楽「ふん、この僕が勝負を前にして逃げる訳がなかろう」

日田「わーも参加するさ!!」

三澤「えっ?えっ?ええ〜!?」

吉田「いよぉし!相川、高らかにスタートの声を上げろっ!」

相川「……よーい、どん」


ザバァッシャァァ!!


素晴らしい勢いで海に飛び込んでいく三人。

そのまま白い波しぶきをあげて、爆走していく。


三澤「す、傑ちゃん!勝手に決めないでよ!…ってもうあんな所に」

相川「諦めろ三澤」

緒方先生「あらあら、海に入るならちゃんとストレッチしなきゃ駄目よ」


後ろから歩いてきたのは、もうナイスバディとしか形容しようが無い、緒方

先生だった、思わず三澤は自分の胸を隠した。

太陽を受けて眩しい程の白のビキニはその豊満な胸の半分くらいしか隠して

はいない、今にも肩の紐は重量に負けてはちきれそうだ。

三澤は自分の姿を見た、パレオ付きの子供っぽい水着。

大きなため息をついて、砂浜に手を着いた。


相川「別に、それで決まるわけじゃない」


わかったような、わかっていないような相川のセリフが余計胸に痛かった。


ザバァッ!!


日田「わーが一番さ!」

吉田「この野郎!剛、地元の奴はクロール禁止だろっ!」

御神楽「お、おのれ…!」

日田「じゃあ、もう一回勝負するさ!」

吉田「おっしゃ!次は負けないぞっ!」

御神楽「ま、待ちたまえ!!」

三澤「…」

相川「すでに報奨のことは忘れてるみたいだな」

緒方先生「柚子ちゃん、私達も泳ぎに行きましょう」

三澤「うぅ…はぁーい」

六条「や、やっとつきました…」

緒方先生「あ、梨沙ちゃん、あなたも泳ぎに行きましょう」

ぶるん。

六条「はぅぅぅっ!」

三澤「見ちゃ駄目、見ちゃ駄目だよ六条さんっ!」


早速海にダイブした三人を尻目に、砂浜では大場と野多摩が談笑していた。


大場「の、野多摩君…お、おいどんたちはいかがしましょう」

野多摩「んー、ボク達も泳ぎに行こうよ〜」

大場「お、おいどん、実は泳げなかとです…」

野多摩「ボクもだよ〜、ほら、浮き輪」

大場「の、野多摩君に浮き輪っ!…はぅっ」

県「ああっ、大場先輩の鼻から何故か大量の血しぶきが!」

西条「何をやっとんねんお前らは」

野多摩「あ、西条君〜」

西条「なんや野多摩、お前やっぱ泳げんのか」

県「じ、実は僕もなんです…」

西条「かぁー、情けないな。しゃーない、俺がまとめて面倒みたる!まずは

バタ足から始めるで〜!」

野多摩「お〜!」

県「はーいっ!」

大場「う、浮き輪…ハァハァ…」




後に大漁水産の選手も到着し、女子マネージャー陣と緒方先生を見て、失神

するほど喜んだのは言うまでも無い。






















降矢は、桟橋コンクリートの上に腰掛けていた。

古びたサビだらけの小さな港のようなところ。

今はもう使われてはいないのか、前には綺麗な綺麗な青い珊瑚礁が広がって

いる。

それを見ながら降矢はテトラポッド横のコンクリートに腰掛けていた。

旅館の前の道をひたすら歩いていくとここに到達した…何故降矢は海メンバ

ーに参加しなかったのか。




簡単だ、泳げないからだ。


人前に失態をさらすことを誰よりも嫌う降矢は、死んでも海に行こうとは思

わなかった、それでもここは小さな島国、どこに行っても回りは海だらけだ



他にやる事も無い、と一人で釣りにいそしんでいた。


降矢「…」


黙っていると、色々な事を考える。

降矢には合宿の間、一つのことが頭から離れなかった。

『俺は、冬馬の球を打てるのか』


ぴちょん。


降矢「ぬあっ…逃したか」


一瞬、腕に軽い重力感がかかったが、上げた糸の先には餌をとられた釣り針

だけがキラキラと光っていた。


降矢「…ちっ」


もう一度、餌をつけて海に放り込んだ。

