051霧島工業戦24負けられないもんっ!
































吉田「ぐぅっ!!…足が、足が動かないだとっ!?」





吉田はさっきの激突の時に足を痛めていた。

しかしチームの士気を下げまいと今まで必死に耐えてきたが…。

瞬間的な反応に、足が悲鳴を上げた。

ボールは、速いスピードで三塁の、吉田のすぐ横を転がっている!!



吉田「動けよ畜生ーーーっ!!」






吉田は叫ぶが、足は動こうとはしない。

すぐそこにあるボールに手を伸ばすが、すりぬけていく。

一瞬だけグラブをかすって、ボールは吉田がから離れていく。



吉田「…っ!!」






















バシィィィッ!!!!









宮元「!!」

赤城「!?」

冬馬「ああっ!」

相川「御神楽っ!?


ショートの御神楽が、飛び込んで打球を捕球していた!


吉田「御神楽!」

御神楽「ずああっ!」

さきほどまで投手で投げていたせいで肩が悲鳴を上げるが、かまわずに一塁に送球する。



バシィッ!!






「セーフっ!!」


無情にも審判は両手を横に広げる!

わずか一瞬だが、宮元の足が先にホームベースを踏んだのだ。



これで、一死、ランナー一塁。












御神楽「…くっ、間に合わなかったか…!…吉田っ!」



飛び込んだ御神楽は泥だらけのユニフォームをはたくと、うずくまる吉田に気づいた!


冬馬「吉田先輩!大丈夫ですか!?」

相川「…吉田!」




内野全員が吉田の元に集まる。





御神楽「…吉田。見せてみろ」

吉田「な、なんでもないよこれぐらい!大丈夫だって、はっはっは!」


吉田は二三度ジャンプして強がってみせるが、明らかに嫌な汗が額ににじんでいた。

それを見逃す相川ではなかった。


相川「吉田、見せるんだ」

吉田「…」


吉田は目を逸らしたが、少し間を置いてしょうがなく頷いた。

そして、シューズとソックスを脱ぎ、ズボンをたくし上げて患部をさらした。



冬馬「うわ…」

原田「ひどいッス…」



吉田の右足首が、まるで石ころが入っているかのように赤く膨らんでいた。



大場「とんでもない腫れとです!」

御神楽「…こんな足でよくプレイするつもりになったな」

吉田「だ、だってよ!!」


御神楽「だって、なんだ?」


吉田「だってよ、俺達は九人しかいないんだ!俺が今更怪我したって、代わりはいないだろ!」







それが現実だった。

…だからといって、これは放っておけるほどの怪我ではない。

相川は下手すれば脱臼、もしかすると骨折か、と思った。

それほど吉田の足首の腫れはひどい。




吉田「ここまで来たんだ、負けられないだろ!」

御神楽「だからと言って、さっきのサードゴロの通りだ。お前はもうほとんど守備ができないほどひどい。このままサードを狙われれば負けるのは目に見えている」

相川「…」









































県「じゃあ!!みんなでカバーしたらいいじゃないですか!」









相川「あ、県!?」

県「はいっ!吉田先輩が動けない分、さっきの御神楽先輩みたいに皆がカバーしあえばいいんですよ!」



御神楽「僕?……ふん、吉田。これは貸しだからな」

吉田「…悪いな」

冬馬「で、でも県君どうしてここに…?」



ガインッ!



冬馬の頭に衝撃が走った。



冬馬「あたっ!!」

降矢「俺もいる。大体、毎回内野だけで集まりやがって、俺は暇なんだよ」

冬馬「殴ることないだろっ!」

降矢「ま、そういうことだキャプテン。望月と戦ったときのアドバイス分の貸しはしっかりと返させてもらう」

原田「そうッスよ!キャプテン!俺も頑張るッス!」

御神楽「まぁ、この帝王たる僕にカバーできぬわけがあるまい」

大場「吉田どん、いつだっておいどんは吉田どんの味方とです!」

能登「…助ける」

県「はいっ!キャプテンが頑張ってるから…僕達も!」

冬馬「うん、キャプテン!…任せてよ!キャプテンのところへは飛ばさないからさ!」







相川「だ、そうだ。まあ…お前の言う通り、代わりがいるわけでもないしな」



相川は吉田の胸を叩いた。


相川「ここまで来たら、足が砕けてもやれよ!」

吉田「…ああっ!!みんな、絶対に負けないぞっ!!」











全員『おおおーーーっ!!!!』










一死、ランナー一塁!



