045霧島工業戦18御神楽先輩の意地
七回裏、将7‐8霧。
幼い頃から、御神楽は徹底的に教育を受けていた。
御神楽家は代々政治家や公務員など、国家の為に尽くす職に就くのが当然となっていた。
国家に尽くすためには、相応の能力と精神がいる、それはトップに立つためだ。
御神楽昴は、そんな家で帝王学を学んできた。
バシィッ!!
「ボールツー!」
御神楽「ぐっ…!」
相川(…まずいな、流石に御神楽の球威も落ちてる。これで128球目か?…スタミナも限界だな)
そんな彼が野球をやると言った時はたいして反対はされなかった。
むしろ、今そうして何かに尽くすことは後に必ず自分の身になる、と賛成してくれた。
御神楽は半ば疑問だった、無論反対されると思っていたのだが…それも理由が三澤マネージャーとの勝負に負けたため…流石にそれは言わなかったが。
だが、彼に家族はこう言った。
やるからには全力を尽くし頂点に立て、それこそが帝王たる者だ!
バシィッ!!
「ボール、フォアボール!」
森田「痛いな、一点差に追いついた後のすぐの打者に四球か…」
望月「流石に、あの落ちるアイアンから得点を重ねるのは至難だろうからなー」
布袋「しかしもう御神楽の投球数も多くなってきているだろ、何と言ってもあの四回裏の八点が厳しすぎたな…」
弓生「潰れなかっただけでもすごい、と思った方が良い」
森田「そこなんだろうな」
弓生「なにがだ?と思った方がいい」
森田「俺はあいつと投げ合ったことになるんだが…精神力が並じゃないな」
布袋「確かにそれはあるな、俺達とやったときもそれは俺も感じた」
森田「半端じゃない負けん気というか…常に上を見上げている精神。どんな時でも折れない、飾らない、そして負けない」
望月「…冷静に考えると、投手初めてすぐの奴が100球以上も投げてコントロールが乱れない方がおかしいって」
森田「それほどの精神力が御神楽にあるというわけだ…!」
相川はホームプレートの一歩後ろで、立ちあがって悩んでいた。
相川(…御神楽も限界だな…くそっ!俺が球数を多く投げさせたせいで…)
相川はマウンド上の御神楽を見た。
肩で息をしている、多分足にきているだろう。
ここまであれだけ全力投球をしておいて、立っている方が不思議だ。
…しかし、精神力だけはきれてはいない、目の輝きがそれを物語っている。
御神楽「…ふぅ」
天に向かって大きな息を吐き出し、御神楽は再び投球モーションに入ろうとする。
それを止めたのは相川だった、すぐさま彼はマウンドに駆け寄る。
御神楽「…相川」
相川「…」
相川は言いにくそうにしていた、それはそうだ。
あれだけ自分のせいで点を取られた投手に、どの面さげて「変われ」といえるだろうか。
御神楽「交代か?」
相川「…ああ」
御神楽「だろうな。お前の冷静な判断はまず間違いあるまい、それに自分でもわかっている」
御神楽は重たそうに右肩を二、三度まわした。
御神楽「とうに限界など超えておるわ。だが僕は君の指示を待ちつづけた」
相川「…」
御神楽「相川、自信を持つのだ。君は優れた判断力を持っている、それは僕も認めている」
相川「スマン、御神楽…変わってくれるか?」
相川はその一言を告げた…が御神楽は首を振った。
相川は一瞬呆気にとられたが、御神楽はグラブを口に当て、小声で話し始めた。
御神楽(…ここで冬馬に変わったとしよう)
相川(…ああ)
御神楽(多分…赤城は何か、冬馬のFスライダーに対して対抗策を練っているに違いない)
相川(そうか!)
先日の成川戦でベールをぬいだFスライダーだったが…赤城のことだ、きっと何か仕掛けてくるに違いない。
Fスライダーが完璧な球種ではない…まだ完成しきっていない球種であることは相川が一番知っていた。
相川(冬馬の弱点は、球が軽いことだ。ボールの回転に関わらず、体重そのものが軽いからボールに重さが出ない)
御神楽(うむ、それは僕も予感はあった。赤城はきっとそこをついてくるに違いない)
相川(ああ…冬馬が駄目なら、うちに投手はもういないからな)
御神楽はちらり、と冬馬の方を見た。
御神楽(それに…冬馬はこの前の桐生院戦で出たように精神力が弱い)
相川(一度ファントムを攻略されたら、ずるずると引きずる可能性はある)
御神楽(うむ、だから今のバッターが一番の平井。つまりこの回は確実に赤城まで打席が回る)
相川は、目を見開いてうなずいた。
相川(わかったぜ。何とかお前が赤城と勝負して、冬馬と赤城を対戦させないつもりだな)
御神楽(うむ、赤城だけは何か得体の知れない威圧感を感じるが、それ以外の打者なら何とかファントムでいけるだろう)
相川(…次が二番か…お前は大丈夫なのか?)
そうは言うものの、相川は御神楽の精神力の強さを知っていた。
御神楽(ふふ、僕を誰だと思っているのだ)
相川は、御神楽の精神力にかけた。
相川「…頼んだぜ、帝王!!」
「プレイ!!」
打席は二番日ノ本、相川はもう四回にやられた奇策にはひっかからない!
