091大漁水産戦6西条、奮闘!

























五回表、沖0-2将、無死走者一塁。

西条はまたも先頭打者を許していた、今度は四球で…ワンスリーから際どい場所を見送られてしまった。

やはり、コントロールはまだ完全とはいえないようだ。

特にボールが先攻すると、甘いコースにストライクを投げるのが嫌なのか、そのまま外れていってしまう。





『八番、センター、屋宜(やぎ)君』


相川(そろそろ変え時か)


さきほどの四回までの球数は68、これは多い方だ。

やはりコントロールが定まらないのか、ここぞという所でスクリューが甘いコースに入る。

それを打たれ、さらに意識してかストレートが外れ四球を出してしまう。



ググンッ!!…バシィッ!!


「ボールツー!!」

西条「くっ!」


西藤をしとめたストリームだったが、やはり練習不足だからか、まだ中々コントロールが定まらない。

あっという間に弱点をさらしてしまった、こうなると先ほど吉田が日田を打ったとき同様…。


カキィーーーンッ!!!



西条「っ!!」


カウントが苦しくなり、投げたスクリューを狙われレフト前に運ばれる。

相手はコントロールに不安があるストリームは確実に見逃してくる…沖縄大漁水産これで無死一塁、三塁。

西条はまたもやピンチを迎える。

そして次のバッターボックスには…日田!



日田「取られた点は自分で取り返すさー!」

西条「ぐ…」


もう一つ、ストリームが西条に及ぼした影響。

西条は左手の指をズボンでこすった、そう、ストリームが指にかける負担は西条が思ったより大きかったのだ。


西条(くそー、人差し指の皮が軽く破れてきやがった)


スクリュー回転の握りをしている分、ストレートよりも指にくる。

軽く人差し指を噛むと、ロージンバックを手につけた。


西条「…」

相川(この日田でちょうど二周り目が終わる、よし。次の回からは冬馬だな)


しかし、この場面を抑えないことには始まらない。

相川はマウンドへ駆け寄った。


相川「西条、大丈夫か」

西条「あ、はい!大丈夫ですわ」


西条はとっさに左手を後ろに隠した。

…しかし、相川は西条の指の程度くらいわかっているようだった。


相川「人差し指か」

西条「な、なんでわかるんですか!?」

相川「普通わかる」


相川は西条にストリームを教えた張本人だ。

軽く息をつくと、バッターズボックスの日田を見た。


相川「だが、何としてもここは抑えてもらう。お前の真価を問う」

西条「…!」

相川「おそらくストリームは見逃し、ストレートにあわせながらスクリューを狙ってくるだろう」


流石に指が痛むのか、西条のスクリューも威力が落ちてきていた。

もう一つがこの沖縄の天候だ、普段体験しない暑さは直射日光にさらされる西条の体力をどんどん奪っていた。

相川に額の汗を指摘されて西条は始めて気がついた。

途端、急に体に疲労感が押し寄せてきた気がした。


西条「…」

相川「そういうことだ、感覚的には100球以上投げた疲労感があるはずだ」

西条「い、今気がつきましたわ」


西条は上空の太陽を見上げた、それは憎らしいほどに光り輝いている。



西条「…でも頑張らんと、あかんですよね」

相川「ああ。抑えるぞ」




西条は再びロージンに手をつけた。

一打席目、日田には三遊間を破る痛烈なヒットを浴びている、油断は出来ない。

西条はまぶしさをこらえて目を開き日田を睨みつける。



西条「よし、行くで!」

日田「来いさー!!」


西条、セットポジションから第一球!


相川(まずは、ストリームだ!!)


グ、ググンッ!!


スクリューよりも速い速度で曲がるストリーム!

右打者である日田から見ると、外角へそれていく変化。


バシィッ!!


「ストライクワンッ!!」


相川(よし)

西条(っしゃ!!)


バッテリーが互いに心の中でガッツポーズをあげる。

まずはストリームがストライクゾーンに入った。


相川(問題はここからだ)


先ほども示したように、日田は西条からクリーンヒットを放っている。

甘い球でも投げようものなら…相川は三塁ランナーを見た。


相川(失点はまぬがれない)


最低、犠牲フライを打ってくるだけの技術は持っているだろう。

思案した後、二球目のサインを西条に送る。

マウンドの上で西条はサインに首を振る、相川が出したサインは高目ストレート。



西条(あかん相川さん、今のわいのストレートやったら打たれる……)



しかし、相川がサインを変えることは無い。

西条は目をこすったが、景色は変わらない、再び首を振る。


西条「…!?」


…次は相川が首を振る、西条は目を丸くした。


相川(苦しい所だが…ここでお前の高目ストレートがどれだけ通用するのか試してみろ、打たれるのを怖がってちゃ何も変わらない)

西条「…」


不安な表情を浮かべた西条だったが、相川がサインを変える気配が無い事に気づき、大人しく首を縦に動かした。

西条、二球目!



日田(ストレート!!)


日田、スイングに行く!!

















カキィンッ!!


西条「あかんかっ!?」


上手く流し打ってボールは一塁、大場の上!

大場、長身を伸ばしジャンプするが届かない!

三塁ランナーはすでにホームへ突入している!


大場「ですとっ!?」

相川(いや、切れる!)


しかし、相川の言葉どおりにボールは大きく曲がりファールゾーンに流されていく。

西条のストレートが押し勝ったのだ。


西条「…!」

日田(くーっ、ここにきて中々のストレートを投げるさ。やるな、西条君!)












