067月夜の晩に






















桐生院高校が甲子園の切符を掴み取ったその夜、相川は一人将星高校の部室に残っていた。

練習後、夏が終わった時点で三年生が抜けた本地区のほかの高校のデータをまとめていたのだ。

相川「…」

カリカリ、とボールペンの音が走る中、ペンの先は「将星高校」で止まった。



実は、降矢がいない間に重大な事件が起きていたのだ。

あの激闘になった霧島戦、先発したのは御神楽だ、覚えているだろうか?

そして、その御神楽の右肩がどうもあの試合以来思わしくない。

昨日の練習でそれは顕著に現れる形となって出た。









昨日の放課後の練習中、将星高校サブグラウンド。



御神楽がピッチャーマウンドに見立てて造った小高い土の丘に立ち、そこからボールを投げ下ろす。

バシィッ!!


相川のミットに御神楽の球が収まる、しかし相川の顔に笑顔は無い。


相川「どう思う、吉田」


相川はバッターに見立てて立っていたまだ、右足の負傷がいえないのか、松葉杖の吉田に話を振った。


吉田「いや…一時期に比べりゃちょっとな」

相川「そうか…やはり」


明らかに御神楽の球威が落ちている、速度云々ではなく球の勢いが感じることができないのだ。


相川「御神楽、もういい、ちょっと来てくれ」

御神楽「…うむ」


御神楽も自分の球の威力を悟っているのか、沈痛な面持ちで吉田と相川の側まで歩み寄ってきた。


御神楽「やはり、駄目だな。投げてる僕自身でもわかる」

吉田「やっぱ、あの霧島で思い切り投げすぎたか」


考えても見て欲しい、普通の素人がいきなり公式戦に登板して、並みの高校生投手でも悲鳴を上げるほどの球数を放ったのだ。

御神楽の右肩は鉛が入ったように重くなっていた。


相川「スマン、あん時は俺のせいで…」

御神楽「む?気にするな、あれは僕自身の意地でもあったのだ、今更過去を掘り返しても仕方あるまい」

吉田「うむうむ、御神楽がいなけりゃ負けてたからなー」

御神楽「ふふははは、僕は帝王だからな」


相川は頼れるチームメイトに対し微笑を浮かべた。


相川「御神楽、もう投手はやらない方がいい。下手すると二度と野球ができなくなってしまう危険性がある」


爆弾を背負ってしまった、という奴だ。

野手としての送球なら耐えられるだろうが、マウンドから全力でキャッチャーめがけて投げる肩の使い方では無事でいられるかどうかは保障はできない。


御神楽「うむ…悔しいが致し方ない」

吉田「はっはっは!いいじゃないか、御神楽は守備もできるんだから」


相川もそれは考えていた、御神楽はプレイヤーとしての高い素質を持っている。

不幸中の幸いだ、しかし、そうすると新たな問題が浮かんでくる。


御神楽「僕はこれから遊撃手として活躍すればいいのだな、相川?」

相川「…活躍するのは決定済みか」


やはり御神楽は投手じゃなくても御神楽なのだ、相川はその言葉に苦笑した。


御神楽「して、そうすると、先発だ…」

相川「ああ」


流石に冬馬のスタミナではやはりまだ物足りない、かと言って御神楽に無茶をさせるわけにもいかない。

特に霧島戦の失態という負い目がある相川にとって、御神楽の体にこれ以上負担をかけることをしたくはなかった。

いかんせん、今の御神楽なら無茶してでも投げかねない。


相川(そう考えると、変わったな、このチームも)


最初はまとまっているといってもどこかバラバラだった、それが大場も冬馬も御神楽も県も相川も吉田も、人間として一回り大きくなった。

そしてもう一人。


相川「あの馬鹿は何してるんだ…」












そんなことがあったため、相川は一人頭を悩ませていた。

コツコツ、と髪をペンで叩く。

右翼手と先発投手の欄は以前開いたままだ、御神楽が遊撃手に回った以上、投手としてマウンドに立つ本格派が一人欲しい。

確かに冬馬のFスライダーの威力は素晴らしいが、所詮一発芸だ、きっと秋の予選には他のチームも対策法を立ててくるに違いない。

桐生院の大和、東創家の浅田のように、ストレートでねじふせ、決め球の変化球が一つあれば十分な本格派投手が欲しい。


相川「先発、だな」


無意識のうちに呟いていた。


相川「後は、ライトだ」


いなくなった部員は今どうしているのだか。

以前は学校に顔を見せていたらしいが、今は学校にも来ていないらしい。

インフルエンザとか言ってるらしいが…。


相川「九人揃ってねーんだぜ?」


カラン、とペンを投げ捨てた。

現部員八名、これでは一学期の頃に元通りである。

ということはまた朝早くに部員募集のチラシを配らなきゃならない、というわけだ。


相川(馬鹿が…戻ってこいよ、降矢)