『一番、サード、平井君』



ザッ、と平井が右打席に立つ、これも対冬馬対処法だ。


相川(…赤城め、徹底的に冬馬のメンタルをついてくる気だな…)


そう、平井は本来左打者、しかしそこをあえて右で打ってきたのだ。


冬馬「いくぞっ!!」


平井、かぶさるようにバッティングフォームを取る…冬馬、サイドスローから第一球!!

ファントムが、平井に向かうっ!!


ヒュザッッ!!!



ドボォッ!!


平井「ぐうっ!!」


平井の腕にファントムが命中する…しかし、判定は…。


「ストライク!!」







赤城(!?…なんやて!?確かに、さっき冬馬君は一度崩れかけたはずや!)

相川(不幸中の幸いか…吉田の怪我が冬馬の恐怖心を上回る何かを生み出したみたいだな)





両捕手の明暗は別れた。

冬馬の目はチームのため、キャプテンのため、という結束から出た強い責任感がうまれていた!



冬馬(こんな所で落ち込んでる場合じゃないっ!吉田キャプテンののためにも!)


二球目もファントム!!







ビヒュッ…ズボォッ!!


平井「ぐうっ…!!」

「ストライク、ツー!!」


ボールは正確にストライクゾーンを通り、平井に激突する。





赤城(あかんっ!まずい、冬馬君が我を取り戻してもうた…!くっ!なんか…なんかアイデアは)



必死に一休さんポーズを取る赤城。



赤城「―――!!」

赤城の頭にとっさにアイデアが浮かんだ。






赤城「何や!冬馬君!?自分、うちの選手になんてことしてくれんねん!!」





























冬馬「――――えっ!?」










赤城は倒れている平井に駆け寄った。


赤城「平井っ、大丈夫か!?」

平井「赤城さん…大丈夫ですいけます」

赤城「なんちゅーことや…冬馬君!自分のしてることよく考えや!!」










冬馬「……!」







相川はやられた、とばかりに表情を曇らせた。


相川(畜生っ!汚いがうまい!冬馬のメンタルをつくにはぴったりの言葉だ)


相川はすぐさま、マウンド上の冬馬に声をかけた。



相川「冬馬っ!気にするな!お前は俺のミットめがけて投げることを考えればいい!」

冬馬「…は、はい」

相川(まずいな…これでまた冬馬の心に罪悪感が生まれる)



冬馬は明らかに苦い顔をしていた。

そして、第三球目っ!!



冬馬「っ!!」

相川「くっ!!まずいっ!!」



冬馬の投げたファントムはすっぽぬけて、平井の肩に当たる。


ガッ!!

「デッドボール!!」



平井「うあああああっ!!」


わざとらしい位に痛がる平井。

しかしそれを判別できるほど冬馬は冷静ではいられなかった。




相川「まずい、まずいぞ…」


















「フォアボール!!!」


冬馬「!?」

相川(…ぐっ!!)


続く二番日ノ本にはストレートの四球を与えてしまう、ファントムは暴投になり、ストレートはストライクが入らない。

冬馬の左腕は震えていた。



相川(参ったな…最後の最後に、これかよ)




相川は天を仰いで苦笑した。














九回裏、将9‐8霧、一死、満塁。


もちろん、一打サヨナラのピンチだ。

















相川「…冬馬?」

冬馬「…うっ…」


マウンド上の冬馬の目からはぽろぽろと液体が流れては落ちた。

泣いて、いるのだ。




赤城(な、泣くやて?…ホンマに、高校生の投手かいな!?)

相川(…まずいな。冬馬、とことんおいつめれられてるぜ)













そして、将星の皆が目を見開いた。





ライトの降矢がとことこ、とマウンドに歩いて行っているのだ。


降矢「…」






そして、冬馬の頭を殴る。

ゴキッ!!


冬馬「…ふぐっ…!」

降矢「何をやってるんだ、お前は」

冬馬「ふ…降矢…ふるやぁ…」

降矢(ぎょっ!…な、泣いてるじゃねーか!?ありえねー…)


