070西条の潜在能力






















冬馬「―――――降矢っ!!」

吉田「ふ、降矢じゃないか!!」

県「降矢さん!!」

緒方「降矢君じゃない!」


突然戻ってきた金髪のヒッターに一同がかけよる。

しかし、相川はそれを腕で制した。


吉田「あ、相川?」

相川「おいおい、今更どの面下げてここに戻ってきたんだ?」

大場「あ、相川どん…」

相川「黙ってろ、こいつは勝手に辞めた男だ、いつまた勝手にチームを抜けるかわからんからな」

降矢「…」



そのまま相川と降矢はにらみ合った。


相川「生憎だったな、降矢。うちはもう九人揃ってるんだ。だからお前は、必要ない」

降矢「へー、必要ない。ね…」


バチバチと二人の間で火花がちっているのが見える。

他の部員は何を言えばいいものか、皆固まっていた。


相川「どうした?いらないって言ってるだろ、帰らないのか?」

降矢「悪いが…」


降矢は肩に担いでいた、あのバットを相川の顔につきつけた。


降矢「野球で受けた借りは野球で返そうと思ってるんでね」

相川「…ほぉ、じゃあお前は野球をやりたいがために、土下座する覚悟があるのか?」

降矢「そんなもんはねー」

相川「どういうつもりだ」

降矢「実力で認めさす」


降矢の目には強い意志の炎が宿っている。

これはちょっとやそっとじゃ引きそうに無い。


冬馬「あ、相川先輩!」

相川「じゃあ、こういうことにしようじゃないか」

降矢「…?」


相川は後ろで気まずそうにしていた西条をいきなり降矢の前に突き出した。

明らかに体格は降矢のほうが大きい、西条はその眼光と雰囲気に萎縮してしまった。


相川「こいつは新入りの西条だ、この西条と明日、ここで対戦してもらう」

西条「へぇっ?!」

相川「あの望月の時のようにな…ただし、ルールは一球、この球をあの時のように学校の外に飛ばせばお前の勝ち、それ以外ならお前の負けだ」


明らかに、降矢が不利なルール。

将星高校の横幅は狭いとはいえ、球場の端までの距離は十分にある。


御神楽「相川、それは少々厳しい…」

降矢「面白ぇー、やってやろうじゃねぇか」


御神楽が全て言い終わる前に、降矢は即答した。


相川「よし、なら明日は日曜日だ。ちょうど午後十二時に勝負開始とする。いいな」

降矢「好きにしな」


そういうと、降矢は再びグラウンドの向こうへと消えていった。



原田「ああっ!降矢さん…って行っちゃったッス…」

野多摩「随分怖そうな人でしたね〜」

三澤「相川君、あれじゃせっかく戻ってきたのに降矢君がかわいそうだよ!」

冬馬「…」



相川「だから、だよ」



県「だから?」

大場「どういうことですと」

相川「あいつのそれ相応の態度があるのか、どうか、さ。…行くぞ、西条。まずはお前の球を見せてみろ」

西条「は、はぁ」


西条はまだ自体が良く飲み込めていないのか、浮かない表情で頷いた。

相川もそんな西条をつれて足早にグラウンドへと歩いていった。


緒方先生「ちょっ、相川君!!」

御神楽「…ふむ、奴の事だ。何か考えがあるのだろう」

吉田「ああ、相川のやることはいつも深いからな」





御神楽の言うとおりだった、相川はここで試そうとしたのである。

もちろん一つは西条が先発としていけるかどうかだ。

相手は降矢だ、並のピッチャーならスタンドに運ぶ実力はある、だからあえて西条をマウンドに立たせる、勝ち負けは二の次だ。

要は、西条の潜在能力を見たい。



もう一つは、降矢の心情だ、あの不利な…いや無謀にも近い条件で勝てば、それ相応の実力とそこまでしたいという意思の炎は認めざるを得ない。

負けて当たり前だ、相川はもし負けても暖かく降矢を認めてやるつもりだった。

ただ最初から甘く当たれば、降矢はとことん手を抜くだろう、アイツには最初から最後まで、もう後が無い真剣勝負がちょうどいいのだ。






さて、早速西条の実力を見ようと練習場まで連れて行った相川は…?

相川「よし、投げてみろ」

西条「はいっ!!」

相川「…は?」


そこで相川は、目を丸くした。


西条が持っていたのは、右利き用グローブだ。

いきなりそれを逆さまに使うように、右腕にはめられたら誰だって驚く。

親指に小指をいれ、小指の場所に親指を入れると、何の戸惑いも見せず、振りかぶった。


相川「お、おいおい!ちょっと待て!」

西条「はい?何でしょうか?」

相川「何でしょうか?って…お前、それ右投用グラブだろ」

西条「…はい、そうなんですけど…」

相川「…何か訳ありみたいだな」


相川はマウンドの西条に近寄った。

西条は、今までの経過を全て相川に話した、シニアの頃関西でエースだったこと、右肘を壊してしまい野球を一度は諦めた事、そして再び左投げで野球をするようになったこと。


相川「成る程な」

西条「スンマセン…それでも俺野球がやりたいんです!やらしてください!」

相川「やれよ」

西条「へ?」


思い切り頼んだ割りに、あまりにも簡単に返事が返ってきたので西条は呆気に捕られた。


相川「大体、うちはギリギリなんだよ。入ったからには嫌でもやってくれ」


相川はいとも単純に答えると、マスクをかぶった。

正直、西条は相川を格好いいと思ってしまった。


相川(やれやれ、また個性的な奴が入ってきたなぁ、もう。次は訳ありの関西人か…)

相川は苦笑すると、ミットを大きく叩いた。


相川「ほら、投げてみろよ」

西条「はいっ、わかりました!!」


西条はグローブこそ不恰好だが、足跡にしては大分マシになったフォームで構えた。


西条(いくで!俺の今の最高の球や!!)


