073地獄の一週間(後編)






















翌日、再び部室に集まった部員達から再び驚きの声が飛ぶ。



相川「お…」

三澤「沖縄ーーーっ!?」

西条「いきなりなんでですか先生?!」

緒方先生「それがね、私の親戚に『日田さん』っていう人がいるんだけど、その人が今年の夏は久しぶりに遊びに来ないか?って!で、その人が旅館を経営してて、部活の合宿場所にしていいですか!?って確認とったら、じゃんじゃん来いって!」


緒方先生は声高らかに、胸を揺らしながら宣言した。


野多摩「すご〜〜〜い!」

吉田「キャッホーーー!!!」

原田「沖縄ッス!沖縄ッス!!」


一同、子供のようにおおはしゃぎ(降矢除く)。

沖縄といえばリゾートだ、頭に思い浮かぶのは青い海、白い雲。

何故かハワイと混同した映像が部員達に映し出された。

きらきら目を輝かせ、腕を振りながら冬馬が喜ぶ。


冬馬「すごいですねっ!」

相川「まぁ、たまには景色を変えてみてもいいだろ」

西条「こんな所でまさか沖縄に行けるとは思ってなかったなー!!」

県「ウキウキですね〜大場さん!!!」

大場「すごいとです〜〜!!」



しかしそんな大場達をよそに、降矢の冷たい声が事実を捉える。







降矢「だけどよ、停止喰らったら、パーだろ」







全員『…』


視線が四人に集中した。


緒方先生「実は…昨日のを見ててね、降矢君と冬馬君、それに大場君はなんとかなりそうなんだけど…」


視線がさらに一人に向かった。














吉田「―――俺?」







吉田のすさまじさを良く知る同二年生の四人が納得する。

相川「あー…」

三澤「やっぱし…」

御神楽「愚かな…」

大場「頑張ってくれとです!」


吉田「ちょ、ちょっと待ってくれ!なんだそりゃあ!」


焦りつつもとりあえずは反論する吉田。


全員『…』


吉田「黙るなーー!!」

冬馬「あのー、すごいんですか?」

三澤「…傑ちゃんはこの学校ですでに伝説となりつつあるから」

西条「伝説て…どないやねん」

相川「かつて将星高校のテストで一ケタ台をとった者はいなかった。それを昨年塗り替えたのがこの男だ」


吉田「っしゃあ!」

野多摩「ぱちぱちぱち〜」

吉田がポーズをとると、何故かその迫力に押されたのか拍手が巻き起こった。



降矢「って、そんなことやってる場合じゃないだろ」

野多摩「そうですよねー。このままじゃ沖縄に行けないですよ〜」

吉田「うぐっ!」


つまり、部員が沖縄に行けるか行けないかは、吉田にかかってるともいえる。



吉田「ぐぐ…お、俺はキャプテンだからな!任せろい!!」

相川「おお、言うじゃないか」

原田「流石キャプテンッス!!」


またもや拍手が巻き起こった。

しかし、吉田はすぐに三澤のほうを向いて手を合わせた。


吉田「…というわけで柚子、頼む!教えてくれ…せめてノートだけでも見せてくれ!」

相川「いきなり他人に頼るかお前は」

三澤「言うと思った…傑ちゃんずっと授業中寝てるもんね…」

相川「はぁー…」

降矢「先が思いやられる」









そして、吉田の地獄の一週間が始まった。

二日目の勉強は数学。

三日目は国語。




四日目は社会…その日に異変は起こった。





吉田「ぐあああ!!」

緒方先生「きゃあっ、どうしたの!?吉田君!」



いきなり奇声を上げて机から飛びのき、のた打ち回る吉田。

隣で勉強を見ていた緒方先生が飛び上がった。

額に鉢巻を巻いた吉田を中心に、なんと部員全員が吉田のために部室に残って勉強していた、このあたりは将星高校のいいところである。

ちなみにあの四人以外の成績は普通なのである、しかも相川は二学年で、県は一学年でそれぞれでトップ3に入るほど優秀だ。

上と下の差が激しすぎるのだ。




相川「発作か」

緒方先生「ほ、発作?」

野多摩「キャプテンは元気な人ですよ〜」

降矢「んなことは、わかってる」

