040霧島工業戦13降矢の種明かし























四回裏、将2‐8霧、一死、満塁。


その差、実に六点差、さらに将星は頭脳の相川がやられたことでガタガタだった。

そして、止めを刺すべくして、四番赤城が立つ。




相川「…」



相川はまだ、しゃべれなかった。

思考に身体が追いついてこない。

キャッチングも頭より体が勝手に動いているという感じだった。




赤城「おやおや、もう闘争心も消えてもうたんでっか。まぁ、しゃーないわなぁ、六点差やさかいに、あきらめんのも無理ないで」

相川「…」



赤城の声も、聞こえていなかったのかもしれない。




御神楽「…くっ!」


仕方なしに、御神楽は自分で考えてピッチングする。

しかし、素人のリードが赤城に通用するわけもなく…。

御神楽の一球目!!




赤城「御神楽君!君の配球は単純や!!さっきまでので読ませてもろうた!!」



直前で球が落ちるフォークだが、狙われていた!!








カキィ――ンッ!!



御神楽「くっ!」


落ちどころをうまく叩いて、打球はレフトの上!!!



御神楽(きれろっ!!)


しかし、間一髪切れてファールボール!









御神楽「…ふぅ」

吉田(くそ、やべぇな)



立ち直ってはもらいたいものの、吉田も流石に焦り始めた。

御神楽の投球数はすでに百を超えている、しかも、今の赤城の打球…。

完全に読まれている、今は打ちそこないなのだろうか、助かったが…次は間違いなくスタンドに運ばれてしまう。




吉田(タイムを…タイムをかけるか?)




それしかない、相川が少しだけでも立ち直れるように何かヒントをやらなくては…。

そして吉田はついに沈黙を破った。



吉田「タイムだ!!…外野も全員来い!!将星ナイン全員集合だ!!」




















マウンドに集まる、将星ナイン。

しかし、一名…虚ろな目の焦点はまるであっていない、相川だった。





吉田「…」

冬馬「相川先輩…」

御神楽「…はぁ、はぁ…ぜぇぜぇ」




御神楽の疲労も半端ではない、自分で考えて投げるのは二倍の労力を要する。



吉田「相川、一体何がお前をそんなにしちまったんだ」

原田「相川先輩!!」



相川「…ストライクゾーンが、違う。相手はボール球をヒットにしてくる」



全員「!!」



大場「ど、どういうことですと!?」

能登「…ありえない…」

御神楽「…最初のバッターであるな」

吉田「やっぱりそうか、まず様子見に入ったボールを簡単に芯で捉えられたから…」

県「ええ!ボール球を打って、あんなにいい打球が飛ぶんですか?!」

御神楽「そんな訳がないであろう!!まるで狐にばかされたようだ…」

吉田「それと、四球だな。相川、お前のストライクゾーン、狂わされたのか」



こくり、と相川はうつむきながらもうなづいた。



相川「すまない…皆俺のせいで…」




バキィッ!!



突然今まで黙っていた降矢が、相川の顔面を拳で殴った!!




相川「…っ!?」

吉田「お!おい降矢!やめろ!!」

大場「降矢どん!?」




もう一撃お見舞いしようと体勢に入った降矢を吉田と大場が必死に止める。




相川「…」

降矢「おい、なんだそのツラ?ムカつくんだよ、ぶっ殺す!死ね!死ね!!」

吉田「降矢!!お前!」

冬馬「降矢!!相川先輩だって!!」


降矢「黙れよ!!!!!」


あまりの迫力に、全員が黙ってしまった。


降矢「雑魚が雑魚の傷なめあってんじゃねー。俺は、たとえ人のせいでも負けるのが大嫌いなの。わかるか?だから、こんな面されっと、腹が立つ訳」





バキィッ!!!




吉田「!!」

原田「!!」

県「あ、相川先輩…」


相川も、降矢の顔面を殴った。



降矢「んだと、痛ってぇな、おら!!」

相川「うああああ!!」





吉田「二人ともやめろ!!」

御神楽「仲間割れするな!見苦しい!!」

相川「黙れよ!降矢!!テメェに、テメェにわかんのかよ!!」

降矢「ああ、わかるわけねー!俺は自分しか信用しねーからな!!」

相川「俺が、俺が信じてきたものが…つぶされたんだぞ!!」





降矢「知るかよ。テメェに力がないからだろ。違ぇーか」

相川「―――!!」





羽交い締めにされたまま、二人は熱い口論を交わした。




相川「口だけの野郎が…できもしねえくせに大口叩くんじゃねぇ!!」

降矢「俺は人のせいで負けるのが嫌なの。でももしこのまま負けたら間違いなくお前のせいだね。お前のせいで皆悲しむんだ」



冬馬「そんな!まだ試合はわからないし!それに相川先輩一人の責任じゃ…」

降矢「はぁ?どっからどうみてもこいつ一人のせいじゃん。つーか、こんな試合負けに決まってるだろ。六点差なんかひっくり返るわけねーし、最悪だな相川先輩、アンタのせいでみんなが悔しいんだぜ!?なぁ?」







