017桐生院一年戦8お前ら本気かよ
九回裏、桐5-4将、ノーアウト、ランナー、一塁
右肩を抑える。
投げれない、と言うほどではないが、針金で刺されたような痛みが徐々にとひろがっていく。
望月(くっ…)
じわじわと、蝕んでいくような感覚。
布袋「望月、大丈夫か」
心配したのか、マウンドに布袋が駆け寄ってきた。
望月「布袋」
布袋「…暴投するとはな、交代か?」
望月「まさか、ここまで来て変われるか」
望月は首を横に振ったが、布袋に右腕を掴まれた。
布袋「決して、才能だけでここまでやってきたわけじゃないだろう」
望月「…」
布袋「同じ天才、猪狩守と違ってな」
望月「アイツはアイツだ」
布袋「磨いたダイヤモンドの腕、こんな所で潰すわけにはいかないだろう?変われ、こんな練習試合で怪我するなんて馬鹿らしい」
布袋は掴んでいた手に、力を込めた。
『一番、ショート御神楽君』
望月「…布袋」
布袋「どうした、望月」
ばっと、布袋の手を振り払った。
望月「ダイヤモンドは決して傷つかねぇ」
布袋「…!」
望月「投げて、勝つ…それだけだ!」
将星高校のベンチはこれ異常ないというほど盛り上がっていた。
吉田「うおおおお!!御神楽ぁーーー!!」
相川「お前の力見せてみろっ!!」
県「御神楽さーん!!ファイトですーー!」
大場「うおああああ!あうおおお!!」
吉田「ああああああ!!」
大場「ああああああ!?」
もはや、声にすらなっていなかった。
降矢「…仲間、か」
仲間。
確かに一緒に悪さをした人間はいた。
だがしかし、こういうように人を必死で応援する奴らではない。
今の自分のように、人を蔑み、笑い、見下し、傷つけることで楽しみ満足するのだ。
吉田「あああ!」
大場「ああああ!」
吉田「うあああああう!?」
大場「あうお?!うおあああ!?」
バッ!!
いきなり手を取り合う吉田と大場。
吉田&大場「ああそうだ!!!応援しなきゃ!」
県「今更!?」
相川「しかも目的が変わってたのか!?」
…こんなに、馬鹿な奴らではなかったが。
カキッ!!!
「ファールボール!!」
望月「くっ!」
御神楽「ちっ!!」
またも、ファールボール。
御神楽はファールで粘っていた、今ので8球目だ。
望月「くそぉっ!いい加減にしろ!」
御神楽「ええいっ!愚民がこの帝王たる僕に何をぬかすか!!」
カキィーンッ!!!
「ファール!ファールボ−ル!」
望月「くそぁっ!!」
御神楽「ぬぅぅっ!!」
緒方先生「ああん!またファール…」
県「中々打てないですね…!」
降矢「ま、アイツじゃ無理かな」
相川「いや…」
カキィィーーン!!!
打球は降り遅れて、ファースト側のラインから切れて飛んでいく。
「ファール!!!」
望月「くっ!」
御神楽「ええい、何故フェアにならぬ!!」
相川「当たりは良くなってきてるぜ…!!!」
そう、それは望月の肩の痛みか、それとも御神楽の目が球に慣れてきたのか。
…段々、御神楽の当たりが良くなってきていた!
望月が御神楽に投じた第10球!!
―――ズキンッ!!
望月「っ!?」
それは一瞬だったが、望月の肩に痛みが走った。
今まで全力で投げていた球の威力が少しだけ、落ちた。
御神楽「もらったーーーっ!!」
布袋「!」
カキンッ!!!
冬馬「あっ!!」
県「!」
打球は気合とは裏腹に、サード布袋の前に転がった。
当然、ゲッツーコース!!
望月(ゲッツーで、終わりだ…!)
