095大漁水産戦10その名は『R』
降矢対日田、サイクロン+対シーサー、この試合二度目の対決はシーサーがサイクロン+を見事にかわし勝利を収めた。
冬馬もFスライダーとカーブを使い分け海人打線を抑えていくが、球数110を越えたにも関わらず、鬼のスタミナで日田は将星打線を抑えていき…。
グググ、グァッ!!
大場「う、うおおですとっ!」
ズバンッ!
大場のバットは全く見当違いの場所を振る。
『ストライクバッターアウトォッ!チェンジ!』
吉田「ぐ…」
何とか二死から吉田が四球で塁に出たものの、大場の三振で八回裏もゼロで抑えられてしまった。
試合は同点、膠着した状態のまま後半に突入、最終イニングの九回を迎えた。
この回の先頭打者は四番の金城から。
『四番、キャッチャー、金城君』
金城(くそぉ、どうしたもんさ…)
マウンド上には相変わらず、不適に可愛らしい笑みを浮かべる冬馬。
西条や日田と違いコントロールがいいから、どうしても崩しにくい。
その上、Fスライダーを効果的に投げ分けてくるから、右打者はつい腰が引けるから外角に手が出ない、左打者はFスライダーが来るとどうしようもない。
バシィッ!!
『ストライク、ツー!』
ボール球を巧みに使い分け、あっというまにカウント2-1で追い込まれる。
金城の頭の中は迷いが渦巻いていた、Fか、それ以外か。
コントロールが良い利点はもう一つある、余裕を持ってリードできるからすぐに打者を追い込むことが出来る。
そして唯一の弱点である精神力の弱さも、今は西条の代わりに打たれないという使命感がそれを打ち消していた。
冬馬「はぁっ、はぁっ!必死に投げた西条君の為にも打たれるものか!」
冬馬は感情の起伏が激しい、だから気持ちによって精神力は…。
相川「強さにも弱さにもなる!!」
ヒュザァッ!!!
金城「Fスライダーっ!?」
バシィッ!!
とんでもない外角のボールゾーンからギリギリストライクのコースに入ってくるファントムに、金城、手が出ない。
『ストライクバッターアウトォッ!!』
冬馬「よぉーしっ!!」
ぶんぶんと手を上下に振って喜びを最大に表現する。
大場「…はぁはぁ、冬馬君…」
原田「大場先輩、鼻血、鼻血」
相川(しかし、もう一つの心配がどこで出るか…)
もう一つの冬馬の弱点、スタミナ、だ。
冬馬「はぁっ、はぁっ」
相川(今は気持ちが先攻してるから疲労に気づいていないだろうが…気づいた時に一気に来る)
西条と同じだ、知らず知らずの内にこの沖縄の燃え上がる太陽にスタミナを奪われていき、わずか百球にも満たない球数でバテきったのだ。
まして西条よりもスタミナが少ない冬馬なら…。
相川(今はFで球数少なく抑えて行っているが、六、七、八…これで三イニング目。そろそろ…)
西藤(あんな小さぇ奴なら、頭がのぼせてくる頃だろうがよ)
『五番、ショート、西藤君』
西藤も考えは同じだった。
どう考えても冬馬はスタミナたっぷりの奴には見えない。
西藤(さっきのFスライダーだってそうだ、初めての時よりも若干変化が落ちてきてる)
冬馬「はぁっ、はぁっ!よーし!」
その通り、冬馬の頭はすでにぼーっとしてきていた。
やはり太陽の光の下で、おまけに今まで気迫全開の全力投球を行っていたせいでスタミナの減り具合は普段の三倍だ。
すでに肩が上下していたが、アドレナリンが疲労を忘れさせる、気持ちで投げる。
冬馬「やーーっ!!」
冬馬、西藤に対して第一球!!
ボールは、背中のさらに外のライン!
そこから、いきなり食い込んでくる!
ヒュザァッ!!
そして、いきなり目の前を真横に通過する!
バシィッ!!
『ストライクワンッ!!』
西藤(ち…変化が減ってるからっていっても、やはりこの威力はヤバいぜ)
左打者にとってはFスライダーは消える魔球。
西藤は何とかならないものか、と頭を捻った。
相川「―――む!」
冬馬「はぁ、はぁ…にゃ?」
なんと西藤は左バッターボックスから右バッターボックスへと移動した。
右打者として、『F』に立ち向かおうと言うのだ。
相川(成る程、赤城と同じ考えか)
かつて霧島の捕手赤城はあえて右打ちから冬馬の精神的脆さをついて攻略しようとした。
同じく西藤も右打ちから攻略しようとした、ただ理由は少し違う。
ボールに対する恐怖さえ我慢すればなんとかファースト側に流し打てるかもしれない、という可能性にかけたのだ。
「い、いいのかね君?」
西藤「いいんです」
審判からの疑問の声も、西藤は軽く流す。
西藤もまた練習試合とはいえ日田の力投に心打たれて何とかこの試合を勝とうと、必死に考えていた。
相川(右打者、か…冬馬のコントロールがいいとはいえ、やはり不安は残るな)
しかし予想とは裏腹に冬馬は熱血しまくっていて、精神的な弱さなどはどこかへ吹っ飛んでいた。
しかし、この際だから相川はあの球を試そうかと思った。
相川(試してみるか、冬馬)
冬馬(…え?あ、あれですか?)
