078Fシュートとシーサードロップ























冬馬「シュ…シュート?」


朝はまだ暑さが少し和らぐものの、それでも本島よりは気温は遙かに高い。

冬馬は額の汗をぬぐいながら、相川にもう一度問い直した。


相川「そうだ、まぁ察しはつくだろ」

冬馬「Fスライダーと反対側に曲がるシュート?…ですけど、それじゃただのシュートなんじゃ?」


可愛らしい顔で小首を傾けられた。

そうだ、Fスライダーは左打者にとって対角線から投げる事とボールの回転力の強さで消える(ファントム)ように見える球になるのだ。

相川は冬馬の手をとった。


相川「それを言うなら、あのFスライダーもただのスライダーじゃないか」

冬馬「?」


相川が言いたいのは、冬馬の手首の強さだ。

Fスライダーが消えて見えるのは、回転力の強さ。

それはリリースの瞬間にどれだけボールに回転をつけられるかにある。

そして冬馬は見事にそれをやって見せたのだ、その手首の強さで。


相川「ま、いいさ。Fシュートの真の恐ろしさは後でわかることになる」

冬馬「???」

相川「いいか、始めるぞ。はてなマークを浮かべてる場合じゃない」

冬馬「は、はいっ!」


相川は冬馬にシュートの握りを教え始めた。

しかし、シュートなどという肘に負担のかけやすい変化球をわざわざ教えたのには、もう一つ理由がある。

それは冬馬が霧島工業戦で見せた、精神力の脆さ。

右打者に投げるFスライダーは選手を破壊する威力になる、そうなるとガタガタになるのは、前の試合の通りだ。

そうなれば無理に性格を直すよりも、逆に曲がる球を教えてやった方がいい、そう相川は判断した、サイドならまだシュートの左肘にかかる負担は減る。



バシィッ。


相川「違う、手首の返しが足りない。もう一回だ」

冬馬「はいっ!」


ただでさえ足場が悪い砂浜で投げるのはそれだけで体力を奪っていく。

しかし冬馬は努力の人だ、そこは相川の指示通りにひたすら投げ続けた。



それは西条も同じ。

降矢を力負けさせたとしても、まだまだその実力は通用するレベルではない。


西条「くああっ!!」


バシィッ!

