031霧島工業戦5現れた、アイツ。
パキーンッ!!
打球は軽快な金属音と共にショートの頭上を越していく。
『ワーーーッ!!』
歓声の中、相川は悠々と二塁ベースに到達した。
吉田「よっしゃーー!ツーベースじゃあー!!」
県「相川先輩!ナイスヒッティングです!!」
赤城「ぐっ…な、なんやと」
話は一分前にさかのぼる。
赤城(な、なんや。見逃したやと?どういうことや?)
相川「…」
赤城(あかん、なんやコイツ。何を考えているんや!?)
赤城は自分でも気づかないうちに、汗をかいていた。
赤城(…そうか。全て相川君の手の平の上って事やな)
ニヤリ、と赤城は笑った。
赤城(そんなら、これでどうや!)
赤城が出したサインは………内角ストレート!!
赤城はミットを内角に添えた。
赤城(外角ギリギリに手を出さんかったってことはやはり、狙いは甘いコースや! そこに、内角の厳しいコースにストレートを出すんや!)
相川「…」
知らないうちに相川は赤城の顔を見ていた。
赤城(なんや?こっちの顔じろじろ見て…何かあんのか?)
しかし相川は何も言わず、再びマウンドの投手の方を向きなおした。
果たして、相川の狙いは一体何なのか?
フルカウントからマウンド上の宮元、内角に狙いを定めて、投げた!
相川「!」
130前半のスピードボールが相川の内角をえぐってくる!
相川「くあっ!!」
しかし、相川は体を開き腕をたたむ…内角の球に上手く合わせるバッティング!
赤城(な、なんやと!!)
パキーンッ!!
打球は軽快な金属音と共にショートの頭上を越していく!
『わーーーっ!!』
相川は二塁に到達、ツーベースヒットだ!
赤城「ど、どういうことや…相川君の狙いは確かに甘いコースやったはずや…それに今の打ち方、内角が来るのをわかっていたかのような打ち方…!!」
相川「どうも、読みが外れたって顔だな」
二塁ベース上から相川がバッティンググローブを外しながら答えた。
赤城「…相川君、アンタは一体何を狙っとったんや?」
相川「何も」
赤城「な、どういうことやそれは!」
相川「俺は最初からフルカウントまでスイングはしないと決めた。あれだけ俺の読みを読もうとしていたアンタが、俺に対して三球目勝負するってのはちょっと考えられなかったからな」
赤城「じゃあなんでフルカウントから内角に来るってわかったんや?!」
相川「人のことはわかってても…自分のことはわかってないみたいだな」
赤城「!?」
相川「お前はな、サインを出した時ミットが知らないうちにコースによっているんだよ。だから俺はちらっとお前のミットを見たんだ」
思い出して欲しい、宮元が悪球を投げた時。
(―――望月「やらしい演技見せやがって、最初からお前のミットは相川さんの顔面の後ろに構えられてたっつーの」―――)
そして、相川が赤城の顔を見ていたこと。
(―――知らないうちに相川は赤城の顔を見ていた。
赤城(なんや?こっちの顔じろじろ見て…何かあんのか?)
しかし、相川は何も言わず、再びマウンドの投手の方を向きなおした―――)
赤城「―――ッ!!!」
相川「まぁ、そういうことだ、次からはせいぜい気をつけるんだな」
赤城は地面の砂を思い切り蹴飛ばした。
赤城(ぐっ!こんな屈辱を受けたのは初めてや…!!!流石は相川君、わいがライバルと認めるだけのことはあるで!)
赤城はスコアボードの方を振り向いた。
次の二回裏は四番、赤城からである。
赤城(次の回で、借りは返させてもらうで!!)
とにもかくにも、まずはこのピンチを防いでからだが…。
『六番セカンド原田君』
降矢「…おい、アイツはどーした」
県「アイツって誰ですか?」
ガッ、ゴァン!
県「うぶっ、あぎゃふっ!?」
降矢の拳がみぞおちにクリーンヒット!今日は二連打だったので痛みも二倍!
