076練習開始!
皆さんが沖縄に持っているイメージというのはどのようなものだろうか。
那覇空港の周りは滑走路に使われている広大な土地と、様々な出で立ちの外国人、観光に来た日本人、タクシーの行列。
一向はその那覇空港から徒歩三十分、国道とは随分離れたのどかな田舎町という風情が漂う景色の場所にやってきた。
とはいうものの、本土のものとは建築物や様相も大きく違っている、基本的に塀が石でできており、高い建物はない。
県「あれ?」
大場「なんですと、このライオンみたいなのは?」
舗装されていない土丸出しの道路の両隣に並ぶ民家の塀に、必ずといいほど置かれている、獣をかたどったと思われる象。
相川「それは「シーサー」だ」
県「シーサー?」
御神楽「一般的に沖縄の守り神みたいなものである、不幸から守ってくれるそうだ」
三澤「お守りみたいなものなんだね」
吉田「よし、記念にもらっていくか!」
県「わ、わぁっ!駄目ですよキャプテン、むりやりとろうとしたら!」
大場「罰が当たるとです!」
相川「アホか、お土産用の小さい奴を買って帰れ」
そして、その遙か後方に降矢とその一向。
野多摩「降矢君〜大丈夫?」
西条「ホンマや、お前の顔色、青いを通り越して土気色になってきてるで」
降矢「…ぜぇ〜…うるせー、天然、ジョー。…ハァハァ…」
原田「言葉に覇気が感じられないッス」
六条「大丈夫ですか、降矢君。肩貸しましょうか?」
その言葉に、かっと目を見開く降矢。
降矢「ああ?死んでも女の肩なんか借りるか!」
六条「ひぃっ!」
冬馬「まったくもう、降矢はとことん暑さに弱いんだね」
降矢「畜生、ちんちくりんが…ここぞとばかりに威張りやがって」
いい加減他のみんなはこの暑さにはなれてきていたのだが、金髪だけはさっぱりだった。
なんとも苦しそうな息を吐きながら、一歩一歩力の限り将星ナインについていくのが精一杯だ。
緒方先生「はぁ〜、ようやく暑さには慣れてきたけど…汗びっしょりよ…。それにしても懐かしいわね、剛」
日田「そーさね、前会ったのが五年くらい前さー」
緒方先生「あんときはちっちゃかったなのに、いつのまにかこんなに大きくなって」
日田「由美子ネーネーの胸はでーじ大きくなったさー、人目でわかったど」
緒方先生「あのね」
日田「あっは、冗談さ。それにしてもあの金髪はいいばー?」
緒方先生は、苦笑交じりに後ろを振り向いた。
緒方先生「それは…後どれくらいで着くか次第ね」
日田「え?もう見えとるさ」
日田が指差した先には、中々立派な旅館が建っていた。
民家が立ち並ぶ一本道をまっすぐ抜けた、海辺に近い場所。
開けた土地なので、近くには大型のリゾートホテルや、商業用の施設もいつの間にか増えていた。
遊泳グッズを持った人々が隣をかけていく。
日田「あっこ、あっこさー」
どちらかというと、沖縄的、というよりは和風な感じがするが、そこは本島から来る人のためでもあるのだろう。
ちなみにすぐ裏は海水浴場になっており、観光に来た客がたくさん泳いでいる。
吉田「おおおおっ!中々立派じゃんか!」
県「お約束ではもっとボロいかと思ってたんですが…うわ〜…」
大場「ちっこくて可愛い女の子がいるといいとですね〜」
反応は様々だ。
日田「そんじゃ、あったーには二階の大広間を使ってもらうさー」
緒方先生「ここも変わってないわねー。多佳子はどうしたの?」
日田「タカネーネは中で働いてるさー、その胸見たらきっと怒ると思うけど」
緒方先生「あのね」
けらけらと笑う日田、緒方先生は彼の頭を軽くはたいた。
三澤「緒方先生はここに来た事があるんですか?」
緒方先生「そうよ、一応親戚の間柄だしね、大学に入るまでは結構来てたんだけど。剛とはもう姉弟みたいなものよ、仲良くしてやってね」
日田「のおっ、君あらんちゅらさんねー!名前教えてさー」
三澤「わわわっ」
いきなり、三澤の手を掴んで目を輝かせる日田。
三澤といえば、あたふたするだけで何も言えない、というか方言がわからない。
