061そして降矢は































降矢が冬馬に野球部を辞める事を告げてから、三日がたった。

そして一年生のある教室に、降矢の姿は無かった。

今日も冬馬は教室の端、嫌でも目だつ金髪がいないことにため息をついた。


冬馬「…どうしたんだろ、降矢。学校にも来てないし…」

県「降矢さん、あれだけボロボロに負けたのが相当ショックだったんでしょうか?」

冬馬「…なんだか悩んでるみたいだったけど。もう、どうでもいいって」

県「…そうですか」


賑やかな教室もちょっと寂しく見えた。










一週間、降矢は学校へ顔を出そうとはしなかった。

ただ、自室で寝たり、外をぶらぶらしただけだ。

目的なんて無い、だけどもう野球をすることも無い。

そう思うと何だか自分が抜け殻になった気がした。


降矢「…そんなに野球に打ち込んでたんだろうか、俺は」


考えるとキリが無い、もとより考えることはめんどくさいから嫌いだ。








気がつくともう日曜日。

あの試合からすでに一週間がたっていた。

そして、知らず知らずのうちに降矢の足はあの球場へ向いていた。


電車に揺られる事、数十分。

平多橋駅で降りて徒歩五分、目と鼻の先にある市民公園の中心にある地方球場。

辺りには応援団かと思われる野球のユニフォームの生徒が何名か声を上げたり、何か買い物をしていたりした。

向こうに見える球場の中からは時々、金属音やざわめき、歓声が起こっている。

どうやら試合を行っているようだ。

降矢は迷うことなく、そこに足を踏み入れた。












差し込む日差し。

気だるい暑さにふと嫌気が差したが、さしたるほど気にせずにバックネット側の一角に腰を下ろす。

試合は準決勝第一試合…東創家商業と陸王学園。

回は六、すでに終盤戦に突入している。

点差は二…4-2で東創家がリードしている。







降矢「―――!?」








降矢は、ふと目を疑った。

真向かいにある、バックスクリーンのスコアボード欄。

七番投手の欄にある名前……『浅田』!!



降矢「…まさか、単なる人違いだろ」



かぶりを振って、グラウンドに目を移す。


…人違いではなかった。




降矢「…あ、浅田!?」




見まごう事なき、頬に傷の入った顔。

降矢の旧友、浅田知典だった。



その浅田が豪快なオーバースローから投げる!

降矢は目を見開いた!!


ズバァッ!!


ミットの音がここまで届いてきそうなほどの威力。

降矢が落ち着く前に、浅田は間髪いれず第二球を投げる!


グァッ!!


降矢「!!」


利き手と反対側に曲がる、曲がる、曲がる!

スライダー、だが威力はすさまじい。

軌道こそ違えど、キレはファントム並み、スピードはそれ以上だ!

