072地獄の一週間(前編)






















降矢「俺はこんなところで何やってんだ」


思わず愚痴をこぼしてしまった、降矢の前にあるのはペンケースとノート。

静かな周りに響くのはシャーペンの音だけ。














…話は遡って、降矢が復帰した日曜日の次の日、つまり月曜日の放課後。

いつものようにだるそうに机にもたれる降矢と、それを苦笑して眺める隣の冬馬。


降矢「だりーよだりーよ。なんであの巨乳は早く来ないんだよ」

冬馬「そうだね、緒方先生遅いな〜」

降矢「切れそうだぜ」

冬馬「速!…っていうか、降矢髪の毛切ったのに金髪なんだね」


そう、降矢の髪は相変わらず色が薄いまんまだった。

しかし生え際からその色は薄い。


降矢「あー…地毛なんだよ、これ」

冬馬「え!?そうなの!?」

降矢「そーだよ」


一度、相川に金髪をやめろ、と言われたことがあった。

当然規則というか、高校球児あるまじきスタイルだからだ、当然そのままであれば高野連からも何かしらお達しがあっただろう。

だが、地毛なのだ。

それなら仕方ないんじゃないか、という話になり、事なきを得た。

たまたま地元の野球連盟も寛大すぎるほど寛大で地毛なら、と許可を得たのだ。

なんて都合の良い話なのだ、と相川が頭が抱えたのは別の話。


冬馬「それって、降矢はハーフってこと?」

降矢「さーな」

冬馬「さーな…って、親のことだろ?」

降矢「確かに金髪だった…ような気が、あんまし覚えてねーよ」

冬馬「相変わらず適当だなぁ」


こんな外見と性格は、家庭的な要因も絡んでるからじゃないの、と冬馬はちょっと降矢の事情を心配した。

一人暮らしだし、態度悪いし、Sだし。


降矢「あんだ、その顔は」

冬馬「大変なんだなー、と思って」

クラスの中もざわざわと騒ぎ出した頃、ようやく重量感たっぷりの胸を揺らしながら緒方先生が教室に入ってきた。

二人も会話を中断した。


緒方先生「遅れてごめんなさい〜!!じゃ、じゃぁっ、早速ホームルーム始めるわね…えっと」


なんだよ、早く終われと降矢は緒方先生を睨みつける、その迫力に押されたのか一瞬声が裏返った、じゃあ、のところで。


緒方先生「みんな来週から期末テストなのは、知ってるわね?欠点なんかとっちゃ駄目よ〜。それじゃ頑張ってね!」






降矢と冬馬は顔を見合わせた。




降矢&冬馬「え〜〜〜〜〜〜〜っ!?」







そして、その後の部室。

部費が入ったからかどうかは知らないが、前より幾分かは部屋が綺麗になったように降矢は感じた、どうもいない間に色々あったらしい。

緒方先生を覗く11人の将星野球部関係者が一同に集っていた、吉田が先ほど放送で呼び出したのだ。

部室の奥にあったホワイトボードに『緊急事態宣言』書かれている、それを思い切り手のひらで叩くと、吉田は口を開いた。


吉田「緊急事態だ!」


他の十人は、何が?といった感じでそれぞれ次の言葉を待った。

…しかし、いつまでたっても吉田が口を開かないので、こらえきれずに県が喋った。


県「な、何がですか?」

吉田「待て、今は緒方先生待ちだっ」


勘の良い相川と降矢にはもう察しはついていた。

多分に、試験の事だろう。








緒方先生「はぁ〜…」


一人職員室で教員会議を終えた緒方先生は、目を閉じてため息をついた。

その緒方先生にいやみそうな、痩せ型のメガネをかけた中年男性が近づいていく。


緒方先生「教頭先生…」

教頭「ま、わかってはいますと思いますけど、うちは一応進学校なのでね『成績があまり振るわない生徒』には『それなりの処罰』をとらせていただきます」

緒方先生「しょ、処罰?…というと」

教頭「まあ、夏休みの間の部活動の停止ですかねぇ、全員補習、ということでいかがでしょう」


教頭は眼鏡を直しながら、いやみそうに笑った。


教頭「ま、もちろん何も無ければ何もありませんが、なんせ野球部ですからねぇ」

緒方先生「う…」


緒方先生の表情が曇った。

ちなみに、野球部で成績のいいものをあげておこう、順に相川、三澤、御神楽、県である。

他の部員は散々たるものだ、特に降矢、冬馬、大場、吉田は目が当てられない。


教頭「欠点があった者がいた、という時点で部活動は強制的に禁止させていただきます!」

緒方先生「え、ええっ!?そんな!」

教頭「当たり前でしょう?まったく、少しはうちのソフトボール部を見習って欲しいものです。ほっほっほ」


緒方先生は高笑いを残して去っていく教頭に舌を出すと、もう一度ため息を深くついてとぼとぼと歩き出した。


舟木先生「なーに、沈んでるんですか先輩?」


突然後ろから背中を叩かれた、振り向くとにこにこと笑顔が眩しいポニテールの女性。


緒方先生「あのね、舟木先生。学校にいるときは苗字で呼んでって言ってるでしょう」

舟木先生「むー、先輩はお堅いですねー。胸はこんなに柔らかいのにー」


ふにぃ。

いきなり胸をもまれてしまった。


緒方先生「ちょ、ちょっと!一美!!」

舟木「あはは、先輩も私の事下の名前で呼んでるじゃないですかっ」

緒方先生「もー…今はそれどころじゃないのよ」


野球部にむかうために廊下を歩いていくが、舟木先生も慌ててついてくる。

ちなみに舟木先生は音楽教科担当の教師であり、大学時代の緒方先生の後輩である。


舟木先生「どうしたんですかぁ先輩?さっきからため息ばっかり」

緒方先生「そりゃ、つきたくもなるわよ…。もー!あの教頭!本当嫌味なんだから!部費をとられた上、野球部の活躍で自分の所の部の影が薄くなったからってそういう仕返しの仕方はないわよ、もう!」

舟木先生「あー、さっき何か言ってましたもんねぇ。もしかして、野球部の子たちは勉強できないんですか?」



緒方先生「否定できないわね…いい子達なんだけど…。あぁ、どうしよ〜!このままじゃ本当に部活停止になっちゃう…夏に練習できないなんて、次の大会絶望的じゃない〜〜〜!!」


