049霧島工業戦22きっと、打てるから!






















九回表、将8‐8霧、無死、ランナー一塁。



『四番、ファースト、大場君』




まだ、吉田の叫びの余韻が大場の耳には残っていた。

そして三回戦の前のあの練習を思い出す。










大場と吉田はグラウンドに寝転がっていた、それを見下ろす相川。

大場(ひぃ〜…とです…)

相川(とりあえず、休憩だな。まぁ、上手くなってきたじゃないか)

大場(本当とです!?)

相川(まぁな、これで人並みには一塁を守れるだろ)

吉田(おう!良くやったぜ大場!)

大場(へへへ、何だか疲れてるのに気持ちがいいとですね)

相川(少なくともひきこもってゲームするよりは気持ちいいんじゃないか)

大場(うう…痛いとです)

吉田(はっはっは!いいじゃないか!今はこうやって野球してるんだから!)

相川(だな)

吉田(なぁ、大場よぉ、俺は夢があるんだ)

大場(夢…とですか?)

吉田(おう!お前はあるか?)

大場(おいどん…ぬへへ、おいどんは冬馬君と一日デートする事です)

相川(…お前、流石にそれは俺引くぞ)

大場(でなければ、ちっちゃい子とラブラブになることとです!)

相川(…)

吉田(ま、まぁいいじゃねぇか!相川、人それぞれだろ)

相川(…それは、そうだが…)

吉田(俺の夢はな…お前らとどこまでも勝ち続けていきたい!そんで甲子園に行くんだ)

大場(甲子園?)

吉田(おうよ!やっぱやるからにはてっぺんを目指したいだろ、…といっても、それはこの高校に来てからだけどな)

相川(言い出すと、聞かないんだ、こいつは)

大場(甲子園とですか…何だかいい響きとですね)

吉田(だろ!?…俺と一緒に甲子園に来ないか!?)

相川(そんな簡単なものでもないけどな)

大場(吉田どん…わかったとです!この不肖大場、全力で吉田どんの夢を一緒におうとです!)


















大場「吉田どん…」



一塁側、接線で泥だらけになった吉田を見る、もちろん将星ナインの全員がそうだった。

ヘッドスライディングや守備のプレーで汚れたその跡は、ある意味誇りだった。


大場「おいどんも…おいどんも吉田どんの夢を手助けしたいとです」



大場は小さい頃から、その巨躯のせいでいじめられていた。

そんな彼はいつしか、想像の世界に陶酔するようになっていった。

人並みはずれた体格を持つ彼は、誰よりも優しかったのだ。

だからこそ、見掛けで判断され、恐れられる事は心が痛んだ。

そんな彼が出会った『ゲーム』は、誰も自分のことを怖がらない、そして自分のことを好きになってくれる、理想の世界だ。

だが、それは現実と比べてあまりにも違いすぎた、大場は見掛けで判断されないゲームにどんどんのめりこんでいった。

それが変わったのが、野球に出会ったからだった。

最初はゲームの世界からまるで出てきたような冬馬に惹かれて、だったが、今は純粋に野球をすることが楽しかった。

体を動かし、今まで感じることがなかった「皆との一体感」を感じることが嬉しかった。

そして、将星野球部の吉田は優しかったのだ。









大場(おいどん、今までは失敗ばっかとです)






力を買われて四番になったものの、ヒットはわずか。

唯一チームに貢献した、成川高校戦での一本の本塁打もくしゃみという偶然があったからである、それ以外は三振、凡打ばかり。

それでも、吉田は大場を責めることは無かった、皆も…いや降矢以外はそうだった。

将星は基本的に皆初心者なのだ、だから全員野球、失敗してあたりまえ。

大場は心の底から感謝した。

だからこそ、だからこそ大場はチームのみんなに恩を返したかった。




大場(…吉田どん、冬馬どん。おいどんは打つとです!)









相川「大場!」

バッターボックスに向かう所を、相川に止められた。

相川「…おっ」





相川は一瞬躊躇した、顔つきがいつもの大場と違う。

その目は戦闘体勢の降矢のものと似ていた。

何か、底知れぬ威圧感を秘めている。



大場「相川どん、何かあるとですか?」

相川「あ、ああ…お前さ、今までずっと試合やっててなんで打てないか考えたことあるか?」

大場「…」




首を捻るが、答えはでてこない。

やっぱり大場は大場か、と相川は首を振った。



相川「いいか、お前は球を最後まで見てないんだ」

大場「?」

相川「普通は、打者の1メートルくらい手前まで球をみるんだが、お前は半分くらいのところでもうバットを振ることで頭が一杯になってんだよ」

大場「ふむふむとです」

相川「だから、もうちょっと手前までボールを見て当てていけ、お前のパワーなら軽く振っただけでも内野の頭は越すはずだ」

大場「わかったとです」








県「…大場先輩!」

三澤「大場君」

原田「絶対勝ちましょうッス!!」



皆が大場のほうを見ていた、誰かに必要とされたのも大場には嬉しくてたまらなかった。

だからこそ、気合が入る、雰囲気はどんどんその巨躯に似合う「戦士」へと変わっていく。



冬馬「大場先輩」

大場「冬馬君」



それは冬馬を前にしても同じだった、いつものようにふにゃけた顔ではなく、精悍な目つきをしていた。


冬馬「大丈夫!大場先輩なら打てる、きっと、打てるから!」







 
大場「ありがとう、行ってくる」






大場は一言言うと颯爽と戦場に向かっていく。



相川「…なまりが消えた」

冬馬「…初めて聞いたよ」












「プレイ!!」


ランナー吉田を一塁においてバッターは大場!




