030霧島工業戦4リード勝負。頭脳バトル。
二回表、将星高校0-0霧島工業
相川、赤城、両捕手のリードが火花が散らす中、この試合のポイントとなるだろうことに気づいた桐生院の一年、望月、弓生、そして布袋。
布袋「そういえば、赤城や相川ばかりに気を取られていて今まで気づかなかったが…」
望月「将星は打順を変えてきたな」
スコアボードの下の選手達の欄、四番ファースト大場の次は『五番キャッチャー相川』だった。
弓生「確か今までの全ての試合は『五番降矢』だったと思ったほうがいい」
布袋「ああ、チームプレイはできないし、打撃フォームは無茶苦茶だがな」
望月「それでクリーンナップってことは、打撃力が買われたんだろ」
弓生「スイングスピードは半端じゃなく速い、と思ったほうがいい」
望月「そりゃあ、あの無茶苦茶スイングでボールを当てようと思ったら、相当なスイングスピードが必要だからな」
布袋「…待てよ、ということはあのフォームで降矢は、来てる球を見切っているってことか?」
弓生「どういうことだ?と思ったほうがいい」
布袋「見ての通り、アイツは初心者だ。つまり、配球を読むなんて高度なことできるわけないだろ」
望月「…ってことは、ボールが来てからその球種を判別して打ってるってことか?」
布袋「断定はできん。あいつは一体何考えてるかわからんからな…。偶然のできごとを当たり前のように振舞ってるかも知れない」
三人は、それが一番可能性が高い、と思った。
弓生「…」
布袋「ん?大場は三振したみたいだな。ま、仕方がない、将星は馬鹿だらけだからな」
望月「おもしろいのは、これじゃないか?」
『五番、キャッチャー相川君』
赤城「今日は五番やねんな、相川君」
相川「お前の思考回路をちょっとでも混乱させてやろう、と思ってな」
相変わらずバッターボックスに立つ選手ごとに、話しかけてくる赤城。
ちなみに先ほどの大場は、いわゆるそれ系の話題で掴み、話に夢中になっている間に三振と言う、馬鹿の代表のような失態をさらしている。
このバッターボックスに立つ選手に語る作戦は、元広島の達川選手や、元ヤクルト監督の野村選手も使用したと言われている。
両者とも各球団のバッターには嫌というほど嫌われていたらしい。
プロ選手は将星ナインのような失態は起こさないが、それでもしつこく話しかけてくるのはまるで目の前にハエが飛んでいるようなうっとおしさがあるらしい。
赤城「降矢君はどうしたんや?頼れる主砲降矢君は」
相川「さーな、アンタに言う必要は無いよ」
会話している最中にもう投手は投球モーションに入っていた。
赤城「相川君はバッティングのほうはあんまりよろしくない、と聞いているんやけどなぁ。なんで五番に入ったんや?」
相川「それは…」
バシィッ!
