059大和対降矢、初めての屈辱





























将星ナインはマウンドに集まるしかなかった。

あまりにも差が違いすぎる、一番以外全て初球打ちで完璧な当たりを許していた。


冬馬は唇をかみ締めた。

まだ、ワンアウトもとれていない。



大場「と、冬馬君!大丈夫ですと…?」

冬馬「はい…でも、でも、すいません…!!」



冬馬は頭を下げた。



相川「気にするな、冬馬。相手が悪すぎる」

吉田「おう!泣いてないだけましだ!」

冬馬「…ちょっと泣きました」

吉田「…そうか」

冬馬「…うっ、うっ…」

原田「それにしても、強すぎるッス…」

御神楽「悔しいが、力が違いすぎる」





相川は首を振った。



相川「畜生、どこに投げても…どれだけ冬馬がコントロールしても、元々の実力の差が違いすぎる…」




『桐生院高校、選手の交代をお知らせします、七番、センター、呉君に代わりまして、芦原君』




相川「な、なんだと!?」


桐生院が代打に出した選手の背番号は二桁、当然レギュラーではない。

つまり…!



吉田「補欠って訳か!?」

相川「野郎…ふざけやがって!!」





御神楽「あながち、ふざけてると言い切れないと思うが…?」



二人『なんだと!?』

御神楽「忘れたのか、桐生院の一年生を?最初からあれだけの実力を持ち、その上さらに練習を重ねるんだ。補欠でも、侮れん」





相川「…」

吉田「くっ、くそ!!どうしろってんだ!?むざむざ手加減されてボロ負けしろってのかよ!?」


大場「そんな、そんな事が…それなら、おいどん達がやってきた事は…」

御神楽「どれだけ頑張っても、所詮、一流には届かないというのか」

原田「せっかく、ここまで来たッスのに…」

















冬馬「―――1アウト」




大場「え?」

相川「…?」


冬馬「1アウトでもとろうよ!まだ無死なんだよ!?せめて1アウトとろうよ!!こんな所で諦めてどうするんですか!?」



吉田「…そうだ。俺たちは別に、勝つために野球やってる訳じゃない」

相川「負けてもともとだよな」

御神楽「…1アウト、か」



冬馬は相川と吉田の手を取った。





冬馬「最後まで諦めずに全力でプレイすることが、将星の野球だと俺は思ってます!…この前の霧島戦の時で俺は本気でそう思いました。諦めなかったから、諦めなかったから勝てたんです。あの時だって、六点差をひっくり返したじゃないですか!!!今も、まだ六点差です!」









吉田も相川も…目を閉じた。






吉田「はっはっは!!俺としたことが、一年に教えられるとはな。…誰よりも諦めないことを信条としてきたのに」

相川「…だな、吉田。ちっと、相手の強さにびびりすぎちまってたよな」




御神楽「僕たちは、僕たちの野球をするだけということ、か」

原田「そうッスね!」

大場「絶対に、次の打者で1アウトとろうとです!!」





冬馬「諦めちゃ負けですーーーーっ!!」


全員『おうっ!!!』












バッターボックスの打者は明らかに見下した目で、腰を落とした相川に話しかけてきた。



芦原「はぁ、なんでこんな雑魚とやらなくちゃならないんだよ。時間の無駄無駄、早くコールドで終わらせようぜ?な、お前らだって勝ち目もないし、早く帰りたいだろ?」





バシィッ!!!


冬馬のストレートが打者のセリフを塞いだ。




相川「…しゃべってばかりで手元がお留守だぜ」


芦原の口元が歪む。


芦原「…上等じゃねぇか…桐生院をなめるな!完膚なきまでに叩きのめしてやる!」






冬馬、サイドから第二球!!


冬馬「づああっ!!」


ビシィッ!!!


投球はファントムスライダー!!

左打者の芦原の視界から一瞬消える!!


ヒュザァッ!


芦原「なめんなよ!そんな球で抑えられるとでも思ってるのか!?」



カキィン!!


金属バットがファントムを捉える!

打球はショート横の痛烈なライナー!!



御神楽「っ!!」



刹那、御神楽は打球に飛び込む!!

御神楽(左手じゃ届かぬ!!)





一瞬の判断!!





『右手』でボールを取りにいく!!




ビチィッ!!



『いやあああーーー!!』



将星応援団から悲鳴が上がる!!

肉がこげるにおいがした、手のひらがずるむけになっただろう。



御神楽「ぐああああああ!!!」



猛スピードで飛んでくる石ころを素手でキャッチするような激痛に顔をしかめながらも、御神楽は打球の勢いを止める。



御神楽「!?」


しかしボールは御神楽の手におさまるには、あまりにも後方に飛びすぎている!!





御神楽「吉田!!!捕るのだ!!!」


吉田「当たり前だろーーっ!!!」



すぐにカバーに回っていた吉田が御神楽が弾いた打球を止めに行く!




吉田「うおああーーー!!」






吉田もボールに滑り込む!!!

吉田「!!」


…しかしっ!ボールはグラブのはしっこをかするだけだ!!





吉田「にゃろぉっ!!…てぃやーーーーっ!!!」


ピシッ!!



だが吉田は諦めない!!

直前にすごい速度で駆けてくる存在を信じて、グラブの先でボールを一瞬宙に浮かす!!!








吉田「県!!滑れーーーーーー!!!!」





俊足、県がセンターから激走して吉田の側まで来ていた!



県「はいーーーーっ!!!!」




ゴロゴロゴロゴローーーーッ!!


すごい勢いで向かってきた県は、両足で地面を蹴ってダイビング!!