赤城(…大場君か、今までの打席は全部凡退。まぁ、安全パイなんやけど…)

大場「どうした、早く投げて来い」

赤城(口調までかわっとるし、どうもさっきまでと雰囲気が違うさかいに)




赤城は大場に対して、今まで違う威圧感を感じていた。

そして赤城が出したサインは、初球外角に外れるカーブ。




赤城(大場君はボール球でも振ってくるさかい、全部ボール球でOKやろ)



大場はもう一度、グリップを握り返した。

そして宮元の第一球!!



ボールは、外角に失速するカーブ!





バシィッ!!



赤城の思惑と違い、大場がバットを振ることは無かった。



大場「…」

赤城(ほぉ、また何か相川君に吹き込まれたな。今まではボールを見ておらんかったのに、今回はしっかりと見てきとる)




大場は相川に言われた事を冷静に実行していた。

今の大場は、大場であり、大場ではないのだ。

彼は自分の世界の中の全知全能の、主人公になりきっていた、だから口調も変わったのだ。

思い込むことは何よりも強い。

「病も気から」という、その逆、今の大場は自分が打てると信じてきっていた。







大場(冬馬君は俺が打てると言った、なら俺は打てるに決まっている)



ある意味、それは降矢である。

彼も自分自身に馬鹿げているほど自信を持っているからこそ、あれだけ結果が出せるのだ。

…もちろん、それをこえて自意識過剰と言えなくも無いが。




バシィッ!!!




「ボールツー!!」


宮元「くっ!」


大場、内角の際どい球も平然と見極めて、ぴくりとも動かない。


赤城(…ほんまにこのチームは初心者の集まりかいな…。確かに試合が始まって、うちが得点を重ねた時は余裕やと思った)





もちろん、あの四回の八点である。


赤城(やけど…やけど。こいつらは決してあきらめへん。普通なら野球で六点差ついたらあきらめもつくもんや。…それが、吉田を筆頭にまとまって、ついにアイアンまで攻略しよった)




それは刈っても刈っても生えてくる、雑草魂。

それはいつしか自分の背と並んでいた。




赤城(桐生院の逆転負けの時も、森田のスカイタワーの時も、そうや)





宮元、第三球は高めにストレート!!





赤城(…こいつらは)



大場、スイングに行く!!




赤城「追い詰められる度に成長して来よるんや!!!!」









カキィーーーンッ!!!





大場「どうだっ!!!」





フルスイングではない、大場は最後までボールを見て軽くミートさせただけだが、それでも十分だった!!






宮元「ぐぅうっ!!」

赤城「あかんっ!!」


打球はセンターに向かって伸びていく!!

ミートヒッティングでこれだ、これが大場のパワーの恐ろしさ!!









ドカーンッ!!!


打球はセンターフェンス直撃の長打!!

これを見た吉田は一塁から一気にホームを狙う!!


そして三塁を回ったときに、将星ベンチから声がかかる!




相川「吉田!!気をつけろ!ボールが帰ってきてるぞ!」


吉田「!」


振り返りはしないが、迅速な中継でショートがバックホームを行っているのはいやでもわかる!



同じシーンが前にもあった…四回表の吉田激走の時だ!!

あの時は吉田の勝利に終わったが…!!




タイミングは、ほぼ同時だ!







相川「吉田ぁーー!!行けーーーー!!!!」

降矢「キャプテーン!!ぶっ殺せぇーー!!」

冬馬「つっこめーーー!!」




吉田「うあああーーー!!」


バシィッ!!

赤城のミットにボールが収まると同時に、吉田がホームへ突っ込む!!


三澤「傑ちゃん…!!」



三澤は両手を合わせて、祈った…!








赤城「させへん!!わいらも負けられへんねや!」







ゴシャアアーーッ!!



吉田は全力疾走のまま赤城に激突!!



勢いあまって、土煙を上げながら空中で一回転した後も地面を転がる!

赤城も勢いで吹っ飛ばされ、地面を横転する!!






そして、グラウンドは静かになった。

誰もが、審判の判定を待っていた。










「アウトーーーー!!!」








『あああ…』


将星側の人々の期待が全てため息に変わる。





















降矢「…何、言ってんだ、セーフだろうが」


全員『ええっ!?』





















ボールは…衝突の時の衝撃で、赤城のミットから、零れ落ちていた。





相川「…ああっ!」

冬馬「…せ、セーフ?」

三澤「傑ちゃん…セーフだよぉっ!!!」








「い、いやセーフだっ!セーフ!!!」


審判の両手が左右に開いた!



『わあああああああああああああ!!!!!』




グラウンドが、将星の生徒全てが歓声に変わる!

中には涙を流している女生徒もいた。








そして転がったままの姿勢から一歩も動かない二人。




吉田「…へ、へへへ。やってやったぜ、赤城よぉ」


赤城「…ほんまたいしたチームやで…将星高校。」


吉田「当たり前だろ?あいつらは…最高のチームメイトだぜ!」












将星ナインも全員手を取り合って、喜んでいた。


緒方先生「やった!やったわーー!!」

原田「ついに逆転ッスーー!!」

御神楽「うむ!よくやったぞ吉田!!」

冬馬「やったーーーー!!」

能登「…勝ち越した」


県「やりました…やりましたね降矢さん!!」

降矢「ああ…!」

三澤「傑ちゃん…ううっ、ぐすぐす…よかったよぉ…」

相川「泣くのはまだ早いだろ、三澤」

三澤「うんっ、うんっ…うぇぇ…」




吉田「…………っしゃぁーーーーーーーー!!!!」











九回表、将9-8霧。


ついに、将星逆転!!!









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