「ボール!」
相川「アンタのプライドをぶち壊してやろうと思ってな」
将星ベンチ。
冬馬「な、なんだか相川先輩話してるみたいですけど」
吉田「相川ー!!気を付けろー!俺らの二の舞になるんじゃねーー!」
三澤「あ、相川君は賢いからわかってると思うよ…」
大場「ううっ、あの人あのアニメの話題をわかってくれるいい人だと思ったとです…世の中信じられないことばかりとです」
県「礼儀正しい人だと思ったのに…」
吉田「俺のファンだと思ったのに…」
降矢は汚いものを見るかのような目で三人を見た。
降矢「お…俺はお前らが信じられん…」
原田「っていうか降矢さんさっきからやたら顔赤いッスけど、大丈夫ッスか?」
原田の言葉通り降矢の顔は、軽く朱がさしていた。
別に恥ずかしいとかそういうことではない、暑さによるオーバーヒートだ。
降矢「あ、暑いんだよ…冬馬、タオル濡らしてもってこい」
冬馬「な、なんで俺なんだよ!」
降矢「俺の視界に入ったから」
県「あ、僕行ってきます」
冬馬「い、いいよ県君。こんな奴のわがままに付き合わなくていいよ、俺が行ってくるから…」
降矢「最初からそうすりゃいいんだ、わかりにくい野郎め」
冬馬「熱湯につけてきてやるよーだ」
べー、と舌を出して冬馬は降矢のタオルを持ってベンチを出て行った。
大場「ハァハァ…天邪鬼な冬馬君…萌え」
降矢「お前それ以上奇怪なワード出しやがったら、その頭かちわるからな」
話は戻って赤城対相川。
赤城(む…相川君。わいと話しとったのに、一球目の際どいカーブをいとも簡単に見逃しおったな)
相川「一球目、二球目は様子見のボール球。しかも際どい所の」
赤城「!」
相川「すでに読ましてもらってるぜ…あんたのリードの癖、もな。……悪いがな選手のことを念入りに調べてるのはアンタだけじゃないって事だ」
赤城(…さすが、相川君。ちょっと今背筋が寒ぅなってもうたで…。すでに勝負は始まっとるっちゅーわけやな。ほなこれやったらどうや?)
霧島の投手、宮元の二球目!!
赤城「!アカン!!」
相川「っ!?」
相川の顔面めがけるクソボール球!!
バンッ!!
「ボ、ボール」
相川は間一髪その危険球をよけていた。
相川(野郎…)
赤城「わちゃ〜!スンマセンなぁ。コラァ!宮元!ちゃんとわいのミット目掛けて投げたらんかい!!」
宮元は帽子を取ってぺこりと相川に謝罪した…が。
瞬間的に将星ベンチから(馬鹿の)選手が飛び出してくる。
吉田「テメェ!ぶっ殺してやる!!こっちは九人ギリギリなんだぞ!」
降矢(わざとなのはわかってるけど。これに乗じて、プレイ不能にしてやる)
大場「相川どんに何をするとですかーー!!」
もちろん、むかう方向は赤城ではなく宮元にだ。
降矢「オラ、死んでみるか一度」
宮元「ひいぃぃっ!!!」
元…いや現不良なだけに怖さは普通ではない。
さらに降矢は目つきも尋常じゃなく悪かった。
赤城「おわぁっ。す、すんません言うてるや無いですか」
吉田「キャッチャーのお前も言え!あのピッチャー、コントロール悪すぎるんだよ!ふにゃふにゃ手前で曲がるボールばっか投げやがっ…?」
相川の手が、吉田の肩に置かれていた。
相川「吉田、俺は大丈夫だ。だからベンチに戻ってくれ」
吉田「し、しかし…」
相川「あのピッチャーのノーコンだから、許してやれって」
吉田「ぐ…相川の言うことにはまず間違いないからな…仕方ない、帰るぞ」
大場「よ、吉田どん」
降矢「マジッスか?(この野郎をぶち殺すいいチャンスだぞ!?)」
吉田「相川は頭いいからな、こいつの言うこと聞いてりゃ間違いない!!」
大場「…それもそうとです」
降矢「はぁ!?」
降矢はこいつら絶対騙されるタイプだ、と思った。
吉田「いいから帰るぞ、降矢ぁ!」
降矢「…」
降矢も意地張って直射日光の下にいるのは馬鹿らしいと思ったのか、そのままひからびそうなナメクジの足取りで戻っていった。
大場「塩まいたら、縮むとですか?」
降矢「かちわり決定」
布袋「……わざとだな」
布袋は手を顔に当て、やれやれとかぶりをふった。
望月「やらしい演技見せやがって、最初から赤城のミットは相川さんの顔面の後ろに構えられてたっつーの」
弓生「それくらい相川選手もわかっている、と思ったほうがいい」
布袋「わかってないのは、馬鹿どもだろうが…」
赤城「いやぁ〜、ホンマすんませんなぁ。宮元ぉ!気ぃつけぇや!!」
宮元「はい!すんませんでした赤城さん!」
赤城「わかりゃいいんや!」
相川「ああ、いいよもう。誰だってこういうことはあるさ」
赤城(ふふ、まぁ相川君は馬鹿じゃないからこんな演技には絶対に気づいてるやろなぁ。…そっからや)
宮元の三球目!