降矢「ふざけんな、俺の命をにぎってるちんちくりんだ」
県「…ひ、ひのひをにひっへる?」
どうやら痛みでまともにしゃべれないらしい。
降矢「どこを、ほっつき歩いてんだあの馬鹿はぁ…」
降矢はまいっていた、この暑さに。
彼の指定席は決まって一番端の席なのだが、その理由は至極簡単で、壁についている扇風機に一番近いからなのである。
大場「降矢どん…その扇風機の傾き具合じゃおいどんたちがちっとも涼しくなかとです…」
降矢「黙れ怪物がぁ。ステーキにされてぇか」
今まで降矢はこんな温度の元で運動するなどという、一般の人から見れば当たり前のことをまったくやってこなかったわけなので暑さにはめっぽう弱いのである。
おまけに降矢はこれでもか、と言うぐらい夜行性だった。
降矢「あのちんちくりんはどーした!!早く氷を持ってこいコノヤロー!!」
あまりの暑さでキャラも変わりかけていた。
県「降矢さん、僕探してきましょうか?」
降矢「あぁ?当たり前だろうが、何やってんだテメェはこんなとこでよぉ!」
県「ひ、ひぃっ!!はいっ、行ってきます!」
ドーンッ。
県がベンチを出て行こうとしたところで、探していた人物とぶつかった。
県「うわっ!」
冬馬「本日二回目っ!?」
降矢「何訳のわからん悲鳴あげてんだテメェは…ってか遅ぇんだよ!」
冬馬「痛たた…しょ、しょうがないだろ?冷たい水なんて購買にしか売ってないもん!」
降矢「知るかそんなもん!早くよこせ!!」
冬馬「…」
冬馬は無言で冷たすぎて表面に水滴が浮かび上がっているミネラルウォーターを天高くあげた。
降矢「どういうつもりだ、テメー」
冬馬「ありがとうございます…でしょ?」
ひょい。
しかし簡単にとられた。
冬馬「んみゃーー!!ずるい!ずるいーー!」
喉を鳴らして潤いを補給する降矢はだるそうに言ってのけた。
降矢「アホか…お前と俺の身長差わかってんのか?」
おおよそ30cmはあいていた。
冬馬「むきーー!」
県「…あれ?最初降矢さんはタオル濡らして来いって言ってたような気が…」
冬馬「え?」
県「詳しくは前回を参照してください」
冬馬「ああーーー!!じゃあわざわざ冷たい水なんか買ってこなくて良かったんだ!!」
降矢「ふ、いい手下だなお前は」
冬馬「ぬるい水で濡らしてまるで汗でびしょびしょになったような、気持ちの悪いタオルにして持ってこれば良かったーー!」
県「…それはそれで降矢さんにボコボコにされると思います…」
…と思い出したように、冬馬が手を叩いた。
冬馬「あ、そういえば。球場の外で変な人にあったんだ」
県「変な人ですか?」
冬馬「うん、先生。この地区で青いユニフォームって俺達だけだよね?」
緒方先生「え?…うーん、そういえばそうね。緑とか珍しい色(成川)はいるけど…」
三澤「ねぇ冬馬君、それってどんな人だった?」
手をあごの下において、首をひねる。
冬馬「うーん、茶髪で結構顔かっこよくて、御神楽先輩並に威張っては無かったけど。態度が偉そうな人」
御神楽「どういう意味だ」
吉田「…そんな奴この校区にいたかぁ?」
三澤「うーん、私が知ってる限りはいないと思うけど…」
緒方先生「青いユニフォーム着てたって事は選手なんでしょう?」
冬馬「多分…」
降矢「アホかちんちくりん。ユニフォームなら胸の所に学校名があるだろうが」
冬馬「あ、そうか。…あれ?でもなんだっけな…確か…」
バシィッ!!
「ストライクバッターアウト!」
六番原田も赤城の術中にはまって、三振していた。
布袋「今の所まともな当たりは相川だけか」
弓生「ある意味、赤城の術中に最初からはまらない人間が相川だけ、と思ったほうがいい」
望月「結構厄介な相手にあたったもんだな、将星も。つくづく運が無い」
???「…こんな所で弱小高校を観察するとは、お前も結構暇しているんだな」
布袋「?!」
振り返ると、背後に立っていたのは「青いユニフォームを着た」青年。
それは先ほど冬馬とぶつかった男である…!