緒方先生「三澤さんがとっても可愛いから名前を教えて欲しいんだって」
三澤「そ、そうなんだ…えーと、私は三澤柚子、よろしくね」
にこり。
日田「おー!!感激さー!!…あい!向こうにもかなさんが二人もおるでよ!」
緒方先生「相変わらず女の子に目がないわね」
三澤「いい人そうで良かったですよ」
日田「わーは日田剛って言うさ、あったーらはなんて言うさ?」
六条「ええっ?私ですか」
冬馬「お、俺?」
日田「俺?…もしかして、あんた男さ?」
冬馬の言葉づかいをいぶかしげに思ったのか、日田は首をかしげた。
冬馬「俺は男だ!」
日田「あがっ、あらんかなさんから女かと思ったさー」
六条「えっ?えっ?」
降矢「何言ってんだコイツは…」
言葉の節々から意味は汲み取れるが、方言の意味まで深くは読み取れない。
緒方先生「剛、あんた『うちなーぐち』はわかりにくいから、『ないちゃーぐち』話せる?」
日田「まー、たかねーねーの影響で少しはわかるど、そっちの方がいいさ?」
緒方先生「お願いするわ、もう六条さんが軽くパニクってるから」
目線の先には、あわあわして半分涙目の六条がいた。
なんていってるかわからないよー、と三澤に助けを求めている。
西条「ようするにわいの関西弁みたいなもんじゃないん?」
野多摩「さーさー」
日田は少し黙った後、選ぶようにしてゆっくりと言葉を出した。
日田「えっと、よろしく、俺日田剛って言うんだ」
六条「あ、は、はい、よろしくお願いします」
日田「他の人もよろしくさー」
吉田「おおーっ!俺は吉田傑だよろしくな!」
日田「おおっ、熱い人さ!こちらこそよろしくさ!」
がっ、と吉田と日田が固く握手を交わす。
…が、誰かの手が日田の肩を叩いた。
降矢「あー、自己紹介はわかったからとっとと冷房の効いた部屋に案内してくれガングロ君」
もううんざりだ、と言った表情の降矢が半ばキレながら日田をにらみつけていた。
その剣幕に一瞬たじろいだが、日田は降矢の言葉が誰を指しているのかわかりかねた。
日田「ガングロ?」
原田「日田君の顔が日焼けして黒いからッスよ」
んー?と首をひねったが、頭の奥底にそういえば東京ではそんな女の子がいたようないなかったような、とそれは自分じゃないと、思ったが、降矢の様子があまりにもひどいので、とりあえず先導することにした。
日田「わかったさ、金髪!わーについてくるさー」
降矢「なんなんだ、あの元気は…」
一同は重い荷物を担いで、旅館の中へと足を踏み入れた
一同は二階の大広間に案内された、中々広く快適である。
その後相川の説明により、女子の三澤と六条は隣の小部屋、冬馬と緒方先生はむかいの小部屋と決定した、後の面子は大広間で雑魚寝だ。
ちなみに、冬馬の理由は大場に襲われかねないからなのだが。
大場「…じー」
野多摩「へ?」
もう一人、冬馬の部屋に追加された。
降矢「くあー、快適じゃ」
扇風機の速度を「強」にして降矢は満足げな顔をしていた。
原田「あっ、降矢さんだけずるいッスよ!俺も暑いんッスから!」
降矢「黙れ原田、ここは俺のテリトリーだ」
吉田「広い、広いなー!すげーぞ御神楽!テレビあるぞ!テレビ!あれ!?なんだこりゃ!金入れないとテレビつかないのか?」
御神楽「ええい、貧乏くさい真似をするな!」
県「キャプテン、どうもカードがないとテレビが見れないみたいですよ」
西条「おいおいおい、ピンクチャンネルとかやってないんか?!」
大場「冬馬君、野多摩君…ぐすん、ですと」
はしゃぎまくる一同をよそに、相川はこれからの予定をまとめていた。
御神楽「相川、今後の予定はいかにするつもりだ?」
相川「とりあえずはいつものようにランニングだな。…それと、どこかグラウンドとか使わせてもらえると助かるんだが…」
降矢「さっきのガングロに頼めばいいんじゃねーのか」
県「そうですね、地元の高校に頼めばいいんじゃないですか?」
吉田「おうよ!んでもって試合とかしてーなー、試合とかよー!」
ぶんぶんとバットを振り回す真似をする吉田、この男はいつでもどこでも野球さえあれば元気らしい。
