026三回戦の前に
ドバンッ!!
「スラックバッターアウト!!」
原田「…な、なんッスか、あれ」
降矢「シャレにならねぇな、あの速さ」
冬馬「…さ、さすが桐生院高校…」
一塁側スタンドの上に将星の三人が座っていた。
先ほど二回戦を突破したばかりだったが、この後の桐生院高校-新宮商業の試合を見に来たのだが…。
降矢「二回で7-0か…圧倒的だな」
スコアはすでに大差がついていた、正に桐生院の強さを象徴するものであった。
ズバーッ!!
「ストライクバッターアウト!!」
原田「…こ、これで一回から五者連続三振ッスよ!?」
冬馬「バットにすらかすらせない…」
緒方先生「あれが桐生院の真のエース、三年生の大和辰巳(やまとたつみ)よ」
原田「せ、先生?!」
いつのまにか後には牛…いやIカップ緒方先生が立っていた。
スーツだというのに、その胸は自己主張しまくりで、今にもボタンがはじけ飛びそうだった。
降矢「おい牛、誰なんだその大和ってのは」
緒方先生「私は牛じゃありません!!…えぇと、三澤さ〜ん?」
三澤「大和辰巳、すでにプロからも注目されている桐生院の三年生エースだよ」
冬馬「三澤先輩も見にきたんだ?…どうしたんですか一体?」
緒方先生「私だって一応顧問なんだから、少しぐらい役に立たなくちゃ…と思って偵察に来たの」
三澤「付き添いです〜」
降矢「あ、そう」
降矢は二人の言葉を軽くあしらった。
降矢「…しかし、とんでもない奴だな」
原田「この前戦った望月君もすごかったッスけど、それ以上ッス…」
三澤「この前戦ったのは、あくまでも「一年生」だもん…いわば三軍だよ」
緒方先生「上には上がいるのね…うわ!あの球、今すごく落ちなかった?!」
冬馬「…チェンジアップかな…?すごい球速差だよ」
三澤「あの今マウンドに立っている大和君を含めて今の桐生院のレギュラーは全員三年生」
三澤がどこからか取り出したメモ帳を熱心に読み出した。
三澤「それも全国で通用するクラス。甲子園優勝も夢じゃないって言われてるんだもん」
降矢「ふーん…大和、ね」
若干あごを上げた状態で、マウンドの男を見下ろした。
原田「…良く考えて見れば…このまま行けば四回戦、準々決勝で当たるッスよね」
冬馬「……あんなのと戦うの?」
「ストライクバッターアウト!!」
降矢を除く全員の顔が青ざめていた。
緒方先生「レベルが違いすぎるわ…あら?」
突然、長い影が後ろに現れた。
???「やる前からあきらめてどうするんだ」
降矢「…ん?お前は」
冬馬「あ、森田君?」
ゆうに190を越そうであろう長身の男…将星高校が二回戦で破った森田が降矢の隣に腰を降ろした。
森田「降矢、とか言ったな」
降矢「軽々しく人の名前呼ぶんじゃねーよ」
森田「…いい度胸だ、お前はあの大和を打てると思ってるみたいだな」
全員が降矢の方を一斉に向いた。
原田「えっ!?」
緒方先生「ほ、本当?」
三澤「何か弱点でも見つけたの?!」
冬馬「また出たよ…降矢の根拠のない自信…」
が、冬馬は一人、冷静に突っ込みを入れていた。
降矢「さぁな…まぁ、人間だからいつか打たれるんじゃねーの?」
森田「言うだけあるな、でもなその前にお前らは三回戦勝たなくちゃならないだろ?」
原田「…あ」
冬馬「そ、そういえばそうだね」
森田「上ばかり見て足元すくわれんなよ、お前らの次の相手の『霧島工業』、決して雑魚じゃねぇ」
三澤「…!本当だ…春の予選、霧島工業はベスト8に入ってる!」
がさり、といきなり三澤はどこからかプリントを取り出した。