そのまま波はあっというまに釣り針を飲み込んだ、それでも海が綺麗なので

魚が集まってくるのが良く見える。


降矢「Fスライダー、Rシュートか…」


自分も今まで数々の球を打ってきた、スカイタワー、アイアンボール、そし

て、シーサードロップ。

しかし打てない球もあった、望月のフォーク、大和のストレート。

そして勝負していないのは、同じチームの冬馬のFとR。










冬馬「あ、降矢!…もう、こんな所で何してるの?」







降矢「ああ?…ちんちくりんじゃねーか、どーしたんだよ」

振り向くと、走ってきたのか息を切らした冬馬がシャツとジーパンという姿

で立っていた。


冬馬「それはこっちのセリフだよっ、みんな海で遊んでるのに降矢だけいな

いんだもん」

降矢「…群れるのは嫌いなんだ」


素直に理由を言うのが嫌だったので、適当にごまかしておいた。

冬馬は、もう相変わらずなんだから、と言いながらも降矢の隣に腰を下ろし

た。


降矢「あんだよ、お前こそあいつらと遊んでこいよ」

冬馬「だって、それだと降矢が寂しいでしょ?一人で」

降矢「別に寂しくなんかねーよ、一人は嫌いじゃねー」

冬馬「ま、いいじゃない、いいじゃない」

降矢「…好きにしろよ」


そのまま静寂が続く、冬馬は何が楽しいのかにこにこしながら釣り張りの餌

に近づく魚を目で追っている。

そんな姿を見ているともう何度思ったかわからない、こいつは男なのか?と

いう疑問にかられる。

二人だけで会話も無い、それなのに冬馬は何故か嬉しそうだ、対する降矢は

とても気まずそうな顔をしていた、こいつとは話す話題がねー。

何とかこの雰囲気を振り払おうと降矢は野球という共通の話題で切り出した




降矢「…なぁ」

冬馬「ん?なに?」

降矢「…お前の、ファントムとライジング、誰にも打たれない自信はあるか

?」

冬馬「…」


再び沈黙、波音だけが二人の耳に届く。


冬馬「わかんない」

降矢「はぁ?」

冬馬「そんなの、打たれるときは打たれるもん」

降矢「…お前な」

冬馬「なんだよ〜!だってそうだもん」

降矢「まぁ、そうだけどよ」

冬馬「でしょ?…………えへへ」


急に冬馬が体を近づけてきた。


降矢「うわぁっ!なんだよ気持ち悪ぃーな」

冬馬「いいじゃない、男同士だし…あっ!降矢、かかってるかかってる!」

降矢「何!?せいっ!!」


ひゅっと、さおを上げると水しぶきと同時に小さい魚が一匹上がってきた。

それはそのまま地面に落ちると、ぱたぱたとはねた。


降矢「…小せー」

冬馬「本当だね、可愛い」

降矢「お前みてーだ」

冬馬「え…?ふ、降矢?」

降矢「…ああ?なんだよ」

冬馬「う、ううん。何でもない」


ちなみに降矢は小さいのが冬馬らしいと言ったつもりだ。

もちろん冬馬は可愛いのに対してその言葉を受け取っていた。

冬馬は顔を赤らめて、黙ってしまった。

こうなると、ますます降矢はやりづらい。


降矢「…おい、ちんちくりん」

冬馬「え?あ、な、何かなっ」

降矢「次はお前がやってみろ」

冬馬「え!?む、無理だよっ、俺釣りとかしたことないもん」

降矢「この際だから、覚えてみろ。ほら、まずは餌だ」



冬馬「…っきゃぁぁぁぁーーーーーっ!!!!」




降矢「うるせー!なんだよいきなり!」

冬馬「みっみみっ、みみみみみ」

降矢「あーそうだよ、ミミズだよ、それがどーした」

冬馬「お、俺そんなの触りたくないよっ!」

降矢「あんな、これが餌なんだよ」

冬馬「うぎゃあっ!持たないでよ!!」

降矢「…ほれほれ」

冬馬「ぎゃああああ!近づけないでぇ〜〜っ!」

降矢「…アホらし、ほら俺が餌つけてやるから、こっち来いよ」

冬馬「もー…最初からそうしてくれれば良かったのに…」