バシィッ!!
「ストライク!!」
今度は一転して、気の抜けたような棒球がど真ん中に。
そして四球目も赤城のミットが届くギリギリの所へのワイルドピッチング。
これでカウントは1-3。
吉田「おおっ!」
三澤「あのピッチャー本当にノーコンなんだね」
大場「次ど真ん中が来たら打つとですよーーー!!」
赤城(これで宮元はノーコンってことを見せ付ければ、一層さっきの顔面ボールもしょうがなく思えてくるやろ…。ただ相川君はそれを越える読みを持っているはずや、裏の裏をよんどる…な)
相川「…」
赤城(何かを考えてる顔や、必死に次の配球をよんどるな?これでこっちの狙い通りや。)
赤城は人差し指をプロテクター越しにくりくりとこめかみで回した。
赤城(ここで、ワイが要求するボールはど真ん中にカーブや!)
相川「…」
相川の表情は変わらない。
赤城(結局、宮元はノーコンってことにするんや。これにはさすがの相川君も虚をつかれるやろ!相川君が狙っているのは多分外角ギリギリのコントロール抜群の球や!)
マウンド上、宮元はこくりと頷いた。
勝負の宮元の五球目!!
相川「!!!」
しかし…!!
ボールは外角ギリギリのカーブ、しかもキレ抜群!
赤城(あかん!!相川君はそういうコースをよんでるはずや!!)
つまり、宮元のコントロールミス!!
赤城(打たれてまう!)
バシィッ!!
赤城「!」
相川「…」
「ストライーク、ツー!!」
吉田「おおっ!一転して外角ギリギリにコントロール抜群のカーブ!!」
三澤「あれ?あんな所を狙えるコントロールあるんだ」
能登「…偶然?」
原田「いやいや、きっと相川先輩と赤城の間ですごい知能戦が行われてるはずッス!!」
赤城(な、なんや。見逃したやと?どういうことや?)
相川「…」
赤城(あかん、なんやコイツ。何を考えているんや!?)
赤城は自分でも気づかないうちに、汗をかいていた。
赤城(…そうか。全て相川君の手のひらって事やな)
ニヤリ、と赤城は笑った。
赤城(そんなら、これでどうや!)
赤城が出したサインは…。
その頃、ベンチを出て行っていた冬馬は…。
冬馬「…もぉ〜どこへいっても水がぬるすぎるんだもん…。冷たい水探してたら購買まで行き着いちゃった…早く戻らないと…」
ドンッ。
冬馬「んみゃっ!?」
???「…!」
前にいたのは、…顔は逆光で見えないが、どうやらユニフォームを着ているあたり選手らしい。
冬馬「す、スイマセン!」
冬馬はそそくさと、その場を逃げ去ろうとしたが…。
???「あ、ちょっと待ちたまえ!」
冬馬「え、はい?」
???「すまないが…将星側ベンチ席はどっちかわかるか?」
冬馬「え!?えーと…む、向こう側かな…?」
???「そうか、すまないな」
男性…いや青年はそう言うと、青色のバッグを肩にかけて歩いていった。
冬馬「な、なんなんだろ?…あれ?でもあんな青い色のユニフォームうちの地区にいたかな?」
少なくとも青いユニフォームは相川が調べたうちの地区の学校資料の高校の中にはいない。
冬馬「それに、どーっかで見たような…」
『わーーーっ!!』
と、背後の球場で将星女子生徒応援団の甲高い声が響いた。
冬馬「うわわっ!そうだ、試合は、試合はどうなったんだろ!?」