019桐生院戦10ここからはじまんだよ
将星高校ナインはベンチ裏のロッカーに集合していた、勿論全員もう制服に着替えている。
吉田「ん?冬馬は?」
降矢「…さぁ」
県「さっきトイレに着替え持って行ってたましたけど」
降矢「訳わからん」
冬馬「す、すみません…」
随分と暗い表情でブレザーに着替えた冬馬が帰ってきた。
吉田「よし、それじゃミーティング始めるぞ?…こほん、まぁ、結果としては負けたが、とにかく皆、今日はよくやってくれた」
相川「まさか、桐生院相手にここまで粘れるとは思っても見なかったからな」
吉田「エラーもたくさんあった、基本的なミスもたくさんあった、しかし今日の試合は俺たちにとってすごくプラスになったと思う」
降矢「負けたくせに良く言うぜ」
県「降矢さん…あはは」
相変わらずの降矢節に県は苦笑するしかなかった。
降矢(…ん?おかしいな…いつもならあのちんちくりんのツッコミが飛んでくるんだが…)
降矢は冬馬を見たが、冬馬は下を向いたまま口をあけようとはしなかった。
降矢(…やれやれ)
吉田「ちなみに降矢はあの最後の打席で死ぬほど緊張していたぞ」
降矢「ぬあっ!」
将星高校一同に笑いが漏れる。
吉田「両肩震えっぱなしだったもんなぁ?」
降矢「抜かせぶっ殺すぞ!アレは勝ちを確信して嬉しくて震えてたんだ!」
相川「まぁ、落ち着け降矢。…えー、とにかく今日は良すぎるほどの出来だ、反省することも多いだろうがそれはまた明日からの練習でやっていこう」
吉田「今日はとりあえず帰って休んでくれ、俺からは以上!…あー柚子と先生から何かありますか?」
急に指名されて焦ったのか三澤マネージャーはおずおずと緊張しながら口を開いた。
三澤「えーと、き、ききき」
吉田「何緊張してんだよ、はっはっは」
三澤「ご、ごめんね傑ちゃん…えっと今日は私も初スコアラーで間違いいっぱいしました、ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げる三澤。
御神楽「ああっ!三澤さん!このような愚民どもに謝る必要など、まったくありません!」
大場「気にせんでええとですたい」
原田「そうッス、俺たちもエラーたくさんあったッス」
三澤「あ、あはは、ありがとうございます。…え、と後はみんなすごく頑張ったと思います!言葉が足りなくてごめんなさい」
降矢「じゃーしゃべんなって」
相川「お前はきつすぎるんだよ」
バシ、と降矢の頭を叩く。
吉田「んじゃ、緒方先生…先生?」
緒方先生「うぅ〜〜〜〜…」
能登「…震えている」
緒方先生「先生感動しちゃったのぉ〜〜〜!!!」
いきなり号泣し始める顧問、あふれた涙がロケットな胸にぽぽたぽたと落ちていく。
緒方先生「やっぱり高校野球っていいわねぇ、ひっく…みんなすごく青春してたわよっ!!」
降矢「うわ、きもっ!」
相川「だから、お前のその口の悪さは何とかならんのか」
ちーん、とハンカチで鼻を噛む緒方先生、結構美人なのに顔がぐしゃぐしゃである。
緒方先生「皆感動をありがとう!!」
県「別に今日で卒業するわけじゃないんですから…」
能登「…そう」
原田「そうッスよ!これからッス!」
御神楽「ふん、僕の帝王歴史の一ページ目が刻まれたに過ぎん」
降矢「そうさ、ここからはじまんだよ」
相川「…よし、じゃあ明日からまた頑張っていくぞ」
吉田「っしゃ!!将星ーーーっ!!!」
…シーン。
静寂に、吉田は思いっきりつんのめった。
吉田「…あ、あら?お前らは「ファイッ!オーシッ!」って言うんだろ?」
相川はふー、と息をついて額を手で抑えた。
相川「説明してからやれ」
原田「あ、でもいいッスね、なんかこういうのって」
能登「…連帯感、わく」
御神楽「愚民でもたまには妙案を思いつくものだ」
大場「それじゃ、みんなで手を差し出すとです!」
降矢「…男ばっかでうぜーなーもう」
冬馬「…」
緒方先生「先生もやるわよっ!!」
三澤「じゃー私もっ!!」
吉田「よぉっしゃあー!!将星ーーーっ!!!」
『ファイッ!!オーシッ!!!』
外見も内面もバラバラ、個性が強すぎる将星高校野球部だったが、一応はまとまりをみせたようだった。
…しかし、中でも冬馬だけは微妙な表情を崩せないでいた。
吉田「よーし、それじゃ帰るぞー準備はいいかー?」
「ウィーッス!!」
吉田「って、また冬馬がいないなぁ…」
相川「常識人の割にはアイツも降矢並に行動がわからん」
降矢「ケンカうってんすか先輩」
相川「ほぉ〜、試合前とはエライ違いだな」
降矢「別に」
吉田「で…馬はどこ行ったんだマジで?」
大場「おいどんが探してくるとです!!!」
吉田「いや、止めとけー。お前は万が一が怖すぎる」
県「ま、万が一!?」
原田「そうッスね、なんか大場先輩は冬馬君をみるときだけ目が違ってるッスから」
能登「…獣、か」
大場「はぅあっ!」
降矢はガシガシと頭をかいた。
降矢「ったく、アイツはめんどくせー奴だな…どーせ自分のせいで負けたとか思ってんじゃねーのか」
三澤「あ…うん、冬馬君ちょっと繊細な所あるから」
降矢「…馬鹿が、自分一人で試合してると思ってんのか」
吉田「おおっ!降矢からそんな言葉が出るとは!!」
降矢「う…」
…このままではペースを崩されてしまう。
特にキャプテンには緊張している、というな避けないところを見せてしまったので大きい態度には出れないのだ。
はぁぁーーーっ、と大きな大きなため息を吐いて降矢は再びグラウンド目指して歩き始めた。
県「降矢さん?」
降矢「見つけて首輪つけて帰ってくる」
大場「そ、そんなうらやましい事一人でべげふぅっ!!?」
みぞおちに蹴りが決まっていた。
降矢「…はぁ」
夕焼け、赤い光がベンチを包み込む。
冬馬「…」
冬馬はベンチの端っこにうずくまっていた。
ドカンッ!!