三澤マネージャーはいつもこのようにしてスカートのポケットに入れて資料を持ち歩いているのだ。
緒方先生「『四番…赤城雄志(あかぎゆうし)に注意』…?」
森田「よく調べてるマネージャーだな、その通りだ。赤城…奴には気を付けろ」
降矢「負け犬は黙ってな、負けたなら大人しく戦場を去れ」
森田「…その通りだな、まったく言いにくいことを堂々と言ってくれる」
森田はそういうと、グラウンド内から渡り廊下へと通じるゲートをくぐって姿を消した。
降矢「…赤城雄志、か」
降矢はポケットを探った…がいつものタバコは入っていなかった。
桐生院戦で体力不足を痛感していらい、禁煙することに決めたことを忘れていた。
降矢「ちっ、着替えるか…」
試合は桐生院が五回コールドで早くも準々決勝を決めていた。
そして大和は相手に一球たりともボールを当てさせていなかった。
完全試合、である。
その頃、御神楽は走っていた。
市街地を抜け、公園を抜け、いつものコースを二倍の速さで走っていた。
御神楽「体力が無い…か。この帝王となる僕ともあろうものがな」
しかしいまだに息はきれていなかった。
御神楽「野球というものを極めるのもまた一興よ!」
今日の試合で体力の無さを指摘された御神楽は自分の弱点をなくすためにひたすら走りこむ、と心に決めていた。
御神楽「ハッ、ハッ…」
帝王たるもの、常に至高を目指すために研磨の努力を怠ってはならないのだ。
足をまた一つ踏み出す、後何歩踏み出せば自分は最高位になれるのだろうか。
今はそんなことを考える理由もなくなっていた。
キンッ!
パシッ!
大場「ヒィ、ヒィ…!」
吉田「おらー、次行くぞ次ー」
大場「も、もう駄目ですとー!」
相川「まだ50球だ…まったく体力ねぇなこのオタクは…」
もう日も沈もうとしている将星高校グラウンド、大場と吉田と相川はひたすらに練習していた。
といっても、守るのが下手くそな大場の守備練習のためのノックだったが。
相川「お前がうちで優れてるのはパワーだけだ、後は凡人以下だ、以下」
吉田「よっしゃー次行くぞ、飛び込めぁーーー!」
カキッ!
大場「おおおあああ」
ドシャー、バタン。
何もないところで躓いて、こける、相川は頭が痛くなった。
相川「はぁ…まだまだだな」
吉田「捕球はうまいんだけどな、反応と動きが鈍いんだよな」
相川「このままじゃファーストゴロどころかバント処理すらできん」
大場「……も」
吉田「ん?」
大場「もう一球お願いしますとです!!」
一瞬あっけに取られた相川だったが、すぐに微笑を浮かべた。
意外と根性があるのか、この男。
相川「…へぇ」
吉田「おっしゃー!よく根性見せたオラ!!」
大場「お、おいどんのせいで皆に迷惑かけるわけにはいかんとです!」
相川(…コイツ、いいところあるじゃないか)
吉田「ハッハッハ!!なんか俺燃えてきたぞぉーー!!」
大場「おいどんも、萌えてきたとですーー!!」
相川(…耳で聞くと同じように聞こえるけど、きっと違うんだろうなぁ)
カキンッ!
大場「だっしゃーーー!!」
吉田「おっしゃ、ナイスキャッチだコンチクショーー!」
大場「もっとこいやコンチクショー!!」
相川(…だけど、馬鹿なんだよなぁ)
やっぱり相川は頭が痛くなった。
そして、同じく将星高校でキャッチボールをしていた県と、能登。
県「何だかとんでもないことになってきちゃったですね」
能登「…」
県「でも、負けたくないですよね」
能登「…自分は……」
県「え?」
能登「………いや」
日が沈み、また登る。
そして、それぞれの三回戦が始まる。
三回戦。
将星高校対霧島工業。