力強いストレートを投げ込むしかないのだ。
















そんな中、太陽が真上に上がる頃、急に沖縄大漁水産の方から大声が上がった。

冬馬「…ばてばて〜…ふにゃ?」

相川「…?」

西条「どないしたんやろ、なんかあったんかな?」

大場「…真ん中にいるのは、降矢どんとです」




沖縄大漁水産の青いユニフォームの中、ただ一人目立つ金髪。

それが日田となにやら会話している、その内容に周りは盛り上がっているようだ。

吉田と野多摩も面白い、とばかりにその輪に飛び込んでいく。



原田「あ、相川先輩!」

相川「なんだ原田、何があった」

原田「降矢さんが日田君と勝負するらしいッスよ!」


相川は右手で顔を覆った。




相川「…何してんだ、あの馬鹿は」





















ホームベースを前に、金髪とガングロが向かい合っていた。

お互いの目にはみなぎる闘志、表情は笑っている。

そしてそれを囲む大漁水産と将星のギャラリーも盛り上がっている。



日田「いい度胸さー!わーの『シーサードロップ』と勝負するとはさ!」

降矢「テメェが昨日見せてやるって言ったんじゃねーか」

日田「あっは!まさか本気にするとは思わなかったさー」

降矢「俺はいつだって本気だ」



浅田からもらったあの黄色いバットを軽々と振り回す降矢。

このバットが異常に重いというのは前に説明したが、降矢はすでに楽々振り回せるレベルになっていた。


日田「そっちの言ってた『サイクロン+』っていうのも見せてもらうさー!」

降矢「いいぜ…その顔面にぶち当ててやる!」


『おおおおーー!!』

「なんか盛り上がってきたさ!」

「本島の奴の実力をみせてもらうさー!」

吉田「降矢ー!負けんじゃないぞー!」

野多摩「降矢〜頑張るのだ〜」

県「降矢さん!ファイトッスー!」

六条「あ、あの…が、が、頑張ってください…」


金城「よし!じゃあ、ルールは三球、わし達が守備について、ヒットなら降矢君の勝ち、抑えたら剛の勝ちさー!」

日田「了解さー!」

降矢「望む所だ」



日差しが痛いぐらいに体を突き刺す中、大漁水産の選手達が守備につく。

しかし降矢は一度勝負になると恐ろしい集中力を発揮するのは今までの試合で描いてきたとおりだ。

すでに暑さでバテていた情けない降矢の姿はそこには無かった。


六条「か、かっこいいですぅ…」

原田「降矢さん!頑張れッス!」


六条や県、原田が降矢に惹かれる理由はそこにあるのかもしれない。

明らかに彼は人をひきつける何かを持っている、口は悪いが…。

しかし、この男どうやら『対決』には縁があるらしい。









マウンド上で、バシバシとグローブにボールを叩きつける日田、右投げである。


日田「じゃー手加減無しでいくさー!」

降矢「ゴタクはいい、早く来な」




日田は大きく両手を振りかぶると同時に左足を上げた。

降矢「な!?」


まず降矢はそれに驚いた。

なんとも珍しいフォームだ、それはまるで…。






吉田「ほー、珍しいフォームだな」

県「そうですね、普通は振りかぶってから足を上げますよね」

六条「…む、昔の選手みたいですね」


そうだ、まるで昔のプロ野球投手を見ているようだ。

その中でも、あの選手に酷使している。


吉田「村田選手の、マサカリだ」


そう、大きく足を上げ、そのまま手をマサカリのように振り下ろす姿は、現千葉ロッテ、元ロッテオリオンズの村田選手のフォームを髣髴(ほうふつ)とさせる。








日田「シーサードロップ!!」


日田は叫びながら右腕を振り下ろした!!


ボールは降矢に向かって真っ直ぐ進んでくる!


降矢(…なんだ?ど真ん中じゃねーか?」



コースはど真ん中、球速は普通だが速いというほどでもない。

しかし、これまでの経験から降矢は絶対にこの球は普通じゃないと感じ取った。

だが、球が向かってきている以上はスイングするしかない。





最初から背中を見せた状態から腰を捻り、一本足で体を支える。

0.001秒速くスイングするために、桐生院の南雲にヒントをもらった『サイクロン+』打法だ!!



降矢「…しゃぁあっ!」















―――スバッ!!


だが、ボールはそこから落下する!



降矢(やっぱりか!!)



ここで今までの降矢のサイクロンと違うのは、崩れた体勢からでもボールを当てれるということだ。

降矢は何とかバットをボールに当てに行く!


ヂギィッ!!


バットの下方でボールをかすらせ、カットさせる。

ボールはファーストの横に転がった。


『ざわ…』




ギャラリーの声も変わり始めた、この一球だけで自分達の予想以上の勝負を見せ付けられたからだ。



日田「す、すっげーさー!!金髪!俺のシーサードロップを初めてで当てる奴は初めてみたさー!」

金城(シーサーを始めて見て当てるだけでもすごいが…この砂浜でこれだけバットを自由自在に使いこなすとは…コイツ、ただものじゃないさー…!)

降矢「…けっ」





降矢は疑問に思っていた。

ボールは下に落ちた、だが雰囲気が今まで見たのとは違う。

望月のストンと落ちるフォークでも、尾崎の揺れて落ちるアイアンセカンドとも雰囲気は違う。

形容するならばファントムが真下に落ちた感じだ、いや…かすかに横変化はしていたが…。

いずれにせよ、降矢にとって初めて遭遇した球だった。



県「な、なんですかあの球!?」

御神楽「今まで見たことの無い変化であるな、スライダーにしては落ちる、カーブにしては速い」

吉田「…なるほど、それでシーサードロップか」

三澤「傑ちゃん、知ってるの?」





吉田「―――あれは『ドロップ』だ」



六条「ドロップ?」

野多摩「飴ですか?」

吉田「違う違う、ドロップってのはフォークとカーブの中間みたいな球だ」

三澤「へ〜…でもそんなの始めて聞いたよ私?」

吉田「そりゃそうだ、今は落ちるスライダーとかあるからあんまり使われてないんだ。昔は決め球として良く使ってたみたいだが…」

御神楽「今で言う、いわゆる『縦に割れるカーブ』か」

吉田「そんなとこだな、でもあの『シーサードロップ』ってのは球速がそれよりも速い。そしてあの珍しい変化に落ち幅だ…あれは打ちにくいぜ」


将星一同は息をのんだ。

それは沖縄大漁水産高校も同じだ、皆が目を丸くしていた。


「なにさーあのスイングは!?」

「この砂浜で始めて練習してさ、あそこまでバットを振り回せる奴がいるなんて!」

「あんなスイングで剛のシーサーを当てるとは…なんて奴さー!」







マウンド上で日田は興奮しながら右腕を回している。

対する降矢は、サイクロン+の構えを取ったまま、日田を睨みつける。



日田「んーーー!金髪、思ってたより面白い奴さー!」

降矢「いいから速く来な、俺は打ちたくてうずうずしてんだ…!」



降矢の言葉と同時に日田は足を大きく天に上げる!








日田「っしゃーー!『シーサードロップ』!!」







再び、シーサードロップが日田の手から放たれた!!!











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