066甲子園への切符
























カキィッ!!

七回に浅田のタイムリーで虎の子の一点をもぎとった東創家だったが、八回裏、この回ついに浅田が桐生院打線に捕まり出した。



浅田「くあっ!」


叫びにも悲鳴にも似た浅田の声は振り返ったセンターの方へ流れていく。

目線の先に入るセンター前に落ちる白球、そして黒い桐生院のランナー。





八回裏、東1-0桐、無死、一塁、二塁。




浅田「ちぃっ!」

金堂「大丈夫か、浅田!」


たまらず東創家の内野陣はタイムをかけマウンドの一年生エースの下に近寄る。


浅田「ハァ、ハァッ…」


ひどく顔色が悪い上に、汗の量も尋常ではない、ユニフォームの下のアンダーシャツの色が汗でびっしょりとぬれ、濃くなっていた。

疲労の色も隠せず、体中から限界、というオーラが出ていた。


真条「駄目だ…これ以上行くと打たれるだけと見える」


今の打者への球もすっぽ抜けたスライダー、それを上手くセンター前に運ばれてしまった。

明らかに球威が落ちている、一回から全力投球をしていた、といえば当たり前の結果なのだが、すでにこの球威では桐生院を抑えることができない。

頼みの綱のスライダーもすでにキレが悪くなっていた。


浅田「ここで変われませんよ先輩、それに…」




『三番、ピッチャー、大和君』




浅田「次は大和ッス、先にマウンドを降りるのは投手としてのプライドにかかわります」

真条「しかし…」

???「いいじゃないか別に」


東創家の三塁手が口を挟んだ。


浅田「周防キャプテン!」

周防「どう見てもお前は限界でいまいちだ…がここまで来たのは浅田のおかげだろ」

金堂「……ッスな、浅田の納得のいくまで投げさしてやるか」

真条「金堂!」

周防「浅田はいまいちだが、いざとなったら俺がマウンドに立つさ」

真条「しかし!キャプテンたち三年生にとっては最後の夏じゃないですか!」

周防「だから、さ」


周防は浅田の肩をたたいた。


周防「俺らがここまで来れたも浅田ががんばってきたからだ、最後の夏に素晴らしい思い出を作ってもらったのも浅田のおかげだ」


にっと、爽やかな白い歯をこぼした。


周防「それに今更俺がいったって打たれるだけだろ、いまいちだしなー」

真条「…キャプテンがそう言われるなら」

浅田「ありがとうございます!!」


浅田は周防キャプテンに対し頭を下げた。

周防はサードに帰りながらひらひらと手を頭上でふった。


周防「こういうときに言うのはいまいちだなー、礼なら勝ってからにしな」

浅田「はいっ!!」






再び、浅田はマウンドに立つ。

二三度地面の砂を蹴り、ロージンを拾い、手に擦り付ける。

先ほどは打者が浅田、投手が大和だった。

まったく逆の状況。

ランナーは一塁と二塁、一打同点だ。

意地でも、打たせん。




浅田、セットから力を振り絞る、右腕をちぎれんばかりに振り下ろした!


浅田「こなぁらぁああーーー!!」



ズバァッ!!!


球速は落ちているものの、気合が100%乗ったストレートが風を突き抜ける!

球審のコールが青空に響いた。

「ストライクワンッ!!」


浅田「だーしゃああ!!!」


マウンド上で右拳を握りガッツポーズを取る浅田に対し。

バッターボックスの大和は、あくまでも失投を待っていた。

もちろん桐生院の笠原監督のサインもそうである。


大和(もうこの投手は限界のはずだ、先ほどの時もスライダーが抜けていた)


浅田「らあっ!!」


ズバシッ!!

若干切れは鈍るものの、しっかりと曲がりスライダーがミットに収まる。


「ボール!」


大和(スライダーももうキレはない、悪いが…もらった)





浅田、第三球!!



浅田「負けっかよぉおおお!!!」


ビシィッ!!

腕のしなる音が浅田の耳には確かに聞こえた!





しかし!

ほんの少しだったが、大和の目にはそれは『確実に打てる球』に映った。

ほんの少しだったが…。





―――浅田の球が真ん中に甘く入った。





大和「もらったっ!!!」

浅田「!!」


大和がスイングしたバットは、浅田のスライダーに正面から衝突する!












カキィ―――ンッ!!!!




















