065均衡を破る!
六回裏、東0-0桐
東創家は六番チャンスメイカー真条が大和から始めてのヒットを奪い、塁に出たものの後続がそのチャンスを生かしきれず凡退。
試合は依然として浅田と大和の投げあいとなっていた。
大和「しっ!!」
大和が全体に高い投手としての実力で抑えていけば。
「ストライク!!バッターアウト!!」
浅田「ずああっ!!」
浅田は実力を補う気合と、決め球のスライダーでなんとか桐生院打線を抑えていく。
ガキッ!
六度目の内野ゴロがサードからファーストへ送球される。
「アウッ!チェンジ!!」
特に圧巻なのはもちろん浅田だ。
下馬評ではチーム力、個人の実力でも圧倒的に有利だといわれていた桐生院とここまで競っていられるのは浅田のおかげともいえる。
しかし、いつまでも浅田にばかり頼ってはいられない。
浅田「ハァッ…ハァッ!」
六回裏の桐生院の攻撃も抑え、マウンドからベンチに帰る浅田。
投球数はすでに100球を越えている、その上あの桐生院の打者達の迫りくるような威圧感と一回からずっと正面きって向かい合っているのだ。
肩で息をするのは仕方が無いといえた、だがその根性があったからこそここまで桐生院とまともにやりあっていられる。
ドカアッ!
浅田は半ば倒れこむように自軍ベンチに座り込んだ。
真条「ふむ大丈夫か、浅田」
浅田「は、大丈夫ッスよ真条先輩!あの桐生院相手にここまで来て食い下がれるますか!!」
前田監督「という事はまだ、いけるんだな」
浅田「うぃっす!!」
浅田の隣、立ち上がってベンチの一番左端の段差に足をかけて戦況を見つめる、東創家商業の前田監督が浅田を振り返る。
前田監督(しかし、そう言われてもつほど甘くは無い。相手はあの桐生院、ここまで抑えているだけでもたいしたものだ。まさしく一年だが、化け物よ)
真条はスコアボードを見た。
真条(…ふむ、七回、か。流石にそろそろ点を取らないとまずいと見える)
特に浅田はもうとっくに限界に近い体力で戦っているのだ。
真条はそんな浅田を見て胸が熱くなった、もちろん真条だけではない。
最初は「桐生院」というブランドに怯えていた、他の東創家ナイン全員の目が段々本気になってきていたのだ。
東創家の選手が一人、声を上げた。
???「おいおい、浅田ばかりに活躍させてていいのかよ!!俺達上級生が頑張らないでどうすんだ!!」
真条「金堂!」
金堂と呼ばれた選手は真条の方を向いて笑顔を浮かべた後、東創家側ベンチを飛び出して、手を広げた。
金堂「ここまで来たんだぜ…甲子園の切符を手にするのは俺達だろ!!みんな!死ぬ気で点を取りに行くぜ!!」
『おおおおおお!!!!』
金堂の大声に呼応するようにベンチから大声が上がった!
浅田「金堂先輩…」
金堂「見てな浅田。お前の活躍を黙って見過ごせる男じゃないぜ俺は!」
七回表、東0-0桐、無死。
『五番、ファースト、金堂君』
この回の先頭打者の金堂、右バッターボックスに入りグルグルとバットを回した後、ぴたりと止めてマウンド上の大和を睨みつける。
金堂(…ここまで頑張った浅田のためにも、ここは絶対にランナーに出る!)
ロージンを投げ捨て、サインに頷く大和。
金堂はグリップを強く握り締めた。
大和、第一球を投げる!…ストレートだ!!
ズバァンッ!!!!
一瞬、視界を白い物体がかすめて、後方のミットから音が弾ける。
しかし、球審の手は上がらない。
「ボール!」
初球は外角のボール、しかし打席の金堂はそれを外角と判断するのが精一杯だった。
高低すらわからない、見逃したのではなく、手が出なかったのだ。
先ほどの四回の真条の初ヒットのときでさえも、キレがよすぎる変化球を打つの難儀だ、と判断してストレートを狙った真条だったが。
結果ヒットこそ打ったものの、それでも変則スタイルのバントで当てるのが精一杯だったといえる。
さらにあのヒットが大和に火をつけたのか、回数を増すごとにストレートはますます速度を増し、伸びを増し、キレを増していく。
金堂(畜生…なんて速さだこのストレート)
いよいよ直線的に飛んでくるストレートでさえ捉えるのは難しい。
大和、第二球!
グググ…ユラアッ…バシィッ!!
「ストライクッ!!」
金堂「…サークルか」
失速しながらシュート回転で落ちるチェンジアップ、とんでもない落差だ、球速も落ち幅も。
変化球も駄目、ストレートも駄目。
そして大和の三球目はスライダー!!
ヒュッ…ズバァッ!!
「ボールツー!!
ありえないキレと変化であざ笑うかのように曲がり落ちるスライダー。
金堂(畜生…万策尽きたか…)
いや、そんな考えは駄目だ、と金堂は首を振った。
金堂(馬鹿野郎、さっきの気合はどこへ行った金堂!なんとかして打つんだ)
その『なんとかして』が思いつかないが、気もちだけはすでに外野のフェンスに直撃する勢いだ。
金堂(相手も同じ人間だろうがよ、どこか、どこかに活路を…!)
バシィッ!!!
