054望月君の戦い
激闘の将星戦の後、十分間のグラウンド整備の後、桐生院高校-青竜高校戦が行われる。
青竜は公立高校だが、強いチーム打撃な力を見せ毎回ベスト8には入ってくる強豪高校。
対する桐生院は言うまでも無く、圧倒的な力を持つ甲子園の常連校。
しかし野球は先ほどの将星戦のように何が起こるかわからない。
三塁側スタンドでは能登と県がその試合を見るために残っていた。
能登「…桐生院は、雰囲気が違う」
県「そうですよね、でも青竜も決して弱くは無いんですけど」
能登「守備練習始まったけど、見てれば、わかる…」
県「もし、桐生院が勝ったら、次は戦うんですよね…」
そう、次は四回戦、準々決勝なのだ。
県「でも、良く考えると僕たちもうベスト8なんですよね!」
能登「よすぎるくらい…」
県「嬉しいけど…」
県は不意に目を伏せた。
県「降矢さんと吉田先輩、大場先輩は大丈夫でしょうか…」
降矢は先ほどの最後のキャッチの時の全力疾走で両足が痙攣してまともには動かない、吉田はひきずってプレイしたものの足首の腫れがひどい。
大場も最後のプレイでジャンプした時に、頭から落ちていたので念のため検査を行ってた。
いつものスコアラー三澤先輩も偵察隊の一員冬馬も、つきそいで今はいない。
…と、後ろの方から相川が歩いてきた。
相川「おい、試合は始まったか?」
県「あっ、相川先輩!試合はまだですけど、皆さん…どうなりました?」
相川「…吉田は今精密検査するために病院だ、降矢は安静にしてる。大場はとりあえずはなんとも無いらしい」
能登「…このままじゃ、試合ができるかどうかも怪しい」
相川「確かにな、みんな力を振り絞ったって感じだからな。御神楽も肩が重いらしい、お前らは大丈夫か?」
県「僕は元気がとりえですから!」
能登「とりあえずは、無事です…」
相川「…ふむ、次の試合まで一週間あるとはいえ、吉田の怪我がひどい場合は…」
バシィッ!!
相川は後ろから肩を叩かれた。
相川「うおっ!?」
森田「なに勝ったってのに、しけた面してんだ相川」
見上げると肩が見えた、さらに見上げると森田の顔が見えた、相変わらずでかい男だ。
いたのは長身スカイタワーの森田だった。
相川「…ま、故障者続出でな、まああんな無茶な試合してれば…」
森田「ま、そうは言うけどナイスゲームだったぜ。あれなら俺たちが負けたのも、うなずけるってもんだ!」
相川「えらく嬉しそうだな」
森田「当たり前だろ?俺らに勝った将星が簡単に負けてたまるかってんだ」
相川「…あのな」
森田「それより、知ってるか?桐生院の望月が『あの』猪狩と知り合いだってこと」
相川「それは初耳だな…。猪狩が来てたらしいのは知ってるが」
森田「それで何かもめててだな、この試合は望月が投げるらしいぜ」
相川「はぁ?まさか…相手は格下といえど去年ベスト4の青竜だぞ。そしてあの笠原監督の事だ、念には念を入れてエース大和が出てくるに決まってるだろ」
森田「…そう言われると、どうしようもないが…」
相川「…で、お前はなんで隠れてるんだ赤城」
ゴソゴソ。
何故かベンチの下から先ほど激闘を演じた相手のキャッチャーが現れた。
赤城「なんや、わかったてたんかいな」
相川「そりゃあ…ベンチの下に隠れる意味がわからないけどな」
赤城「さっきはチームメイトの手前、かっこよく去るためにナイスなセリフを言ってもうたんや。それで今更やから…ちょっとあれやろ」
相川「…ちょっと、なんやねん」
赤城「まぁ、なんでもええやろ。とにかく今は桐生院の試合を見ようや、お互い学ぶ事もあるはずや」
それはそうだ、と相川も森田もうなずいた。
そして、桐生院ロッカールーム。
笠原「何?先発志願だと?」
望月「はい、やらせてください!」
堂島「そんなわがままがまかりとおると思っているのか!?」
布袋「俺からも頼みます!今回だけはやらせてやってください」
堂島「…身分をわきまえろ一年生が!!」
大和「まぁまぁ、堂島君。抑えなよ」
堂島「大和先輩?」
大和「一体、何が君をそこまでさせるんだい?」
望月「…絶対に負けられない奴との約束を守るんです!!」
笠原「…」
ドガンッ!!!
