058絶望的な実力差

























午前9:30。

皆が、天を見上げた。

相手側のベンチ、見ただけでわかる。

…その、実力差が。

全員が、息をのむ。

それでも、負けるために来たのではない。

勝つためにきたのだ、だから降矢は、誰よりも胸を張った。




降矢「キャプテン、いけますかね?」




吉田は、足首をテーピングでがちがちに固め、痛み止めを打ってまでの出場。


吉田「はっはっは!俺はキャプテンだぞ!」


ただ、医者には痛みを感じたらプレイを中断することもありえる、とは言われた。

その中断を判断するのは三澤だ、彼女なら一番吉田のことがわかるはずだ。




…降矢は将星の選手九人を見渡した。

改めてみると、悪くない。




降矢「素人だらけでここまで来たんだ、上出来だろ」





片や、創設三ヶ月で奇跡といっていいほどの試合でここまで来た将星。

片や、甲子園の常連でここまで圧倒的な試合で勝ち進んできた桐生院。



両者、ホームベースをはさんで整列する。




「礼!!」

『お願いします!!!!』












準々決勝、桐生院-将星、プレイボール!

















将星側のベンチの上には、赤城と尾崎、そして森田がいた。

もちろん観戦に来たのだ。



赤城「さぁ、ついに始まってもうたな」

尾崎「将星が勝てるとは思えませんけどねー」

森田「ああ。正直、桐生院はレベルが違うからな…」






ずらりと並ぶ黒と黄色のユニフォーム。

そこには戦士と呼ぶのが相応しい選手達が並んでいる。

風格がすでに漂わせた、聖地の風を感じてきた来た男たちの称号。

ギラギラとした目つきは勝利しか捉えていない。







尾崎「桐生院高校かー。…半端無ぇーなぁ」

赤城「もちろんは先発は、この前の望月やのうて…」

森田「…エース、大和辰巳、か」






先攻は桐生院、後攻が将星。

それは、偶然の偶然かあの練習試合と同じだった。






森田「…あれ?先発は御神楽じゃねーのか?」

赤城「当たり前やろ、この前の試合で何球投げたと思うてんねん」

尾崎「肩も重いでしょーに。もともと素人らしいし、今日は休み、みたいな?」











先発は冬馬、マウンド上で足元の砂を軽くならす。





あの時もそうだった、そしていきなり一点を取られたんだっけ。

記憶が鮮明に蘇る、それでも今日の相手はそれとは比べ物にならないくらいの強敵。









『一番、ショート、灰谷君』


打者の姿があの時の弓生とかぶる。


吉田「おう!冬馬!リラックスしていけ!!」

大場「冬馬君!頑張るですとー!!」





声援を背中に受け、キャッチャーのサインを確認する。




ただ、冬馬はあの時よりも一回りも二回りも大きくなっていた。

たった四つの試合だったが、それでも冬馬には一つ一つが大きな経験となっていた。

負けることの悔しさを覚え、勝つ喜びを覚え、ファントムという武器を習得し、皆で大逆転勝利した。



そんな試合の数々が、冬馬のハートを、成長させている。






冬馬「行きます」




スライダー。

あの時と同じ球、だが、今は…『ファントム』の名を冠している!

懇親の力をこめて、クロスファイアからリリースした。







冬馬「ファントム、スライダー!!!」






ボールは、すさまじい回転で曲がるっ!!!



ヒュザッ!!



灰谷「っ!?」


バシィッ!!!!







「ストライク!!!!」






審判の右手が高々と上がった。


『わあああああっ!!!!』






スタンドの将星応援団から黄色い大声があがる。

圧倒的に女子の比率が多い将星応援団は明らかに他の高校とは応援の質が違う。

それでも気持ちは同じだ、選手を後ろ盾したい気持ちは一緒なのだ!

そして男子校である桐生院も負けじと、大声をはりあげる。



今、この瞬間にこのグラウンドの思いは重なっている。

野球という、思いに。













灰谷(…へぇ、いいスライダー持ってんじゃん。ちょっと前の巨人にいた、斉藤選手みたいだな。もっともこの投手は左投げだけど…ただ)


打者はグリップを握り締めた。
















灰谷(―――この桐生院に通じる球じゃない)













第二球目も、ファントムスライダー!!!




灰谷「二球連続…ね。なめられたもんだっ!」



カキィーン!!




冬馬「!?」

相川「なにっ!?」






金属音が高く響く、真芯だ。

打球はあっという間にセンターの頭上を越し、フェンスに激突する!


ドカーッ!!




県「くっ!」


センター、県捕球してすばやく中継体勢に入るが…!


県「は、速いっ!!」



灰谷はあの時の弓生よりも足が早い!

あっというまにセカンドベースをけり、三塁へ滑り込む、もちろん楽々セーフだ。






吉田「…」

灰谷「惜しいな。変化自体は素晴らしいが、いかんせん球速が遅すぎる、簡単にミートできる。それに球が軽すぎるな、アイデアとしてはいいが、デメリットも多い」

吉田「な、なんだと…!」






吉田は桐生院の恐ろしさを肌で感じ取った。

あれだけ他校の打者がうちあぐねたファントムを、わずか二球で弱点まで完全に見切られた。

いくら前の試合までのデータがあるとはいえ、あの球は打席に立って初めてその恐ろしさを実感する球のはずだ。


それが、二球で…。












ガキィーーーンッ!!!



吉田「っ!?」



吉田のショックが静まりきらないうちに、打球はレフトスタンドへ消えた。

左打者に、消えるファントムを完璧に捉えられてフルスイングされてのホームラン。







冬馬(…これが、全国のレベル…!)





一回表、桐2-0将。







相川(…駄目だ…実力が違いすぎる)









『三番、ピッチャー、大和君』




相川は微動だにできなかった。

レベルが、実力が、違いすぎる。

これが本当の桐生院…。

背中に悪寒が走り、足が震えた。



相川「…」


大和「おいおい、顔色が悪いよ?しっかりしなよ、ここまで勝ちあがってきたんだろ君達は。僕をがっかりさせないでよ」



相川は呆然とした、側に立つだけで体が震えた。

これが、全国でも注目されている桐生院のエース大和。

流れる汗が止まらない、これが大和辰巳という男なのか。

住む世界が、違う。




相川(…畜生!でも、でもよ!ここにいる以上、俺はやるしかないんだ!)

冬馬「行きます!!」



それは冬馬も同じだった、もうちょっとやそっとの事じゃへこたれない!

皆頑張ってるんだ、俺も、俺もやらなきゃ!!


ファントムスライダー!!





大和「…ひゅっ」




信じられないくらいシャープでコンパクトなスイング。

まるで空気を切り裂いてるかのような、風切音が相川には確かに聞こえたのだ。




カキィーンッ!!


打球は速いバウンドでサードの横!!


吉田「ぬあああっ!!」


バシィッ!!


大和「へぇ」

相川「!!」

冬馬「キャプテン!!」


吉田、飛び込んでのダイビングキャッチ!!

そのままファーストへノーステップ送球!!



相川(うまい!!これはアウト…!!)


原田「!!」

大場「な、なんですと!!」


すでに大和は一塁ベースを踏んでいた。






吉田「――――速すぎる―――」









その後も点数を重ねられていく。

まるで打撃投手のように打たれていく冬馬。


涙を流し、しゃべれなくなっても冬馬は投げ続けた。

それでも桐生院が容赦することは無い。




そしてまた、ファントムをいとも簡単にスタンドに放り込まれる。





―――圧倒的な、いや、絶望的な実力差。












一回表、無死、桐6-0将。


















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