071対決!降矢対西条!
じりじりと日差しが照りつけるグラウンドで、火花が散っていた。
相川「ルールは簡単だ、勝負は一球。球をグラウンドの外つまり、ホームランなら降矢、それ以外なら西条の勝ちだ」
かつて、降矢は桐生院高校の望月選手と、このサブグラウンドで対決した時があった。
その直前、降矢は冬馬の球を学校の外へ飛ばす、というとんでもない距離を出している。
緒方先生「ファールはどうなるのかしら?」
冬馬「そ、そうだよ!せめてファールは仕切りなおしに…」
相川はマスクをかぶった。
相川「そうだな、ファールはノーカウントだ、いいな西条」
西条「ウィッス!」
降矢は、グルグルとバットを回した。
ふてぶてしい表情は変わっていない。
降矢「いいぜ、いつでも来いよ」
他のメンバーは一歩引いて、勝負の行方を見守る。
そんな中、三澤が吉田に話しかけた。
三澤「傑ちゃん…どうなると思う?」
吉田「うーん、一球勝負だからな、こればっかりは俺にはわからんが…」
県「が?」
吉田は腕を組んで首を捻った。
吉田「降矢は変化球に弱いからなー。昨日二人が練習してた奴を投げられたら厳しいかな。…特にサイクロンはパワーは出るが…見る限り、タイミングが少しでも違えばたちまちバランスを崩してしまう、諸刃の剣だ」
緒方先生「…じゃあ、降矢君は…」
冬馬「そんなことないよっ!!」
すぐさま冬馬の声が上がる!
県「そうです!!降矢さんは打ちます!!」
野多摩「でも〜、西条君も昨日頑張ってたから〜」
原田「やっぱ、キャプテンの言うとおり、変化球が来たら、ヤバイッスか…」
御神楽「いや、自分の弱点をそのままにしておく降矢じゃないだろう」
御神楽の言葉は相川のものと一緒だった。
相川(さっき一度だけ、冬馬の前でスイングしていたが…前とは比べ物にならない速さだ…!相当素振りを繰り返したとみえる)
相川は目の前の降矢の顔を見た。
以前はどこか降矢にあった、だらけや、なめきった、面倒くさいといった表情は全て消えている。
それらはみなぎる闘志、隙の無い構えと変わっていた、相手を見下すような感じは、変わっていないが。
相川(弱点だった足のバランスも、速いストレートには振り遅れる、という弱点もさっきのスイングには見うけられない。まさか、ここまで降矢が本気になるとはな…何があったんだか)
もちろん、浅田の存在が大きい。
浅田の東創家商業もあの桐生院には相当な実力差があった。
しかし、気合と根性でチームを乗せていき、結果こそ敗北に終わったもの、後一歩というところまで追い詰めたのだ。
その試合は、浅田は、降矢を震え上がらせた、それは一種の憧れだったのかもしれない、とにかく降矢は心を動かされた。
相川(ま、考えてもしょうがないか。降矢め…いつの間にか頼れる風格が出てきてやがったぜ)
少しの安心と、嬉しさが入り混じりながら、相川はサインを出した。
だが、マウンド上の西条は降矢など知ったことではない。
西条(全力やろうが)
過去、彼はマウンドに立ったからには、並み居るバッターをなぎ倒してきた。
降矢だからといって左利きだからといって、例外ではない。
今自分が出せる全力の投球をするのみだ。
西条は、相川のサインに頷いた。
もちろん、スクリューのサインだ。
わずか一球に、この場にいた全ての人が、神経を注いだ。
サイクロン+の構えを取る降矢の額から、一粒汗が滴り落ちた。
西条「いくでぇーーー!!!」
大きな掛け声とともに、西条は振りかぶった。
降矢「…!」
降矢もグリップを握りなおす。
そして、西条の右足が、地面についた!!!
西条「シィッ!!!」
西条の左足のスパイクがグラウンドの土をけずりあげる!
左腕を思い切り振り下ろし、手首を捻る!!
ビチィッ!!
しっかりと指に引っかかった音が降矢にも相川にも聞こえる!
球の回転はスクリュー回転!
真っ直ぐと進んでいき…そこから、失速し利き腕と同じ方向に落ちていく!