御神楽「くおああああぁぁぁーー!!」
全力で一塁までの距離を疾走する御神楽。
冬馬「てやぁーー!」
そして、セカンドベース上に滑り込む冬馬!
バシィッ!!
「セーフ!!」
セカンドはセーフ!!
すぐさま一塁に送球するも…!!
「セーフ!セーフ!!!」
サード内野安打!!
吉田「いよしゃぁーーーっ!!!」
大場「やったですたい!やったですたい!」
ノーアウト一・二塁!
布袋「…くそっ!」
声が余計だった、打球自体は弱かったのに、御神楽のあまりの気合に、打球が強いものだと錯覚して、一瞬サード…布袋のダッシュが遅れたのだ、だから内野安打になった。
望月「ドンマイドンマイ!」
望月は士気を取り戻そうと景気良くグラブを叩いた。
だが、額から流れ出る汗は、彼の状態を一番わかりやすく物語っている。
『二番、センター県君!』
相川「県!ここは送れ、バントだ!二・三塁なら外野フライでも一点入る!」
県「え、ええっ!?ば、バントなんてあまり練習してないですよぉっ!」
相川「お前それでも二番打者か!?」
吉田「いい!かまわん!行け!!ただし失敗して帰ってきたら殺す!」
県「ひぃっ!」
緊張と焦り、重圧に押しつぶされそうなのか、足はまるで壊れた機械のようにガクガクと震えっぱなしだ。
大場「あ、県どん、足が震えてるとです!」
県「あ、あああ…」
何故か、そのままロボットのような動きで両手両足を動かし、降矢の前まで来た。
県「あ、あわわわ、ふ、降矢さん!ふ、震えが止まりません!」
降矢「あーそうか」
県「一発、気合入れてください!!」
降矢「…ほう」
目は、真剣そのものだった。
期待に答えるため、降矢は右拳に息を吐きかけた。
降矢「いい根性だ…!!」
バキィッ!!!!
県「あ、あがが…」
鼻血もふかずにバッターボックスに立つ県、しかし先ほどよりも緊張感は少なくなっていた。
…というよりも痛みで全ての感覚が麻痺していた。
望月「ふざけるなーーーっ!!!」
望月が投げる!!
県「う、うわぁぁーーっ!!!」
叫び声とともに、バットを出す県!
コンッ!!!
相川「あ、当てやがったーーー!!」
むちゃくちゃな方法だったが、バントに変わりは無い!
吉田「まぐれでも何でもいい!!冬馬!死んでもサードベースを踏むんだーーー!!」
ズザーーッ!!!
セカンドランナーの冬馬はサードに滑り込む!
冬馬「よしっ!!」
「ちぃっ!!」
ファースト、サードに投げられない!!!
ビシィッ!!
「アウトー!」
ファーストはアウトになったが、送りバントの形で、1アウトニ・三塁となった!!
吉田「よくやった県!後は…任せろ!!!!」
『三番、サード吉田君』
望月(産みの苦しみ…って奴か)
何かやらかす時は、いつも苦しみが伴うものだ。
望月は吉田に全力で投げ込むも、四球目にストレートで追い込まれるまで手を出そうとはしなかった。
そして…吉田に対して、カウント2-2から望月は足を上げた。
バシィッ!!!
望月の五球目、審判は動かない!
「ボール!フォアボール!!!」
吉田「…よし!」
ついに、塁は全て埋まった!
相川「よっしゃぁ!!よく見た吉田!!」
三澤「きゃーっ!!!ついに満塁だよっ!!!」
しかし、四番の大場は、早くも2ストライクを取られる。
降矢「…おいおい、冗談じゃない……」
まさか、まさかこんな場面が本当に来るとは思っても見なかった。
まるで、漫画のようにその場面は着々とできあがっていく。
バシィッ!!!
「ストライク!バッターアウトーー!!」
大場は三振に倒れた…!
降矢「…お前ら本気かよ……!」
9回裏 桐5-4将 2アウト満塁。
バッターは、五番降矢…!!