相川だって認めているのだ。

降矢のバッティンセンスは将星高校では…いやこの地区でもトップクラスと言っていいほどずば抜けている。

大和の速球にこそ手が出なかったものの、野球を始めてわずか三ヶ月足らずで他校の投手のストレートをスタンドに楽々運ぶのだ。

パワーだけじゃホームランは打てない、そこにタイミングと動体視力などが入ってくる、それを降矢は大口を叩きながら実行するのだ。

あれで変化球に対応できるようになれば、信じたくない話だがバッティングだけならプロ級だ。

降矢のバッティンセンスはそれほど素晴らしい。


相川「ちっ、考えても仕方が無い」


学校にも来ていないんじゃどうしようもない、奴の気まぐれを信じて待つしかない。

そんな義理は無いのだが…いや、奴も将星の選手、チームメイトだ。

頼むぜ降矢、と愚痴をこぼした後ゆっくりとデータブックを閉じ、相川は部室のドアを開け、帰路についた。







…いや、つくはずだった。


あたりはすでに暗闇が支配していて、静寂が校舎を照らす。

頭上には昼間の天気同様に雲は無く、丸い月が一つ水滴を落としたように浮かんでいるだけだ。

最早、誰も残っていないだろう校舎だったが。




相川の耳に何か、物音が聞こえてきた。



相川(…?泥棒でも入ったか)


まぁいい、と思いつつも気になってしまうのが人間の性、相川は正体を確かめるために物音の方、校舎に向かって足を出した。

どうやら、物音は人の話し声らしい。

しかも、ひどく聞き覚えがある。



相川(…誰だ?)



すでに閉まっている校舎一階の玄関扉の前に二人いる。

一人は女、一人は男。


相川(…恋人じゃねーだろうな)


だとしたらひどく気まずい。

…いや、もっと気まずくなるのかもしれない。


相川(…あれは、三澤?…それに能登じゃねーか!何やってんだ?)


そこにいた二人は、すでに家に帰ったはずの三澤と能登だった。

どうやら何か話し合っているらしいが…身振り手振りを見ている限り、三澤が言い訳してるような雰囲気だ。


相川(まさか前みたいに浮気なんてことはないだろうな)


正確には相川の勘違いだったが。

どうも吉田といない三澤は怪しく見える、秘密を隠していたという事実があったからかもしれない。

相川は二人の会話を聞き取るために、少しづつ体を近づけていった。







三澤「…能登君!あなたもプロペラ団なの!?」

能登「当たりさ、まぁ私は下っ端だが、三澤博士の娘である貴方がこの高校の生徒だという噂を聞きつけてね」


相川(…?お、おいおい能登ってあんなに喋るキャラだったか?!…いや、それより、プロペラ団って…)


能登「大人しくつけていれば何か言い出すかな、と思えば部室で話したときも知らぬの一点張りじゃないか。今更嘘をついてどうするんだ、何か知ってるんだろう?」

三澤「私は何も知らないっ、もう私はプロペラ団とはかかわりたくないの!」

能登「…まだいうかね、何か知らないか?…そう、ダイジョーブ博士の居所とか」

三澤「知らないよっ!!ダイジョーブ叔父さんは故郷であるドイツに帰ったんじゃないの!?」

能登「それが忽然と我らがプロペラ団から姿を消してしまってね、その後足跡をたどるも結局は行き着かない。ダイジョーブ博士と仲が良かった三澤博士なら何か知ってるかと思ってね」

三澤「知らないもん!お願い、もう私に関わらないで」

能登「ふぅ、そこまで言うなら体に聞こうか…」



そう言って能登は三澤の肩に手を置いた。



三澤「ひっ!」

能登「知ってるんだろう?」


相川(…野郎!)


