064大和を撃つ






















四回裏、東0-0桐、一死。ランナー無し。


『六番、ショート、真条君』



バッターボックスに立った青年は、ボサボサ頭に眼鏡、バットの構え方もどうにもフラフラして落ち着かない。

かって、田尾という選手が蛸のようにふらふらとしたバッティングフォームで有名になった事はあったが、真条の構え方は少し違う。

下半身は肩幅まで足を開いて直立不動、顔も無表情で不動、ただ肩と手だけがまるで別の生物のようにふらふらと動いている。



大和(…二回目の打席だけど、やっぱり変な構え方だね)


真条の一打席目は外野フライ、その時もこの妙な構え方が気になったものだ。



浅田「真条さーんっ!ファイトー!!」


浅田を初めとして、東創家のベンチからも声援が飛ぶ。

なんといってもこの真条、実はそれなりの『チャンスメイカー』だったりする。

ランナーがいるときにはからっきしなのだが、いざ誰も打たない時はここぞとばかりにヒットをかっ飛ばす。


真条「…ふむ、今日の風は向かい風」


軽く地面の砂を宙にばら撒いて風向きを測ったりしている。


宗(何かコイツは少し違うな)


大和の球を受ける桐生院の三年生キャッチャー宗慎太郎(そうしんたろう)はふと、これまでの打者と違う感じを受けた。

今まで大和は四球によるランナーこそ許しているが、ヒットは打たれていない。

完璧なピッチングもあるのだが、どこか東創家のバッターが大和の持つ独特の威圧感に押されて気後れしている所はあった。

もちろん浅田は除くが。


真条「ふむ、今までに出たヒットはゼロ、そろそろ打たないと、ですね」


だが、この真条という男はどこか違う、

単純に言えば「マウンドに登るのが大和だろうが、西武の松坂だろうが、どこの雑魚だろうが関係ない」といった感じだ。

心ここにあらず、ただ打たなくちゃいけないから打とうか、というイメージ。

上手く説明できないが、真条の分厚い眼鏡の奥にある目は、大和を捉えてはいないように見えた。


宗(とりあえず、様子見だな)



大和の第一球、振りかぶって、投げる!!

…シャッ!




ボールは途中で失速し、少しシュート気味に変化しながら落下する。

サークルチェンジだ!


浅田「げっ!すげぇキレ!!」


本来大和の決め球であるはずのサークルチェンジを見せるということは…。


バシィッ!


「ストライクワンッ!」



真条「ふむ、なかなか私を警戒していると見える」

宗「!」


真条が言った言葉は的を得ていた、確かに宗は若干真条を警戒していた。


宗(ちっ…そうだ、こんな奴に遠慮することは無い、俺達桐生院の目標は甲子園だろ!!)


宗が出したサインはど真ん中ストレート。

かなり強気の攻めだが…。


大和「…」


大和は首を振った。


宗(な、大和?)

大和(感情で勝負したら駄目、相手が弱かろうとどこだろうと、いつだって細心の注意で勝つ試合をするべきだよ)




バシィッ!!

大和の二球目は外角に外れるシンカー、いや若干スピードは速い、Hシンカーだ。


「ボール!」



真条(ふむ、流石大和投手、勝つためには最善の策を選んでくる)



真条の狙いはフォアボールでもなんでも塁に出ることだったが…予想以上の大和の冷静さを見て、それは難しいと悟った。

しかし一つの勝算はある、あの鋭い大和の変化球を撃つのは至難の業だが…。


真条(ふむ、直線的に飛んでくるストレートならなんとかなるかもしれん、と見える)


そう、真条の一打席目の外野フライも実はストレートを狙っていったのだが。


真条(ふむ、だがあのストレート尋常じゃない威力と見える)


投げた瞬間からミットに届くまで、一瞬両目はその存在を捉えるのだが、速すぎて体が反応する前にすでに目の前に白球はない。

しかも、コントロールも抜群だ、ここしかないコースにズバズバと遠慮無しに決めてくる。


真条(…)


真条は一端バッターボックスを外して、手元の金属バットを指でコンコンと叩き始めた、結構強い勢いでだ。

一体、何が目的なのだろうか?

