062夏の行方























浅田「お、お前降矢じゃねーか!」




振り向いた先には懐かしい旧友がいた。

生え際が黒い金髪をアンバランスに立ち上げた個性的なヘアスタイル、淀中事件の時にできた顔の傷。



降矢「あ、浅田」


夏の半ばに入った季節、球場前の公園。

先ほど試合を終えたばかりの東創家商業ナインがぞろぞろとバッグを背負って球場関係者出口から出てきている。

その先頭を歩いていた浅田が降矢の姿を発見したのだ。


浅田「おー!懐かしいじゃねーか!?…聞いたぜ?えーと…将星だったか?お前も野球やってんだってな!?」

降矢「…いや、俺はもう」


声を遮って手荒くバシバシ肩を叩かれる。


浅田「そうかっ!お前も野球を選んだくれたか!俺は嬉しいぞ!」

降矢「お、お前明るくなったな…」


少し苦笑しながらも、降矢は旧友の手荒い歓迎がすこし嬉しかった。

あれだけ中学で苦しみながらやってた奴が、高校に入ってこんなに嬉しそうに野球をやってる姿を見たからだ。


浅田「聞いたぜ?なんかお前のところ、六点差を逆転して勝ったらしいじゃねーか。桐生院には負けちまったみたいだけど」

降矢「まぁな」

浅田「…まぁしゃあねーかな。今年の桐生院は激強らしいし…。特に大和ってのはヤバイらしいぜ。あの、北海道の白老北陵の薬師寺、神奈川の横濱の和久井、東京の暁大付属の一ノ瀬、茨城の大東寺の桐原、福岡の誠胴の伊吹…そいつらと同じランクって言われてるから、相当だろ」


指を折りながら名前を言っていく、どれも有名らしいが降矢にとっては聞かない名前であった。


降矢「らしいな」

浅田「で、降矢。お前はどうよ?秋に向けてもう始動してんだろ」

降矢「…いいんだ、俺はもう野球は辞めたから」




浅田の動きが止まった。

次の瞬間、彼は激しく狼狽していた。


浅田「や、辞めた!?ど、どういうことだよ!!ま、まだ三ヶ月くらいだろうが!」

降矢「いーんだよ、めんどくせーことは嫌いなんだ」



降矢はもういい、とばかりに浅田の前から離れようとした。


浅田「待てよ降矢!!」


背後から肩をつかまれる。


降矢「放せ」

浅田「理由だけでも聞かせろよっ!!」

降矢「別に知ってどうするものでもねー」

浅田「何ぃ!?」



さっきまでのいいムードが、いきなり険悪に変わる。

両者がにらみ合うように対立する。

…が、浅田が降矢の肩を離して大きく息をついた。


浅田「……………ふぅ…止めようぜ。こんなとこでケンカしてなんになるってんだ。まったく、口の悪さは変わってねーな、お前はよ」

降矢「さーな」

浅田「そうか、辞めたのか…。楽しくないか、野球は?」




浅田が目を覗き込んできた、本気でこの男は野球が好きなのだろう。

降矢はそらすように目をそむけ、答えた。



降矢「…何のために野球をやってんだお前は」

浅田「…はぁ?」

降矢「俺は何に対しても負けるとか、考えるとかが大嫌いなんだ」

浅田「だから、一回負けただけで辞めるってか?」


降矢の眉がぴくり、と動いた。


浅田「それは情けなさ過ぎるだろうが降矢!!」

降矢「…俺はお前と違ってプライドとかはないからな」

浅田「負けるのが嫌ってことは、プライドはあるんじゃねーのか!?」

降矢「…」


流しっぱなしの降矢は何を言われようともどこ吹く風、だ。



浅田「…楽しいだろうが野球は。お前はバットで打った快感とかわかんねーのか?」

降矢「さーな。…というか、お前は俺に野球をやらしたいのか?」

浅田「当たり前だろ!野球はいいぞ!野球は!」


降矢は一つため息をついた。







考えることや理由は山ほどあった。

将星の部員は九人ギリギリだ、とか。

うぬぼれかも知れないが降矢は将星の中心打者だ、とか。

降矢は、野球に関して、天性のセンスを持っているから、とか。

…どれも降矢が野球をやるには十分な理由だが、どれもこれも人のために、チームのためにやっている気がしてならない。

そうじゃない、望月にも言われたはずだ「アスリートには心の奥底に宿る、何か熱いものが絶対にある」と。

最後に決めるのは自分だ、だけど降矢にはそれを決める何か後一歩が足りなかった。

降矢の心にもかすかに灯る欠片が見えている気がしてはいた。

しかし、それが確実に灯らない限りは降矢はバットを握る気は無かった。

今まで何もせず風のように生きてきた降矢が、何か一つに夢中になることが困難だということは、自分が一番わかっている。





???「浅田、行きますよ」

浅田「真条先輩…はい」


東創家の選手だろうか、眼鏡をかけた男が浅田を呼びつけた。


浅田「…次の決勝、俺達は桐生院とやる」

降矢「…!」


そういえば、そうだ。

地区予選決勝は東創家-桐生院のカードとなっている。


浅田「絶対に見に来い!!答えはそこにある!」




浅田はそういい残して、チームメイトの元へ帰っていった。




降矢「…答え、か」






















その頃、将星高校のサブグラウンドでは歓声がわきあがっていた。


吉田「な、何ぃっ!!!!ぶ、部費が出るだと!?」

相川「信じられないな。まさか…こんな日が来るとは」


ぼろい部室のぼろい机、その上に置かれた、封筒。

中から覗くのは、二十枚近くの一万円札の束、束、束!