相川はすぐさま飛び出そうとしたが、その瞬間、相川の反対側から声がかかった。


???「やめなさい!18号」

能登「…?これは、四路智美様」



見ると、赤髪の少女が月を背中に背負いそこに立っている。

年は相川と同じ高校生くらいだろうか、制服を着ているがここらでは見たことのない制服だ。

どうも三澤に手をかけるようなそぶりを見せないこの四路と呼ばれる少女の登場によって、相川はもう少し事の成り行きを見ることにした。




四路「あなたは一般人にまぎれる草の任務を受けているはず、いくら目的のためとはいえ表立つような行動はよしてちょうだい」

能登「…はい、しかしコイツは三澤博士の」

四路「ふぅ、もういいの。三澤博士についてはもう何もわからないわ。この子も何も知らないみたいだし。ダイジョーブ博士は見つかったわよ」

能登「…!」

四路「18号には関西に向かってもらうわ、もう野球プロジェクトの面で甲子園が始まるでしょ、そこで若手の力を持つ選手を見つけて頂戴。報告次第、冥球島への参加の件もまとめておいて、いいわね」

能登「後の処理についてはいかがなされます?」

四路「そうね、18号…能登堅司は一身の都合により転校、ということにするわ。それじゃもう今晩からでも向かってくれるわね」

能登「御意」



そういうと能登は暗闇に消えていった。




四路「ごめんなさいね、三澤博士のお嬢さん。あまり民間人に迷惑はかけないつもりなんだけど…。まぁ、わたしがこの支部の局長になったからには、大体安心して、手荒い真似は嫌いだからね」

三澤「…は、はい」

四路「あと、今日のことは誰にも言っちゃ駄目よ?約束を破ると、貴方の大切な人が消えてしまうかも…ね。それじゃあ…」


年の割りに随分と大人びた笑みを残すとと、少女も闇夜に消えていった。

そして、辺りに再び静寂が訪れた。






相川「…で…よ、もう一度だけ詳しく話してくれよ」

三澤「えっ!?」

相川はもう大丈夫と安心したのか、三澤に近寄っていった。

三澤の表情に、焦りと悲しみがさす。


三澤「あ、相川君!?…見てたの…」

相川「まーな、よくよくお前とプロなんとかとは因縁があることもな。…でよ、もう一度詳しく話してくれよ、そのプロなんとかってのを」

三澤「…この前説明したけど…」

相川「今ひとつ納得できないんだよ、まだ俺はな」

三澤「ん…私も詳しくは知らないけど。正式名称はプロフェッショナル・ロウヤーズペイメント・レプリゼンティヴ…だから略してPRO-P・E・R・Aなの」


三澤は少し目を伏せたが、その後にそう言った。

どうもふざけた名前だと思えば、やはりしっかりした名前があったか。

ますますきな臭くなってきたな、と相川は思った。


三澤「大体はこの前話したけれど日本のスポーツ界の裏にある巨大組織。でも私は本当にそれくらいしか知らないの」

相川「…で、さっきの能登は?」

三澤「わからない…だけど、きっとプロペラ団の団員だと思う…」

相川「身近に敵ってのはいるもんだ…まぁ、アイツはうちの中でも少し雰囲気が違ってたからな」

三澤「…相川君、このことを皆には」

相川「言わないに決まってるだろ、お前にも変な誤解が生じるかもしれないしな。…それにあの話の内容だと、もうお前には関わらないみたいじゃないか」

三澤「うん…」

相川「つーか、もう遅いからとっとと帰れお前は」

三澤「あ、ありがとう…あの、相川君…」


おずおずと、三澤が口を開いた。

かわいらしい唇が不安のために震えているのが、相川もわかった。

これをとめるのは俺じゃなくアイツの仕事のはずだ、相川は頭をかいた。


三澤「信じて…くれるの?」

相川「信じる信じないは俺の自由だ」

三澤「でも」

相川「くどいぜ。俺だって信じたくないが…まぁ、お前の日ごろの行いに感謝するんだな」


少しだけ、三澤の表情に安らぎが戻った。

相川はいいから早く帰れ、と促したが、当然家まで送って届けたのは言うまでもない。











翌日、能登はやはり転校という事になっていて姿を現さなかった。


そして部員はついに七人にまで減ってしまった。

相川の頭にもう一つ悩みの種が増えた。






そんな、月夜の晩に。

















back top next

inserted by FC2 system