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7月24日。


緒方先生「はい、という訳で明日から夏休みですね」


諸注意のプリントを配り終えた緒方先生が笑顔で言う。

もちろん教室中はすでに話し声でいっぱいだ、長期休暇に向け生徒たちは胸を躍らせている。

バイトする人、旅行する人、家でのんびりする人…。

そして、野球部には常夏のリゾート、沖縄が待っている。


冬馬「はぁう〜」

県「わぁっ、冬馬君の目がヤシの木に!」

降矢「なんだお前は、気色悪いな」

冬馬「だって、俺沖縄って始めてだもん〜、わくわく」

県「僕も初めてです、どんなところなんでしょう?降矢さん知ってますか?」

降矢「俺が知ってる訳ねーだろうが」


三人は未だ見ぬアルカディアを想像した。


冬馬「…イルカさんとか〜」

県「景色とか綺麗だといいですよね」

降矢「水着ギャルか…」


まったくバラバラだった。


緒方先生「こら!後ろの三人、静かにしなきゃ駄目よ!」


おまけに注意されてしまった。

気がつけば回りはもう前を向いていた。


冬馬「は、はいっ」

緒方先生「それじゃ、みんな、楽しい夏休みを過ごしてね!」


チャイムが鳴ると、歓声とともに生徒たちが教室を飛び出していく。

中には教室に残って楽しそうにこれからの予定を話している女子生徒もいるが。

降矢も立ち上がり大きく伸びをして、首を二三回鳴らすとスポーツバッグを担いだ。


降矢「だりーが、行くかね」

県「嬉しそうですね降矢さん!」

降矢「んなことはねーよ」

冬馬「うふふ、楽しいくせに」

降矢「なんでお前も笑ってるんだよ」

冬馬「なんでもないよーだ」







夏休みという事もあって、グラウンドはにぎわっていた。

陸上、ソフト、サッカー…他の屋外部活生徒を横目に降矢たち三人もサブグラウンドへと歩いていく。


降矢「にしても暑いーな、おい…」

県「今日の最高気温は36度らしいですよ」

降矢「死ね!」


暑さにとことん弱い降矢は、すでに顔が赤を通り越して青くなっていた、汗の量が尋常じゃない。


冬馬「本当降矢は暑さに弱いんだから…」

降矢「寒さにも弱いぞ」

冬馬「自慢になってないよっ」


そんなくだらないことを話していると、部室についてしまった。

そんな部室の外ではすでにユニフォームに着替え、目を輝かせながらバットを振っているキャプテンがいた。


吉田「おおっ!来たな!早速着替えろー」


テスト明けの練習でバットを振って以来相当嬉しいのか、あれから吉田は誰よりも早く部活に来てバットを振っている。

本当に野球が生きがいのような男だ。


降矢「へい」

冬馬「俺はもう実は下に着てるっ」


冬馬カッターシャツの下はユニフォームだった。

さっきからやけにごわごわしてると思ったら、っていうかカッターシャツがすけてユニフォームに描かれた文字が丸見えである。


県「あ、頭いいですね」

そんなことはない。

降矢「馬鹿が、んなことしたら俺は倒れてしまうわ」














しばらくすると、ぞろぞろと部員が集まり出し、顧問の緒方先生も到着、将星高校野球部十二人が揃った。


吉田「よし、では練習を始める!まずはランニングだーーー!!」

全員『ウィーッス!!』


何事も足腰だと豪語する相川の理論で練習の最初は絶対にランニングをすることになっている。

基本的に将星高校の練習メニューは相川が頭を悩まして決めている、だからこそ練習内容が偏らずに部員全員が均等に底力を挙げれるのだ。

その相川はすでに合宿での構想を頭に思い浮かべていた。



相川(…西条、冬馬は俺と投球練習するとして、大場、降矢は徹底的にノックでしごき、と)


守備が弱い二人を徹底的に地獄ノックでいたぶる、その事を想像すると相川の口の端が吊りあがった。


相川(吉田はまあ全般的によくこなせるし、軽く連携だな。足の様子も未だ気になるしな)


霧島工業戦で痛めた吉田の右足首、すでに松葉杖を取って練習しているが、いつまた痛めるとも限らない。

一人余裕がある十人がいるとはいえ、吉田は精神的、実力的にもチームの要だ。

下手に怪我をしてもらうと、士気にもかかわって来る。


相川(県、原田は攻撃力を増すために御神楽と一緒にバッティング、あの二人なら御神楽の言う事も大人しく聞くだろ)


