063浅田の答え
抜けるような青空の下、グラウンド中央に両選手が整列する。
さすがに地区予選とも言えど、決勝戦ともなるとローカルテレビのカメラマンやリポーター、応援団も勢ぞろいでグラウンド内はかなり賑やかになる。
そして降矢も、バックネット側を陣取っていた、腕を組み目を細めてグラウンドを見つめている。
降矢「…」
一体浅田の言った、野球のする理由の答えとは?
降矢の両目はしっかりと試合を見つめていた。
決勝戦。
桐生院高校-東創家商業。
「プレイボール!!」
審判が高々と宣言する。
先攻は桐生院、東創家のナインが早速守備位置に着く。
夏の行方はどうなるのか、甲子園の切符はどちらが掴むのか。
マウンドに立ったのは、一年生の浅田。
「お、おいおい!東創家の先発、一年生だ!」
「な、なんだと!?」
「桐生院もなめられてるなー、まぁ、この試合何回コールドになるか楽しみだな」
側にいた中年達がぺちゃくちゃと話し出す、この手の試合には顔を出す高校野球ファンだろう。
降矢は振り返って睨みつけた、数人はびくり、と体を震わせたが残りの一人がおののきながらも返答する。
「な、なんだよ兄ちゃん」
降矢「…アイツをなめるなよ」
「…」
しかし、あまりの迫力に中年たち全員は黙ってしまった。
そう吐き捨てると降矢は再び足を組んでどかりとベンチに腰を沈めた。
『一番、ショート、灰谷君』
そして、浅田が投球動作に入る。
二三度、ロージンバックをつけた白い手から、一筋の光が放たれる!
浅田「しぃっ!!」
―――ズバッ!!!!
誰もが、驚いた。
応援団も、観客も、桐生院の選手でさえも。
そして…降矢も。
降矢「…」
―――すげぇ。
なんだ、あれは。
望月と大差ない、キレだ。
それは打者も同じだった、打席の灰谷は。
灰谷(中々の球のキレだな。スピードは130前半ぐらいしか出ていないかもしれないが、鋭い。球がぶれてない、綺麗な球筋だ)
浅田の二球目!!
灰谷(…スライダー!)
打者はスライダーと読んだ。
ボールもスライダーの起動で曲がる!
将星の…冬馬の時は、二球目で見極められ、弾き返された。
浅田のスライダーは!?
灰谷「…っ!?」
グッ…ドバァッ!!
ボールは捕手のミットに納まった。
灰谷は見送った、いや『手が出なかった』…!
灰谷「…」
予想以上のスライダーのキレ、だ。
打者の手前で、壁に当たったようにスライドする。
浅田「りゃあっ!!!」
三球目!…スライダー!!
灰谷「くあっ!!!」
追い込まれた打者は手を出さずにはいられない!
灰谷はスイングに行くが、ボールはするすると曲がり、キャッチャーのミットに収まる!
ドバンッ!!
灰谷「…!!!」
「ストライク!バッタアウトー!!」
ミットの音ともに、審判の手が高々と上がった!
「き、桐生院の一番、灰谷が三球三振だと!?」
「まさか!大会打率.781を出してるんだぞ!」
あちこちから驚きの声が飛ぶ。
さっきのよりも声は大きい、驚愕、と言ったほうが正しいかもしれない。
悲鳴にも似た台詞は続く。
「あの一年、なんていう名前だ!?」
「浅田だってよ!お前知ってたか?」
降矢「浅田…!」
浅田は二番後藤も、セカンドゴロに打ち取る。
浅田(燃えてくるぜ〜〜!!)
浅田は逆境に強かった。
今回の大一番の舞台での先発も、その精神力を監督に買われたのだ。
相手が強ければ強いほど、燃える反骨神の塊。
降矢とは、違う。
『三番、投手、大和君』
左打席に入り、ギリ、とバットを強く握り締める大和。
大和「なかなか、やるようだね」
浅田「へへ…天下の桐生院のエースにほめていただけるとは…」
浅田、ワインドアップモーションから、第一球を投じる!!!
浅田「光栄だ!!」
ビシィッ!!
大和(速い!)
スイングに行く!!
ガキィッ!!!
「ファールボール!!」
ボールは大きく三塁側方向にそれていく!
…つまり、『振り遅れた』ということだ!
大和(…いいノビだ、振り遅れるとは思わなかった)
手をグリップから外してブラブラと振る。
桐生院の大和を振り遅らせるストレート、どれだけすさまじいかは将星との戦いを思い出して欲しい。
浅田知典―――この男、只者ではない。
ガキィッ!!!…ガシャアッ!
「ファールボール!!」
再びボールは三塁側に飛び、フェンスにぶつかる!
しかし、打球の勢いは先ほどよりも強い!
浅田(流石だぜ、桐生院)
大和も、負けていられない。
先ほどよりもグリップを余している、打つためにはプライドを捨ててヒットを狙いに来る男だ。
本当は誰よりも勝利に執着しているのだ。
浅田の背中に嫌な汗が一筋伝う、威圧感に押されて、身震いした。
だが、すぐに快感と気合に変わる。
浅田(おもしろくなってきたぜ)
足元のロージンを拾い、二三度手につけるとキャッチャーのサインを確認する。
2ストライクと追い込んで、サインはもちろん勝負球のスライダーだ。
ゆっくりと頷いて、右手をグラブの中に入れた。
浅田「行くぜ!大和さんよぉ!!!」
浅田、オーバーから、勝負の三球目!!
浅田「ずあっ!!!」
ビシィッ!!!
黒い土の上に、一筋の白い光が通る。
降矢は目を見開いた。
大和「…っ!!」
ボールは、打者の手前でスライド変化する!
…クククッ!
大和(変化幅がさきほどより大きい!!)
ズバアッ!!!
…大和のバットは空を切った!
「ットライク!!バッターアウッ!チェンジ!!」
大和「…っ!?」
降矢「…!!!」
わかった。
この勝負の凄さが。
意地と意地、技術と技術、そして気合と気合のぶつかりあい。
お互いが、お互いの本性をむき出しにして本気の勝負。
格好や見た目なんかではない、それは結果論だ!
だからこその緊張感が、快感が、野球をする楽しさがある!!
そしてこのギリギリの勝負、降矢にはわかった。
わかるはずだ、一度でも、GROUNDに立った者ならば。
降矢「すげー…!」
気がつかないうちに、その単語は口から出ていた。
浅田がキャッチャーに、親指を立てる。
しかし降矢は自分に向けられている、と思った。
何故なら、浅田の笑顔が「言ったとおりだろう」と物語っていたから。
降矢「これが、答えか…浅田」
今まで悩んでいたのが嘘のようだ、白熱の試合の面白さは客観的に立って初めてわかった。
旧友が、圧倒的な力を持った存在に立ちふさがっている。
降矢の頭から、無力感は消えていった。
そして、桐生院との試合、絶望的な実力差を見せ付けられたことによって、忘れていた霧島工業に勝利した時の快感を思い出した。
降矢「…柄じゃあねーがな」
降矢はどこかで、やはり負ける事を格好悪がっていたのかもしれない。
だが、今マウンドで桐生院を抑えた男はそんな気を微塵も感じさせずに堂々と勝負に身を投じた。
きっと裸になって、気持ちがぶつかり合う事でその熱意が、魅力が生まれるのだ。
そうでなければプロの場合、試合を見に来るものなどいるはずがない。
降矢「浅田め」
降矢の腹は決まった。
だが、今はこの試合から目を離せそうに無い。
試合が動いたのは四回。
未だ0-0の場面、一死で打席に立ったのは…。
『六番、ショート、真条君』