いきなり何かが音を立てて揺れた、びくっと体を震わした冬馬はその方向を見た。
降矢「ここにいたかちんちくりん」
音の正体は降矢が蹴り上げたベンチだった。
冬馬「…」
降矢「何すねてんだお前は、子供か」
冬馬「うるさい、早く帰れよ、俺も後で帰る」
降矢「はー…」
いつもの降矢なら「そうか」と、とっとと帰るところなのだが…。
降矢「お前、点とられたことまだ気にしてんのか?」
冬馬「…」
降矢「あんなぁ、お前は天下の桐生院とやらに四点ですんだんだろ?それで十分じゃねーのか?」
冬馬「…俺、あそこで意地張ったんだ…」
降矢「意地?」
降矢は外野にいたため、あの時マウンドで何が話されたのは知らなかった。
冬馬「本当はいますぐにでも倒れそうなほど疲れてた。でも…俺、今日が初めての記念の試合だったから、意地でも最後まで投げきりたかった…そんなスタミナなんか無いくせに」
半ば自嘲気味に話す冬馬に対し、降矢は黙っているしかなかった。
冬馬「それで、逆転されてちゃ…ひっく…意味、ないよね」
泣き出したのだろうか、時々聞こえる鼻をすする音としゃっくり。
降矢「本当、ガキかてめーは…こんなことぐらいで泣くなよ」
冬馬「…うっく…こんな、ことじゃ、ないもん」
ガタンッ!!!
再び降矢はベンチを蹴り上げた。
降矢「泣くなってっつってんだよ!うぜーなぁ!!」
冬馬「ひっ…!」
…しばし、沈黙が流れる。
降矢「はぁ…、いいんじゃねーの?別に意地張っても、次でその借りをちゃんと返したらよ」
降矢は戸惑っていた、なんてったって自分が人を慰めるなんてこと生まれて初めてだからだ。
慰めの要るような人間とはつきあったこともなかった。
冬馬「…なんでそんなに優しくするの…?いつも無茶苦茶言うくせに…」
降矢「…お前のせい、だ、ろ、う、が」
いい加減イライラしてきた。
冬馬「…」
降矢「……………はぁ…お前のツッコミがねーと調子狂うんだよ」
降矢はうまく説明できなかった。
こういう人を元気付ける事においてはとことん口下手であり、別に冬馬がどうなろうともどうでもよかったが、なぜかコイツをこのままにしては置けない気がしたのだ。
冬馬「…」
降矢「かーっ、あんな、笑え!」
冬馬「…え?」
降矢「はっはっはっは!フヒハハハハ!!」
冬馬「…ふ、降矢?」
降矢「キャプテン曰く、笑えばいいーらしい。ハッハッハ!!」
冬馬「…」
降矢「ハハハハハハ!…………はぁ、なんだか情けなくなってきた、お前も笑え」
冬馬「…え、俺?」
降矢「いーから笑え!ハハハハハ!」
冬馬「…くすっ、あはは」
冬馬の涙顔から、笑いが漏れた。
降矢「…ハハハハ…はぁ、もーいいか?」
冬馬「…うん、ありがとう。降矢…」
降矢「次は泣き止むまで蹴っ飛ばす、二度と俺にこんな手間をかけさせんじゃねーぞ」
冬馬「…うん、ありがと、降矢」
降矢「わかった、わかったから、早く帰るぞ、俺は眠いんだ」
降矢は頭を抱えた。
降矢(このままここにいたら、どんどん、俺が俺らしくなくなっちまっていく気がする…)
吉田「…お、なんだ冬馬、もういいのか?」
冬馬「…はい、もう大丈夫です、後は家で悩みます、ね、降矢」
いつものように、にっこりと笑った。
三澤「うん?なんだか微妙な反応…」
降矢「…ノーコメント」
吉田「はっはっは!それでいい」
大きく頷くと、ショルダーバッグを担いだ。
吉田「よっしゃ!それじゃ凱旋するぞ!!」
「ウィーッス!!」
そう、全てはここから、ここから始まったのだ。
将星ナインは、グラウンドの向こうへ、歩き出した―――。