092大漁水産戦7シーサー攻略戦
五回裏、沖2-2将。
降矢のタイムリー、吉田のホームランで二点を先制した将星…だったが先ほど五回に沖縄大漁水産に追いつかれた。
打たれた西条は大漁水産高校の保険医により、やはり日射病と診断された。
六条「西条君、大丈夫ですか〜?
野多摩「西条君〜!」
呼びかけるも、荒い息が帰ってくるだけだ、汗の量はすでに尋常じゃない。
保険医「とりあえず、保健室で休ませましょう。ここは暑すぎます」
先ほどまで35度を越える真夏の気温の中、左腕を振るい続けた西条。
マウンドの土が熱くなるくらいの太陽の下、そこに立ち続けたのは立派だ。
最初こそ久しぶりのマウンドに興奮して忘れていたが、疲労が蓄積して、暑さに気づいてからの投球は意地だった。
野球に「If」は無いが、失点したと言えど西条のピッチングは見事だったと言える。
そんな西条を、降矢は少しだけ認めた。
この男もまた変わってきている、真剣に野球をするようになって、誰かの為に、という言葉は使えるようになった。
決して前の降矢ならそんな事を思った自分に嫌悪感を覚えていたであろう。
だが今は口には出さないが、チームの為に根性を見せた西条の為に何とか一矢を報いたいという気持ちはある。
勿論、降矢の場合は勝利する、という感情の方が大きいのは言うまでも無い。
緒方先生「そうね、涼しい所で休ませないと…」
降矢「休む、だぁ?先に楽しやがって、死ねジョー」
西条「…ば、馬鹿野郎…そ、そんな余裕は無いで…」
冬馬「言いすぎだよ降矢!」
西条「あ、冬馬…」
冬馬「え?」
西条「後は、頼むで…。練習試合言うても、ここまでやったんや。負けられるかい!…絶対に、ホームを踏ますなや」
西条は震える手で、ボールを冬馬に渡した。
冬馬「…うん!」
降矢「ちっ、気取りやがってよー」
相川「西条、早く行け。ここにいたら本当に死ぬぞ」
保険医「じゃ、連れて行きますね。おい!担架運ぶぞ!」
西条は保険医と大漁水産のベンチの選手に担架に乗せられ、保健室に運ばれていった。
緒方先生「じゃあ、私も一応付き添いで見てくるわね」
相川「はい、お願いします」
六条「西条君、大丈夫かな…」
降矢「あの根性があれば死なねーだろ」
六条「降矢君…」
降矢「んなことより、次のバッターは誰だ」
『六番、セカンド、原田君』
原田「お、俺ッスか!!」
降矢「いいか、原田。なんとしても塁に出ろ」
原田「お、おうッス!」
降矢「次の打席は、あのふざけた球をスタンドに叩き込んでやる…!」
打席に立つ原田、相変わらず野多摩と降矢と吉田以外には安打を許していない日田。
そして、吉田にストレートで打たれてからは、ここまで全て『シーサードロップ』を投じてきている。
これに対して将星打線はついに手も足もでなくなった。
グググ…グアッ!!
原田「うわぁッス!!」
バシィッ!!
「ストライクワンッ!!」
原田への一球目はいきなりそのシーサードロップ、ボールはど真ん中から低めに鋭く落ちる。
回を増すごとにその変化とキレは増えてきている気がする。
大場「な、何だかシーサードロップの曲がりが大きくなっていないとですか?」
県「そういわれてみればそうですね…」
降矢(いや、気のせいなんかじゃねー)
明らかに、威力が増している。
その証拠に、今のシーサーはど真ん中から落ちているのに、ワンバウンドするほど縦変化している。
降矢(野郎…この暑さの中でなんて体力だ)
西条が日射病を起こしたほどの猛暑の中だったが、対するマウンドの日田はどんどんと球の威力が増してきている、まるで太陽をエネルギーにしているようだ。
降矢(ソーラーパワーか、おい)
ズバンッ!!