うぅ〜〜、と首を横に振る。

だが舟木先生はそんな緒方先生の前に出て笑顔を見せた。


舟木先生「何言ってるんですか先輩っ、それを何とかするのが先生じゃないですか〜?」

緒方先生「はぁー…そうなのよねぇ。でも…」


緒方先生の頭には、去年この学校で初めてというテスト点一桁を叩き出し、生ける伝説となりつつあるキャプテンの楽天的な笑い声が響いた。


緒方先生「一年の子はわからないけど、キャプテンの吉田君が絶望的なのよ…。去年も散々言ったんだけど、テストはもう…」

舟木先生「ああっ!あのやけに声が大きい子ですか?」

緒方先生「そうなのよぉ〜…あの子、この学校に入って来れたこと事態が奇跡かもしれないわ…」

舟木先生「う〜ん…じゃあ、何か目標を出したらどうですか?」

緒方先生「目標ねぇ…」

舟木先生「それに放課後、居残りでも何でもさせるとか方法はたくさんありますよ?」


んー、と人差し指を口に当てる。

この舟木先生、見た目も動作も、悪いがどう見ても教師には見えない。

両サイドにしばった髪の毛、幼い容姿は完全に生徒そのものだ。


緒方先生「…そうね!たまにはあんたのその楽天的な所を見習わなくちゃね」

舟木先生「そうですよ〜、人生楽しく生きなきゃ損損ですっ」

緒方先生「あんたは明るいわね〜」

舟木先生「はいっ!いつもウキウキですっ」


その後、談笑したあと二人は分かれた。

そして、むかう先は部室。



緒方先生「皆、いる〜?」

吉田「おおっ!どうでした先生!?」


十一人が全て緒方先生を向いた。

どうやら大体の事情は吉田が説明したようだ。


緒方先生「それが…一人でも欠点がいたら、部活動停止だって…」

全員『えええーーーっ!?」


驚きと悲鳴の声が部室中に入り混じった。


西条「せやかて、もう夏休みやんけ!ここで練習せんといつするんですか?!」

原田「つーかいきなり部活動停止って、横暴ッスなぁ〜…」

三澤「野球部は色々と恨まれてるから…」


三澤は苦笑した。


相川「将星で男子だけの部はここだけだからな。おまけに部費をもらってるもんだから、余計に他の部の女子生徒、顧問先生は良い顔はしないだろうさ」

県「それでも、停止だなんて…」

野多摩「あの〜…その、欠点を取らなきゃ大丈夫なんじゃないですか〜?」


意外な大正解だった。


西条「あ、そうやんか!皆頑張れば…」


そうだ、二人は知らないのだ。

相川「中間テスト、成績がヤバイ奴!それぞれ挙手!」


相川の掛け声にあわして、四人の勇者が手を上げた。


御神楽「一人一人、欠点…赤点教科を言っていけ愚民共が」






大場「一番大場、赤点二つとです、数学はさっぱりとです…」

冬馬「に、二番冬馬…赤点四つ…」

降矢「三番降矢、赤点五つ」

吉田「四番吉田!はっはっは!赤点六つだ!」


沈黙。


西条「…」

野多摩「わ〜」

相川「馬鹿どもが…」

吉田「いやーそれほどでも、はっはっは!」

三澤「ほめてないよ傑ちゃん…」


吉田の笑い声が高らかに響く中、相川は大きくため息をついた。


緒方先生「…という訳で四人には頑張ってもらいます!!」