これが降矢だと即ケンカだ、後最近わかってきたのだが、どうも西条も気が強いらしい。

相川(この前スクリューの事でもめた時、俺に向かってきやがった、まぁ謝る所が降矢と違うが)


いい、それくらい気が強い方が投手としては十分だ、気の荒い馬を乗りこなす捕手、相川にもやりがいが出てくるということだ。


相川(後は…野多摩、か)


何故か語尾が間延びする天然野多摩、当然能登が抜けたレフトにつくことになるだろうが。

実力は未知数だ、キャッチの仕方はすごく上手いくせに送球がまるで下手、走るのは速いがベースランニングはさっぱり、パワーはまるでないくせに、初心者の割にミートさせる技術は吉田を黙らせる。


相川(まぁ、いい。時間が経てばわかるだろ)


そして投手二人だ。

西条はスクリューか、それとも他の武器を覚えるか。

少なくとも今のままだと他校にはとても太刀打ちできない、ただ徐々にその実力が増していっているのは誰の眼にも明らかだ、この成長性だけは目を見張る。

降矢と同じくセンスが高いのだろう、先が楽しみだ。


もう一人、最近どんどんと実力を伸ばしている冬馬。

あの小柄な体、細い線の割りに球速は上がっていっている、あの体型であれなら十分すぎるほどだ。

後は得意のコントロールとFスライダーの強化、あわよくばもう一つ欲しい。

落ちる系の球が。


相川(これも、何とかしてみるか…。冬馬も走り込みがきいてるのかスタミナがついてきたしな。秋季大会はコイツらを併用してなんとかするか、御神楽もいないことだし…)


とにかく沖縄に行かないことには始まらない。

他のメンバーとは理由が少し違うが、やはり相川も沖縄を楽しみにしていることには間違いはない。





ランニングが終わると、相川は野多摩の所へ行った。

野多摩「こんにちわ、相川先輩〜」

相川(この暑さの中のランニングの後で、汗の量がたったこれだけか…)


