032霧島工業戦6少し昔の話


























中学時代、望月と布袋はチームメイトであった。

地元のシニアチームに所属しているものなら、誰もがその名前を知っている『桐生ウォルヴス』そこに二人は所属していた。

そしてエース望月と四番布袋を従えた、そのチームは一気に全国大会までのし上がった。

彼らが二年の時だ。

全国大会で、当時すでにエースで四番を張っていた猪狩がいたチーム…『帝京オリオンズ』と望月達はぶつかった。

結果は敗北、猪狩に本塁打を打たれ、猪狩に抑えられ、猪狩守という選手一人に負けたのだ。

彼らにとっては屈辱だった。

その存在はライバルなどという生易しいものではなく、蟻から見た人間のようなあまりにも大きい存在だったのだ。

その日から望月と布袋は血のにじむような努力を重ねた…。

そう、彼らは才能で叶わない相手に初めて出会ったのだ。



望月「俺たちは打倒猪狩を目標に、野球をやってきた」


布袋「チームの皆は少しついてこれなかったけどな」




当然だろう、当時の中学野球をよく知るものであればすでに高校生級であった猪狩守に挑戦するということ自体が無謀であったのだという事はよくわかっていた。



望月「だが…俺たちは結局猪狩には勝てなかった」




全四度の挑戦で全て完封負けを喫したのだ。

そして望月が許した失点も猪狩の本塁打のみであった。

最後の夏、準々決勝で猪狩の『帝京オリオンズ』に挑むも…望月は猪狩に2ホーマーを浴び二失点、それが決勝点となった。


布袋「ま、その後一緒にチームメイトに選ばれて世界に挑戦はしたんだがな…」

望月「当然あいつと仲良くする気なんかなかった、って訳だ」

弓生「そして、桐生院に入ってきた訳か。と思ったほうがいい」

望月「ああ、暁大付属に対抗するには桐生院しかなかったからな」

布袋「相変わらずだな。あの人を見下した態度、許さん!」









森田「人の事は言えないと思うがな」









振り返ると、長身の男がそこに立っていた。


布袋「お前、成川の森田!?いつのまに…」

望月「相変わらずでかい奴だな」


望月は小さいので長身の森田が横に立つと影ですっぽり覆われてしまう、結構屈辱だったりする。

森田「お前らも降矢も一年のくせに、随分と生意気な口を利いてくるもんだ」

森田は苦笑しながら、望月を見るために思い切り視線を下に落とした。



弓生「……やはり、と思ったほうがいい」

望月「そこ!『やっぱ小さいなコイツ』とかいう目で見るな!」



森田「お前ら猪狩守と知り合いなのか?」


布袋「見てたのか?」

森田「さっき、そこから出て行ったよ」

望月「お前は何でここにいるんだよ」


森田「ふん、仮にも俺たちのチームに勝った連中だからな。いいところまで行ってもらわないと困るわけだ」


望月「あの弱小に期待しても無理だと思うけどね」

布袋「…そういえば、試合はどうなったんだ?」



弓生「どうやら、相川は二塁に残塁したと思ったほうがいい。二回裏、霧島工業の攻撃は四番赤城からだ、と思ったほうがいい」

冷静な弓生に、布袋は感心した。

布袋「…しっかり見るところは見てるんだな」






『四番、キャッチャー、赤城君』






二回裏、以前両者0-0のまま霧島工業の攻撃。


くりくりくり。

ヘルメット越しに片手の指をこめかみに当てぐるぐる回した。


赤城(さっきはしてやられたけどなぁ…次はそうはいかへん!)