吉田「ぬああああああああああああ!!!!!」

相川「うわああーー!!」


大場「…いつも冷静な相川どんがあんなに驚いてるとです…」

原田「これはかなりの出来事ッスね!」


マネージャーである、三澤が一枚一枚めくっていくと…。


三澤「しめて、二十三万円で〜〜〜っす!!」

吉田「きゃっほーーーー!!!」

相川「こ、これでネットや、新球が変える…!」

県「あ、そうか。キャプテンと相川先輩は去年二人で野球部だったんですよね」



気が狂ったように腕を上下させて喜ぶ吉田と相川の隣で、県がぽん、と手を叩いた。



冬馬「そういえば…最初は吉田先輩の家の漁の網とか使ってるって言われて驚いたもんね」

御神楽「ぬっ!まさか、あのバッティングケージのネットか!?」

冬馬「そうですよ?」

御神楽「通りで何か生臭いかと思ったのだ…」

緒方先生「これも全て私のおかげだからね!わ・た・し・のっ!!」



緒方先生は体を武器に…じゃなくて今大会の活躍を教員に唱えて、何とか部費を出させる事に成功したのだ。



緒方先生「あのバレー部や水泳部の顧問の悔しそうな顔っ!!去年馬鹿にされ続けた借りを返してスッとしたわ〜」


何故か晴れ渡る笑顔であった。


能登「…去年は二人、か」

吉田「うむうむ、どれだけ苦労した事か…」


首を上下しながら感慨深げに頷く吉田。


冬馬「あはは、説得力ありますね」

相川「ああ。今は留学中だがな、散々あの生徒会長に…」

吉田「よっしゃあ!!相川!早速道具一式そろえるぜ!!ショップへGO!GO!」

相川「お、おい吉田!無駄遣いは駄目だぞっ…後大きいものは通販とかでだな…」

三澤「あ、待ってよぉ〜」


目が¥マークになった吉田に引きずられるようにして相川、ついていくようにして三澤がそれぞれ部室から出て行った。



緒方先生「領収書を忘れちゃ駄目よ〜」

御神楽「…無駄にリアルだな」

大場「それでも良かったとです、この部室ももっと大きくしたいとですなぁ」

冬馬「そうだね〜…今のままじゃ着替えるのも大変だしね」

大場「…そういえば、冬馬君はいつもどこで着替えてるとですか?部室に入ってくる時はいつもユニフォーム姿とです」

冬馬「え?…あ、あはは…ま、まぁね〜」



緒方先生「でも、問題は降矢君よね…」


緒方先生が壊れかけの椅子に腰がけると、きしり、と音をたてた。


冬馬「あ…」

大場「あれ以来、学校にも来てないとです」

県「一体、どうしてるんでしょう…」

原田「降矢さんなら、きっと帰ってくるッス!」

冬馬(そうだよね…そう、信じたい…)













降矢は、あの公園にまだいた。

どうも家に帰る気がしない、さっきからベンチに腰を深く沈め、遥か上空を飛ぶ鳥達を目で追っている。

考えなければならないのだが、考えるのはめんどくせー。

ある意味、ありえない矛盾を抱えて降矢はぼーっとしていた。

ただ、浅田の言った「答え」には少し思う所がある。

…一体、何の事なのか。



???「あ…あっ!!あのっ!!!」

降矢「…ん?」


突然、視界が暗くなったと思うと、声をかけられた。

黒髪三つ編み、眼鏡…これでもかというぐらい文学少女だった。


降矢(って確かコイツは前に見たことが…)

???「ふ、降矢さんですよね…」

降矢「…?なんでお前俺の名前知ってるんだ?」

???「そ、その…ちょ、ちょっと前、助けてもらったものです!」

降矢「…はぁ?」



俺が?人を助ける?…冗談じゃない、そんなめんどくせー事、死んでもやるまい。



降矢「…勘違いじゃねー?」

???「ち、違います!!…その、帰り道で知らない男の人に話しかけられたときに、将星の男子生徒の人に助けてもらったんですけど…。うちで金髪の人なんて貴方しかいないし…」

降矢「…あー?」



…待てよ、確か少し前うちの校門の近くでいた他校の奴にガンつけられて、軽くボコった事はあったぞ。

でもあの時他に人いたのか?



???「その、それから、降矢さんが野球部だって知ってずっと試合のときは応援してて、そのお礼を言うチャンスがあれば、と思って…」

降矢「…」

???「あの…その…これからも野球頑張ってください!」


非常に降矢が苦手とし、嫌いなタイプだ。

冬馬みたいにぎゃーぎゃー騒がしい奴も嫌いだが、こういうおどおどした奴も降矢は受け付けない。



降矢「俺はもう野球辞めたの」

???「……え?」

降矢「だから、もうほっときな」

???「ど、どうしてですか!?」


いい加減イライラしてきた、何故自分のことで他人にどうこう言われなきゃならないんだ。

降矢「お前には関係ないだろ、じゃあな」

???「ま、待ってくださいっ!!」


降矢は彼女の言葉を無視して、ベンチから身を起こし、足を速めた。



???「…行っちゃった…。…私の憧れの、人…」













降矢は逃げるようにして、電車に乗った。


降矢「辞めたら、こんなに言われるのか」


それが、チームの一員としての責任なのだろうか。

試合をする時はちょっとは心を満たせるが、こうプライベートにまで入られては仕方が無い。

…半分、降矢が復帰する言い分はできていた、『辞めたらお前ら、うるせーだろうが』と。



降矢「じゃあ辞めない方がマシだ…」





後は、浅田の答えを待とう。

前向きな答えを期待して、降矢は一週間だけ、学校に行った。


もちろん野球部のメンツと会話することはなく、学校が終わればとっとと家に帰って寝た。






…そして、日曜日。


地区予選決勝、甲子園への切符をかけた大一番。


東創家商業対桐生院高校戦!!











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