ボールはすさまじい勢いで、空間を切り裂いていく。


降矢「浅田…野球、まだやってたのか」























時は中学時代。

降矢は悪のレッテルを貼られてはいたが、特に問題を起こすことなく中学時代を送っていた。

めんどうなことが嫌いな彼は教師の言う事には従わなかったが、大問題になるというほどの問題も起こしてはいなかった。

そんな彼が…ついに起こした事件。


三年生の五月、彼には友がいた。

名前は浅田知典、降矢と同じく不良的な見た目だったが、それは格好だけである。

野球部に所属していた彼は、精神は清い野球少年だったのだ。

ひたむきに野球に打ち込む姿は下級生不良の憧れだった。

ものわかりがいい顧問に進められて入部したものの、当初はブーイングの嵐だった、どうしてもその姿があまりにも野球とはかけ離れていたのだろう。

だが浅田はかたくなに自分のスタイルを変えなかった、それがいつか自分の誇りになると信じていたからだ。

その通り、二年後には皆から認められる投手となっていた。

そんな彼を降矢も認めていた。

何事も真剣に受け止めない降矢にとって…浅田のスタイルはとてつもなく格好がよかったのだ。


そんな折、降矢の元に一つの電話がかかってくる。

五月二十一日の夜十時、携帯電話の相手は浅田だった。






降矢「…俺だ。何のようだ」

???「降矢か!俺だ、ぐあっ!」

降矢はいつもと変わらない態度で電話に応答したが、電話の向こう側は何か悲鳴と叫びが飛び交う地獄絵図となっているようだった。


降矢「どうした、浅田!何があった!」

浅田「降矢!!助けてくれ!…駅裏の所で、淀中の奴につ『ブツンッ!!』


痛々しい音を上げて電話は切れてしまった。


降矢「淀中…だと?」


淀中…淀宮中学といえば、うちの中学の隣にある素行の悪さでは有名な中学だ。

…まさか、この前の予選で淀中とやった時に、浅田が完封したから?

とんでもない理由だったが、あいつらならやりかねない、どんな些細な事でも人を傷つける理由にしたがる奴らだ。

逆恨みだとしたら…。


降矢「浅田!!」


降矢は急いで駅前に向かった。

雑踏を押しのけ、繁華街を抜け、駅裏へと疾走した。


降矢「…!!」


そこで降矢が見たものは…痛めつけられた降矢の中学の野球部と、うずくまる浅田、だった。



「ぐああ…」

「痛ぇ、痛ぇよぉ…」

思わず降矢も目をそむける。

降矢「ひでーな…」

浅田「ふ、降矢…?きてくれたのか?」

降矢「浅田!?…浅田どうしたんだテメェ!!」

???「おやおや、誰かと思えば臆病降矢君じゃなーい?」


嫌な声に振り返ればそこには十人、いやもう少し多いか。

それくらいの人数の少年がいた、服装はどうみても品行がいいとは言えない…淀中の奴らだ。


降矢「河野!テメェ!!」

河野「んー?いや、こいつがな俺らと同類の癖してちょっと野球が上手いからって調子にのるもんでよ。軽くひねっちゃった?みたいな、ウヘヘヘ」

『ヒャヒャヒャ!』


つられて周りにいた奴も笑いを上げる。


降矢「ぶっ殺す」

河野「臆病な降矢君に何ができるのかな〜?いつもいつもめんどくさいとか言って、逃げちゃってる降『グシャァッ!!』


相手が全部言い終わらないうちに降矢の右拳は河野の鼻骨を粉砕していた。


河野「ぐ、ぎゃあああ!!?」

「河野さん!?」

「テ、テメェ!!なんてことしやがる!」

降矢「てめぇら、全員、死ねよ」






一瞬だった。

そこにいた淀中の不良どもは血祭りに上げられた。

蹴、蹴、殴、殴。

最後の一人の首根っこを捻り上げ、顔面を側にあった電話ボックスにたたきつけた。


降矢「うらあっ!!!」

「ヒ、ヒィィィ!やめて!やめてくれ!やめて…」


グシャアッ!!

何か潰れた嫌な音が聞こえた後、そいつは何も言わなくなった。




降矢「馬鹿が…」

浅田「…やめとけ、降矢。それ以上、やったらそいつら死んじまうだろ…うぐっ」

降矢「浅田!おい浅田!しっかりしろ―――!!」








結局浅田自身は軽い怪我ですんだ。

だが、他の部員は大小とわず痛々しい傷を負っていた。

どうやら浅田が襲われた理由は、同じ不良の癖になんでお前は認められてるんだ。

という本当に逆恨みのような馬鹿らしい理由だったみたいだ。


しかし、部員達は、無情にも浅田に罪を着せ始めた。

浅田がいたから、うちの野球部が襲われたのだ、と。




しかし、浅田は野球を辞めようとはしなかった。

どれだけ味方も敵でも、応援も敵でも、毎日ブーイングの中で投げた。

降矢は何故、浅田がそこまで野球に固執したのかはわからないまま、中学を卒業した。

結局浅田とはそれ以来連絡を取っていないが、まさか、こんな所で会うとは。








降矢(世の中、狭い)






ズバァッ!!!


降矢が物思いにふけっている間に、浅田は決め球であろうスライダーを外角低めにずばり投げ込み、三振を奪っていた。






浅田はその後も軽快にスライダーとストレート、時たまSFFを織り交ぜ相手の陸王学園の打者を打ち取っていく。



しかし、九回。



カキィッ!!