降矢はチームメイトの方を振り返ったが…。

その問いに賛同するものは誰も居なかった。




原田「…いや、俺自分は相川先輩を信頼してるッス!守りがへたくそな自分達がここまでこれたのも相川先輩のリードのおかげッス!」

県「うん、相川先輩に無理なら…仕方ないですよ」

大場「相川どんをキャッチャーに指名した以上はおいどん達は相川どんを信じるとです」

能登「…相川先輩は一番頭いいから…」

御神楽「…認めたくはないが、こやつのキャッチャーとしての実力は我が部内では追随を許さぬ」

冬馬「キャプテンも、県君も、相川先輩も皆そろって将星野球部、だよ」







吉田「そういうことだ、降矢。俺もまだ負けるとは思っていない。それに…」





吉田は相川の胸を叩いた。



吉田「相川の言うことに間違いはないからな」

相川「よ、吉田…」




降矢は片方だけの眉をしかめた。


降矢「けっ。どいつもこいつも…お涙頂戴か、反吐が出るぜ」

降矢はきびすを返して外野に帰ろうとした。


吉田「お、おい降矢」




















降矢「…別にどうでもいいけどな」

降矢はこちらを振り返って霧島のベンチを指差した。













降矢「相川先輩、あいつらきっと、『バットの長さを変えてきてる』ぜ」












相川の頭に電流が走った。


相川「…はっ!!」

御神楽「そうか!それならわかるぞ!」

相川「…感じた『違和感』はこれだったのか…しかし、どうしてそれがわかる?降矢」

降矢「だから、指差してるだろーが」



そう…降矢の指の先には…。














―――バットケースからバットのグリップが大きくはみ出したバットが一本だけ、入っていた―――













全員「「「「「「!!!!」」」」」」





降矢「あとな、相川先輩、多分『バッターとの距離でストライクゾーンはかってる』だろ」

相川「あ、ああ。…打席に入ってから、バッターとの距離を確かめて…」













降矢「あいつら、微妙に『立ち位置変えてきてる』ぜ」















県「ほ、本当ですか!?」

冬馬「どーして、そんなことわかるの!?」

降矢「頭悪いーなぁ。見ろよ、足元」






確かに、バッターボックスの中にはただ移動したと言うよりも、足を引き摺ったような足跡が残っていた。








相川「ああっ!!」


降矢「多分、あの関西弁の作戦は…。『最初はバットの長さを変えて、相川先輩を混乱させ、その後ストライクゾーンをずらして、錯乱させた』んじゃねーの?一番バッターは布石、でもそれだけで状況が冷静に判断できなくなったんじゃねーか?」


相川は今まで、ベースでストライクゾーンを見ず、バッターと自分の距離で頭の中の空間にストライクゾーンを描いていた。

捕手慣れしていた相川だからこそ、である、また焦っていたためホームベースを見ることも忘れていた。

全員が、納得して…相川の目には、希望が沸いてきた!

正体がわかれば、怖くは無い!






降矢「俺が言えるのは、それだけだ。後は勝手に考えろよ」



降矢はすたすたと、ライトの定位置に帰って行った。



御神楽「…なんという奴だ、降矢」

県「あの観察力は、すごすぎますよ…」

吉田「アイツ、一体本心はどうなんだろうな」

冬馬「大丈夫ですよ!」

相川「…どうしてだ?」








冬馬「ちゃーんと、『相川先輩』って呼んでたじゃないですか。本当に軽蔑してるなら呼び捨てしますよ、あいつなら」





みんな、黙って納得してしまった。




大場「冬馬君は降矢どんをよく見てるとです」

冬馬「ええっ!?そ、そんなことないよっ!!」

能登「…顔、赤い」

冬馬「そんなことないもんっ!!!」

原田「もん…って」



相川「…ますます男かどうか、怪しいな…」



吉田「はっはっは!相川!!」

相川「なんだ?」

吉田「皮肉言えるくらいなら、大丈夫だよな!後はしっかりお前が立ち直るだけだ!」





相川「俺が…か」















再び、キャッチャーの体制に入る相川。



相川(そうか…なら俺はホームプレートでストライクゾーンを測る。もう騙されんぞ!!)

赤城「おやおや、どうしたんでっか?急にいきりたってもうて」

相川「まぁ、見てろ」




そこには、自信に満ち溢れたいつもの相川の笑みがあった。



相川(御神楽、これだ!)

御神楽(うむ!!)



迷いの無いサインに、バッテリーは強く同意した!

御神楽、第二球!!!



御神楽「づああっ!!!」


ビシィッ!



赤城(…今までと、気迫が違う!)


当然だ!もう御神楽は投球に集中できるのだ!!!


赤城(やけど、馬鹿の一つ覚えみたいに外角のストレート!まだ迷ってるみたいやな相川君!!!)


赤城のスイングはボールを捉える!!!…かに見えた!!!



グンッ!!!




赤城「な!!」


しかし、そこからボールはするするとすべるように横に落ちて行く…そう、御神楽の得意球、スライダーだ!!



ズバンッ!!!


「ストライク、ツー!!!!」





ボールが納まったミットからあふれてくるのは、蘇った相川の熱い思いだった…!!!












バシーンッ!!

「ストライクバッターアウト!!チェンジ!!」




そして、赤城をストレートで三振に取った後、続く五番も変化球を織り交ぜた投球で三振を奪う!!












長い長い四回裏が、ようやく、終わった…。
















相川は、ベンチには帰らず待っていた。

そして、降矢がだるそうに外野から帰ってくる。


相川「…ありがとよ」


相川はそっと、手を差し出した。

…もちろん、降矢が握り返すはずも無く。




降矢「さぁな、そっからは相川先輩の力じゃねーの」




バシィッ、とおもいきり手をはたかれた。


相川「お前らしいぜ…!!


さぁ、将星高校の反撃なるか!!!!




五回表、将2‐8霧




back top next

inserted by FC2 system