080ただのスクリューじゃない
相川の目線の先、砂のマウンドの上に立つ西条。
右足を上げ、そのまま勢いに任せて左腕をしならせる。
西条「しゃあっ!」
ボールは相川のミットを目掛けて真っ直ぐに進んでいき、ミットに収まる。
バシィッ!!
相川(…ほう)
相川が今度は西条の球を受ける。
南国の太陽にさらされる灼熱の砂浜に膝をつけ、汗は額を流れ落ちていく。
野球復帰してから、三ヶ月。
その間にここまでの球を投げれるようになったか、相川は感心した。
ストレートの球速にしてMAXおよそ130中盤近く。
西条「しゃああっ!!」
ググ…グンッ!
今後は同じ軌道から、シュート回転で落としてくる、スクリュー。
変化しながら再び、球はミットに収まる。
バシィッ!
相川「…」
スクリューのほうも以前とはキレも変化量も格段に上がっている。
恐ろしい成長力だ、降矢といい、冬馬といい、この西条も光るものを持っているのだ。
これなら、秋大会の予選の展望もかすかに見えてくる。
冬馬と西条の二枚看板、二人とも左利きという珍しい組み合わせだが、御神楽と違ってこの西条は本格派だ、そして冬馬のファントム。
後は打線さえ、なんとかなれば桐生院の壁も見えてくる。
そして、すぐそこに控える大漁水産との試合の行方も。
西条「あの〜…相川先輩」
相川「ん?」
気がつくと西条が相川の手前まで歩いてきていた。
相川はなんだ、という風な表情をしてみせる。
西条「俺もなんか必殺技が欲しいんですが…」
相川「は?」
西条「見てくださいよ、うちらのチームを!」
西条は手を広げてアピールしてみせる。
相川「ふむ」
西条「ファントムにサイクロンですよ!あまつさえ向こうの日田は『シーサードロップ』って…なんすか、そのカッコイイネーミングは!」
相川「…」
西条「俺かてなんやカッコイイ名前が欲しいんですよ!!」
西条のバックが何故か燃えていた。
相川「あのな、俺だって吉田だって何もないぞ?」
西条「そ、そらそうですけど」
相川「それに、お前はまだスクリューしか投げられないじゃないか」
西条「うぐっ」
それは痛いところだ、西条は胸を押さえた。
相川は呆れたようにため息をついた。
別にアイデアが無いわけじゃ無いのだが。
相川「ま、でもスクリューだけじゃ通用しないってのも確かだな。昔はストレートとカーブだけで打者をなぎ倒した江川選手ってのもいたが、いまや高校生の野球のレベル上がってきているそれじゃ中々難しい」
大体シンカーやスライダーなんて球種が来たのもそう昔の話ではない、昔はシュート、カーブ、フォークだけだった。
もちろん今は大リーグから輸入するように、カットボールや、ツーシームなんて聞きなれない変化球も入ってきている。
西条「そうッスよね!じゃやっぱ俺にも何か…」
相川「いや、お前はあくまでもスクリューだ」
西条「へ?」
相川「一球種覚えたばかりで他の球を覚える真似なんてしてみろ、スクリューは投げなくなるし、フォームは崩れるし、肘にかかる負担も増す。右腕の二の舞だぞ」
西条の背中に冷たい汗が出てきた、あの時の痛みがぶり返す。
無意識のうちに右肘を抑えていた。
西条「じゃあ、やっぱりわいには無理なんですか?」
相川「誰も無理だとは言ってない」
西条「へ?」
相川「ようするに、他の奴とは違う技が欲しいんだろ?」
西条「は、はい。そうなんスけど…」
相川「じゃ、スクリューをパワーアップすればいいじゃないか」
相川はボールを指先で回転させてみせた。
西条「あ!」
相川「ま、お前の言いたいこともわかるよ」
西条「じゃ、じゃあ何かあるんですか!?」
相川「ま、ちょっと予定より速くなったけどな」
そう言うと相川は西条に説明し始めた。
相川「基本はスクリューの握りだ、いいか?」
西条「はい…え?」
相川「いいから、最後まで聞け。今お前は中々スクリューを投げれるようになってるよな」
西条「は、はい」
相川「それで今のスクリューは、ストレートと緩急の差をつけるためにスピードを落としてるだろ?」
西条「はい」
相川「それで、だ。スクリューの握りで、ストレートと同じ腕の振りで投げ込んでみな」
西条「…え!?でもそれやと速くなりすぎてシュートになるんじゃ…?」
相川「投げてみりゃわかるさ、ほら」
ぽん、と左手にボールを渡して相川は構えた。
西条も首を捻りながらも、マウンドに戻る。
相川「いいか、しっかり指をひっかけるんだぞ!」
西条「は、はい!」
しかし、やってみないことにはわからない。
相川のやることにはいつだって、何かある。
西条(よし、やったるで!)