「ストライク、ツー!!」
日田「さーーっ!!」
ようやくストレートが日田から放たれた…が、原田は見逃してストライク。
本当にソーラーパワーで動いているのかもしれない、ストレートも明らかに伸びてきている。
金城(ようやく、調子が出てきたか)
マスクを被る金城はニヤリと笑みを浮かべた。
そう日田はスロースターターなのである、実は初回のシーサーはまだ本調子では無かった、だからこそ降矢も打てたのであるが…。
日田「どんどん行くさぁっ!!」
日田、三球目!
ボールは外角低め、球の速さに原田はバットを出すが、そこからボールは激しく落ちる!
グググンッ!!!
原田「!!」
バシィッ!!!
「ストラックバッターアウッ!!」
日田「しゃーーーっ!!」
原田、三球三振!
雄叫びを上げる日田に、降矢は表情を険しくした。
降矢(…んの野郎。やってくれるじゃねーか)
降矢しか打てなかったシーサー。
そしてその降矢が打ったシーサーよりもボールは遥に曲がり落ちている。
この後、七番野多摩も簡単にシーサーで三振を奪われ、未だ突破口が開けないままあっという間に二死を取られてしまった。
『八番、ピッチャー、西条君に変わりまして、冬馬君』
降矢「…ん?」
県「あ、そうだ、この回から冬馬君が打席につくんですよね」
冬馬「うん、頑張ってくるよ!…降矢」
降矢「ああ?」
冬馬「…勝とうね!」
降矢「お前に言われなくても、わかってる」
冬馬はえへへ、と爽やかな笑顔を残してバッターボックスに向かった、一体何が嬉しかったのだろうか。
野多摩「冬馬ちゃん…」
吉田「とはいうものの、苦しい展開だな…」
吉田は腕を組んだ、彼も降矢同様日田の調子が右上がりなことに気がついていた。
御神楽「うむ、回を増すごとに調子を上げている…。同点は言えど、何とかしなければ回を増すごとにきつくなるぞ」
確かにそうだ、日田はこの炎天下の中で、まったくバテないスタミナを要している。
更に、尻上がりに調子を上げてきているのは目に見えて明らかだ。
相川「あの変化で打てないのに、どうなるんだ」
吉田「何とかシーサー以外を叩こうと思っても、中々投げてこないしなー」
御神楽「ほとんど変化球中心の組み立てか…。普通は余計に疲労はくるはずなのにな」
三澤「うーん、何とかならないのかな…」
吉田「やっぱ、この試合の勝利の鍵はシーサー攻略になるか…!」
相川「しかし、あの縦の変化は捉えづらいぞ、吉田」
吉田「あー、成川の森田のスカイタワーみたいに真っ直ぐ落ちてくれば、打ちやすいんだけど…」
御神楽「シーサーは微妙に横変化もするからな、どうしてもバットに当てにくい」
三澤「じゃあ、全部シーサードロップ狙いで打ったら…」
相川「いや…今のシーサーは当てるのすら困難だ、あの変化だからな」
吉田「…うむむむ!」
相川「お前は考えるな、パンクするぞ」
吉田「むむむぅ…」
相川、吉田、御神楽の三人は何とか打開策を、と必死に日田の投球を見つめた。
打席に立つ冬馬も必死に考えていた、今の四人は打者の視点から見た感想だ。
だが、投手から見ればシーサーの威力はどうなのだろうか、自分もFスライダーという武器を持っている。
そして、シーサーがマサカリ投法から投げられる!
日田「づああっ!!」
冬馬「…っ!」
グ、ググググンッ!!
さらに、落下幅は増す。
ズバァッ!!