西条は自分の左腕を見た。

あの日あきらめた右腕、あの日あきらめなかった左腕。

どこか、左腕でここまで投げられれば上出来だ、と思っていた。

思えば、随分久しぶりのマウンドだ、そう思えた。

今のストレートは何故か、西条の気持ちを落ち着かせていた。


西条(…そういえば、昔はガンガン高目のストレートで勝負しとったな)


そういえばそうだ、かつての右腕は直球で押すタイプだった。

それが今は高目のストレートに首を振った、自分はいつからそんな弱気になった。



三球目、再び高目のストレートを投げる!


ガキィッ!!!…ガンッ!!


日田はまたもや振り遅れてファール、ボールは一塁側のフェンスにぶつかった。

西条はボールが転がる様子をゆっくりと見ていた。





西条「…」

どこか、左腕はもう勝負できるストレートは投げれない、と思っていた。

左腕で、あまりに威力ない球を投げた時は…もう右腕の頃には戻れない、とも思った。

それでも野球がやりたかったから、マウンドに立ちたかったから左腕を振り続けた。




だけど、西条の心の奥隅には過去の栄光を、もう自分のものではないと悲観している自分がいた気がする。



そんなことは、そんなことはない!

ボールを投げるのは同じ、自分だ。

日田をつまらせたストレートが、西条の気持ちを蘇らせた。


西条(ハートが強い?…そんなこと、まだ全然違うで!)


相川が西条の気持ちの奥底にある心の病気を追い出すために、高目を指示したのかはわからない。

それでも相川はあえてストリームでなく、ストレートで勝負するべきだと、そう思った。



西条、第四球目!!



西条「しゃおらぁああっ!!!」


ゴォッッ!!!


唸るストレート!今度は内角低め!!


日田「!?」


ガキィンッ!!!


フルスイングはするものの、完全につまっている!

ボールはセカンドの前でバウンド…!?


ガッ!!!


原田「ッス!?」

西条「い、イレギュラーやと!?」


打球はセカンドの手前で、大きくセカンドベース側にそれる!

イレギュラーバウンドだ!

原田、必死に手を伸ばすも届かない、センター前に抜けた!!


西条「ぐうっ!!」

六条「ああっ!」

冬馬「ついてない〜!」


ベンチからも悲鳴が飛ぶ中、三塁ランナーはすでにホームイン、大漁水産が一点を返した。

結果的には日田のタイムリーヒットという形になった。

ピンチはまだ続く、いまだ無死一塁三塁だ。






















カキィーーンッ!!!


西条「!?」


そして次の一番バッターに大きな大きな犠牲フライを打たれ、これで2-2の同点に追いつかれた。

相川と内野陣がマウンドに駆け寄る。




相川「限界だな。変わるか、西条」


西条は首を振る。


御神楽「しかし、もう肩で息をしているではないか」


御神楽の言うとおり、西条は肩を激しく上下させて酸素を取り入れていた。

さっきのイレギュラーバウンドで、つないでいた糸が切れたように西条の体に疲労が押し寄せてきたのだ。


西条「ハァッ…ハァッ!」





吉田「いや、投げきれ西条」

西条「?!」


西条は吉田を振り向いた…普通は変える所ではあるが。


原田「キャプテン!?」

大場「吉田どん!?」

吉田「ここまで来たらこの回は抑えろ、西条」


吉田の答えは変わらない、強い意志を持った目で西条を見つめていた。。


西条「あ、当たり前です。自分が出したランナーは自分で抑えます」

相川「…ふぅ」

吉田「よーっしゃ!!!皆、気合入れて守るぞ!!」

全員『おうっ!!』




嫌気が差す熱さの中で、昔のことが一瞬頭をよぎった。

投手が完全にばてているのに、投げさせてくれるチームなんて見たことが無い。

選手がいないから、とかそういうのじゃない。

西条は何故か嬉しくなった。


西条「こんなチーム、初めてや」


マウンド上で、ぼそりと誰にでもなく呟いた。

ここまで『自分』という選手を個人で見てくれたのは始めてだ。

かつては右腕が使い物にならなくなった途端に、チームメイトは冷たく接するようになった。

ただ、この吉田という男は例え今ここで西条の野球生命が絶たれたとしても、何らかの形で応援してくれそうな気がした。

だから、続投させてくれた吉田を裏切れない。



西条「ぬああああっ!!!」



最後の力を振り絞るように、ストリームを投げ込んだ!!



ガキィッ!!!


バッター初球攻撃!!

打球はショート真正面、御神楽は素早くキャッチして二塁を自分で踏み、一塁へ送球!!

バシィッ!!



「スリーアウト、チェンジッ!!」




西条「やっ…た」


ドサァッ!



西条は、チェンジの声がかかった瞬間にマウンドに倒れこんだ。



吉田「のわああっ!?西条ぉーーー!!!」


すぐに西条の元に駆け寄る。



大場「す、すごい熱とです!」


倒れこんだ西条は目を閉じたまま大きく息をしていた、しかしその回数が異常だ、顔も赤くなっている。


相川「…日射病だな、こんな暑さの中で投げてれば仕方ないといえば仕方ない」

御神楽「三澤さん、六条!すぐにベンチに寝かせてやってくれ」

三澤「は、はいっ!」




西条はタオルをかけられて、ベンチに寝かされた。

ほてった額に、冷たいタオルが気持ちいい。


西条「はあっ、はぁっ…」


急にかけられたタオルの端がめくられた。

覗いた顔は、金髪だった。


降矢「いい根性じゃねーか、ジョー」



降矢はニヤリと笑ってそう言うと、再びタオルをかけなおした。


西条(降矢…)





降矢「ランナーためて俺に回せ。シーサーは俺が打つ」

冬馬「降矢!?」

県「降矢さん!」

大場「降矢どん!」





降矢「同点、か。…ふん、引き分けなんてまっぴらだ。何が何でも勝つ」











五回裏、沖2-2将。














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