しかし地元の高校を使わせてもらえるものだろうか…まぁ、合同練習という形であれば了承してもらえるかもしれないが…緒方先生の交渉しだいだろう。
相川「よし、交渉してみるか。それじゃ、とりあえず走りに行くぞ!」
全員『おう!』
ユニフォーム姿でのどかな街並を颯爽と走る。
ちなみに降矢が真面目にランニングをしているという事実をここで紹介しておこう。
とてもそんな基礎トレーニングを真面目にこなすような奴ではないのだが、そこは相川、上手く口車にのせやらしている。
簡単に言うと、これぐらい走れないなら望月の足元にも及ばない、と。
真面目に野球をやり出してからの降矢は恐ろしくムキになりやすい、直接向かい合うようになってから、負けん気が強くなったのだろう。
それでもこの暑さには勝てないようだが。
降矢「うげぇ…」
日田「金髪、大丈夫さー?」
体の内臓器官全てが悲鳴をあげている。
降矢「うるせぇ!なんでテメェがいるんだよ!」
冬馬「地元のランニングコースを教えてくれるって言ったからだよ」
相川「…と、時に日田君と言ったな」
軽快に走りながら、相川は日田に話しかけた。
日田「剛でいいさー!で、相川さん、何?」
相川「…剛君は地元はどこの高校なんだ?」
日田「わーは『沖縄水産高校』さー。…あい!そうだ、将星高校の人たちも一緒に練習せんね?」
思わぬところで声がかかってしまった。
これは、緒方先生の交渉もいらないかもしれない。
吉田「おおっ!本当か剛!!」
日田「OKさー!わーのチームメイトも喜んでくれるさ!」
相川「君の都合ひとつで決まるものなのか?」
日田「うんにゃ、監督適当だし…大丈夫さー」
御神楽「グラウンドの広さはどれくらいなのだ?」
日田「グラウンドは他の部もあるから中々使えないさー!」
県「え?じゃあどこで練習してるんですか?」
日田「あれさー!」
日田が指差した先には沖縄の綺麗な海の側にある砂浜に、観光客の邪魔にならないように、端っこの岩場のほうに足跡で作られたようなネットが張ってあったり、ボールがたくさん転がっていた。
目を凝らしてみると、ベースらしきものや、バッティングケージもある。
すでに人が集まっていて練習しているみたいだ。
日田「ちょっと言ってきてキャプテンに聞いてくるさー!」
相川「お、おい剛!!」
日田はそういうとすごい加速で砂浜まで走っていった。
吉田「すげースタミナだな…!」
野多摩「降矢君とは大違いだね〜」
降矢「うるせーー!」
海岸に到着した時、降矢はすでに息も絶え絶えだった。
それを西条と冬馬が支えている。
降矢「ぜーぜー…」
冬馬「だ、大丈夫降矢?」
降矢「う、うるせーちんちくりん。話しかけるな」
西条「これくらいで根をあげんなや、降矢」
降矢「てめージョー…!」
降矢が息を整えている間にすでに日田は話をつけてきたみたいだ。
縦よりも横にガタイがいい色黒の大男が日田に連れられてやってきた。
金城「どうも、わしが沖縄水産高校キャプテンの金城さー」
吉田「おう!俺は将星高校キャプテン吉田だ!」
二人はよろしく、と熱い握手を交わした。
どうやら向こうの金城キャプテンも熱い男のようだ。
金城「見ての通りわしらはこうやって砂浜で練習してる、足腰も鍛えられるさ」
日田「グラウンドが中々使えないからなんだけどさー」
説明によると、市や県にも了承を得ているらしい。
金城「んー、ごほん。ま、そういうわけで、合同練習といってもたいしたことはできないがよろしく頼むさ」
吉田「おう!そういうことは相川が考えてくれるから大丈夫だってよ!」
相川「そうだな、これだけ広いんだから二つのチームで互いに練習できそうだな。…とりあえずはシートノックから始めるか」
相川はあたりを見回した、予想以上に広い広い広い砂浜には十分なスペースがあるだろう。
いよいよ炎天下の元、沖縄での練習が開始される。
降矢「じょ、冗談じゃねー…」
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