余裕ともいえる体力を残している野多摩はやはり相川を少々混乱させる。


相川「お前、うやむやになってたが守備位置はどこなんだ?」

野多摩「守備位置?…え〜と、どこでしょう〜?」


苦笑する野多摩、相川はこの天然を思わず殴りそうになった。

それは言いすぎだ、苦笑しつつ答えることにした。


相川「じゃ、好きな所はどこだ?」

野多摩「何があるんですか〜?」


すまないが、もう一度言う、殴りそうだ。


相川「…もういい、お前は外野…レフトにつけ、いいな」

野多摩「県君の左ですね」

相川「詳しい事は県に聞け、今はキャッチボール中だからな」

野多摩「は〜い」


野多摩は中々のスピードで外野二人のところへと駆けていった。

聞き分けがいいので嫌いではないが、やはりアイツは良くわからん、と相川はため息をついた。


相川「よし、吉田。そろそろノックを始めてくれ」

吉田「よっしゃーーー!!お前らノックだ!!集まれーー!」


うるさいを通り越して気持ちよくなるほどの大声だ。


吉田「相川、お前はどうするんだ?」

相川「俺は緒方先生に合宿のスケジュールを聞いてまとめてくる、明日には要項のプリントが渡せるようにな。早い方がいいだろ」

吉田「流石相川だ!頼んだぜ!!っしゃあ!!まずは大場、行くぜ!しっかり動けよー!」


カキィーン。

とんでもないスピードで球は一・二塁間を抜けていく。


吉田「ああ!?捕れないだと!?そんなんじゃ桐生院に勝つなんて夢のまた夢だぜ!!」


野球に対しては本当に頼りがいがあるキャプテンを後に相川は緒方先生に話しかけた。













二人は職員室に向かっていた。

そして職員室に着くと、緒方先生が家でまとめてきた大体の資料を見せてくれる。


相川「一週間も?いいんですか?」

緒方先生「もっといてもいいみたいよ?まぁ、その分向こうの民宿の手伝いをしなきゃいけないけどね」


舌を出して笑う緒方先生に相川は苦笑した。

全て練習付けになると思っていた相川、これは少し予想と予定が違ってきそうだ。

いや、その分部員達には気分転換にはいいかもしれない、野球づけで喜ぶのは今野球に死ぬほど餓えている吉田くらいのものだ。

とにかく、行き先は沖縄県那覇市、民宿「日田」。

練習の時間帯はとれるが、大体メンバーを半分に分けてそれぞれ朝と夜働かなきゃいけないようだ、昼は自由みたいだが。


相川「日時指定の方は?」

緒方先生「そうね、じゃあ27日くらいから行きましょうか」

相川「は?そ、そんなに急でいいんですか?」

緒方先生「何か今年は団体さんの予約がたくさん入ったみたいで、速く手伝いに来て欲しいらしいの。でもみんなの準備もあるでしょ?」

相川「…そうですね、じゃあそうしましょうか」


ぱっぱっと、要項をまとめる相川、手際のよさは先生以上だ。

緒方先生は終始ニコニコしていた、きっと吉田を含め他の部員が期末で頑張ったのが嬉しいのだろう、さっきもすれ違った舟木先生にVサインをしていた。



まとめ終わった相川はワープロで打ってくれるように緒方先生に頼むと、一人サブグラウンドへと戻った。

だが、その途中でなんとも奇妙な光景を目にする。


県と三澤と大場、なんとも珍しい組み合わせだ。

その三人が一人の女子生徒に話しかけている、どうも大人しそうな子だったが。


相川「何してんだお前ら」

県「あ、相川先輩」

三澤「相川君っ」

大場「それが、この子がおいどんたちの練習を覗いていたみたいとです」

相川「…?入部希望って事か、悪いがマネージャーくらいしかないぞ?」


こんな十二人の部に女子マネージャーが二人か、他の野球部が泣いて喜びそうだ。

別に相川が嬉しいわけじゃないが、やはり女子生徒が多いということはこういう特典がついてくるのだろうか。


???「あ、あの…」

県「…うーん…あっ!ちょっと前降矢さんに話しかけていた人ですよね」

???「えっ!?あっ…は、はい」

三澤「あ、もしかして〜…」

大場「降矢どんに…」

???「は、はい、その…」


しどろもどろになりながらも、その少女は頷いた。

黒い髪に三つ編み、眼鏡、どう考えても降矢に合うタイプではない。


相川「やめとけ、アイツは最低だぞ」

???「そ、そんなことありませんっ」


いきなり強い口調で反論され、相川はうっ、とたじろいだ。


三澤「そうだよ、相川君。そんなことは言っちゃ駄目」

大場「おいどん、降矢どん呼んで来ましょうとですか?」

???「わわわっ、やめてください〜っ」


歩いていこうとする大場を引き止めるが、そのまま引きずられる。

体重差が桁違いだ。


???「ま、まだ、その…ですからやめてください!そ、それに向こうは私の事を嫌っているみたいですし…」

相川「だからって見てるままじゃ、始まらないだろう」

???「え…?」

相川「まずは見た目から変えてみたらどうだ、それじゃ駄目だ。髪も短くして、眼鏡もやめてみろ。…降矢に近づきたいならな」

三澤「そうだよっ、うんうん。それでうちのマネージャーになったらどうかな?少しづつ仲良くなっていってさ」

県「それに、降矢さんも言うほど無茶苦茶な人じゃないですよ」

大場「いつも、おいどんの股間を蹴飛ばすとですが」


???「そんな…なんでそんなに言ってくれるんですか?」

三澤「私はいつも恋する女の子の味方だから」

相川「………言ってて恥ずかしくないか、三澤」

三澤「ちょ、ちょっと恥ずかしかった……あはは…」

大場「女の子は大歓迎とです、いつでも待ってるとです!」

???「は、はい!ありがとうございます!」

相川「じゃ、やる気があるなら明日から来な。待ってるから」

???「は、はいっ!」

県「あの、名前くらい聞いておいていいんじゃないでしょうか?」

大場「そうとですね」

六条「はい、私、一年の六条梨沙って言います、よろしくお願いします!」








翌日、ばっさりと髪を短くして、眼鏡もコンタクトにしてすっかり変わった六条がサブグラウンドに姿を現した。


六条「こ、ここここ、こんにちわ!」

降矢「あん?」

六条「ふ、降矢さん!これからお願いします」

降矢「なんで、俺の名前知ってるんだよ」

県「ほら、降矢さん前話しかけられていた三つ編みの人ですよ」

降矢「……は」


気づけば他の部員が全員にやにやと笑っている。


六条「お、おどおどするのもこれからちょっとずつ直していきます!」

降矢「…ま、前よりからは幾分ましなんじゃねーのか?」


降矢はそれだけ言うと、とことことバッティングケージに入っていってしまった。


三澤「あれだけでいいの?」

六条「はい、今はあれだけで十分です…」




降矢「…?おいちんちくりん、なんでお前怒ってんだよ」

冬馬「そんなことないよっ」

降矢「?」






そんな訳でまた将星野球部に一名が追加された。

十三人で沖縄へ、いざ行かん!
















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