075常夏の楽園
朝早くから、少し離れた場所まで電車で揺られる事、数時間。
少し開けた場所にある、その場所。
降矢「…眠い」
冬馬「わーすごいすごいっ!俺空港なんて初めてだよ〜!」
隣で騒ぐちんちくりんを横目に降矢はあくびを連発していた、朝だから涼しいとはいえ何故に朝からこんな遠い所まで来なきゃならないのだ。
冬馬「降矢、沖縄が待ってるだろっ」
降矢「…そうだ、水着ギャルが俺を待っている」
バコォッ。
スポーツバッグでどつかれてしまった。
降矢「痛ぇっ!?何すんだこの野郎!」
冬馬「目、覚めた?」
満面の笑み。
降矢「…」
この野郎、と思いつつもこんな所で無駄に体力を消費しても仕方が無い。
ため息をつくと、降矢は空の玄関へと足を速めた。
…どうも、冬馬の奴は最近機嫌が悪いみたいだ。
まだ朝早いので人も少なく、静かなロビーに着くと、すでに全員が到着していた。
ガラス張りの窓から、大きいジャンボジェットが視界に入ってくる、きっと今からアレに乗り込むのだろう。
軽く出席をとった後、緒方先生が一人一人にチケットを配っていく。
緒方先生「これがないと降りられないから、なくしちゃだめよー」
全員『はーい』
降矢「ガキか」
六条「それにしても、飛行機で沖縄まで行けるなんてリッチですね」
原田「最近ようやく出たはずの部費なのに、どこから出てきたんッスか?」
緒方先生「うふふ、相川君が学年トップをとったから『野球部は文武両道を実践しています、それに対しての評価が過小すぎるんではないですか?』って校長先生を説得したおしたの」
三澤「えーーっ!相川君、あのテスト学年トップだったの?!」
吉田「流石相川…」
相川「まぁ、あんまり声を大きくして言う事じゃない」
県「それでもすごいですよ…」
野多摩「ぱちぱちぱちー」
緒方先生「それで、合宿に行くだけの部費が臨時にもらえた訳」
相川「それに一応俺達は夏ベスト8っていう実績を持っているからな」
御神楽「あまり実感は無いが、すごいことであるな」
遙か上空の天井に設置されたスピーカーから、アナウンスが流れる。
緒方先生「それじゃ皆、行くわよー」
合図と共に、ぞろぞろと飛行機に乗り込む。
独特の雰囲気がする機内は結構広い、前方には巨大画面、スチュワーデスさんが笑顔で迎えてくれる。
降矢「で、なんでお前らは俺の両隣なんだ」
冬馬「た、たまたまだよっ」
六条「あ、あはは…」
冬馬は本当に偶然に席番号が一致しただけ、六条は三澤に無理矢理変わられたのだ。
目つきが悪い金髪長身に、おどおどしたショートカットの少女と、どう考えても女顔の少年と、どうにもおかしな構図が出来上がった。
注文をとりに来たスチュワーデスが驚いて苦笑したくらいだ、一体何の集団と思われたか非常に気になる。
『それでは当機○○○便、沖縄行きは…』
機内アナウンスがかかると、急に機体が揺れ始めた。
どうやら滑走路を走り出したらしい、冬馬はわくわくしながら、六条はおどおどしながらその瞬間を迎えた。
降矢「…」
降矢は何故かガタガタ震えている。
冬馬「ふ、降矢!?どうしたの!?」
六条「降矢さん?!」
あまりにも二人の声が異常な事を伝えるものだったので、前の席だった県、西条、野多摩も振り返った。
県「ふ、降矢さんどうしたんですか?」
西条「うわっ!降矢めっちゃ顔青っ!青っ!」
野多摩「気分でも悪いんですか?」
降矢「と、飛ぶわけねー…」
全員『…はぁ」
降矢「考えても見ろ!こんなでかい物体が飛ぶわけねー!!すぐに落ちて俺ら死んじまうぞ!」
西条「…なー、降矢。お前飛行機乗ったことあるんか?」
降矢「…ない」
どうやらこの揺れに、相当びびっているらしい。
確かに初めて体験するものにとっては中々驚く震動であるが、それでもここまで驚くとは降矢らしくないというか、何というか。
降矢「飛行機ってのは宇宙から衛星が糸で引っ張って飛んでんだろ?!」
野多摩「違うよ〜羽ばたいてるんだよ〜」
西条「両方全然ちゃうわっ!」
冬馬「…降矢、馬鹿?」
降矢「殺すぞちんちくり…」
ガタガタガタッ!!!