三澤「傑ちゃんは四日以上バットに触ってないと発狂するんです、一度中学の時それで保健室に運ばれました」

冬馬「すごい…」

降矢「なんでそこで目が輝くんだ」

西条「いやいや降矢、すごいことやで。そこまでできるーゆーことを俺は同じ選手として尊敬するわ」

降矢「お前は固いんだよ、西条」

原田「キャ、キャプテン大丈夫ッスか!?」

吉田「ぐあ〜…バット、バットぉ…」

三澤「はいっ!傑ちゃん!」



すかさず三澤が部室の隅からバットを取り出した。

パシッ。


吉田「よぉーーーしゃぁああああ!!」


バットを受け取るとすぐさま部室を飛び出すキャプテン。

その後に素振りの音が外から何度か聞こえてくると、何事も無かったかのように帰ってきた。

頭をかきながら笑うその姿は、もうコントである。


吉田「はっはっは!!いやー、スマンスマン」

緒方先生「だ、大丈夫なの?」

吉田「おッス!!はっはっは!さぁーバリバリやるぞ、コンニャローー!次はどれだ柚子!」

三澤「あははっ、よし頑張ろう!」

相川「…ま、落ち着いて解くんだな」

西条「テンション高いッスな〜キャプテン!ボクも頑張るでー!」

冬馬「俺もやります!!」

野多摩「僕も頑張ります〜」

降矢「…のせられやすい奴らだな」

御神楽「お前がいえたクチか降矢?」

県「そうです、そんなこと言わずに降矢さんもやりましょう、危ないんですから」

大場「降矢どんも赤点候補とです!」

降矢「…ぐ」







そんな感じで、野球好きの吉田にとっては地獄の一週間が過ぎていく。

彼曰く、まるで一秒が一日のように感じるほど長かったという。

そんな馬鹿な。












そして、テスト当日。


吉田「…あ、頭が痛い…」

三澤「うふふ、それはそうだよ、一週間で今までの分を詰め込んだんだもん」

大場「でも、これで余裕とですよね吉田どん!」

吉田「…」

御神楽「そこで黙るなっ!」

吉田「お、俺はできる限り頑張るだけだっ!」

相川「…やれやれ、先が死ぬほど思いやられる…」



テストは四日の間続く。



一日目。

吉田「むー…」

二日目。

吉田「ぐあー…」

三日目。

吉田「…」


四日目、吉田の顔は死んだ魚と化していた。

おぼつかない足取りで廊下を歩いてきた吉田に四人も目を丸くした。



相川「うおっ!どうした吉田!目が死んでるぞ…」

大場「生気が全く感じられないとです…」


御神楽が目の前で手を振って見せるが、反応は無い。


三澤「傑ちゃん、大丈夫〜?」

吉田「うあ〜…べんきょー嫌だぁ〜…」

相川「半分死人だな。これは…」

三澤「でも多分、私が今まで見てきた中で一番頑張ってると思う」

御神楽「一週間少しで、なんと大げさな…」



しかし、吉田はよろよろと自分の机へ向かっていった。

その姿は見るものの同情を誘う、後姿が何とも寂しそうに見えた。


相川「あいつは野球やっていないと駄目になるな」

三澤「…同感だよ」

御神楽「ある意味尊敬に値する」

大場「吉田どん!ファイトですと!!」





最後のテストを合図する鐘が鳴り響く。

キーンコーン、カーンコーン。

それは栄光への鐘か、それとも絶望への鐘か?




吉田は一心不乱に書き続け、問題を解き続けた。

その姿はあたかもノックアウト寸前のボクサーのようだ、人でも殺しそうな目をしながら、ひたすらに用紙に文字を刻み続ける。

周りがほとんど女子の中、その視線も気にせず黙々と書き続ける。



ちなみに、吉田と同じクラスに大場と御神楽と後の一人、違うクラスに相川ともう三人の男子が組み込まれている。

それぞれ立場は狭いもので、何故男子を一緒のクラスにしなかったのか、と訴えたくなるようなものなのだが、それを気にするような奴らではない。



補足終わり。

黒鉛の塊を何度も紙に押し付けていく、時計の針の音がやけに大きく聞こえた気がした。


吉田(沖縄に皆を連れて行くんだ、海が、野球が俺を待っている!…せっかくこれだけの部員が揃ったんだ、俺が足をひっぱれるか!)