堂島は壁を思い切り叩いた。
堂島「望月貴様!!そんな理由がまかりとおるとでも思っているのか!!ここは桐生院だぞ!?貴様のような奴一人で規律が乱れるわけにはいかんのだ!!のう、妻夫木!」
妻夫木「…監督、桐生院は徹底した規律と理論で、勝利と栄光を手にするための野球をやりに来る場所です。僕も堂島もそれまでそれに耐えてきました」
笠原「…うむ、そのために私が指揮を取っているからな」
大和「…ま、そうだけどね」
弓生「確かに、それは言える。なら、条件をつければどうでしょうか、と思ったほうがいい」
笠原「ほう、条件か」
堂島「そんなもの許されるはずがあるまい!!もう話は終わりだ!!とっとと去れ一年生!!」
大和「待ちなよ、堂島君。君はちょっと固すぎる、型にとらわれすぎだね」
堂島「私は勝つために桐生院に来たのです、それなのにこんなわがままを許していては勝てるはずがありません!」
大和「まぁ、決め付けるのはよくないよ」
堂島「しかし…」
大和「話ぐらいは聞いてあげる、僕も甲子園に行くまではあまり無理をしたくないしね」
妻夫木「先輩がそういわれるなら。言ってみろ望月」
望月「はい!もし、この試合で俺が失点を許せば…俺は野球部を辞めます!」
堂島「!」
妻夫木「…」
大和「へぇ、いい度胸だね。でも君が辞めるだけではちょっと浅いかな、だって君のわがままのためだけに何十人ものうちの部員の夢が絶たれるからね」
笠原「…」
望月「お願いします!なんでもしますから!ここで、ここで投げなければ一生後悔します!!」
堂島「くどいな、判断は監督がなされる!黙れ!」
笠原「ふむ…いいだろう、望月、投げてみろ」
堂島「なっ!!?」
望月「ほ、本当ですか!?」
笠原「大和を使いすぎるわけにもいかんし…お前のピッチングは十分通用するだろう、行ってこい。責任はワシが持つ」
望月「ありがとうございます!!」
堂島「監督!正気ですか!?それでは…それでは今の二年生達にもチャンスを与えてやっても…」
笠原「確かに、二年生でも藤堂、仁村、望月より良いピッチングをする党首はいるだろう」
堂島「なら…!」
笠原「確かにな、だがワシとしても最良の策を選んだだけだ。望月が本当の実践でどれだけやるのか、実力も見てみたいしな…今回はこの前のような慢心は無しで、だ」
妻夫木「…ま、監督がそうおっしゃられるなら、俺はかまいません」
笠原「望月、軽く肩を作っていろ、この前の練習試合の二の舞になるなよ。大和、今日はベンチだ、いいな」
大和「はい。望月君、頑張れよ」
望月「はいっ!」
布袋「よし!行こうぜ望月!」
弓生「良かったな、と思ったほうがいい」
そして、二年生二人が残された。
ゴガンッ!!
再び壁を叩く。
堂島「おのれぇ…一年生めが、調子にのりおってぇ…!」
妻夫木「ま、実力があるからなんともいえないけどね」
堂島「お主は悔しくないのかっ!?」
妻夫木「ま、俺は投手じゃないしね。長いものには巻かれろ、ってな。俺もそろそろ上がるよ」
…。
堂島「…ぐぅっ…あのような戯言がまかりとおるとは…やはりこの桐生院は私の手で変えなければならないようだ…!」
『九番、投手、望月君!』
桐生院側のアルプススタンドからどよめきが起こる。
「おい、相手は青竜だぞ?!大和じゃねーのか?」
「いや、笠原監督の事だ。きっと大和は温存だろ」
「でも望月って一年じゃないの?大丈夫なのかしら」
「いや、そこは桐生院打線がカバーするだろ?」
さまざまな会話が交わされるが、内容はこのことばかりだ。
赤城「おおっ、大和君やないんかい?」
相川「…本当に出てきやがった」
能登「…」
原田「望月君ッス!!」
森田「なっ?俺の言ったとおりだろ?」
そして、審判の右手が上がる!!
「プレイボール!!」
相川「さて、と」
赤城「お、わいもわいも」
二人とも自分のスポーツバッグからスコアブックを出す。
森田「何てマメな…」
相川「当然だろう、いつもなら三澤に任せるんだがな…今日はしょうがない」
原田「うわぁー…びっしりッス」
赤城「ところで、相川君。今日の試合どう見る?」
相川「そうだな…本来なら大和が出てきて完封勝ちか、と読んでたが…望月がでてくるとなるとどうだろう。4-1で桐生院かな」
赤城「望月君は一失点か。せやかて、そう上手くいくかいな?」
赤城は自分のデータの中の、一人の選手の所をボールペンでコンコンとノックした。
相川「…滝本遼太郎か」
赤城「せや、一年やけど、青竜の滝本言うたらこの地区では有名な話やで」
森田「さすがに俺もチェックはいれてるな。だが、今年の青竜はある意味、一年滝本の打撃力を頼ったワンマンチームになりつつあるな」
一回戦からここまで全ての試合を大差で勝利して入るものの失点も多い。
打撃中心のチームだといえよう。
相川「滝本もまだ若い。打撃が荒いからな、ツボに入ったら打つみたいだが」
赤城「弱点をつかれたら脆い」
二人『弱点は外角低め』
森田「…さすがに二人ともしっかりマークしてるなぁ」
相川「当たり前だろ、何があるかわからん上にうちの奴らは馬鹿ばっかりだからな」
原田「ひどいッス〜」
能登「…でも否定できない」
赤城「…おっ、尾崎。来たな!」
缶ジュースを両手に持ち、こちらに走ってくる。
尾崎「赤城さ〜ん、しっかりポカリ買ってきました。…って将星の人じゃん!?」
原田「アイアンの人ッス!」
相川「そう邪険にするなよ、試合が終わればただの他校生同志だろ」
尾崎「まー、そうだけどー…。いいや、赤城さん、どうぞ」
赤城「うむ、ごくろうやな」
相川(…関西弁と関東弁のくせに仲はいいんだな)
森田「さて、望月が滝本をどう抑えるかだな」