「ボールワンッ!!」
判定はボール、高目なのに『落ちすぎて』ボール。
なんて、落差だ。
冬馬(うわ…予想以上だよぉ。縦変化がすごい上にちょっとスライドもかかってる)
冬馬はまず驚いた、バッターボックスに立って始めてわかるシーサーの威力。
もしかして、自分のFスライダーもそうなのかもしれない。
バッターからすれば自分が思っている以上の威力を持っているのかもしれない。
冬馬(こんなのよく降矢打ったなぁ…)
ベンチでボールの変化を目に焼き付ける降矢を見る、試合となると目つきが変わる。
普段から目つきは悪いが、今は県や六条が惹きつけられたあの目をしていた。
ただの目つきの悪さではない、奥での炎がギラギラと光っている。
冬馬はその目線に少し震えあがってしまった、目をそらした後、何故か顔が赤くなる。
冬馬(…)
そんな事はどうでもいい、今は目の前の球を何とかしないと。
冬馬(でも、絶対は無い、何か弱点があるはずだよ)
圧倒的な変化量の多さに対して、シーサーという武器に対して…。
考えている間に、日田はすでに第二球を投げてきた、速いテンポだ!
日田「さぁっ!」
バシィッ!
シーサーではない、ストレートだ!
「ストライクワンッ!」
冬馬「うにゅにゅ…」
考える前に投げてくる、この速いテンポが、地味にだがシーサーの攻略の壁となっている事に気づいただろうか?
日田「あっは!無理無理、わーのシーサーは打てんさ!ようやく調子も上がってきたからさ」
冬馬「そ、そんなことないもん!絶対に何かあるもん!」
日田「じゃあ…打ってみるさー!!」
日田、第三球!シーサーだ!
グググ、ググググンッ!!
冬馬「っ!」
今までで、一番変化が大きい!
ボールは胸元内角コースからさらに内角の膝元ボールゾーンに落下していくっ!
冬馬(ふ、振らなきゃ何もわかんないっ!…せめてボールに当てなきゃ!!)
冬馬は内角のボールに一瞬たじろぐも、すぐに目を見開いてシーサーの変化を見た。
当てるだけ、当てるだけでもいい!冬馬は必死に曲がり落ちるシーサーに手を出した。
冬馬(せめて、降矢に何かヒントをあげなくちゃ!)
カキィンッ!!
日田「う!?」
冬馬「あ、当たった!」
しかし本当に当てただけだ、おまけに内角の球を無理矢理に流し打った打球だ、威力は無い。
ボールはふらふらっと上がったショートフライ…だが?!
野多摩「お、落ちろ〜!」
相川「いや、落ちるぞっ!」
面白い所に打球は上がっている、レフトとショートのちょうど間…!
ボールは上昇をやめて、ゆっくりとグラウンドに落ちていく…。
しかし、ショートは先ほどファインプレーの西藤!
今回もまた動きが速い!あっというまにボールの落下点に向かう。
西藤「しゅっ」
軽く息を吐き出すと、思い切り地面を蹴った。
背面ジャンピングキャッチ!
バシィッ!!
冬馬「ああっ!」
金城「と、取ったさ!!」
日田「西藤さん!」
「スリーアウト!チェンジ!!」
またもや当たりを防いだのはショートの西藤だった。
この男、尋常じゃなく守備範囲が広い。
西藤「ふぅ…取れたか。危ない危ない」
チェンジになり、冬馬はとぼとぼとベンチに帰ってきた。
冬馬「降矢、ごめん…」
降矢「…いや」
冬馬「へ?」
いつもの調子で厳しい事を言われるのかと思ったが、降矢は予想に反して真剣な表情のまま冬馬を迎え入れた。
降矢「少しばかりだが、見えてきたぞ。シーサー攻略の『鍵』が」
冬馬「え!?」
県「ど、どうしてですか降矢さん!?」
降矢「今の当てただけのバッティングで、勢いは弱いがショートの頭上を越すようなヒットだ。…後は自分で考えな」
大場「むぅ…お、おいどん頭が悪いからわからないとです」
冬馬「ふ、降矢〜!教えてよぉ〜」
降矢は冬馬の額にデコピンをかました。
バチィッ!
冬馬「んきゃっ!?な、なにするのぉ〜!?」
降矢「その前にお前は、しっかり打線を抑えろよ」
グラブを持つと降矢はライトの守備位置に走っていった。
冬馬「…そうだね、よーし!」
Fスライダー冬馬がマウンドに、立つ。
六回表、沖2-2将。
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