しかし、マウンド上の御神楽の体は悲鳴をあげていた。
オーバーからの投球は体に一番負担をかける。
腕と肩が、きしきしする。
まるで鉛を乗せられたように、腰が重い。
だが、御神楽はそれを精神力で無理やり突き動かす!
心が体を動かし、限界を超えるのだ!!
御神楽「あああああ!!!!」
ドバァーーーーンッッッッ!!!
「ストライク!!!」
気合十分のストレートが高めに決まった!!
後は、御神楽の意地が何処まで続くである!
もちろん赤城もベンチで考えていた。
赤城(アイアンセカンドが不完全な以上、これから回ってくる降矢君と吉田君は打ってくるかもしれんな)
予感ではなく、確信だった。
なんとかカウントボールスリーまで粘ってから、ストライクにいれてくるアイアンボールを狙う、その芸当を『完全』に成功させる動体視力を持っているのがその二人だった。
だから、一点では少し怖い、やはり確実に勝つには二点リードが欲しい。
赤城(この回、わいに打席が回る。幸いにも一塁に平井が四球で出たから、日ノ本はバントで送らせる)
その赤城の作戦通り、日ノ本は三球目で送りバントを決めてきた。
これで一死、二塁、ワンヒットで追加点のチャンスである。
赤城(もう御神楽君はとっくに限界は超えとる、崩れないのが不思議でたまらんわ。ただ…)
ここで冬馬を出してきたとしても、自分が攻略する自信はあった。
ファントムは欠陥だらけだ、うちのアイアンと同じように。
同じ捕手だからこそ、相川との意見も一致する、ミットで受けて初めて見える弱点も両者は共通していた。
もっとも、アイアンは降矢の方が早く気づいたが。
赤城(きっと御神楽君でここのわいと勝負して、八回から冬馬君やろ。そうなったらちぃっと厳しいのぉ)
ファントムの弱点は感覚なのだ、言ってわかるものではない。
きっと改心の一打を打てるのは赤城だけだ、自惚れではない。
今までの経験がそう告げている。
三番山中は御神楽のスライダーにあえなくサードフライに倒れた。
以前ランナーは二塁のまま。
山中「すまん、赤城…」
赤城「ん、しゃーない。気にしたらあかんで」
山中「気をつけろ、バテたと思って見くびるな。まだ球のノビは衰えてはいない」
赤城「わかっとる」
『四番、キャッチャー、赤城君』
御神楽「さぁ、正念場であるぞ。相川」
相川「ここは絶対に抑えてみせる!!」
そして、赤城が六度目の打席に立つ!
七回裏、将7‐8霧、二死、ランナー二塁。
まず初球、相川のサインは低めストライク!
御神楽はまるで生命を振り絞るようにして投げる!
御神楽「てええええい!!」
赤城「…!」
ピクッ!
ズバーンッ!!
「ストライクワン!!」
赤城は一瞬だけ動いたが、スイングはしなかった。
赤城(…山中の言うとることはホンマみたいやな。球速が落ちてきたと思たら、手前でグッとノビるで…)
ノビの正体は指先だった。
御神楽自身、球の威力が落ちてきているのはわかっていた。
そこで彼が知っている野球の知識を総動員して考え出したのが、”指”だ。
御神楽(アイアンの逆。…球がノビる投手の球は良く回転している。その回転を増すには指先を最大限にボールにひっかけて、良く回転させるのが条件である)
六回辺りからすでにこの方法は使ってきていた、そろそろ指先が痛い。
摩擦で指紋が消え始めてるな、と御神楽は自らの指を見て苦笑した。
第二球もストレート!!
バシィィーーッ!!
「ストライクツー!!」
遊び球なしの三球勝負、赤城はこの時点でそう思った。
冷静に考えるとそれ以外に考えられない、もう御神楽に体力は残されていないのだ。
相川にもボール球から組み立てる余裕はなかった、下手すれば暴投で点が入る。
赤城(つまり、次は絶対にストレートで勝負してくるで…コースはわからへんけどな)
もはや何処に来ても一緒のことだ、来た球を振り切るしかない。
相川も考えは似たようなものだった。
相川(全力ストレートを投げ込んで来い!コースなんて関係ねぇ!こいつに全てをかけろ!!)
御神楽は、落ち着いてうなずき、呼吸を整える。
そしてミットがある方向を目指して…!!
相川「っしゃーーー!!!来いーーーっ!!」
御神楽「はあああーーーーっ!!!」
勝負の一球!!
ギュンッ!
赤城(来た!!…速いでっ!!)
御神楽の全力ストレート!
運が良いのか悪いのか、それはストライクゾーンのど真ん中に来た!!
赤城「悪いけど…打たせてもらうでーーーー!!!」
カッ!!
バットが、ボールをとらえる!!
その瞬間に、御神楽は膝をついた―――!!
カキィィィ――――――ンッ!!!
金属音が空に響き渡った。
赤城「…」
相川「…赤城」
相川「――――――俺達の勝ちだ!」
県「…あっ!!」
ボールは、失速して、センターの定位置に…。
そのまま県のミットに収まった。
パシィッ!
「スリーアウト!!チェンジ!!」
赤城「…やるやないか。あの瞬間、少しボールがホップしよった。その分球が上がってもうたな」
相川「ああ」
赤城「だがな、相川君。まだうちがリードしている状況にはかわりないで!」
相川「そうだな、俺たちはまだ負けている。…だが、絶対に打って勝ってみせる!!」
残りイニングは、八回と九回を残すのみ!!!
八回表、将7‐8霧。