降矢「…!!」
…グラァッ!!!
もちろん西条の変化球など知らない降矢はタイミングを狂わされ、体勢を崩してしまう!
降矢「ふんっ!!!」
ガシィッ!
―――いや、体制を崩してはいない!!
全身の力を右足に伝える!!
降矢の右足はしっかりと全身を支え、地を掴んでいた。
西条「なっ!」
相川「何!!」
吉田「バランスが崩れてねぇ!!」
御神楽「…奴め、今までのサイクロンではないということか!!」
冬馬「降矢!!」
あの砂浜は無意識のうちに降矢の足腰を強くしていたのだ!
…ググッ!
そして、スクリュー変化が微量だが始まる!
降矢もスイングに行く!
―――ヒュカッ!!!
―――ガシャァッ!!!
相川「!!」
ボールは一瞬のうちに背後にあった金網に当たった。
相川(なっ!なんてスイングスピードと打球の速さだ!両方とも肉眼では確認できなかったぞっ!)
先ほど見せたスイングよりもその速度は速い!
相川だけでなく、その場の全員が降矢のスイングを捉える事ができなかった。
吉田「な…」
原田「は、速っ!!!」
三澤「い、今全然見えなかったよぉ〜!」
御神楽「前とは段違いだ!!」
冬馬「す、すごい!!」
野多摩「あの人、怖いだけじゃないんだ〜」
相川(成る程な…、そういうことか)
降矢は南雲に言われたとおり、ひたすら速い球に対応できるように『スイングに行くまでの速さ』と『スイングそのものの速さ』をあげていった。
結果、速い球に対応できるという事は、『遅い球には余裕を持ってバットを出せる』ということだ!!
相川(しかし西条のスクリューは完璧じゃないとはいえ…初めて見た変化球をいきなり当てるとは…こいつは化け物か…)
降矢「ファールなら、仕切りなおしだろ?」
そこに、以前の降矢はもういなかった。
西条「ウィッス!もう一球いくで!!」
しかし、こちらも負けていない。
西条も将星のエースになるのに、こんな所でつまづいてはいられない!!
目に炎を、アスリートには心の奥底に宿る熱い火を共に再び灯した、二人がぶつかりあう。
西条「うらあああああ!!」
降矢「づあっ!!」
ガキィッ!!
降矢が打った打球は再びファールとなった。
西条が投げれば、降矢が粘る!
西条は、投げれば投げるほどに、スクリューの威力が増していく!
降矢は、粘れば粘るほど、打球に対する反応とスイングのスピードが増していく!
両者が譲らないから、打球の方向も譲らずに前に飛ぶことは無い。
三澤「あ…」
緒方先生「二人とも」
野多摩「二人とも笑ってる…」
降矢も西条も、知らず知らずのうちに表情は明るくなっていった。
こんな奴見たことないと二人は思った、全く実力は拮抗している。
負けてたまるか、と思えば思うほど、何故か心は踊り気分は浮いてくる。
西条「これで…どうや!!」
シューーッ…ググンッ!!
降矢「たまんねー、な!」
ガキィッ!!
すでに二人の、二人だけの世界がそこにできていた。
西条「シィィアアッ!!」
そして、十球目!
降矢「…くあっ!!」
ガッ!!!
冬馬「!」
吉田「!」
御神楽「!」
原田「!」
三澤「!」
緒方先生「!」
野多摩「!」
大場「!」
県「!」
ついに、降矢のバットが、西条のスクリューを芯で捉えた!
降矢「…しぃぃっ!!!」
カキィィ――――――ン!!!