右足を上げ、十分に体にひきつけた後、それを大きく前に出す。

同時に、左腕を前に突き出す!


西条「しっ!!!」


ボールは、土のグラウンドに白い線を残すと、相川のミットに収まった。


バシィッ!!


相川(…おおっ!!)


相川は目を見開いた。


相川(こいつ…本当に一週間前に左で始めたのか?…球速もコントロールも無いが、ノビもそこそこだし、何より球のキレは抜群じゃないか!)


まるで空気を切り裂くように、ボールは真っ直ぐ飛んできた。


相川(これは…俺が考えてたより、ずっと良いかもしれない)


相川はミットからボールを取り出し、西条に返した。

…それを、ポロリとこぼす西条。

やはり、そのグローブでは捕りにくいだろう。


相川「次は、変化球を投げろ」

西条「へ?」

相川「へ?って変化球だよ」

西条「…ああっ!!」


そうだ、思い出した。

西条は変化球など投げれない。


西条(しもうたーー!!)


すっかり、頭の中から抜け落ちていた。

ストレートが十分になったから、入部する気はまんまんだったが、変化球を覚えることは忘却の彼方だった。

西条は冷や汗をかき、頭を抱えた。








相川「何?変化球が投げれない!?」

西条「す、スミマセン!」


駄目だ、と相川は思った。

ストレートなら桐生院の大和並の威力がないと降矢は抑えられん。

つまり、最低でも150kmに近い球速はいる、だが西条の球はキレこそがあるが、ノビは普通、その上球速は130を少し越えたくらいか?


相川「…」


それでは困った、降矢との勝負はまぁいいとして、その後の展開だ。

次の試合…秋までに最低でも一つは変化球を覚えないと、絶対に厳しい。


相川「仕方ない、一通り試していこう。それで一番投げやすかった奴で行くぞ」

西条「は、はいっ!!」





再び二人は、投球練習を開始した、一度一度、変化球の投げ方を教えながら。


パスッ。


随分と間抜けな音がミットに収まった。

相川は首を捻る、今のはフォークのつもりだ。


相川(…今まで試したのは、スライダー、カーブ、フォーク。そのどれもいまいち…か)


すっぽ抜けてしまうか、的外れな方向に飛んでいくか、のどちらかだった。

運良くミットに飛んできても、まるで棒球だ。



相川「よし、次行くぞ、次!」

西条「はい!」

相川(…次?次は…)


西条が四つ目の変化球を試す、振りかぶって左腕を大きく振り下ろす。



シューッ…クッ!


相川「!」


パシィッ!!



これだ…!確かに球速も遅いし、球の威力は全て失われてはいるが、少しだけ曲がったぞ!


相川「どうやら決まりだな」

西条「ほ、ホンマですか!?」







相川「ああ、とりあえずお前が覚える球は『スクリュー』だ」









それが一番しっくり来ていた、前のときもシュート系の球を投げる事はできたらしい、中学でシュート?と相川は疑問に思ったが。

まだ体が十分に出来上がっていないうちにシュート系の球をためすと、肘がいかれる…いや、だから右肘を壊したのか。


相川は細心の注意を払いながら、なるべく肘に負担をかけない方法で投げるように西条に教えた。


どうやら、西条のシュート系の投げやすさの秘密は手首の柔らかさに有るようだ。

西条は尋常じゃなく手首が回転するから、自然と回転も増す。



…グググッ!

バシィッ!!


投げる度に面白いくらいに球の変化は増していく。


相川(…左投げに転向してすぐにそこそこのストレートを投げることができた、そして普通はオーバーで習得は難しいスクリューをいとも簡単に成長させていく)



相川は笑みを浮かべた。

西条は相川の予想をはるかに上回る潜在能力を秘めているかも、しれない。





相川(―――こいつは、化けるぞ)







その日の練習は暗くなるまで続いた。























翌日、日曜日。

真夏の太陽がグラウンドを照らす、地面からは生暖かい風が巻き起こり、立っているだけで汗が出てくる。

すでに、将星ナインは全員集合している。



そして、約束の時刻の三十分前に、降矢がやってきた。



冬馬「降矢!」


不敵に、そして堂々と歩いてくる降矢に、一同は今までと違う雰囲気を感じた。

それは髪を切ったからでも、サイクロンがパワーアップした事でもない。

降矢の、目の奥にはやはり人を圧倒するほどの炎がたぎっている。



降矢はふっ、と笑うと、肩に担いでいたバットを、構えた。


降矢「見てな、ちんちくりん」




そして、降矢は進化したサイクロン打法で、スイングする。




ビヒュアッ!!!




冬馬は言葉を失った。


降矢「ま、俺にネーミングセンスはねーけど言うなら、『サイクロン+(プラス)』ってとこだろうな」


まさしく進化したサイクロン、そして練習場の奥から、相川と西条が出てきた。








降矢「役者は揃ったわけだ」














そして、太陽が真上に昇り、時刻は十二時を指した…!














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