ドン!と素晴らしく厚いプリントの束を机に置かれる。


緒方先生「四人にはテストまでの放課後、このプリントを頑張ってやってもらいます!」

吉田「な…」

大場「なんですとーーー!」

降矢「…なんつー量だこりゃ…」

緒方先生「私も残るので、きっちりやってもらいます!」

降矢「マジ?」

冬馬「そんなぁ〜…」









ドン!!!!!

吉田が再び緊急事態のホワイトボードを叩いた。


吉田「言うなっ!せっかくこんだけの部員が揃ったんだ!一週間ぐらいなんだ!やってやろうじゃないかっ!」

西条「流石キャプテン!言ってくれるで〜!」

三澤「傑ちゃんかっこいい〜」

相川「お前が一番心配なんだがな…」

緒方先生「それじゃ、他の人は帰って勉強。四人は私と一緒に残って、早速やってもらいます!」











そして話は冒頭に戻る。


降矢「俺はこんなところで何やってんだ」

冬馬「勉強だろっ、文句言わずにやりなよもう…」


小声でひそひそと話す、二人。


降矢「…勉強するために部に戻ったんじゃねーんだけどなー…」


言いつつも、プリントにシャーペンを走らせる降矢。

…が、長い間学校をサボっていたので、半分ぐらいしかわからない。

なんでこの俺が、エックスだのワイだの気にしなきゃならんのだ、思わず悪態もつきたくなる。

文字の羅列に目を回しそうだ。


『ピロリロリロリ〜♪』


時刻も六時を回ったころ、いきなりどこからか携帯の着メロが鳴り出した。

…ドラ○もんの。


緒方先生「あっ…ごめんなさい、私だわ…」

大場「先生〜」

吉田「そりゃないッスよぉ」

冬馬「ってかドラえもんですかっ」


降矢は何も言わず大きなため息をついた。


緒方先生「ごめんっ!皆はちょっと休憩してていいから」


緒方先生は照れながらも部室を出て携帯を取り出した。


緒方先生「もしもし緒方です…ってお母さん?こんな時に…」


どうやら電話の向こうは母親らしい、開口一番文句が飛び出したものの何故か和やかなムードで会話は進む。


緒方先生「…え?親戚の?日田さんところ?…うんうん…」


次の向こうの言葉で、驚愕した。


緒方「えぇ〜〜〜〜〜!!!!!」


吉田「なななな!?」

大場「どうしたですと先生!」

冬馬「ど、どうしたんですか!?」

降矢「うるせーな、巨乳」


いきなりの耳を劈くような裏返った声に驚いた四人も外の様子を見に来た。


緒方先生「そ、それが…!あ、うん、うん、また電話するから!それじゃっ!」


緒方先生は携帯をしまうといきなり四人に抱きつきだした。


吉田「のわぁっ!」

大場「な、なんですと!?」

冬馬「…大きい」

降矢「離れろ!暑苦しい!!」



緒方先生「すごいわ!私すごいアイデアが思いついちゃったわ!」


右拳を握り締めて、西に沈みかけた太陽に向かって叫ぶ先生。

一体いつの時代の人だ。







緒方先生「皆!夏休みの合宿はなんと『沖縄』よ〜〜〜〜!!!」









四人『嘘ぉーーーーーっ!?』


















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