055桐生院の力































ガキィーン!!!






赤城「あかーん。いったなーこりゃ」

相川「まー予想通りだけどな」







バッターは拳を突き上げて、ホームを一周する。

これで、二点目が『桐生院』に入った。




赤城「三回で二点か、こりゃあ大量点差もありえるで」





太陽の光が西に傾きかけたグラウンドの三塁側スタンドの上。

ベンチに座った赤城はさらさら、とボールペンを走らせる。



相川「思ったより、青竜の先発がもろいな。さっきからコントロールが定まらない」







冷静に試合を分析し出した二人からちょっと離れて、四人。


能登「…真剣」

森田「なんか邪魔しちゃ悪そうだから、俺らはこっちにいといたほうがいいな」

尾崎「そうだね、超真剣に見てるもんねー話しかけられない?みたいな」

原田「それにしても…中々望月君やるッスね」





初回、いきなり三者連続三振を奪った望月は、強打者五番滝本もファーストフライに打ち取る。

そして、四回に再び滝本との勝負の打席が回ってきた。










滝本「望月とか言ったな…同じ一年生だそうだが、中々やるな」

望月「お前なんて眼中にはない…!」

滝本「なんだと!?」



望月「俺には猪狩しか見えないぜ!!」




望月の右手がうなる!



ビシィッ!!




滝本「速い!!」




ズバンッ!!!

135kmは軽く越えているだろうストレートがミットに収まる!


「ストラーイク!ワンッ!!」




滝本(…野郎…コイツ、本当に一年生かよ…うちのエース塚口先輩よりも速い!)


その後もスライダーとシュートで簡単に追い込まれてしまう。


そして…勝負球!!



望月「づああっ!!」



投球コースは真ん中高め!!



滝本「コースが甘い!もらった!!」




―――ガクンッ!!




滝本「な、なに!?」



しかし、ボールはそこから急に落下しキャッチャーミットに収まった!

望月の決め球フォークだ!!


バシィッ!!



「ストライク!バッターアウト!!」


『わあああああ!!!!』






滝本「フォークだと!?…なんてキレだ…!」




望月「猪狩とやるまではこんな所でうだうだやってられねぇぜ!!」















赤城「望月君、えらい飛ばしてるようやなー、さっきからミットのいい音がバンバン鳴りおるわ」

相川「これじゃご自慢の桐生院の守備も見る機会が減るってもんだが」

森田「あの気合の入れよう…やっぱり猪狩を意識してるんだろうな」







???「…ふん、まさか本気にするとはね」






不意に上のほうからキザな声が聞こえてきた。

青いユニフォームに茶髪、そして偉そうな態度。


赤城&相川&森田「い、猪狩!!!」


猪狩「へぇ…結構僕って有名なんだね。僕は君達のことなんて見たこともないけど」






赤城(やな奴やなー…)

相川(性格悪いとは聞いていたけどな)

森田「なんのようだっ!!」


猪狩「なんのようだ、って…あれだけ言うから『わざわざ』望月君を見に来てあげたんじゃないか。それにしてもまだノーヒット…頑張ってるみたいだね」


赤城「へっ、一年坊のくせにえらい態度やな」



猪狩「当然じゃないか、僕は猪狩守だよ。この僕が誰に対して遠慮しろって言うんだい?…それに僕なら、こんな雑魚達は全員バットにすらかすらせずに勝てるね」



赤城「な、なんやと!?」

相川「ハッタリに決まってるだろ、まともに相手するだけ無駄だ」




この手の奴は降矢や御神楽で十分慣れている。




猪狩「ふーん、誰だか知らないけど『この僕』に対して随分な口の聞きようだね、見たところたいした選手じゃなさそうだけど」



相川「ああ、たいした事ねーから、とっとと帰りな」


森田(…こういう奴に無駄に慣れてるなコイツ)




猪狩「ふぅ、程度の低い人はこれだから困るよ…まぁ、いいさ。どうせ望月君がどれだけ頑張ろうと無駄だけど」



相川「どうしてだ?」


猪狩「この猪狩守に敵う選手…同年代ではまだ僕は見たこと無いからね」




何とも言えないセリフを残して猪狩は消えた。






赤城「なんやあれはーー!!しばきたおしたるど!!」

尾崎「まーまー、赤城さん、落ち着いて落ち着いて」

森田「なんて腹の立つヤローだ、猪狩」

相川「ま、あいつはうちの二人と違って本当に実力があるからこその自信なんだろうな」


























バシィッ!!