カリカリカリ…ドサァッ。

そして、最後の問題を解き終わった時、吉田は崩れ落ちた。



大場「吉田どんっ!!」


何故か吉田は真っ白になっていた。


吉田「やった、やったぜ…大場ぁ」

大場「吉田どん!しっかりするとです!」










吉田「燃え尽きたぜ……」






















燃え尽きてもらっては困る。



テストが終わったのもつかの間、テスト返却日はすぐさまやってきた。

吉田はその間ひたすら祈り続けた、キャプテンである自分のせいで部員の皆に文句をかける訳にはいかない。

自分でできることは全てやった、後は祈りをかかげるだけだ…!









そして、部室に再び全員が集合した。

ホワイトボードには結果発表と書かれている、テストごときをいちいち部全体のイベントにしてしまう辺り将星高校のチームワークは他校よりもきっと優れているだろう、いや、どうなのだろう。





大場「おいどんは赤点無しとです!!」

冬馬「俺も無かったーーー!!良かったよぉ…」

降矢「当然だろ」


まずは問題の三人がクリアした、ちなみに涼しい顔をしてる降矢は結構ギリギリな点数であったが。


西条「俺もまぁ、普通ッス」

野多摩「うんうん、こんなもん〜」

原田「ま、こんなもんッス」

三澤「えへへ、平均ぐらいかな?」


そして、中盤の四人。


御神楽「トップ10、だそうだ」

県「学年三位です!」

相川「ま、どうでもいいだろ」


そして高得点の三人。




緒方先生「後は…」



目線が彼に集中する。

もちろんキャプテン吉田にだ。


吉田「ぐあああああ!!視線が痛ぇー!」


目の前には、いまだ見られていない吉田の返却されたテスト用紙の山、計は科目別に全部で十一枚。

そして部員もちょうど、吉田を抜くと十一人だ。

緒方先生の指示に従って、十一人が吉田のテストを一枚ずつとっていく。



緒方先生「皆、せーの、で開きましょう!」



全員が頷いた。

赤点が無ければ沖縄!

もちろん一人でもあれば…部活動は停止…。



吉田「うわ〜〜〜!!」


吉田は頭を抱えて、目をつぶった。



緒方先生「それじゃ、行くわよ!」

吉田「神様…!!」










緒方先生「開いて!!」




十一人が、テスト用紙を開く。


最初に口を開いたのは相川、現国のテストには57の点数が書かれていた。


相川「…オーケーだ」

三澤「大丈夫だよっ!」

県「大丈夫です!」


次々とOKサインが飛び出す、吉田はその度に表情を面白いぐらいに変えていく。


御神楽「余裕ではないか」

大場「赤点じゃなかとです!」

冬馬「オッケーです!」

原田「こっちもッス!」

西条「大丈夫やで!」

野多摩「大丈夫です〜」

緒方先生「…大丈夫よ!」


これで、九人、残るは…。










降矢「…」


降矢は黙って用紙を見つめていた。

その顔はひどく険しい。


冬馬「え、ええっ!?」

原田「ま、まさか…!」


















降矢「―――なんてな」


ひっくり返したプリントには、でかでかと『68』の数字が書かれていた。










吉田「いよぉぉぉしゃあああ!!沖縄だーーー!!!」

西条「胴上げや胴上げやーー!!」

野多摩「やったね〜〜〜!!」

県「キャプテン、ばんざ〜〜い!」

冬馬「ばんざーーーいっ!」



そのまま外に出て吉田の胴上げを始める。

御神楽、相川、降矢の三人はあきれ返っていた。


御神楽「…」

相川「ふぅ」

降矢「相変わらず馬鹿な奴らだ」

相川「とかいいつつ、降矢もちゃっかりにやけてるじゃないか」

御神楽「…しかしどうもあのメンバーだと胴上げされている吉田が落ちそうだな」

降矢「支えてやるか?」

相川「俺はいつだってアイツを支える役だよ」



なんだかんだ言いつつも、結局は胴上げに参加してしまう将星ナインであった。

緒方先生の歓喜の声が響く。





緒方先生「みんなーーー!!沖縄行くわよーーー!!」






夏休みは、もうすぐそこだ。













back top next

inserted by FC2 system