ここで話を少し止める、将星ベンチの二人がなにやら話し合っていた。

将星は九人ギリギリで試合をやっているため、守備につくとベンチはマネージャーと監督…いや顧問だけになるのだ。





緒方先生「そういえば…どうして赤城選手は四番なのかしら?」

三澤「そういえば、そうですね。うーん、データを見てる限りじゃ大して打ってるようにも見えないんだけどな」

緒方先生「でも何かあると思うのよ、私は」

腕を胸の下で組むと、その大きさがさらに強調される。

そんなつもりは本人には無いのだが、腕を組もうとするとそうなるのだ。


三澤「どうしてですか?」

緒方先生「女のカンよ」



何故か、爽やかな笑みを浮かべてウィンクした。



三澤「あはは。でもそういえば…こうやって見てると何か妙なんですよね」

緒方先生「妙?」


緒方先生は三澤マネージャーの分厚いデータ帳を覗き込んだ。



緒方先生「んー…相変わらずややこしい文字ばっかりね…頭が痛くなりそう」

野球のスコアというものは慣れていないと見るのが結構難しいのだ。

三澤「慣れたら楽ですよ?相川君にも教えてもらったし…何より、御神楽君と冬馬君が三振をとった時に「K」ってつけるのが楽しいんです」



スコアでは三振はKと表記される、よく『ドクターK』などと言われるのは三振が多い証…つまり好投手の証明なのだ。



緒方先生「それで、何が妙なの?」

三澤「…一回戦、二回戦のデータなんですけど、霧島は最初と最後はすごく大人しいんですよ」

緒方先生「ふむふむ」



確かに4-0、5-1と勝っているが、得点は全て四回から六回にとられている。



緒方先生「あら本当、でもたまたまなんじゃないかしら?」

三澤「うーん、そう言われるとそうなんですけど…。あ、それでここなんです」



緒方先生「…赤城選手のヒット数は一回戦、二回戦合わせて九打数の二安打。本当にたいしたこと無いわね。四番ってすごく打つイメージがあったんだけど…」

三澤「でも、何故か中盤以降、赤城選手が凡退した後の次の五番がすごく打ってるんですよ」

緒方先生「本当ね。こうしてみたら何だか不思議ね…」

三澤「後で、相川君に聞いてみようかな」








そして、キャッチャーの相川。

相川「…」

相川もその事実はすでに知っていた。

何があるのかはわからないが、コイツには気をつけなければならない。



相川(どうも嫌な雰囲気がする)




静かにバッターボックスに立つ赤城には、不気味ささえ覚える。

赤城の身長は決して大きくない。

かといって体ががっちりしているわけでもない。

この程度の体格なら打順的に言うと下位打線なのだが…風格だけは何故か四番という印象を醸し出している。

そう、誰もが少しは感じるであろう、「コイツは何か打ちそうな気がする」というヤンキースの松井のような独特の雰囲気である。



赤城「さっきの借りは返させてもらうで」

相川「そう、うまくはいかんさ」

赤城「まぁ、言うとれや」



そのまま構えに入る…が。




――――ぞくり。




マウンド上、御神楽の背中を、何か冷たいものが通り過ぎた。


御神楽(…む、なんだ今背中に走った悪寒は)

まるで、赤城の雰囲気に圧倒されたようだった。

御神楽(まさか、帝王であるこの僕が…)


首を振り、無駄な考えを消し去って相川のミットを見る。



相川(まずは様子見だ、外角に一球外せ)


サインはスライダー、指示通りの握りで力強く右腕を振る!




御神楽「しぃっ!!」

赤城(…初球はスライダー)




バシィッ!



「ボール!」




相川(いいボールだ。まったくたいした才能だなコイツは)



球速こそ125km台だが、キレは抜群だ!

赤城「…」

しかし、赤城は微動だにせず、そのままの構えのまま動かなかった。


相川(俺らがバッターボックスの時はムカつくぐらい良く喋る奴なのに…不気味だぜ)



二球目、同じコースにカーブ。

相川(見逃してくるか?)

しかし…!



ブンッ!!


相川(ふ、振ってきただと!?)

赤城はボール球を全力でスイングしてきた。



「ストライク!!」



御神楽(ど、どういうことだ?…奴の狙いは一体…?)

相川(何も考えてないってのはまずないだろ。あんだけ冷静にリードしてくる奴だからな)

赤城「…」


相川(それじゃ、これでどうだ、外角のストレートコースにストレート!)



御神楽は相川のサインどおりにストレートを放る。



ブンッ!!…バシィッ!!



「ストライクツー!!」

二度目のスイング、しかもまったくバットにボールが届いていない空振り。

球はボールゾーンを通っていた。



御神楽(む…少し外角に投げすぎたか?今日はちょっとコントロールが定まっていないみたいだな)

相川(しっかり投げて来いよ御神楽)




御神楽の三球目は内角にカーブ!



バシィッ!!



「ボール」


今までボール球を全力でスイングしてきたのに対して、今度は一転して見送り。


相川(…不気味だな…マジで何しでかしてくるかわからん)




しかし、相川の予想を裏切り、赤城は外角のボール球ストレートを大振りして三振する。




「ストライクバッターアウト!!」




赤城「む…あかんかったか、ドンマイドンマイ。ほなまたな相川君」

カラカラと笑いながらバッターボックスを後にする。




相川「…い、一体なんなんだ?」

御神楽はその後の五番、六番を凡打に抑えノーヒットピッチングを続ける。

だが…実はこのときからすでにバッテリーが赤城の術中にはまっていたとは誰も気づいてはいなかった。







そして、三回表。


あの男に打順が回ってくる。






冬馬「その前に俺!俺!」




『八番、ショート冬馬君!』








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