そのままなんだか、普段とは違う雰囲気で時間を過ごしてしまった。

不思議と降矢の気まずさはもう消えていた、そして冬馬と勝負する事も今は

忘れていた。

しかし、その疑問はまた遠くない未来、再びわいてくることになる。

ただ今は二人は穏やかな時間を過ごした、降矢は信頼できるのかできないの

か良くわからない、不思議なチームメイトとして。

冬馬は…………。


























翌日、一同は再び那覇空港に戻った、お別れの際に日田と大漁水産高校の面

々も見送りに来てくれた。


吉田「なんか色々ありがとよ剛!」


おみやげと称して買ったレンズの部分に「海人」のロゴ入りサングラスをか

けて吉田は日田に礼をした。

はっきり言ってこのサングラス、見にくくて仕方が無いのだが。


日田「あー!次は春の甲子園で会おうさ!」

相川「言ってくれるじゃないか剛」

金城「俺達は本気さ」

御神楽「ふふ、僕達も頑張らなくてはならないな」

原田「次はそのシーサーを打つッス!」

日田「あっは!待ってるさ!」

西藤「よう、冬馬君。次はそのFスライダー、打って見せるからよ」

冬馬「うん!また、戦おうね!」

今来留須「西条君の、ストリームも次はホームラン打つんだな」

西条「やってみろよ、デブ」

今来留須「デブじゃないんだな!!」

野多摩「じゃ〜何〜?」

今来留須「…ぽっちゃり系なんだな」

県「あはは…」

大場「ものは言いようとです」

多佳子「じゃーね由美子、また遊びに来なさいよ」

緒方先生「そっちこそ、たまには本土に来ればいいじゃない」

多佳子「ま、彼氏ができたらね〜。…あと、柚子ちゃんに梨沙ちゃんもこん

な胸にばっか栄養が行って、男に縁がない女になっちゃ駄目よ」

緒方先生「多佳子〜…」

多佳子「冗談さ〜!」

三澤「はい、色々ありがとうございました!」

六条「お世話になりました〜」

多佳子「はいはい〜、ぜひとも沖縄に来る際は旅館「日田」にね〜」

三澤「あはは、はい!」

六条「しっかりと宣伝しておきますぅ〜」



吉田「それじゃ行くか!!」

全員『おう!!』



日田「みんな!せーの!!」


『またんやーーーー!!!』


野球部全員で、別れの挨拶を沖縄語でしてくれた。

こうやって野球で仲良くなるってのはいいことだよなぁ、吉田は目頭が熱く

なった。


吉田「…よし、みんないざ帰還だ!…けど、さっきから降矢の声が聞こえな

いんだが」

六条「あ、そういえば降矢さんは飛行機が…」


降矢は無言で震えていた。


降矢「お、俺は二度とあんなものに乗らんぞ!」

冬馬「でも、乗らないと帰れないんだよ」

降矢「それでも構わねー!」

吉田「仕方ない、無理矢理のせるぞ!!」

大場「任せるとです!」

御神楽「大人しく観念するがいい」

相川「やれやれ…」

降矢「う、うわーーーーーー!!!」




















ゴォォォ。


一機の旅客機が、今日もまた空港を飛び立って行った。


金城「さぁ、帰るか日田」

日田「ああ…また甲子園で会えるといいさ」

西藤「そのためにはまず俺達がしっかり練習しなきゃな」

今来留須「ファイト、なんだな!」


沖縄大漁水産の面々も、空港を後にしていった。

また会おうな、日田は口だけでそう飛行機に向けて言った。












こうして、長く苦しかったが、楽しかったイベント満載の合宿も終わりを告

げた。

それぞれの思いをのせて、思い出をのせて。

一同は将星高校へ向けて帰路に着く。





















降矢「二度と沖縄なんか来るかよぉぉーーーーーーーーーーーーっ!!!」











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