コンコンコン…。

蛇が通るようにジグザグと叩いていく。

コン。

二桁に達するところでその指は動きを止めた、そのまま真条は顔色一つ変えずに再びバッターボックスに入る。


宗(…?こいつ一体なにがしたいんだ?)

真条「ふむ、かの戦艦大和は無敵といいながらも、たいした戦果をあげずに海に沈んだと言われている」

大和「…!」

真条「大和投手は実力はありながら、去年夏はベンチ、今年の春はケガで背番号を背負えなかった。…似ているとは思える」

大和「確かにその通りだ、君は博識だね」

真条「ふむ、なら今年の夏は甲子園にいけるだろうか?」

大和「どういう意味だい?」

真条「ここで負ける”可能性”はあると見える」



大和、振りかぶる。


大和「確かに可能性はゼロとは言わない」


そして―――投げる、ストレート!!











―――ズバアアァッ!!!






浅田「…は、速…!」

明らかに地区予選で終わるレベルではない球を投げられた。

真条もバットを出したものの、かすることすらかなわず、バットを振り切る前にボールは体の横を通過した。


真条「ふむ」

大和「ただ、その”可能性”はゼロに限りなく近いと思うよ、僕は」



『ワアアアッ』


周りの声ももり上がる!!

「速ぇーー、ありゃ150出てるんじゃねえか?」

「流石だな大和、今年の夏は奴が甲子園のヒーローになる事は間違いない」


降矢「…」


あれだ、俺が打てなかった球は。

あの球が、見えないストレートだ。

実際にグラウンドのバッターボックスから見るのとは比にならないが、それでも、このグラウンド外から見ていても、あのストレートは速い!


降矢「あんなの、打てるわけがねー」


降矢は顔を背けてあきらめた。

だが、打席の真条は以前そのふてぶてしいまでの無表情を崩してはいない。

分厚い眼鏡が奥にある目を隠しているせいもあってさらにその表情をがわかりにくくなる。


真条「ふむ、やはり速いと見える…」

宗「当たり前だろ、さっきは格好よく戦艦の知識なんかひけらかしてもらったが、ウチの大和はとんと沈みそうに無いぜ」

真条「ふむ、どうかな?船は小さい穴からすぐに沈む、大きい船ほど沈む、タイタニックなどは…」

宗「なんだと?!黙れこの船マニアが!」


宗はサインを出した、再びストレートだ。

大和も頷く、このストレートならば打たれない、そう納得した上でだ。



大和、四球目を投げる!!


ゴォッ!!



コースは内角の厳しい場所、しかもストライクコースだ!!





ここで、真条がとったのはバントの構え!!!







宗「!」

大和(…どういうことだ?)


もちろん、内野陣はすぐにダッシュする。





真条「ふむ、真芯はバットの先から15cm…」



宗「!」

大和(なるほど、さっきの指は真芯の場所を測っていたのか、しかしそれをしてどうなる!?)



バントなら最小の動作でボールにバットを当てる事ができる。

つまり、当てるだけなら、できる。



真条「しっ!」



しかし、真条はそれだけで、終わらない!!


ガッ!

当たったバットをさらに前に出して、振り切る!

プッシュバント?…いや、違う!これは最後までしっかりとスイングして振り切っている!



大和「!」

宗「なんだと!?」


ボールは前進ダッシュしていたサードの頭を越えて、ショートの横に落ちる。

「セーフ!!」

これが、東創家初ヒットだ!!




『ワアアアアーーッ!!』



「おいおいおいおい!すごいぜ東創家!大和からヒットを打ちやがった!」

「なかなかやるなー、流石決勝に残るだけの事はあるぜ!」



降矢(成る程…!バントならあのクソ速い球をバットに当てるだけならできる。それをもう一段階進化させて、スイングに持って行きやがった…)


一端簡単に見えるが、実際にはかなり難易度が高い、タイミングが重要かつ、あの速い球で実行するのは難しい。

真条という男、ただものではない!






颯爽と一塁を駆け抜けた、東創家の「チャンスメイカー」真条。

そう簡単に、桐生院に甲子園の切符を渡すわけには行かない。














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