「ストライクバッターアウト!!」


望月、これで本日16個目の奪三振!!


望月(見たか猪狩!これが俺の実力だ!!)










結局試合は8-0で桐生院が圧倒的な差を見せ付けた。

望月は計21個の三振を奪い、二安打こそ許したものの九回完封の見事なピッチングだった。






大和「流石だね、望月君。これは僕もうかうかしてられないよ」

望月「は、はい!ありがとうございます!」

妻夫木「よー、一年。俺は力のある奴は認める主義なんでね、まー頑張れや」

望月「はいっ!!」

布袋「ナイス望月!」

弓生「なかなかのピッチングだと思ったほうがいい」

望月「おうっ!!」



堂島(…おのれ、望月め…)


















赤城「試合終了五時四十五分…っと、なんや、えらい早い試合やったな」


相川「桐生院は残塁の少ない無駄の無い攻めだったし、対する望月は奪三振ショーだからな」


森田「滝本でも手も足も出ない、か。あれで一年と思うと嫌気がさすな」

尾崎「…俺と同じ学年なんだよねー。超ブルー…」


原田「次はあれと試合ッスか…」

能登「…強敵どころか…」


相川「…ふー。なんとかするしかねーだろ」








相川「随分、頭が痛いぜ…」

















その頃、降矢たちは。


降矢「…」

目を覚ますと、白い天井が見えた。

降矢「…む、寝てたのか…」


あの後、吉田、大場とともに病院に運ばれ、安静にしていたほうがいいとベッドの上にいたのだが。

…いつのまにか寝ていたらしい。


降矢「…」


今考えれば、何て俺らしくないことをしてしまったんだろう、と思った。

無茶して体を壊すとは、愚の骨頂ではないか。

ただ異常は無かったと思うが、いかんせん寝起きなので記憶があいまいだ。

とりあえず、体を起こしてみる。



降矢「…?」


しかし、妙にさっきから重たいのだ、この腹部に感じる重みは一体…。


降矢「…何してんだちんちくりん」

冬馬「くー」



ちんちくりん…冬馬が降矢のお腹を枕にしてベッドにもたれながら寝ていた。

…どうでもいいけど、本当に男かどうか聞きたくなる寝顔である。



冬馬「んーむにゃむにゃ」

降矢「…まぁ、あの試合の後だから疲れて当然か…寝てた俺も人の事は言えねー」


窓の外を見るともう暗くなっていた、壁の時計は七時を示している。



降矢「そうだ…キャプテンはどうなった?」


とりあえずもう一度起き上がる。


冬馬「んきゃっ!?」


もちろん勢いで冬馬は吹き飛ぶ。



降矢「おら、行くぞ。キャプテンはどうなった?」

冬馬「へ?へ?何?何?ここはどこ?」


ねぼけた冬馬をひっぱって歩き出した。
















吉田は検査を終え、診察室で医者の判断待ちだった。



医者「…」

吉田「どうですか?」

医者「正直、少し厳しいですね…しばらくは松葉杖でしょうか」

吉田「…っ!……そうですか……」

医者「何か問題でもありますか?」

吉田「…あの、一週間後に、もう一度、試合があるんです」

医者「ふむ」

吉田「どうしてもやりたいんです!せっかく今チームが一番まとまっている時なんです!」

医者「…激しいスポーツは少し遠慮して欲しいのだが…」

吉田「…」



しばらく二人の間に静寂が広がる。

先に口を開いたのは吉田だ。


吉田「…お願いします。痛み止めでも何でも、出してくれませんか!?」

医者「…私としては、あまりやりたくはないのだが…」


吉田はガン、と頭を地面につけた。

いわゆる、土下座、だった。


吉田「お願いします」

医者「お、おい。君」


医者は土下座を辞めさせようとしたが、吉田は頑として頭を上げようとしなかった。


医者「ふむ…」

吉田「お願いします」

医者「私は熱い少年に弱いのだが…」

吉田「俺は主将です。それに、俺たちは九人ギリギリでやってるんです!一人かけても駄目なんです!!」

医者「…家族の人と話せるかな?」

吉田「お袋は反対するに決まってます!…お袋は人一倍、人のことを心配する人ですから…」

医者「そうか…。吉田君、すぐに判断というわけにはいかん。次の試合まではまだ一週間あるんだろう?私にも考える時間をくれないか?私も一端の医者なのだ、すぐに判断することはできない」

