042霧島工業戦15サイクロン対アイアンだよっ






















七回表、将2‐8霧、無死ランナー一塁。














降矢毅。


今更なんだが、彼はこのグラウンド内ではかなり異端な存在だと言える。

見た目だけではなく、雰囲気がそうなのだ。

野球を志すものなら誰にでもある大切なものが彼には無いような気がした。



だが、そんな彼の知名度は意外と高い、こと同じ地区に関しては特に知られている。

それもそうだ、すでに本塁打四本、打率も七割を超える地区でも有数の強打者として認められていた。

さらにそのインパクトのある外見と『サイクロン打法』なる名前を聞かされれば、記憶に残らない方がおかしい。



サイクロン打法、降矢の打法はいつからかそう呼ばれていた。

独特の腰をひねったスイングは一度見たら忘れられない豪快さを持っている。

ただ、降矢自身はこれはまだ完成にはほど遠い、と思った。









グワキィッ!!!!






尾崎が放った一球目、アイアンボールにおもいきりつまらされて、打球はサード側に飛んで行く、それもボテボテのファールだ。

降矢に言わせれば、シャレになんねー重さだ。






降矢(畜生ー…確かにこりゃ鉄球だ)




まだ、手がビリビリとしびれている。

それを見ていた冬馬は困惑していた。



冬馬(アイアンボールの攻略法は、とにかく芯に当てることじゃなかったの?そんな大振りしてたら、当てれないよっ)



冬馬の言う通り、降矢は尾崎の投球に対して、全力のサイクロンだった。

大振りのスイングは、球をとらえるが前には決して飛ばない、降矢のパワーを持ってしても、だ。




降矢(ちっ、流石に遅く見えるから当てることは出来っけど…こんだけフルスイングしてもまだ飛ばねーのか)



降矢は、気づいていた。

このサイクロンには後一つ、何かがたりない。

それを見つけるためにスイングを打席から外れて繰り返す。

だが、それは一向に見つかりそうに無かった。







冬馬は気づいたことがあった。


冬馬(あれ…?おかしいな)


前にも、一度この場面はあった、そのときは赤城の奇策にやられたが。

今、考えるとあれは奇策ではないのだ、後で冬馬は相川に言われた。



相川「あれもデータにのっとってるんだ、お前が塁に出たときに、注意力が散漫になることを赤城はしっかり知っているはずだ」



確かに当たっていた、冬馬は塁に出ただけで安心してしまう癖があるのだ、そこを見事につかれた…。

今も冬馬は降矢のスイングに気を取られていて、今自分が一塁にいることを忘れてしまっていた。

それを思い出した瞬間に冬馬に一つの疑問が浮かんだ。



冬馬(さっきから、この尾崎って投手、牽制を一度もしてない…)



それは冬馬が尾崎に変わってからはじめてランナーに出たから当たり前なのだが、こここまで降矢に与えたファールボール三つ、いずれも牽制をはさまなかった。

赤城なら、それくらいわかっているのに。

ならば、それは何を意味するのか。










冬馬(この尾崎、投手としては素人なんじゃ…)





一塁上という近くから見ているとよくわかる、足の上げ方、ボディーバランス、手の振り、投球後の動作、どれをとっても何かぎこちない。


打席に立っている間はアイアンボールという強大な壁がそれを隠していたが、落ち着いて見ていくと、それがよくわかる。





冬馬(それなら…!)


冬馬は下半身に力をこめた。

そして尾崎の第四球!


冬馬「たぁあーーっ!」

尾崎「!!」


冬馬が全力ダッシュ!盗塁だ!!


赤城(ちぃっ!気づかれたか!冬馬君は投手やから余計に気づかれやすい!)


赤城はすぐに二塁で刺す体勢に入るが…!!


赤城「おわっ!!」



冬馬の盗塁に慌てたのか、尾崎の投球は大暴投!

赤城のミットのさらに向こう側をボールは通過する!

バックネットに当たって、その場を転がった。



吉田「っしゃーー!ワイルドピッチだ!!」

相川「冬馬!三塁を狙え!!


冬馬「はいっ!!」


頭から三塁につっこむ冬馬!

赤城も予期せぬワイルドピッチだったのか、捕球に手間取り返球は帰ってこず、三塁へ無事到達した!!


これで無死、三塁だ!!







冬馬(やっぱり、尾崎君は投手としては素人だよ。あのアイアンボールがあるから抜擢されたんだろうけど、六点リードしてるのに盗塁されたからって暴投してちゃ駄目だよ)



これで難攻不落かに見えたアイアンボールに又一つヒビが入った。

すでに尾崎は肩で息をしている。




赤城(あかんな…尾崎はまだ一年な上に投手初めてニヶ月や、無理もあらへん)




それでもアイアンボールが打たれるという事態は赤城の頭に無かった、それほど赤城はアイアンボールに自信を持っていたのだ。

しかし、降矢はアイアンボールを打つと言うよりも自分のスイングをチェックしていた。


いまだに、見つからないのだ。

スカイタワーの時で十分だと思っていたサイクロンだったが、このアイアンボールには手も足も出ない。

それを純粋にまだサイクロンが未完成だからだ、と降矢は考えている。

それは降矢のプライドだった。

芯に当てて打つことくらい冬馬に出来たんだから、キャプテンや相川先輩、ナルシストの野郎もできるだろう。

しかしそれでは浅い、だからこそこの投手を沈めるには。

このアイアンボールを一撃で沈めるには、スタンドに叩きこむしかない。










ガキシッ!!