「ストライクツー!!」
これでカウントはツーツー、相変わらず冷静に球を投げ込んでくる大和に金堂は冷や汗を流した。
金堂(こうなりゃ、やるしかねー)
金堂は目を閉じ、ある決意をした。
ツーストライク、ツーボール。
大和、キャッチャーのサインに頷く。
ワインドアップから振りかぶり、右腕が速度を上げていく。
そして…第五球が放たれた!!!
大和「しっ!!!」
――グアアッ!!
すさまじいノビでミットに向かっていく、ストレート!!
すでに金堂は視界でストレートを捉えきれていない!!!
しかし、バットの先端は確かに球を捉えていた。
金堂「うあああああ!!!!」
ガキシッ!!!
鈍い音ともに、打球は思いきり地面に叩きつけられた!
金堂は『一か八か勘で』内角のストレートをフルスイングしたのだ!
金堂「うおおおお!!」
そのまま猛然と一塁目掛けて全力疾走!!
大和「宗君、ダッシュだ!君の方が近い!」
そして、即座にボールの距離を判断してキャッチャーに判断を送る大和。
だが、桐生院のキャッチャー宗は空を見上げて、舌打ちをした。
宗「…ぐっ」
大和「…!」
フルスイングして地面に叩きつけた分中々打球は地面に落ちてこない!
金堂は一塁ベースまで後1メートル!
ガッ!!
大和「させんっ!!」
思い切り地面を蹴ってジャンプした大和は、そのままボールを取ると肘だけでボールを一塁に送球する!
金堂「うわああああ!!!」
金堂、ヘッドスライディング!!!
バシィッ!!!
ボールがファーストミットに収まる…が、審判の両手は右に開いた。
「セーフ、セーフッ!!」
金堂「いよしゃあああ!!!」
ユニフォームが泥まみれになりながらも、一塁ベース上で右腕を高く突き上げる金堂に歓声が送られる!!
前田監督「よしっ!!」
浅田「さすが金堂先輩!」
『わああああああ!!!!』
東創家待望の無死のランナー!
流れが、生まれ始めている。
『六番、ショート、真条君』
前田監督「よし、真条!しっかり送ってくれよ!」
真条の眼鏡の奥にある目がきらりと光った。
真条「勿論です」
コキィッ!!!
ボールはサードとピッチャーの間に転がる!
真条は言葉通り送りバントを成功させた!!
これで一死だが、走者の金堂は得点圏の二塁へと足を進めた!
その後、大和は七番に四球を与えてしまうが、八番を三振に切ってとる。
そして、燃える男が打席に立つ!
『九番、ピッチャー、浅田君』
前田監督「浅田、何としても打って来い!」
浅田「はいっ!!」
この男に下手な入れ知恵はいらない。
監督は浅田の天性の野球センスにかけた。
肩で息をしていた浅田だったが、すでに呼吸も落ち着き、目線はしっかりと大和を捉えていた。
しかし、大和の冷静さは変わらない。
さきほど、七番に四球を出したのはこの浅田と勝負するためだ。
ここまで勢いは東創家だ、その勢いをもたらしたのはもちろん奮闘する浅田のほかに誰がいる。
ここで浅田に対してアウトを奪い、ピタリと流れを止めて再び桐生院の方へ持っていく。
そうすればすでに息絶え絶えの浅田から点を取るのはたやすい!
大和、セットポジションから第一球!!
浅田「ぬあああああ!!!」
―――それは偶然だったのかもしれない。
本当に監督に言われたとおり、浅田は思いっきりスイングした。
バットは大和の曲がるスライダーに対して、当たる!!
ガキィッ!!!
球場の誰もが打球の方向に目をやった!
真条「打球はファースト頭上!」
金堂「抜けろ!!!」
浅田「いけぇぇぇぇーーーー!!!」
かすかに、ファーストのミットをかすった…が打球はファーストの後ろに落ちる!!
大和「う…!」
浅田「よーーーッしゃああああああ!!!!!!!」
咆哮をあげながら一塁まで駆け抜ける浅田、そして二塁から一挙にホームを狙う二塁ランナー金堂!!
真条「…っ!急げ金堂!セカンドカバーが早い!!」
桐生院の二塁手はすばやく打球の処理に回っていた、ファースト後方を転がるボールをすぐさま素手で取る!
金堂「っ!?」
ボールがホームに向かってくるのを金堂も確認した…しかし、タイミング的には互角!!
金堂は覚悟を決めると本塁へ飛び込んだ!
金堂「せいああああっ!」
そして返球がキャッチャーミットに収まる!!
宗「らああっ!!」
ドガアッ!!!!
しかし!金堂はキャッチャーに弾き飛ばされた!
浅田「あああっ!!」
真条「っ!」
さすが桐生院!キャッチャーの見事なブロックで金堂の本塁突入を阻止した!
宗「ふふ…甘く見たな、桐生院をなめるなよ」
ぶち当たり、地面に倒れこんだ金堂に宗は落ち着いてタッチした。
だが、金堂はにやりと笑みを浮かべた。
金堂「いーや、なめちゃいないさ」
宗「…?」
浅田「あ、ああっ!!」
大和「あ、足が股の間を抜けている!!」
金堂は突入の瞬間、股間に開いたわずかな隙間に右足を滑り込ませていたのだ!!
勿論…抜けた足は、ホームベースに確かに触っている!
「セーーーーーーフッ!!!」
場内が怒号と悲鳴、そして歓声に包まれた!!
優勝候補の桐生院に対して東創家がついに一点を先制したのだ!!!
均衡は、破られた!!!!
七回表、東1-0桐、二死。