西条、振りかぶる。
西条「ずあああ!!」
スクリューの握りで、思い切りリリースする!
指先に全神経を込めてひっかける!!
ビシィッ!!!
ボールはストレートと変わらないスピードで飛んでいく。
西条「!!」
―――そして、そこからいきなり失速して、曲がり落ちる!
グアッ!!
バシィッ!!!
そして、相川のミットに吸い込まれていった。
西条「…うそ」
相川「嘘じゃないさ。…まぁ、いわゆる高速シンカーって奴だ、ただお前は左だから高速スクリューって事になるんだろうな」
西条「で、名前はなんッスか!?」
相川「考えてない」
西条「へ?」
相川「考えてない」
西条「な、なんでやねん!!」
ビシィッ!
つい思い切り関西弁で突っ込んでしまった。
西条「…はっ!スイマセン!」
相川「いや、構わないが、考えてないぞ俺は」
西条「へえっ?!なんか無いんですか?!ファントムとかサイクロンとかシーサーとか!」
相川「Hスクリューが限界だな」
西条「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!じゃあ何か考えてくださいよ!」
相川「俺はそういうネーミングセンスは無いんだ。今日宿舎に帰ってから他の奴に聞いてくれ」
西条「そ、そんな…」
相川「ほら、そんなのはいいから、早く投げ込んで来い!今の感じを忘れるな!」
西条「う、ウィッス!!」
納得がいかない、という顔をしつつも西条は再び投球練習に戻った。
野多摩「はや〜」
県「うわわ…!」
原田「うおーッス」
御神楽「…」
こちらは砂浜で素振りをする野多摩と原田と県、そしてそれを見る御神楽。
相川の言う事には、この三名には攻撃力…つまり打撃力が足りないとの事。
だから御神楽が見ていたのだが…。
野多摩「はやっ!?」
ズシャッ。
県「わぁっ!?」
ドシャッ!
原田「のえあっ!?」
ドシャシャーッ。
御神楽「ふぅ」
御神楽は首を横に振った。
てんで駄目だ、全員砂浜に足を取られて倒れている、振り回しすぎなのだ。
特にこの三人はパワーが足りないからバットを振り回してもバットに振り回される。
そう考えると降矢はこの砂浜で一本足で、しかも先ほどの勝負では始めて対戦した『ドロップ』なる球種を打ち返したのだ。
このバッティングセンスは御神楽といえど認めざるを得ない。
御神楽「…バットも振れないのか」
野多摩「はやや、ごめんなさい」
県「砂に足を取られてしまって…」
原田「うぐぐ…くそーッス!!」
御神楽は足を一歩前に出して、県のバットを貸すように指示した。
そしてそのままスイングする。
ブンッ!
なかなかいいスイングだ、この御神楽も飲み込みは速い、砂浜という足場にも慣れつつあった。
野多摩「わー、ぱちぱち」
県「す、すごいです!」
原田「さ、流石うちのトップバッター」
御神楽「はっはっは!我を讃えよ!」
三澤「じゃなくて、御神楽君ちゃんと教えなくちゃ駄目だよっ」
両腕を広げたいように向かって高笑う御神楽に突っ込む声。
後ろにはいつのまにか麦藁帽子をかぶってワンピースに着替え、なんとも夏チックで涼しそうな格好な三澤マネージャーがいた。
御神楽「ここここ、これは三澤さん。なんと麗しい格好で…」
県「涼しそうですね〜」
野多摩「麦わら可愛い〜三澤センパイ」
原田「じゃなくて、御神楽先輩!自分達にもバッティングを教えて欲しいッス!」
そうだ、目的を忘れていた。
御神楽「うむ、そうであったな」
御神楽はバットを握りなおした。
御神楽「僕も野球というものはあまり詳しくはないが、吉田や相川の言う事にはバッティングというのは体に真っ直ぐラインを作らなければならない」
県「ふむふむ」
御神楽「特に降矢の馬鹿はあんな無茶なフォームだが、真っ直ぐ体にラインができているからこそ、あれだけ安定したバッティングができる」
野多摩「へぇ〜」
御神楽「ちょっと原田、振ってみろ」
原田「ウィッス!」
原田はバットをかまえてから、スイングする。
ブォーン。
県「あ」
野多摩「あ〜」
御神楽「わかったか?」
三澤「原田君は踏み出す左足が前に出すぎてるから、背中が後ろにそっちゃってるんだね?」
御神楽「流石三澤さん!聡明でいらっしゃる」
原田「えー、じゃあ足を引っ込めりゃいいんスか?」
御神楽「そうだな、なるべく背筋も伸ばして地面に垂直に立つイメージで振ってみろ」
原田「ウィッス」
再び構えなおす原田。
ブンッ!!