相川(完璧とまではいえないが、一応の威力はあるはずだ)
冬馬(…は、はいっ!!)
プレートの上の砂を払い、ロージンバッグを入念につける。
その動作を見て西藤は次の球をFだと読んだ。
冬馬は握りを確認した後、投球動作にゆっくりと入った。
振りかぶり、プレートの端からサイドスローで対角線上に球を投げてくるっ!
冬馬「でぁーーーっ!!」
ビシィッ!!
ボールはアウトコースのミット目掛け真っ直ぐ進んでいく!
西藤(見える!)
やはり見える、右打者ならなんとかボールを視界に入れることは出来る!
後は何とかして曲がってくるボールを打ち返すだけだ!
西藤は、バットを出した!
グ、ンッ!!
西藤「―――な、なんだとぉっ!!!!!!」
しかし、予想とは裏腹にボールはするすると外角へそれていく!
こ、これは『シュートボール』だ!!!
西藤(シュ、シュートだとっ!?)
完全に裏をかかれた形となったが、西藤は諦めない!
まだ若干シュートの球速が遅めなのをいい事に、必死に手を伸ばす。
なんとか、ボールにバットが届きそうだ!
西藤(届く!これなら、バットの先で捉えられる!一・二塁間を抜けろ!)
―――グ、グァッ!!
西藤「―――っ?!!!!!!!!」
今来留須「だなっ!?!?」
金城「た、球が…!」
日田「あ、上がったさぁーーーーーっ!!?」
そう、ボールは、シュート変化の後にわずかだが上にホップした。
西藤「あ、ありえん!!」
ガキィッ!!
バットはボールの下に当たり、打球は高く上がったキャッチャーフライ。
相川は冷静に落下点に入り、捕球した。
パシィッ。
『アウトォーーッ』
西藤はフォロースルーの体勢のまま動けないでいた。
な、なんだ今の変化は!?
西藤「な、斜め上に変化する球だと…!?」
確かに今のシュートはバットに当たる少し手前で上にホップした、今までの球を見ている限り、冬馬はホップするようなストレートを放る投手じゃない!!
相川「Fスライダーの逆だから、Fシュート、だと思ってたんだけどな」
西藤「っ!?」
相川「予想以上の威力だ。…これはもうファントムとは別の代物」
西藤「…」
相川「―――R(ライジング)シュートってとこだな」
西藤「ら、ライジングシュート…」
ソフトボールでは上に変化するライズボールがあるというが…。
ライズボールの握りは、シュートの握りと似ているらしい。
相川(そうか、冬馬は以前アンダースローだったな。…サイドに転向したといえど、まだ若干手は下から出てくる、そこに強烈なシュート回転を与えたから、ボールがライズしたんだ…)
冬馬「ど、どうだっ!!」
相川(練習では一度もこの変化は無かった。…この土壇場、しかも一発で決めるとは、本当に冬馬の力は良くわからん)
打たれて泣くほど弱いかと思えば、追い込まれた勝負球をきっちりと投げる勇気もある、相川は苦笑した。
その後、冬馬は今度はライジングを使わず、ファントムだけで六番打者を抑えた。
『スリーアウト、チェンジ!!』
冬馬「う、うにゃにゃ…」
ぽて。
冬馬はベンチに倒れこんだ。
三澤「わわわっ!大丈夫冬馬君!」
六条「汗だくですよぉ〜」
冬馬「はふ……あついよぉ…」
相川「疲労が来たか」
これで、九回を抑えたことになる。
今の回は気持ちでのりきったが、冬馬のスタミナも、もう限界だろう。
相川「この回で決めないと、きついな」
降矢「ふん、情けねーなちんちくりん」
つまり、九回裏サヨナラ。
打順は六番の原田から…何とか一人でもランナーに出れば、シーサーを捉えられる降矢につなげば勝機は見える。
降矢「意地でも俺に回せ!!」
原田「ウィッス!!」
野多摩「うんっ!」
冬馬「降矢…?」
降矢「見てろ、ちんちくりん。…ここで、決めてやる!」