吉田「はい…」

医者「ただ前向きには考えておくよ、君の目を見ていると中々首を横には振れそうには無いからね」



吉田「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!」

医者「お、おいおい。ここは一応、病院だから静かにしくてれたまえ」

吉田「はい!!」



吉田は意気揚々とドアを開け放って出て行った。



医者「…ふふ、思い出すな。若い頃を」


カタリ、と傾けた写真立てには、プロチーム、頑張パワフルズの選手が二人並んでいた。








バタン!


ドアの外はすでに人も少なくなった静かな廊下が広がっている。

非常を示す緑色の電灯は少し気味が悪いが、今の吉田には関係ない。



大場「おお!吉田どん!どうとでした!?」



ドアの外には座り込んでいる大場が吉田を待っていた。



吉田「今は判断できないけど、前向きには考えてくれるそうだ!!!!」


大場「やったとですーー!!」

吉田「いぇーーい!!!」


パシーンッ!!


大きく両手を合わせると景気のいい音がした!!

ただ、周りの人からはいぶかしげな目で見られたが…。


看護婦「病院内では静かにしてください!!」

二人『すいませーんっ!!』



その時、廊下の端から緑色のリボンと、栗色の髪が見えた。


三澤「あっ、傑ちゃん!」

吉田「あ…」

三澤「どうだった!?足?!」

吉田「あ、ああ…その。何とかなるそうだ」

三澤「本当!?良かった!!」

吉田「あ…ああ。そ、それじゃ俺、帰るから…」



ぴょこぴょこ、と吉田は片足でジャンプして去っていった。

少し、こっけいだったが誰も笑わない、それどころか三澤は悲しそうな目でそれを見送った。

明らかに今の吉田の三澤に対する態度は、おかしかった。


三澤「…どうしたんだろ。私、傑ちゃんに何かしたのかな…?」

大場「うーん。別にさっきまでは普通だったんとですが…」

三澤「傑ちゃん…」



その時、廊下の向こうから低音と高温のボイスの重なったナイスなハーモニーが聞こえてきた。



降矢&冬馬『おーい、どうでしたー』



大場「おおっ!降矢どんと冬馬君!」

三澤「あはは、すごい声の差だね。大丈夫、降矢君?」



降矢「俺はもう大丈夫だ」


降矢は二三度、足を上げて見せた。


冬馬「えへへ良かったねー降矢」

三澤「うふふ、仲いいのね」

降矢「なんでやねん」

冬馬「ううっ…そんなにはっきり否定しなくても…」

降矢「何か言ったか?」

冬馬「う、ううん!何でもない」


降矢「っていうかキャプテンはどうした?」

大場「吉田どんなら、もう帰ったとですよ」

降矢「え?じゃーキャプテンの足はどうなったんだ?」

大場「なんとかなるらしいとですよ!」

降矢「…あ、そ。…やれやれ」

冬馬「ほー…良かったぁ…」


と降矢がきびすを返した。


降矢「それなら、俺はもう帰るぞ」

冬馬「あ、待ってよ!降矢…!」

降矢「それじゃ」

冬馬「待ってってばーー!!」































御神楽「…何だ三澤さんに対してのあの態度は」

吉田「見てたのか?」


病院のロビーで、御神楽が待ち受けていた。

いきなり胸ぐらを掴まれる。


御神楽「僕は三澤さんを悲しませる奴は許さない!」

吉田「…俺とあいつは関係ないだろ!」

御神楽「馬鹿な!三澤さんはお前のことを…」

吉田「放せよっ!」


バッ!

掴まれた手を振り払った。


吉田「俺だって、色々あんだよ…」


松葉杖片手に吉田は病院の外へ、闇へ消えていった。



御神楽「…どうなってるというのだ」















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