離陸直前なのだろうか、キーンと言う高い金属音も聞こえてきた。
降矢「ぎゃー!殺されるーーー!」
六条「降矢さん落ち着いて…」
スチュワーデス「あ、あのお客様、機内ではお静かに…」
降矢「はぁ!?殺すぞこの野郎!!!」
スチュワーデス「ひぃぃっ」
県「降矢さん、スチュワーデスを驚かせちゃ駄目ですよ」
降矢「ああっ?!」
そして、離陸した。
ゴォォォーーーーーーーッ。
降矢「んぎゃー!!地に足がついてねー!!何だこの浮遊感はー!?」
西条「静かにせんかい、降矢!」
降矢「てめぇ、黙らすぞ西条!」
西条「なんやと!?」
県「西条さんが怒ってどうするんですかっ!」
野多摩「ど〜ど〜」
六条「あわわわ、落ち着いてください皆さん…」
手足をばたつかせる降矢は客観的に見るとこっけいで仕方が無い。
それに対して思いっきりつっこむ西条、たしなめる県、野多摩、おろおろする六条。
なんだこの賑やかな集団は、どうやらスチュワーデスも声をかけづらくて仕方が無いらしい。
六条「ふ、降矢さん!大丈夫ですよ、落ち着いてください」
降矢「ああっ!?」
六条「ひぃっ…駄目!負けちゃ駄目だよ梨沙!…えいっ」
ギュッ。
降矢「…?」
冬馬「―――ぁ!!」
六条は力いっぱい、降矢の左手を握った。
六条「大丈夫ですよ降矢さん、無事に着けますからね…」
県「ああっ!降矢さんの体が!」
野多摩「どんどん震えが消えていってます〜」
西条「んなアホな…」
県「なんかよく言うじゃないですか、手を握られると怖くなくなるって」
西条「言うか?」
降矢「……」
自然と見つめあう降矢と六条。
六条「えっ、あっ…そ、その…」
冬馬「降矢っ!」
ギュッ。
もう一つ開いていた降矢の右手を冬馬が握った。
冬馬「もう騒いでばっかりじゃいけないんだから、大人しくして…」
降矢「…」
無言で冬馬のほうを向く降矢。
その真剣具合は大和と対戦した時なみだ。
冬馬「…え、えーと」
しかしそのまま前を向きなおしてしまった、何故か子供のように大人しくなって。
必死になって恐れを消しているように見えなくも無い。
西条「ようやく静かになったで…」
野多摩「じゃー騒ぐ?」
西条「アホか!」
県「あはは…」
その様子を後ろで二年生たちが苦笑していたのは言うまでも無い。
ちなみに降矢がおとなしくなったのは、恐怖のレベルがリミットを外れたためである。
やっぱり、何かとすれ違っているらしい。
もう、沖縄に到着するらしい。
御神楽は窓の外を見て、島が多くなっている事に気づいた。
三澤「やっぱり海が綺麗だね〜」
御神楽「そうであるな、サンゴ礁というやつか」
どうやらもう三澤に対しては敬語を使うのはやめたらしい。
三澤「泳ぐ時間ってあるのかな?」
相川「まぁ、一応自由時間がないことは無いが…旅行じゃないんだぞ」
吉田「本当か!?よし!泳ぐぞ大場ぁー!」
大場「お、おいどん金槌とです…」
相川「いいから、もうお前ら静かにしてろ」
緒方先生「さっきの降矢君の騒ぎは、やっぱり後で文句言われるのかしら…」
三澤「うふふ、六条さんも頑張ってるもんね。…そっか、じゃあ泳ごうかな〜、せっかく水着も持ってきたし」
御神楽「ぜぜぜぜ、是非泳ぎましょう!三澤さん!」
三澤「ええっ?…う、うん御神楽君も一緒に遊ぼう」
御神楽「こ、光栄の限り!」
そんなショートコントも交えつつ、一行は沖縄に到着した。
そして那覇空港に降り立った十三人を迎える人。
女の子「めんそーれ、沖縄〜」
女の子「めんそーれ、沖縄〜」
色黒の女の子二人に先頭の相川と吉田が花をかけられた。
なんのサービスだ。
吉田「めんそーれ?」
相川「沖縄の方言だ。いらっしゃいませ、みたいな意味だ」
県「へ〜、でも何かもう雰囲気違いますね」
大場「常夏の香りを感じるとです」
御神楽「そんな情緒がお前にあるとは思わんがな」
ちなみに降矢はさっきの行動を振り返ってひたすら自己嫌悪に陥っていた。
頭を抱えたまま一言も喋らないその様子を、女性陣が苦笑していたのは想像してくれ。
そして、空港入り口の自動ドアをくぐると、そこは常夏の楽園だった。
降矢「うぎゃあーーーーーーーーー!!!」
まず悲鳴を上げたのは金髪。
どうやらこの男、とことん今回は情けないようだ。
大場「あ、暑いとです…」
県「う、うわぁ〜」
まず、天高くにある太陽が明らかに本島のそれとは質が違う、日差しが痛い。
そして、上からの暑さだけではない、アスファルトが溶けるくらいに熱された地面も温度を反射するかのごとく、下から熱気が漂う。
六条「ふ、降矢さんしっかりしてください〜!」
冬馬「降矢っ!降矢!…うわ〜!降矢の目が白いよっ!?」
周りには半そで半ズボンで肌が真っ黒に日焼けした人ばかり。
それはそうだ、四月から海開きするような場所だ、それが今は七月の後半という真夏、灼熱地獄とは言いすぎだが、降矢はそう感じたはずだ。
野多摩「暑い〜」
西条「せやなぁ、立ってるだけで汗がにじみ出てくるで」
御神楽「先生、それより目的地はどこなんですか?」
緒方先生「ふにゃ〜」
緒方先生も暑さにやられていた、汗でシャツが透け始めている、危険だ。
行きかう人も皆その胸元に視線が集中しているのが傍目から見ていて良くわかる、先生下着が見えてます。
三澤「先生しっかりしてくださいっ」
緒方先生「ごめんなさい〜…空港の前で待ち合わせしてるんだけど…」
その時、空港の駐車場の方から、一人の日焼けした少年が走ってきた。
???「…えーと、あんたらが将星高校の人らさー?」
部員が独特の発音に躊躇している間に、その少年は緒方先生を見て叫んだ。
???「あ!あんた、由美子ねーねーかっ!?」
緒方先生「…え?あっ、もしかして剛!?」
剛と呼ばれた少年はにっ、と歯並びの良い白い歯を見せて笑うと、部員に頭を下げた。
日田「めんそーれ沖縄!わーが、日田剛さー!」
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