そのまま勢いに任せて、地面を転がる!!







『…』

『…』

『…』




赤城「…ど、どうなったんや!?」

尾崎「…すげー根性、みたいな?」

森田「…ああっ!!!」










県「―――と、捕りました!!」




「…アウトーーーーーーーーーーーー!!!」




県の左手のグローブにはしっかりと白球が入っていた。




吉田「…や、やったぜ…」

相川「1アウト…」

御神楽「…」

大場「1アウト…」


















冬馬「―――1アウト…とったんだ!!!」













『わあああああああ!!』


将星応援団から大声援が響く!!

それはあまりにもちっぽけなことだったが、ついに、ついに…1アウトとったのだ!!




ベンチでも三澤と緒方先生が手を取り合って喜んでいた

三澤「えへへへ!!」

緒方先生「やったわね三澤さん!!」



県「やったー!」

能登「…」

降矢「…1アウトとっただけだってのに、騒がしい野郎達だ…」


そんな降矢も帽子で隠した目線は笑っていた。


















アウトになった芦原は桐生院ベンチに戻ってきていた。


芦原「な、なんだあいつら?1アウトとっただけじゃないか、何だあれ?頭悪いのか?」

笠原「…おい、芦原」

芦原「か、監督!?…な、なんでしょうか?」


笠原「…一年後、あいつらは化けるぞ」


芦原「へ、へ?な、なんでですか?」

大和「芦原君、僕もそう思うよ…それがわからないようじゃ、君は一生レギュラーにはなれない」







笠原(監督生活10年になるが…1アウトをとっただけであんなに嬉しそうにするチームは今まで見たことが無い。…これだけ負けていて、そうなれるということは、つまり…チーム内の人間が野球を心の底から楽しんでいるということだ)


楽しむ事は何よりも、自然と強さにつながる!















カキーン!!


吉田「ぬああああああ!!」


吉田、その場で渾身のハイジャンプ!!


バシィッ!!

打球は見事にグラブに収まる!!


「スリーアウト!!チェンジ」



吉田「いよおおしゃあああ!!」

冬馬「キャプテン!!ナイスプレー!!」

吉田「おうよっ!!」





その後も、奇跡とも言えるファインプレーで何とかスリーアウトをとった!!

これで、ようやく一回表の桐生院の攻撃が終わったのだ。





一回裏、桐6-0将





ベンチに戻ると、すでに疲弊しきった将星ナインが椅子にもたれかかっていた。



緒方先生「み、みんな、大丈夫!?」

吉田「はっはっは!余裕ッスよ!余裕!」

相川「よく言うぜ…もう、右足が痛ぇくせに…」

三澤「本当!?傑ちゃん!」

吉田「いや、大丈夫大丈夫、まだまだいけるぜ!」



降矢「…おい、ちんちくりん」

冬馬「ふ、降矢?」

降矢「…頑張れよ」

冬馬「う、うん!!」

御神楽「すまぬ…だが、もう僕の右肩は上がりそうに無いのだ」

降矢「気にするなよ、ナルシスト」

御神楽(…だが、一回ですでに60球近く投げてる…スタミナに不安がある冬馬がどこまで持つか…)








『一回裏、将星高校の攻撃は、一番、ショート、御神楽君!』







マウンド上には、桐生院のエース、大和。

打席に立った御神楽は、体が震えた。




御神楽(…く、なんて威圧感だ。これが桐生院の真のエースか!)


第一球は、ど真ん中への、ストレート!!!


















――――――ギュバァッ。


――――――ドォンッ!!!






御神楽「…」



見えない。

見えない。

見えない?

今、本当に投げたのか。



御神楽「…なっ」

大和「おいおい、まだストレート投げただけだよ?そんなに青くならないでよ」





第二球!!

先ほどよりは、まだ球すじが確認できる。

しかし―――!



ヒュッ!!



いきなりボールが視界から消える!


御神楽「!!」


それはファントムより、何倍もスピードそのものが速く。

それはファントムより、遥かにキレがよかった。

わずかに確認できた、スライダー。



―――ビヒュッ!!!


ズバァンッ!!





御神楽「は…」


御神楽は首を振った。






―――駄目だ。

―――実力が―――違いすぎる。












その後、大和は快刀乱麻のピッチングで、将星の打者にかすらせもしない。

ぴったり九球で将星の攻撃を終わらせた。


桐生院は二回、三回にも三点ずつを追加し、得点を12とする。







もう、将星はこの男に頼るしかなかった。



『九番、ライト、降矢君』






冬馬「…」


冬馬に手を握られる。

ぎゅっ、と力を強くこめられた。



冬馬「…もう、降矢しか、いない」

降矢「…」

冬馬「…お願い、せめて…」

降矢「…っ!」



降矢は手を振り払った。




冬馬「あ…」

降矢「…ちっ」






今回ばかりは何も言えなかった。

なんともやりきれない気分だ。

勝ち目の無い勝負に挑むってのは初めてだった。








降矢「…」









マウンド上の大和が何倍も大きく見えた。

これが、『こうしえん』か。

口にすると、わずか五文字の癖に。





―――それはあまりにも大きすぎる、壁だった。











ズバァッ!!

一球目、まるで生き物のように曲がるスライダー。


「ストライクワンッ!!」






































降矢「…くそぉ」


































ドバァッ!!!

二球目、見えないストレート。















































降矢「…くそぉっ!」




















































そして、三球目…大和が振りかぶった。






































































降矢「ちくしょおオオオ――――――!!!!!!!!!!」


















































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