県「ああっ」
野多摩「すごいすごい、さっきよりも全然良くなってるよ〜」
三澤「ラインが真っ直ぐになったからだね」
御神楽「うむ、それではその点に気をつけて素振り再開だ」
原田&野多摩&県「は〜い!」
三澤「へ〜…」
御神楽「何か?」
三澤「ううん、教えてくれてる時の御神楽君、ちょっとカッコイイよ?」
御神楽「ほ、ほほほほ本当ですか三さ『ガーーーンッ』」
御神楽が喋っている途中で、向こう側からボールが飛んできた。
当然頭にクリーンヒットしたわけで、当然砂浜にすごい勢いで前から倒れこむ訳で。
三澤「うわぁっ!?御神楽君大丈夫っ!?」
緒方先生「ごめんなさい〜!御神楽君大丈夫〜〜?」
声の主は緒方先生、手にはバットを握っている。
そこにいるのは冬馬を襲う危険があるのでキャッチ練習からまわされた大場、そして降矢、六条、緒方先生。
降矢「ノックとか言って、さっきから見当違いに飛ばしてばかりじゃねーか」
降矢は離れた場所で腕を組んでいた。
守備に不安がある降矢と大場はノックを受けろ、と相川に言われたのだが…。
緒方先生「ご、ごめんなさい〜」
六条「大丈夫ですよ、先生。慌てずに頑張りましょう!」
緒方先生「う、うん。今度こそいくわよ!よーし」
大場「…さぁ、来ーいとです!」
緒方先生「でぇーいっ!」
スカァッ!…ブルン、ベシャ。
放り投げた球にかすりもせず、激しくバットが空を切った。
そのままその大きな胸を揺らし、砂浜に倒れこむ。
六条は思わず目をつぶった。
六条「わわわ、先生!?」
緒方先生「うぅ…私、顧問失格ね…」
大場「これじゃ練習にならんとです」
降矢は頭をかいた。
降矢「仕方ねーな」
そのままズンズンと倒れてる緒方先生のところへと歩いていく。
緒方先生「ふ、降矢君?」
降矢「ちょっとバット貸してみろ。…怪物、お前は守備につけ」
大場「了解したとです!」
ズシズシと地を鳴らしながら守備位置に着く。
降矢「いいか巨乳。その胸が揺れすぎて打てないんだよ、ちょっとはビビリの胸を見習え」
ビビリと言われたのは六条、いつも降矢に驚いているからだろうか?
…そして指差されたのはその緒方先生と比較するとあまりにも貧相な胸。
緒方先生「私のことを巨乳って呼ばないでちょうだい!」
六条「ひ、貧相…はぅぅ…」
降矢「というのは冗談だ、いいか牛」
緒方先生「牛も一緒です!」
降矢はポン、とボールを軽くあげた。
降矢「ボールを良く見て、そのまま当てるだけでいいんだろ」
降矢のスイングは球をしっかりと捉える、打球は砂浜をバウンドして大場の所へと飛んでいく。
カキンッ!!
大場「よっしゃーとです!…のわー!」
見事にトンネルする大場。
降矢の眉間にしわが寄る。
降矢「…まぁ、こんな感じだ。お前は振り回しすぎなんだよ」
緒方先生「は、はい」
降矢「頼むぜ、ノックくらいできるようになってくれよ『先生』」
六条「…先生、頑張りましょう!」
緒方先生「そ、そうね!…よーし!行くわよ!!!」
スカァッ!!
降矢「駄目だ、こりゃ」
その後、吉田を含め内野陣のバッティング練習を少々し、二日目の練習は終えた。
相川の頭には明日からの構想がすでに練られていた、試合を控えているとなると、実践的な練習もこなさなくてはならない。
明日一度冬馬のFシュート、西条のスクリューを試してもいいかもしれない。
気になるのは吉田の足だが…どうだろう、明日様子を見てみてもいいかもしれない。
そして二日目の沖縄の太陽が沈んだ。
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