「ファール!!」


冬馬「タイム!!」










突然三塁の冬馬がタイムを取った、そのまま降矢に近づいていく。

降矢はちっ、と舌打ちした。




降矢「なんだ、チンチクリン、勝負の邪魔するんじゃねーよ」

冬馬「降矢、違うだろ。自分で言ったじゃないか、アイアンの攻略法は芯に当てて打ち返すことだって」


降矢「それはお前らのため」

冬馬「お、俺たちのため?」

降矢「俺はそんなちんけなことしないで、スタンドに叩きこむから」

冬馬「また出たよ…降矢の大口が」

降矢「んだと、テメェ」

冬馬「でも、駄目だよ!あの球はまともに打ち返せる球なんかじゃないよ!」

降矢「まともならな、俺を誰だと思ってるんだ」

冬馬「ふーん。本当は打ち返せなくて必死に考えてるくせに」



ギクリとした。

ちんちくりんめ、いつのまに降矢の心が読めるようになったのだ。



降矢「違う。フルスイングは…気分転換だ」

冬馬「ふーん、でもそれじゃ前に飛ばないよ」

降矢「あ?」





冬馬「今、降矢は打ち返すためにパワーを増やそうとしてる、そのために腰の回転をもっとためようとしてるんだけど」

降矢「…」

冬馬「やりすぎて上半身が前に突っ込んでるもん。バッティングってのは重心が一致しないといいスイングは出来ないんだよ」

降矢「どういうことだ」

冬馬「腰の回転を増やせば増やすほど、体の線はぶれるから、スイングに安定性が無くなるんだ。それじゃいくらアイアンが見やすくても、芯に当てるのは至難の技だよ」


降矢はじっと冬馬の顔を見つめていた。


冬馬「な、なんだよっ」

降矢「……………まともなことも言えるんだな」

冬馬「言えるよっ!!」

降矢「それならどうすればいいんだ?」

冬馬「うーん…」



しばらく、二人して考え込む。



冬馬「あっ!!」

降矢「む、どうした?」

冬馬「昔こんな話を聞いたことがあるよ、あのホームランバッターの王選手は、昔は全然駄目なスイングだったんだけど、一本足に変えてから『スイングが安定』するようになったって」






降矢「…い、一本足!?」






「これ、君たち。タイムが長いよ」

赤城「ほんまや。早くしてくれてんかー」





降矢は冬馬の片手を握った。



降矢「よし、やってみるぜ」

冬馬「うん!」




プレイ!!



さきほどからボール球は一球も来ていない、すべてストライク勝負だ。

それは赤城と尾崎が確実にアイアンボールは打っても打たれることはないと、確信していることの裏返しだ。



赤城(何を相談してたんか、知らへんけど、このアイアンは打たれへんで!!)


尾崎はまたもや、アイアンを投げる!!!







降矢は落ち着いていた。

ゆっくりと迫るアイアンに対して、自分でも驚くくらいに集中していた。

先ほどの冬馬の言葉、信じてみる価値はある!


右打者である降矢はゆっくりと左足をあげ、そのまま体を回転させる!

前のフォームよりも更にトルネード投法に近づいた!!

あの大リーグの野茂選手の投球時バックスイングの背中を見せる瞬間とポーズが全く一致している!!

さらに冬馬の言う事は本当だった、支える足が一本になったことで、バランスは崩れるかもしれないが、必死で片足一本でそれを耐える!

そして、重心が一致する!!

上げていた左足を地面につけた瞬間に、降矢は確信した!





降矢「打てる!!」





一度一本足になることで、タイミングを送らせたサイクロンは決して上体がぶれることなく、安定してスイングできる!!



ガッ!!!



バットにボールが当たる、芯ではない、バットの先に当たっていた。

それでも感触はある、パワーで勝っている!!





降矢「らァァーーーーーッ!!」










グワキィィィ―――――ッン!!!!!!






赤城「!!」

尾崎「!?」


霧島の選手全員が目を疑った、あのアイアンボールが高く舞い上がり…。

センターへ一直線に向かって飛び、そのままセンター奥のバックスタンドにボールは…。




ダンッ!!!



ぶち当たった!!!






降矢「けっ、話になんねー」


降矢は右手の人差し指を一本、天に向かって立てた。










瞬間、スタンド内が歓声に包まれた!

ほとんどが将星女子応援団の歓喜の声だったが、ベンチのメンバーも枯れるくらいの大声で降矢を祝福していた。



三塁ランナーの冬馬が帰り、降矢がホームベースを踏んだ。

ツーランホームランだ!!



降矢「これで二点返した…」

冬馬「へ、へへへ…」


冬馬は半ば赤い顔ではにかみながら、手を立てて見せた。


降矢「…」


降矢はニヤリと笑みを浮かべた後、目標を補足して思いっきりその手と自分の手の平を叩き合わした。

そして、激痛。


バチーーーーーッン!!





冬馬「ぎゃーーーーー!!」

降矢「俺とハイタッチするなんて十年早ぇ」



七回表、将4‐8霧。


サイクロンがさらに進化し、ついにアイアンボールから完璧な当たりを生んだ!

そして、尾崎の弱点を数々露呈させた、冬馬と降矢!





試合はまだまだ、わからない!!







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