097大漁水産戦12太陽の下で





















西条「ん…」


目覚めて初めて見えたのは蛍光灯。

そうだ、日射病で倒れて保健室に運ばれたのだった。

鼻を突くのは、消毒液のにおい。


緒方先生「大丈夫?西条君」

西条「のわあっ!!」


次に見えたのは、大きな胸だった。

視線を上にずらすと、緒方先生が心配そうな目で覗き込んでいた。


西条「あ、は、はい。もう、大丈夫ですわ」

保険医「軽い日射病で良かったですね、もう十分に体温も下がったでしょう」

緒方先生「はい、これ。しっかりと水分とって頂戴」


ベッドの上、ユニフォームで横たわる西条にスポーツドリンクが渡される。

随分喉が渇いていたことに気づき、それを一気に飲み干すと、ようやく体に元気が戻った気がした。


西条「…そうや!試合は、試合はどうなったんや!?」

緒方先生「きゃあっ!き、急に大声を出しちゃびっくりするでしょ…」

西条「せ、先生!試合はどうなったんですか!?」

緒方先生「わ、わからないわ。私はずっと西条君を観てたから…」

西条「ほ、ほな、わいが倒れてからどれぐらい経ちました?!」

緒方先生「一時間半くらいかしら…ほら、もう太陽の光が窓から入ってきてるし」


真上にあった太陽は、すでに傾き始め保健室の窓に入り始めている。

緒方先生は西条の体に障るかな、とその窓のカーテンを閉めに窓に近づいた。



































―――ガシャァッ!!



緒方先生「きゃああっ!!!」


突然窓ガラスを破って何かが室内に乱入してきた。

緒方先生はぶるんと胸を揺らしながら『それ』を必死によける。

『それ』は二三度、固い音で床を叩いた後、ゆっくりと転がって西条のベッドの足元で止まった。


緒方先生「あぁ〜…」

保険医「だ、大丈夫ですか?」

西条「な、なんやねん…」


西条はその物体の正体を確かめようとベッドから降りた。

衝撃でガラスの破片を纏った、白く丸い…。




西条「…ぼ、ボールやと!?」





思わず窓に駆け寄る、目の前の中庭をはさんだ向こうにあるグラウンド。

その間に立ちふさがる10Mを越える高いフェンス、これを越えてきたというのか。

まさか、ここまで飛ばそうと思えば軽く140Mは出さなければいけない。

そんな球、今の高校生に飛ばすのは普通は無理だ。

しかし、西条が見たボールには明らかにバットでとらえたかと思われる小さな跡が残っている。


あの、日田のシーサーを捉える事が出来て、ここまでボールを飛ばすことができる奴…。

何故か、西条の頭に目つきの悪い金髪が思い浮かんだ。



西条「ふ、降矢…?」

























日田は振り返ろうとはしなかった。

本能的に、視覚的に、打球が遙か彼方の向こうまで持って行かれたことがわかってしまったからだ。

しかし暗い表情ではなかった、ここまでいい当たりをされると帰って清々しかった、全力で戦って打たれた、悔しくないというと嘘になるが、悔いは無い。

降矢も打った状態から動かなかった、完璧なあたりだ。

打球はもう見えないところまで飛んでいって消えた、サヨナラツーランだ。


相川「さ…」

原田「サヨナラホームランッス!!」


ようやく降矢が動いた、思い切り金属バットを投げ捨てると、ベースを回り始める。


県「さ、流石降矢さん!!」

大場「降矢どんすごいッス!!」

三澤「す、傑ちゃん!」

吉田「信じてたぜ降矢ーー!!」

六条「はふぅ…素敵…」


ベンチも狂喜乱舞だった、六条は降矢に見とれていて静止していたが。


冬馬「降矢…」


冬馬も笑顔を見せている、今になってようやく体がバテバテな事に気づいた。

日差しにやられたのか、体を動かすのは気だるいが、それでも降矢の勇姿を見ようとベンチに寝ていた上半身を起こした。



吉田「こぉんのやろーー!!」

県「すごいです!すごいですーーっ!!」

御神楽「やるではないかっ!」

野多摩「わーいわーいっ」


ホームインした途端にボカボカと味方の袋叩きにあう。

しかし、珍しく降矢はそれにやり返さないで大人しいままだった。


金城「やられた、な」

日田「完璧に捉えられたさ、言い訳の仕様もないさ」

金城「最後の最後までシーサーにこだわりすぎたな、俺のリードミスだ。スマン日田」

日田「違うさ。…きっと、あそこでストレートのサインを出されても、わーはシーサーを投げてたさ、キャプテン」

金城「日田…」


日田はゆっくりとナインに囲まれている降矢のところまで歩いていった。


日田「金髪、『今回』は俺の負けさ」

降矢「ん?…負け惜しみか」

日田「あっは、容赦無いさ〜」


日田はニカッと笑うと、右手を差し出してきた。

いい勝負だったさ、と言った。


降矢「どいつもこいつも、熱い野郎だな、うっとおしい」


そんな事を言いつつも、降矢は苦笑した。

そしていつものごとく、差し出された右手には無反応。


降矢「何のつもりだ」

日田「…見てわからないさ?握手さ〜」

降矢「そんなガラじゃねーよ、拳握れ」

日田「…?」


日田はそのまま出した右手をグーに握った。


降矢「こっちの方がガラにあってる」


降矢も右手を握った、そして拳と拳を軽くあわせた。

コツンッ。


日田「…金髪らしいさ」

降矢「ふん、うるせーよ」



降矢はそれだけ言うと、ベンチによろよろと戻っていく。

そして、冬馬の前で止まる。


冬馬「ふるや…?」

降矢「打ったぜ、ちんちくりん。俺達の勝ちだ」

冬馬「あ…」



どきんっ。


降矢に笑われると、何故か胸が熱くなった。

これはきっと太陽のせいじゃない。

きっと…。




ドサァッ!!


冬馬「ふ、降矢!?」

六条「降矢さんっ!?」


いきなり降矢は力が抜けたように仰向けに倒れた。

六条と冬馬は素早く、降矢に駆け寄る。

遅れて、三澤と吉田も降矢の元に走ってきた。


吉田「うわ!顔真っ赤じゃねーか!?」

六条「降矢さん!降矢さん!しっかりしてください!」

冬馬「降矢!降矢ぁっ!!」

三澤「大変だよぉーっ!日射病かな!?」

吉田「またかっ!?」



朦朧とする意識の中で、降矢の目にはクソまぶしい太陽が映っていた。

目を塞ごうと手を伸ばそうとしても、体中の力が抜けたように動かなかった。


降矢(…悪くねー)



これだから、野球は嫌いじゃねーんだ。

まだ手に残る感触が体とは裏腹に降矢の心を躍らしていた。








こうして、熱い戦いは降矢のサヨナラツーランという形で幕を下ろした。

上空は雲ひとつ無く、太陽だけが輝いていた。

そんな太陽の下で、光を反射して、金属バットが鈍く光っていた。













沖縄大漁水産−将星高校。

2-4で、将星高校の勝利!























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