責任と罪悪感と重圧から、冬馬の感情が決壊していた。


冬馬「えっぐ…どうしよう、俺。俺…投げれないよぉ…皆が頑張って勝ってるのに…俺、このままじゃ台無しにしちゃうよ…、ひっく」


降矢「…なんでストライクが入らないんだよ」

冬馬「俺の、ファントム、がっ。相手の人に当たって…すごく、痛そうで…俺、耐えられなくて…」


















降矢「じゃあ、野球なんてやめちまえ」








冬馬「え…?」


降矢「そんな甘いもんじゃねーよ。誰かが傷つかなきゃ、何かは生まれねー」

冬馬「…」

降矢「キャプテンが怪我までしてとった一点をお前はみすみす相手に返そうとしてるんだ。お前の優しさってのは、そういうことだ」

冬馬「お、俺はっ、そんなつもりじゃあっ!」

降矢「そうなってるから、こうなったんじゃねーの?」



降矢は周りを見渡した、ホームベース以外の全ての打席に走者がうまっていた。



降矢「勝ちてーんだろ?」

冬馬「あ、あたり、まえだっ!」

降矢「じゃあ、投げろよ」



降矢は冬馬に落ちていたボールを手渡した。



降矢「相手の野球人生おわらしても、殺しても、それでお前が泣こうが鼻水をたらそうが、投げろよ。投手ってそうじゃねーのか」

冬馬「…」

降矢「投手ってのは孤独なんだよ。俺の昔のダチはそうだった」

冬馬「…降矢…?」


降矢「ただ、お前は味方が多いだけマシだろ」

冬馬「え?…」

降矢「俺のダチは味方も敵で、応援も敵で、毎日ブーイングの中で投げてた。だけど、今のお前は応援団だって、味方だっているじゃねーか」


冬馬「…うん」

降矢「投げろよ。血反吐はいて倒れるまで。後ろには俺らがいるからよ」





冬馬は再び泣き出した。







降矢「お、おいっ」

冬馬「えっ…ふ、ふりゅやぁ…ぐしゅっ」

降矢「くのっ」


ガインッ!


冬馬「痛っ!?…ひどい…俺泣いてるのに…」

降矢「目ぇ覚めただろ、くだらないことよりも今は勝つことを考えな」





そう言い残すと降矢はまたとことこと、だるそうにライトに帰って行った。


降矢も変わらないわけではないのだ、この集団にいて少しづつではあるが仲間意識や、思いやりがうまれてきているのだ。

冬馬はごしごしとユニフォームの袖で顔を拭った。





冬馬「降矢、ありがとう。俺やるよ!!」


相川(…どうやら、元に戻ったか。感情の起伏が激しい野郎だ)







『三番、ライト、山中君』


冬馬は再び、前を向き、敵をにらむ。

そうだ、降矢の言う通りだ、考えるのは後でいい、今はただ投げるんだ!

冬馬は全力をふりしぼって、ファントムを投げる!!





冬馬「うああああっ!!」






相川「来たっ!!」

赤城「ファントムの威力がもどっとる!!」







ボールは、打者の手前でいきなり加速するように曲がる!!


ヒュザァッ!!




空気を切り裂き、相川のミットに向かう!!

しかし、山中はスイングに行く!

無理やり引っ張り、打球を怪我しているサードの吉田へ狙うのだ!!



山中「ぐおっ!!」


ガキィッー!



吉田(俺かっ…!)


打球はふらふらと再びサードの後方へ上がる、いつもの吉田なら簡単に捕球できるが……!








ビキィッ―――!!!




吉田「ぐわああっ!?」


吉田の二歩目は激痛となり、足首を襲う。

鈍い音がした気がした後足が動かなくなる、思わず膝を突いた。



冬馬「吉田先輩――――っ!!!

相川「吉田ぁーーーっ!!捕れ!捕るんだーーー!!」




同点のランナーはすでにホームへ向かっている!!




御神楽「ぐううっ!!!」

能登「…!」



ショートの御神楽、レフトの能登も追うが、打球に届きそうにはない!



相川「吉田ぁーーー!!頼む!捕ってくれーー!」




落ちれば…サヨナラだ!!








吉田「またか!またかよ!?くそぉっ!?今度こそ動けよ畜生―――――――っ!!」











――――――ギュンッ!!










吉田「!!!」




バシィッ!!!





刹那、吉田の目の前の打球と同時に何かがすごいスピードで移動して行く。

移動して行く物体はそのまま地面を回転しながら止まった。





「アウトーーーっ!!!!」



山中「なっ!!」

赤城「なんやと!?」






















相川「…あ、県!!!」


















スピードの正体は県だった。

センターからここまで猛ダッシュしてきたのだ!!恐るべきスピードである!




県「へへっ!!キャプテン…捕りましたよっ…!!」


相川は胸をなでおろした、満塁だったから前進守備シフトだった、だから県が追いつけたのだ。

ランナー慌てて戻り、満塁は変わらないが、これで二死。




残るアウトは…後一つ!!!
















そして、両者は対峙した。

ホームベースの前で二人は向かい合う。



赤城「やっぱり、こういう運命にあるんやろうなぁ」

相川「だな、俺とお前で始まったこの試合。最後も俺とお前、か」


二人は目を閉じた。


赤城「打てばわいらの勝ち」

相川「抑えれば俺達の勝ちだ」



二人『…さぁ、勝負!!』








九回裏、将9‐8霧、二死満塁。







『四番、キャッチャー、赤城君!!』
















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