甲高い金属音が、空に消えていった。






浅田は打球の方を振り向こうとはしなかった。

いや、振り向かなくてもわかった。




―――いったか。





浅田は全体力を使い果たし、右ひざを地面につけた。

再び立ちあがる体力はもう残されてはいなかった。

目を閉じた浅田の耳に桐生院の歓声が聞こえる。

東創家の一年生エースがついに力尽きた。











九回表、東1-3桐、二死。



九回表も大和の前にすでにバッターー二人が倒れている、現在の打者、キャプテンの周防もすでにツーストライクと追い込まれていた。


マウンド上の大和はサインに頷くと、キャッチャーミット目掛けて右腕を振り下ろした。




バシィッ!!!



そして、周防のバットはボールをかすることなく空振りに終わった…。






「ストライク!バッターアウト、ゲームセット!!!」




『わああああああああ!!!!』



歓声とともに桐生院の選手達が一斉にベンチから駆け出していく!!

この瞬間今年の夏の甲子園の切符を桐生院が勝ち取ったのだ!!








その光景を、浅田は瞬きせずに見届けていた。


浅田「…」

真条「浅田、惜しかったな」

浅田「すみませんッス」


バシィッ!!

いきなり浅田は後ろから頭を思い切り叩かれた。


周防「いまいちだなー。凹むなよ、浅田」

浅田「え…?」

周防「お前らにはまだ来年がある、来年こそは甲子園の切符を勝ち取ってくれよ」

浅田「す、周防キャプテン…」


周防はそう言うと、目を閉じて表情だけ笑った。

浅田の胸には何か熱いものがこみ上げてきた、しかし全頭脳をフルに回転してもその感情の全てを周防に伝える言葉は浅田の語彙に無かった。

だから、浅田も、金堂も、真条も、そして一年生と二年生の選手が全員に三年生に頭を下げた。


『ありがとうございました!!!』









こうして、また一つの物語が幕を下ろした。





















試合後、浅田が球場を出て行くと出口にジーパンのポケットに手を突っ込んだ降矢が待っていた。


降矢「よぉ」

浅田「…よぉ」


若干声がかすんでいたものの、浅田の表情は言うほど暗くは無かった。


降矢「惜しかったな」

浅田「…!」


浅田はびっくりしたような顔をすると、降矢の胸を叩いた。


浅田「お前から惜しかったな、なんて言葉が聞けるとはな」

降矢「まぁな」

浅田「降矢、お前…」


降矢は少しだけ笑った。


降矢「答えなんて大げさなものはなかったけどよ。一つだけわかったぜ」


















降矢「何かに全力で立ち向かうってのは、悪くねーな」



















すぐにあきらめていた降矢にとって、桐生院に対して最後まで本気で全身全霊を傾けて戦った浅田は誰よりも格好よく見えた。

それは何も難しいことではない、「一生懸命」にやるということだけだ。

何も考えなくてもいい、目の前にあるボールを本気で追いかけるだけだ、たまたまそれが野球のボールだっただけだ。



浅田「降矢…野球、やるのか!?」

降矢「けっ、このままで終われるかよ。あの桐生院とか言う奴らに一泡吹かせねーと気がすまねーよ、俺は」

浅田「降矢…!」


浅田は白い歯を見せて笑顔を浮かべると、自分のバットケースから一つ黄色い金属バットを取り出した。


降矢「なんだそりゃ」

浅田「俺のバットだよ…これ、やるよ。お前の復活祝いだ」

降矢「はぁ?」

浅田「俺は周防キャプテンからバットを譲り受けたからな、それが東創家商業の伝統らしい」


降矢はいぶかしげな顔をしつつもバットを受け取った。

心なしか、それはずっしりと重かった。


浅田「俺の汗と血がびっしりしみついた年代ものだ、大切にしろよ」

降矢「…そりゃ気持ち悪ぃーな」

浅田「相変わらず口の悪い野郎だ」

降矢「ありがたくもらっとくぜ、このバットで、お前の球を打ち砕いてやるよ」

浅田「…おう!グラウンドで待ってるぜ」



降矢は新しいバットともに再び野球をやる決意を決めた。

そして、もう一度将星高校の物語は始まりを告げる。






浅田と降矢は全く反対の方向を向いた。






浅田「願わくばグラウンドで」

降矢「あー、わかってるよ」






そうして、二人はOVERGROUNDへと足を速めた。






降矢&浅田「また逢おう!!」











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