029霧島工業戦3相川のリード
一回裏、霧島工業の攻撃。
「二番、レフト日ノ本君」
霧島工業の赤城の好リードで始まったこの試合。
対する我らが将星の捕手、相川と御神楽のバッテリーも霧島の一番に対して見事に三振を奪った!
赤城(まずは正攻法で来たな、相川君)
霧島の頭脳、赤城。
彼は両手の人差し指をこめかみに当ててぐるぐると回し始めた。
彼が考えている時の仕草である。
赤城(君のリードは一流や、それははっきりと認めたる)
そして、ピタリとその動きが止まった。
赤城(その理由は…こうや)
相川(次はここだ)
御神楽(うむ、よろしい)
御神楽、振りかぶって一球!!
速いストレートが打者の内角へ食い込んでいく!
ガキッ!!
日ノ本(ぐっ!つまらされた!!)
打球はショート正面!…冬馬捕って、一塁へ送球!
「アウト!」
相川(よし…!)
赤城の頭にはあるデータが浮かんでいた。
赤城コンピューターがはじき出したデータ…それは。
赤城(相川君は意識して打者に打たせる方向を決めている!)
相川が今までの三試合…練習試合の桐生院戦、この予選の一回戦、二回戦とリードしてきた試合での打球方向に関して…。
サード…48%
ショート…28%
センター…19%
その他…6%
赤城(それぞれ、守っているのは吉田、冬馬/御神楽、県。つまり比較的野球経験があるか、守備が上手い人間の所へ飛ばしている)
日ノ本「くっ…すいませんでした赤城さん!」
赤城「まぁ、しゃーない。まだ一回やからな」
赤城(そうであらへんかったら今頃、エラーだらけで試合にもならへんかったやろ。特に、よほど不安なのかライトの降矢はまだ守備機会ゼロや。ある意味これは相川のリードの凄さを表しているわけやけどな)
普通の高校のスコアラーであれば、そこまで気づかなかったかもしれない。
特に将星は創部したばかりで弱小と見られているはずだ、誰がそんなところの捕手のリードまで細かくチェックするだろうか。
…しかし、赤城のデータはそこまできっちり調べ上げていた。
赤城(つまり今まで勝ち上がってきたのは相川のリードと運っちゅーわけや。ほとんど奇跡といってもおかしないやろ)
「三番ライト山中君」
赤城「山中、ちょっとええか?」
山中「ん、どうした赤城?」
赤城「ライト狙っていってくれへんか?」
山中「ライトへ?…よく分からないがお前の言うことだ、まず間違ってないだろう。わかった」
赤城「おーきに、頼みますで〜」
右バッターボックスに立つ山中。
相川(さぁ、クリーンナップか。コイツは本塁打は少ないが打率は高い。ミート系ヒッターだ。こういうタイプはちょっと嫌だな)
御神楽(どうするんだ相川)
相川(とりあえず様子を見てみる)
相川が出したサインは外角低め。
御神楽、山中に対して第一球!
相川(逆球!まずい!!)
御神楽が放ったストレートはサインと違い、内角へ!
赤城(…!)
山中「くあっ!!」
ガキッ!!
右打者の山中はギリギリまで待ってボールを流し打ち、ファーストの横へ切れていき、ファールになる!
御神楽「…ふぅ」
山中「ちっ…!」
相川(…内角を流してきた?…打てない球ではない。赤城め、早速何か試してきたな)
早くも相川は赤城の作戦に感づいた。
一回からすでに両者の火花は光り始めているのだ。
相川(右打者の流し打ち…そうか。ライト方向、つまり狙いは降矢…か)
相川は霧島工業側のベンチでニタニタ笑っている男をちらりと見た。
相川(いいカンしてるぜ赤城)
赤城の読みは半分当たっていた、相川は確かに降矢の守るライトの方向に飛ばすのには抵抗があったが、決して守備が不安があっただけではない。
いうなれば…。
相川(怖いんだよなぁ、何かしでかしそうで)
降矢が守備練習をする場面など、相川も他の誰も見ていないのだ。
不安になるのも仕方ない。
もしかしたらうまいのかもしれないが、彼は初心者であり、その確率は最も低い。
相川(飛ばさないのが無難なんだ…。赤城め、高校生の試合でよくもまぁ、そんな細かい事まで考えてくるな)
相川が再びちらりと霧島ベンチを見ると、赤城と目が合った。
赤城(ふふ、試合のスコアだけならプロにも劣る気はせぇへんで)
相川(野郎…)
相川はちっ、と舌打ちをすると、少し考え込んだ。
相川(それなら…)
相川は再び、御神楽に対してサインを出す…サインは外角に外れるスライダー。
御神楽、第二球!
御神楽「くぁっ!!」
山中(…スライダー!)
外角のストライクゾーンからボールゾーンに外れていくスライダーだが…!!
御神楽「!!」
打者はうまくバットを出していた!
相川(コイツッ!!)
赤城「甘く見たな!山中のミート力の良さを!」
カキーンッ!!
うまくバットに載せて運んだ!
…しかも打球は…!
相川「げっ!ライト……何ーーっ!!」
冬馬「降矢!行った……えーーっ!!?」
赤城「な、なんやアイツ!!」
降矢「…」
降矢はあまりの暑さに守備中だというのにあぐらをかいていた。
いまだ守備機会無しなので、どうせ今回も来ないだろうと高をくくっていたのだ。
降矢「やってられっか…ドームでやらせるくらいの気を利かせろってんだ…」
三澤「いやぁぁぁーー!降矢君!上!上ぇーー!」
緒方先生「降矢君何やってるのーーー!?」
県「ふ、降矢さん!!打球が来てますよーーっ!」
降矢「うぜぇ奴らだな…俺は暑いんだ、休ませ…ふああー」
パシッ。
降矢「…ん?」
相川「…」
御神楽「…」
冬馬「…」
赤城「ま、まさか…んなアホな…」
説明しよう、あくびをして手を伸ばした、降矢の左手のグラブにたまたま打球が入ったのだ。
『………』
球場中が沈黙につつまれた。
吉田「すげー!!降矢!!ボールが来る地点を読んでたとは…超ファインプレーだーー!!」
大場「おおおお!すごいとです!流石降矢どんは違うとですーー!!」
将星女子生徒「きゃーー!!すごーーい!」
女子生徒「私こんなの始めてみたよ!!」
三澤「す、すごいよ降矢君っ!!」
緒方先生「実は最初から全部予測していたのねーーー!」
相川は呆れすぎてものも言う気になれなかった。
相川(…馬鹿だ、世の中馬鹿ばっかりだ)
赤城「…き、奇跡に助けられおったな、相川君…」
なんにせよ、将星高校は一回霧島工業を三者凡退に抑えたのだ。