降矢「記憶力も無いのか。小さいってのはつくづく可愛そうだ」
冬馬「うるさいな!小さいの関係ないだろ!…も〜、ええと…確か英語でA、K、A、T、H、U、K、I…?」
三澤「あ・か・つ……!!」
吉田「!!」
相川「…あかつき、だと!」
弓生「暁大付属…の選手か、と思ったほうがいい」
その青年の胸元にはAKATHUKIの文字が刻まれていた。
布袋「…お前、何しに来た」
???「ふっ。僕の所はすでに甲子園への切符を掴んだんでね、他県の視察さ。…しかし、君達こそこんな所で何をしているのかな?桐生院は今確か第二グラウンドで練習中のはずだが」
弓生「俺たちも視察中…と思ったほうがいい」
???「ようは、『練習に参加させてもらえない』ということだね。ふふ、まぁそうか。練習しているのは大和選手を含む、レギュラー陣だからね」
布袋「そういうお前はどうなんだ」
???「予選にわざわざうちのエース、一ノ瀬先輩を登板させる必要もない。予選の全六戦とも全て僕が一人で投げきったよ」
望月「!」
弓生「…布袋、望月、どうやらお前らは知っているみたいだな。と思った方がいい」
布袋「忘れるかよ。こいつのこの顔を…!」
その青いユニフォームの青年の茶色い髪が、ふわりと揺れた。
まつげの長い瞳が、三人を見下ろしていた。
望月「…暁大付属、猪狩…守!!!」
吉田「…あかつき、で茶髪でえらそうな奴…」
三澤「それって、猪狩選手じゃない?」
冬馬「え?…ええーーー!!!あの猪狩選手?」
降矢「なんだそいつは。有名なのか?」
御神楽「…聞いた名だな。我が御神楽財閥の敵、猪狩コンツェルンの御曹司」
三澤「全中(世界AA(ダブル・エー)少年野球選手権大会、全国中学シニア代表))の日本代表にもなった投手だよ、ちなみに桐生院の望月君ともチームメイトだったよ……知らない人は知らないけど。もうプロも注目してるって噂も聞くよね」
冬馬「ええー!?あの猪狩君?!うわわわ〜〜!サインもらっておけばよかったぁ〜!」
猪狩はふぁさ、と前髪をかきあげた。
猪狩守「…ふふ、こんな所で何をやってるんだ君は?所詮その程度の選手だと言う事だ」
布袋「黙れよ、猪狩…」
望月「よせ布袋、事実は事実だ。俺はまだ試合に出してもらえるレベルじゃない」
猪狩守「そういうことだ。いい加減この僕に対抗するなんて事は止めた方がいいんじゃないか?」
望月「…その高圧的な態度、相変わらずだな」
布袋「癪に障る野郎だ」
猪狩守「おいおい、よせよ。睨んだって実力が変わるわけじゃない。ま、力の無い一年生は新人らしく他チームのスコアをつけているのがお似合いだな」
望月「…次の試合」
猪狩守「ん?」
望月「次の試合は俺が投げる!!」
布袋「な、なんだと望月?」
猪狩守「へぇ?君の実力で?弱小高校相手に四点もとられた望月君のピッチングで?」
弓生(…しっかりとあの試合の事も調べている、と思ったほうがいい)
望月「その目に焼き付けておくんだな」
布袋「望月、お前どういうつもりだ!?」
望月「猪狩、お前に用は無い、こんな弱小高校の試合なんて見ていないでとっとと地元に戻って甲子園に備えたらどうだ?…もっとも一ノ瀬選手が投げるんなら、お前はもう用無しだろうがな」
猪狩守「…そのセリフ、しっかりと覚えておくよ」
猪狩はゆっくりと会場を後にした。
布袋「…畜生、あの野郎…」
望月「実力に裏づけされた自身さ」
弓生「…布袋も望月も猪狩選手と知り合いなのか、と思ったほうがいい?」