085吉田主将、復活
先ほどまでの雨が嘘のように晴れ渡る沖縄の空。
台風が通り過ぎていった後で波が高いが、かまわず球児たちは練習を開始していた。
皆一様に力が入っていることは見てわかる、これも桐生院効果だろうか。
そんな中、相川は吉田の足を確認しているために話し合っていた。
もちろん明日の試合を控えて吉田の足の様子が気になっていたからだ。
砂浜沿いにあるベンチに三澤、緒方先生、相川、そして吉田が腰掛ける。
相川「どうだ?吉田」
今年の夏の甲子園予選大会、第三回戦の対霧島戦。
吉田は攻撃中のホームへの突入で右足首を痛めていた、すぐに歩けるようにはなったものの、それ以来激しい練習は行わないように相川から厳しく言われている。
だが試合となると話は別だ、吉田の守備位置サードはホットコーナーともよばれるほど球が回ってくる、そうなれば動かなければならないのは必死だ。
吉田「だから俺は何回も言ってるじゃないか、いけるってよ!」
三澤「そうやって傑ちゃんはいっつも無理するんだから」
緒方先生「お医者さんからはなんて?」
三澤「うーん、大丈夫だとは言われてるんだけど、次怪我したら癖になるって言われてますから…」
緒方先生「癖?」
三澤「はい、怪我したところがどんどん怪我しやすくなっていくんです」
吉田「柚子は心配性すぎんだよ!」
相川「それはよく聞く話だ、プロ野球選手が一度のふともも肉離れで一生それに苦しむ事になるなんてのはな」
吉田「む…」
三澤「そうだよ〜傑ちゃん、無理したら駄目なんだから」
吉田「かぁーっ、柚子は心配性すぎんだよ!!」
相川「だが、吉田はうちにとって貴重な戦力、今のまま軽い練習してばかりしていては実力が落ちることも明らかだ」
緒方先生「そうね、吉田君は守備にとっても打撃にとってもウチの要だもんね」
相川「だから、そろそろ吉田には本格的に練習に参加して欲しいと思っている」
吉田「おうよっ!!」
三澤「大丈夫かなぁ…」
相川「いいか吉田、今からお前に厳しいノックを行う。だが、うちは幸か不幸か選手は10人いる、俺が無理だと判断した場合、冬馬がショート、御神楽にサードに回ってもらって大漁水産との試合をする」
吉田「…俺はどうすりゃいいんだ?」
相川「普通に守ればいい、バッティングはもう問題ないようだからな、後は守れるかどうかだ。…頼むぜ吉田、俺は本気でノックするからな」
吉田「…おうよ!」
砂浜にベースを置く、内野陣は一応守備につくが、外野陣と投手陣はその様子を見守る、そして軽く吉田が、相川が足場をならす。
相川「10球だ、少しでもおかしな様子が見られればそこで終わりだ」
吉田「おう!」
相川「我慢なんてするなよ、全ては自分に帰ってくる。そして、俺の目をごまかせると思うな」
吉田「当たり前だろ、何年お前と一緒にやってると思ってんだ?」
二人は軽く笑ったが、すぐに表情は真剣そのものになった。
降矢「…キャプテン」
冬馬「足、大丈夫なのかな?」
県「普段の様子から見れば、大丈夫だと思いますが」
野多摩「キャプテンファイト〜!」
緒方先生「頑張って、吉田君」
六条「吉田キャプテン…」
三澤「傑ちゃん…!」
太陽が、じりじりと肌を焼く。
相川がボールを高く舞い上げた。
相川「行くぞっ!!!」
カキィーーーンッ!!!!
バットは完璧にボールを捉えた!
降矢「!」
西条「あ、相川先輩本気や!!」
相川が放った打球は痛烈なスピードでサードの横を抜けようとする、おまけに砂浜というアンバランスな足場にバウンドを変えられる。
六条「ああっ!!」
冬馬「イレギュラーバウンド!?」
吉田「おらぁぁーーーーーーっ!!!」
バシィッ!!
しかし吉田はボールに対し瞬間的に反射し、目標目掛けて飛び込んだ。
見事にボールはグラブに収まり、小気味よい皮の音が一同の鼓膜を揺らす。
冬馬「すごい〜っ!」
県「流石キャプテン!!」
三澤「傑ちゃん…!!」
吉田はすぐさま起き上がり、砂を払って、地面を足で強く強く踏みつけた。
吉田「ほらぁ、どうした相川!?10球だろ!?次来い!次!」
一瞬呆気にとられた相川だったが、すぐに表情を引きしめて打球を放つ。
バシィッ!!
バシィッ!
バシィーーッ!!
すべてヒット性の打球だったが、吉田はそれをうまく処理していく。
砂浜で打球の勢いが殺されてはいるが、その分打球は不規則にはねる、しかし吉田はその打球をグラブでとり続ける。
吉田「相川ぁっ!そっちこそなめんじゃねぇぜ!!俺を誰だと思ってんだ!?」
相川「…ふふっ!じゃ、これならどうだ吉田ぁーー!!!」
ガキィーーッ!!
吉田「!?」
ボールは吉田の真上!
吉田「当たり前だろうがーーー!!」
吉田はすごい瞬発力で地を踏みしめて…蹴る!
バシィッ!!!!
頭上を越えていくライナーをジャンピングキャッチ!
そしてそのまま両足で地面に着地する!
ダンッッ!!!
足には相当な衝撃がかかるはずだ!
三澤「…っ!」
三澤は思わず顔を背けた。
しかし、吉田は白い歯を見せながら笑っていた。
吉田「はっはっは!!どうした相川!?もう終わりか!?」
相川「…………もう、終わりだ」
相川も苦笑していた。
相川「たいした回復力だ、もう大丈夫みたいだな」
吉田「おうよ!はっはっは!!」
三澤「傑ちゃんっ!」
すぐさま吉田に駆け寄る三澤、そのまま人差し指を吉田の顔の前に出した。
三澤「大丈夫だからって無理しちゃ駄目!…あんなおおげさにジャンプして…どうなるかと思ったんだからぁ…」
吉田「はっはっは!悪ィ、悪ィ!」
一同も笑顔を見せていた。
六条「もう大丈夫みたいですねキャプテン」
県「一安心ですよ、降矢さん」
降矢「ふん、当たり前だろ。キャプテンなんだからな」
冬馬「良かったね、野多摩君」
野多摩「うん、冬馬ちゃん!」
西条「…」
降矢「どうしたよジョー」
西条「降矢、わいは中学の時は、いわゆる強豪と呼ばれるチームでやっとった」
降矢「自慢か?」
西条「ちゃうわ。…こんな一人の良し悪しで大騒ぎするチームは初めてや」
降矢「だろうな、ガキばっかだからな」
西条「…わいはこのチームに来れて良かったと思うで、このチームの人らは誰よりも野球を愛しとる、あんな勝利にばっかりこだわる機械みたいなチームよりは全然マシや!」
降矢は西条の頭を思い切りはたいた。
西条「な、なにすんねん!?」
降矢「クサイ事言ってんじゃねーよ。いいじゃねーか、お前が今楽しいんならな」
西条「…まぁ、な」
そして、四日目。
台風の後、晴天の大空の下、ついに沖縄大漁水産高校との練習試合が始まる。
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