018桐生院一年戦9止まって見えれば




























9回裏、桐5-4将、2アウト満塁。



『五番、ライト降矢君』





なんてこった、まさか本当にここまできてしまうとは。

偶然に偶然が重なったのだろうか?



いくら相手が一年生だとはいえ、天下の桐生院高校に堂々と食い下がっている。

まだ創立して一ヶ月くらいの部が、だ。

しかも、二死満塁で降矢に打席が回ってくるとは、なんて事だ。




緒方先生「降矢君、頑張ってね!」

大場「降矢どん!」



降矢「―――黙れよ」



それだけを言うと、降矢はバッターボックスに向かっていった。










日はすでに西に傾き始めている、強すぎた日差しも幾分優しいものになっていた。


降矢「…」


こんな状況は始めてだ、自分の一挙一動ですべてが変わる。

大げさかもしれないが、緊張、しているのだろうか。

いつもとは気分も違う。

心の奥に救う苛立ちは変わらないが、体の動きは若干鈍くなっている。



情けなさすぎる。



いつもならこんな状況に追い込まれる前に、とっとと責任転嫁して表舞台から降りて裏で暗躍するのだが。

周りを見渡すと、敵も味方も全員降矢を見ていた。


降矢(畜生…どうすりゃいいんだ)



本当に本当に久しぶりに、情けなさ過ぎる考えが頭を一瞬よぎった。




望月「ついにここまで来たな…」

降矢「…あん?」



顔を上げればマウンド上で望月が笑っていた。



望月「いくら卑怯なお前でも、もう逃げられないだろう?」





…こいつ、まさかキャプテンへのフォアボールはわざとか…?




望月「最後の最後に来て、お前に借りを返すときが来たな」

降矢「…相変わらず、減らない口だ」

望月「ふん、お前は味わった事ないだろう。この独特の雰囲気を…見えないか?今お前の周りをつつんでいる”もの”が」



見えはしないが、いやになるほど感じてはいる。



降矢「いいから、速く来いよ」


そうとしか言えなかった、必死でこの状況を回避する方法を模索している中では。


望月「いいぜ、お前が地面に屈する所を見せてくれ!」










バシィッ!!!


内角高め、ストレート!今までとは明らかに球威が違う!

力を…残していたのか、それとも振り絞っているのか…!


「ストライク!!!」


降矢「…」


人生に汚点を残すわけにはいかない。

ここで無様にアウトをとられでもすれば、なめられるのがオチだ。










吉田「…あのピッチャー、力を温存してやがったな…」


ファーストベース上で吉田は考えていた。

今の球、吉田、大場の時に対する球威とは明らかに違う。



吉田(となると、俺へのフォアボールもわざとだな)


降矢と考えは一致していた、そうとしか考えられないのだ。


吉田(あのピッチャー、相当プライドが高いと見える。何が何でも降矢に自分の受けた屈辱を返すつもりだ)





そして、降矢を見た。

今の降矢は自分からは誰にも頼る事ができないだろう、そういう態度をとってきたからだ。

あういう性格なのか、ああしていないと自分を保てないのか、今までの降矢を見る限り、常に人を見下してきたのだろうか。





ドバッ!!!


球が勢い良くミットに収まる!!