ボールは、遙か空高く舞い上がる。
皆がボールの行方を目で追った。
降矢「―――駄目、か」
降矢はバットを投げ捨てた。
ガシャァッ…ポトリ。
わずか、1メートルだった。
ボールは失速し、グラウンドの端にあるフェンスに当たって落ちた。
西条の球におされたのだ、その分届かなかった。
西条「…はぁ、はぁ…」
勝負は西条の勝ちだったが、誰も声を発しようとはしなかった。
当の本人でさえも、肩で息をしながら黙って降矢を見つめていた。
降矢「…俺の負けだ、じゃあな、俺は帰るぞ」
約束は、約束だ。
降矢はバットを拾い上げてグラウンドを後にしようと、一歩を出した。
冬馬「そんなっ!降矢ぁ!!」
県「降矢さん!!」
緒方先生「降矢君…」
降矢「って前の俺なら、言ってたんだろうな」
冬馬「―――え?」
―――降矢は、突然相川に向かって頭を下げた。
相川「―――!」
相川はもちろん、他の皆も全員言葉を失った。
あの、あの降矢が頭を下げている。
降矢「俺は、色々考えた。そしたら、やっぱあの大和とかいう野郎を叩きのめしてー。何かに全力で立ち向かいてーんだ」
降矢「だから、俺をもう一度。このチームで野球させてくれ、頼む」
ぽふっ。
冬馬「おかえり、降矢…!!」
冬馬は笑顔で、降矢に抱きついた。
それを皮切りに、皆が降矢に近づいていく、吉田は思いっきり降矢の頭を叩いた。
バシィーンッ!!
吉田「何言ってんだ馬鹿野郎!!他の皆が駄目でも俺はお前の復帰を許すぞ!!」
降矢「キャプテン…」
吉田「謙虚になりやがってこの野郎ーー!!よっしゃぁ!また一緒に野球やろうぜ降矢!!!!」
三澤「皆、降矢君のことをずっと待ってたんだよっ!」
吉田も三澤も降矢に抱きついた。
県「降矢さんっ!僕は降矢さんに憧れて野球を始めたんです!降矢さんがいないと始まらないですよ!!」
原田「そッスよ降矢さん!降矢さんはうちの中心バッターッスからね!!」
県も原田も降矢に抱きついた。
御神楽「お前みたいな馬鹿でもいないと寂しいからな」
大場「降矢どんはずっとウチの一員ですと!」
野多摩「えへへ、僕野多摩っていうんです、よろしくお願いしますね」
緒方先生「も〜〜〜皆これが青春ね〜〜!先生ほおずりしちゃうわ〜〜!!」
緒方先生も降矢に…。
降矢「ええいっ!暑苦しい!!離れやがれ!!」
この暑さの中で何故に人が集まりゃにゃならんのだ!
竜巻のごとく勢いで降矢は迫り来る部員を引き剥がした。
冬馬「それでこそ降矢だよっ!」
吉田「お前はずっと威張ってりゃいいんだよ!!」
降矢「なんスか、そりゃ…」
西条「…降矢、とか言うたな」
西条が左手を差し出した。
西条「これから、よろしくな」
降矢「…」
二人はがっしりと握手を…。
冬馬「うえ〜〜〜ん、良かったよぉ〜〜!!」
三澤「わわわ、泣かないで冬馬君!」
吉田「はっはっは!!良かった良かった!」
バシィンッ。
交わさない。
西条の左手を、降矢はバットで叩き落した。
西条「は?」
冬馬「へ?」
降矢「…悪ぃが、俺はそーいう行為が、大っ嫌いなんだ」
西条の顔が赤くなった。
西条「な、なんやねんお前握手ぐらいせーや!!」
降矢「るせぇ!!俺はそういう青春とか暑苦しいのが嫌いなんだ!うぜー!」
西条「こ、コイツなんや!むかつくやっちゃな!」
降矢「むかつくのはテメーだぜ、いきなり手か出すんじゃねー、気持ち悪い」
西条「なんやと!」
降矢「やるか!」
ギャーギャー!!
冬馬「―――変わってないや」
るー、と冬馬の目から涙が流れた。
そして、一人離れていた相川。
相川は目を閉じて笑みを浮かべた。
相川「降矢!」
降矢「…あ?」
相川「やりたいのか、野球」
降矢「………ああ、やりてーよ、すげー。…駄目か?」
相川「お前がやりたいなら、やればいいだろ?俺の知ったことか」
降矢「相川先輩…!」
吉田「いぃぃぃぃよっしゃあーーーー!!!お前ら!!これで全員揃った!!気合入れろーーーーーーー!!!!」
『ウィーーーッス!!!』
吉田「将星ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
『ファイッ!!!!オーーーーーーーーーッシ!!!』
十二人の歓声が、透き通るような青い夏空に響き渡った。
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