陸王の打者がようやく浅田を捉え始める、打球はレフト前に転がった。

これで1死、二塁、三塁。

東創家バッテリーは塁を埋めるために敬遠策をとり、塁を全て埋める。

ワンヒットで同点、さらに一発出れば逆転だ。



降矢「…」


しかし、浅田の目はまるでピンチを楽しむかのようにギラギラと光っている。

そうだ、昔から浅田は逆境に強かった、どれだけマウンドの上で一人になろうとも逃げ出そうとはしなかった。

少し問題が難しくなっただけで逃げる降矢と違って。




浅田「うおおおっ!!!」


気合十分の叫び声とともに、投げ出されるストレート。



ズバァァン!!



派手な音を立てて、ミットに収まる。



「ストライクバッターアウト!!ゲームセット!!!」


歓声とともに東創家のチームメイトが集まってくる。

浅田も笑顔でハイタッチをかわし、キャッチャーと抱き合った。








降矢「…もう、一人じゃなくなったみたいだな」

赤城「ほう、なんや。随分と知り合いっぽいセリフやなぁ」

降矢「うおっ!?」


思わず飛びのく!!

…いつのまにか隣には関西弁のたれ眉毛が座っていた。


降矢「…関西弁?テメェ、いつの間に…」

赤城「まぁ、気にしはんなや。わいだって常に他校のチェックは欠かせへんねん」


いっひっひ、と魔女みたいな嫌な笑い方でぱらぱらと手元のメモ帳をめくる。


赤城「…東創家商業高校。安定した実力で着実に地力を上げてきた中堅校だったが、一年投手浅田の台等により苦手としていた投手力を補い、今や桐生院の八年連続甲子園を阻むには一番近いチームや」


降矢「…桐生院に一番近い、か」

赤城「この前の試合は残念やったな、わいとしては将星を応援してたんやけど、いかんせん自力が違いすぎるわ。多分うちがやっても似たような結果になってたと思うで、特に今年の桐生院は『過去最高』とうたわれてるからな」

降矢「へぇ」


桐生院のことなど今はどうでもいい、今は浅田のことばかりが気になっていた。


赤城「ときに降矢君、野球辞めたそうやね」

降矢「………ずいぶんと早い情報だな」

赤城「この前、あんたんとこの吉田君とマネージャーがすごい剣幕でうちの高校に乗り込んで来おってな、どうもわいの言葉でえらいことになったようで。勢いに飲まれてつい謝ってしもうたわ」


どうやら反省はしていないようだ、反省をするような奴にも見えないが。


赤城「んで、その時に君が学校にも来てない、いうことを聞いてな。わいとしてはちょっと気になったんやけど」

降矢「テメェには関係ないだろ」



降矢は、もう用はないとばかりに足早にその場を立ち去ろうとした。



赤城「お、おい降矢君!?…待ちぃや!」

降矢「うるせーな、俺が何しようが、俺の自由だろ」

赤城「こ、これだけは言わせてもらう!アンタは、アンタは初心者の癖して、高校生の大会で五本もホームラン打ったんやで!?その素質を潰すつもりか!?」

降矢「知らねーよ、めんどくせーのは嫌いなんだ」


降矢はグラウンドの外へと出て行った。









赤城「行ってもうた。…なんや気の短い奴やなぁ。…あれだけの素質を持ってるのに、もったいないもったいない」





















球場の外へと続く階段を歩いていた、入り口まで近づくと太陽がまぶしい、思わず目を細めた。


降矢「素質、か」


確かにどうやら野球の才能は有るらしい。

ただ、野球をすることが楽しいかどうかはわからない。

じゃあ、どうしてわざわざ野球の試合を見るためだけに、俺はこんな所まで来たんだ。



降矢「…本心ではやりたがってんのか?」


空に呟いても、問いに対する答えは帰ってはこない。

しかし、背後からの呼びかけは、かかった。












浅田「ん…?お、お前降矢じゃねーか!?」














back top next

inserted by FC2 system