「ストライクツー!!!」



降矢「…くそ」




二球目は外角へのストレート、半端じゃないノビだ。

あの勝負した時とは段違いだ。

今更誰に頼れるか。

そういう生き方だ、頼るということ事態降矢は避けてきたのだ。











その時、ポン、と肩を叩かれた。



降矢「…っ!?」


ガバっとものすごい勢いで振り向いて睨みつける、まるで獣だ。


吉田「おいおいそんなに警戒するな、タイムだ、タイム」

降矢「…ハァ、ハァ…何をしに来た」

吉田「だから警戒するなって、まぁとりあえず力を抜いてみろ、リラックスリラックス」



気がつけば息をするのも忘れていたらしい、とりあえず荒くなっていた息を吉田に気づかれずに落ち着かせた。



降矢「…」

吉田「いーか降矢、よーく聞け」

降矢「なんのつもりだ、恩でもきせるつもりか」

吉田「落ち着けって、邪険にするな、お前は緊張してるだけだ」



両手を降矢の肩の上に置く。



吉田「いいか、降矢、こういう時は笑え!」

降矢「は、はぁ?」

吉田「はっはっはっは!!笑うんだ!」

降矢「…」

吉田「いいから笑え、フフハハハハハハハハ!!!」

降矢「…ふ」

吉田「はっはっはっは!!!」

降矢「…ふふっ」




あまりにもキャプテンの姿が馬鹿らしくて、笑いが漏れてしまった。




吉田「よし、力抜いたな?抜けたか?」



降矢は大きく深呼吸した。

降矢「…俺が緊張なんてするわけ無いだろうが」


吉田も笑った。



吉田「よし、そんな口が聞けるならもう大丈夫だろう」

降矢「いらねーおせっかいだ」



口ではそういうものの、本当は少しありがたかった。

降矢は心の奥で吉田に感謝した。



吉田「よし、じゃあいいか?それじゃあ、俺の言うことをもう一回ちゃんと聞くんだぞ」

降矢「?」




…そう言えば、前の望月と対戦したときもこんな感じだった。

結果として吉田の助言がいきてきたのだ。

降矢はうなずいた。



降矢「聞いてやろうじゃねーか」

吉田「よし、いいか…」











タイムが長いので望月と布袋達桐生院の内野陣もマウンドに集まっていた。


布袋「まるで予選の終盤戦のようだな」

「俺たちも気合入れなおさなきゃな」

望月「それにしてもあいつらいきなり笑い出してどうしたんだ?」


「さぁ…あきらめたんじゃないのか?」


布袋「まさか、熱意だけなら一流だぞ」

「相手のエラーは二桁だけどな」

望月「なんにせよ…俺たちは一年といえど、桐生院高校の一員だ!負けるわけにはいかないぞ!!」


『おおう!!!』












吉田「わかったな」

降矢「しつこいぜ、俺を誰だと思ってる」

吉田「お前のその度胸にかけてみるぜ、はっはっは!」







「プレイ!!」



望月「何を相談していたかしらんが、無駄だぜ」

降矢「あん時、俺が何ていったか覚えてるか?」



望月は降矢の言葉を無視して右足を上げた。



降矢「その口しゃべれなくしてやる…だ!」

望月「…上等だ!!!」


















―――吉田(いいか、降矢、まぁ前ということは同じだ)

降矢(はぁ?)

吉田(お前は神がかり的な動体視力を持っているんだ、今までの練習で俺は確信した)

降矢(あ、そう)

吉田(確かに望月の球も速くなっているだろう、しかしお前のスイングスピードも確実に上がっている)

降矢(…)

吉田(降矢、1.2.3で振りぬけ、それだけだ!)

降矢(言われなくてもわかってんだよ!)

吉田(…それでいい)―――












その瞬間はひどくスローに見えた。

まるでコマ送りされているように望月の動きが見える。

そして、望月が投げた球も。

知っているのだろうか降矢は。

一流選手がまるで神がかり的な活躍を見せたとき「ボールが止まって見えた」と言ったことを。

そして感じているのだろうか、降矢は。

今ボールが止まったように見えていることを!!!





降矢「―――があっ!!!」






ミシィッ、とボールがバットにめりこんでいく。

ひしゃげた球。

そして、金属音とともにボールは飛んでいく!!!







カキィーーーーーンッ!!!!!







降矢(―――抜けろっ!!)










































――――――バシィッ!!!!
































それは偶然だったのだろうか、それとも必然だったのだろうか?


降矢「―――かっ!」

望月「―――っ!?」















二度目の対決も、ボールは望月のグラブに収まっていた。







二人とも立ち尽くしていた。

言葉も何もない、時が止まったような時間の中でお互いの目線が交錯していた。





「アウト!!ゲームセット!!」



ゲームセット…桐5-4将。






将星高校、始めての試合は、敗北という形で終わった。


















望月「…降矢」

降矢「ん?」


試合後、望月が話しかけてきた。


望月「…引き分け、だな」

降矢「お前がそう思うならそう思えばいい」

望月「三振なら俺の勝ち、ホームランならお前の勝ち、それ以外は引き分けだ」

降矢「…ふん、たいした度胸だな」

望月「いつかまた、決着をつけよう」



そう言って望月は右手を差し出してきた。



降矢「何だこの手は?」

望月「え?握手だよ握手」

降矢「ヒヒヒ。まさか、そんな事俺がするわけないだろ?」

望月「だろうな」


降矢はバット、望月は左手のグローブを取り出した。



降矢「いつかぶっ殺す」

望月「いつかお前のその膝を折ってみせる」


お互いの手に触れ合うことなく、二人はそのバットとグローブを重ねた。



















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